第63話 決闘と魔法陣と魔道具
騒ぎ出した少年に周囲の視線が集まるけれど、彼は気が付いていない様子で主張を続ける。
「オレの意見は? 負けたら降格なんて認められるかよ」
「私が負けたら貴方の女になる。貴方が負けたら?」
「……」
シエルの言葉に少年が黙り込む。下手なことを言えないことは分かっているらしいけれど、黙り込んでしまうのはマイナスだ。
せめて自分が奴隷になるくらいの気概を見せなければ、今後ハンター達からの信頼は得られないだろう。
特に今回は少年がシエルに決闘を吹っかけてきた。それも半ば言いがかりと言うか、欲望を満たすためだけにだ。現時点で少年のハンター人生に大きな陰りが生まれたといえる。
このまま黙られていても話が進まないためか、シエルがギルド長の方を見た。
言葉を失っていたギルド長は、ハッとして少年に向かう。
「今俺とシエルメール嬢で決めたルールのもと、決闘を行う。
ガンシア、口ごたえは許さんからな」
これ以上下手なことを言わせないためか、ギルド長が強制力のある言葉を発した。
◇
始まった少年との決闘。ギャラリーはなく、見ているのはわたしを除くとギルド長だけ。
訓練場の大きさに見合わない人数の中、剣撃が鳴り響く。
シエルが剣舞用の細剣で切り込み一息で引くのに対して、少年は冷静にシエルの動きに合わせて小さい動きで軌道をずらす。
剣と剣がかち合うことでシエルのリズムが崩されて、思うように攻め切れないでいた。
シエルができることは、少年の身体に細かな傷を作ることくらいだろう。相手の左頬は血だらけだけれど、ハンターであれば無視する程度の怪我でしかない。
今の状態だとそれ以上深い傷はつけられず、むしろ相手に対応されて小さい傷も作りづらくなってきた。
いくら身体強化があるとはいえ、音楽のない舞姫だとD級ハンターに剣だけでは勝てないという事か。
ただ簡単に負けないところから見るに、おおよそシエルの剣の腕前はD級はあるのだろう。
この前、剣を持ったばかりだと考えれば、十分すぎる成果だ。初の対人戦と言う事で、経験の差も大きい。
この決闘、傍目に見ればシエルが一方的に攻めているようにも見えるが、少年は余裕の表情であり余裕が高じてにやついてすらいる。徐々にシエルの動きに合わせてきているし、遠からずカウンターを仕掛けてきそうだ。
しかしシエルも同じく余裕なのだけれど、少年はそのことに気が付いていないらしかった。
◇
「C級なんてそんなもんかよ。いや、お前がC級ってのが嘘だって話だな。上級ハンターがこんなもんなはずねえ」
課題も見えてきたのでシエルが剣の《練習》を終え、距離を取ると少年が不遜な態度でシエルを嘲る。
それにしても、
それに少年がこちらの力を分析したように、わたしも少年の力は分析している。
奥の手はあるかもしれないけれど、仮にそれを使われたとしてもわたしの結界を超えることはまずありえない。だから、わたしはシエルに提案する。
『あちらは早々に勝負をつけたいみたいですし、久しぶりに耐久テストでもしましょうか』
『ふふ、エインも人が悪いのね』
『これでも怒っていますからね。シエルの準備が終わったみたいですし、無抵抗で少年に近づいてみてはどうですか?』
『エインも分かっていると思うけれど、無駄も多いし歪なのよ?』
『シエルであれば大丈夫ですよ』
『エインがそういうのなら、安心ね』
話し合いも纏まったので、上級ハンターの実力というものを見せてあげるとしましょう。シエルが。
気が付けば少年が目の前で剣を振り上げていたけれど、これだけ隙を晒せばさすがに攻撃を仕掛けてくるか。
「はあああぁぁぁぁ」と言う気合のもと振り下ろされた剣を、シエルは掴むようにして片手で受け止めた。正確には結界で受け止めただけなのだけれど。
渾身の一撃だったのか、様子見の一撃だったのか。少年は呆けた顔で固まっていたが、何かを感じたのか逃げるようにシエルから離れた。
「何なんだよそれ」
「何って、結界だけど」
「はぁ? 何だよ、ズルだろ」
「魔術師が魔術を使うのがズルなの? まあ、いいか」
少年との会話を打ち切ったシエルは、歩いて彼に近づく。
その際、せっかくなのでオーソドックスな球形の結界も張っておくことにした。
これで結界だとちゃんと認識してくれることだろう。
少年も悪態をつきながら、必死にその剣で結界かどうか確認してくれているし。
降り注ぐ剣撃の中、シエルは平然と少年に近づく。
一歩、一歩、近づく毎に少年の顔が青くなっていく。
少年との距離が残り一歩ほどになったところで、シエルは両の手を少年の顔に伸ばした。
「捕まえた」
「そ、それがなんだよ」
その手がもしもナイフであれば、さっきまでシエルが持っていた細剣であれば、少年の反応は異なったに違いない。
そして何かに気が付いたのか、その体に力が入った。
シエルの手が頬に届く距離、つまり球形結界の内側。
勝機を得たと感じたためか、少年がにやりと笑う。
「何余裕ぶっているんだよ。死ね」
剣を右半身と一緒にひいて、流れるように剣先でシエルを捉える。その時に右頬に添えられた手は離れてしまったけれど、左頬の手はそのまま。
シエルの心臓めがけて少年の剣が迫る。
シエルは避けるようなそぶりを見せずに、その剣を受けた。
