第61話 ノルヴェルと髪飾りと少年

 北へ