まあ、そんな攻撃はシエルを傷つけるには全然足りないのだけれど。
「ははは、余裕ぶってるからこんなことに……」
勝ち誇っていた少年も状況に気が付いたのか、驚愕に顔がゆがみ始めた。
シエルはクスっと嘲るように笑い、少年の頬に魔力を流した。
血で赤く染まっていた頬に歪んだ魔法陣が浮かび上がり、魔力が流されたことで稚拙ながらもその効果を発揮する。
属性は火。やっていること自体は、コップの水をお湯に変えるのと変わらない。
ただただ熱くなる。それだけだ。
それでも火傷はするだろうし、度が過ぎればそこから火が上がる可能性もある。
剣を使って傷をつけるように描き上げた魔法陣は、シエルが言っていたように歪んでいるため、発火するほどの熱量は出せないだろう。良いところ熱湯程度だ――熱湯でも十分危ないけれど。
しかも最初はぽかぽかと温かいことだろうから何をされているのか、すぐには気が付かない。そこから少しずつ少しずつ温度が上がっていく。
温かいから熱いに変わり、熱いから痛いに変わる。
最初は我慢できる程度の痛みであっても、徐々に上昇する熱がどこまで上がり続けるのか、少年にはわからない。
逃げようにもわたしが周囲を結界で囲ってしまった。
「熱い熱い熱い、やめろ、やめてくれ」
「降参する?」
時間にして1分もたっていないと思うのだけれど、音を上げた少年に無表情のシエルが問いかける。
「オレの負けだ!」と叫んだので結界を解除したら、少年はそのまま逃げるように走り出してしまった。
ちゃんと処置しないと歪な魔法陣が火傷跡として頬に残ったままになるのだけれど、良いのだろうか。それなりに魔力コントロールに長けていないと発動すらできないと思うけれど、少なくとも格好が良いものではないと思う。
シエルは少年に興味をなくしたのか、すぐにギルド長の方を向いていた。
「私の勝ち?」
「あ、ああ。そうだな」
こんな勝ち方をしたせいか、ギルド長が引いている。
とは言え上級ハンターに喧嘩を売って頬の火傷だけで済んだのだから、御の字ではないだろうか。
やろうと思えば明日からでもハンター活動を再開できるだろう。
だからギルド長から非難の目を向けられる筋合いはない。
「大切ならちゃんと手綱を握ってて」
「そうだ、そうだよなぁ……シエルメール嬢、申し訳なかった」
「それで、報酬は?」
「今から調べてくる。カードは?」
「受け付け」
「分かった。応接室で待っていてくれ」
そう言ってギルド長は一足先にハンター組合の建物に戻っていく。
のんびりと後を追っていったシエルは適当な職員を捕まえて、応接室の場所を聞き出した。
◇
応接室で待つ間、何気なくシエルが髪の毛を触ったことで、髪飾りの話をしたことを思い出した。
それ自体は今は保留状態なので蒸し返す気はない。しかし退屈しのぎにはなるだろうと、気になったことを言ってみる。
『考えてみるとギルドにある魔道具って、規格外のものが多いですよね』
『どういう事かしら?』
『カードを渡しただけでランクアップまであとどれくらいか、すぐにわかるんですよ?
カード自体には最低限の情報しか書いていませんから、カードから情報を引き出す魔道具か、このギルドに居ながら本部と会話できるような魔道具があるはずです』
王都ギルドでわたし達の経歴について、「本部に問い合わせればわかる」みたいなことをシャッスさんが言っていたし、後者は確実にあると思っている。
わたしの知る範囲ではそういった魔術はないし、当然電話のような機械もない。
『確かにそういった魔術はないけれど、それを言うと魔法袋のような魔術にはないわ』
『そうですね。何と言うか魔道具だけ妙に発達しているなと思っただけです』
『そうかしら? そうなのね』
シエルはよくわからないといった、いや、なぜそこを疑問に思うのかみたいな反応だったけれど、わたしが疑問に思うのは前世があるからか。
魔法・魔術がない代わりに技術が発達した世界。明かりから通信機に至るまで、かつての世界にありふれていたものがあるにも関わらず――下手すればかつての世界以上に便利なものもあるのに――、人々の生活は何百年も前のモノのようなのだ。
わたしから見るととても不自然だけれど、この世界で生まれて生きている人たちにしてみると、これが普通なのか。
一般に広まっている魔道具もあるので、一概に不便というわけでもない。安いとは言えないけれど、魔道具を動かすための魔石は簡単に購入することができる。
なるほど、逆に言えば魔石が供給される分でしか魔道具は稼働できないのか。
そもそも魔道具は工場で作られているわけではないだろうし、大量生産に向かないのかもしれない。
それにギルドが魔石をずっと同じ値段で買い取り続けてくれているのは、需要に追い付いていないからだとも考えられる。
そんなに大量の魔石を誰がとなれば、上流階級だろう。魔道具が普及するとそういった人に回る魔石量も減るとすれば、貴族階級が魔道具の販売の制限などしているのかもしれない。
こうやって考えてみると《魔石を大量に消費する》ように世界ができているようだ。
さすがに素人の妄想が過ぎるかなんて思っている間に、ギルド長がやってきた。
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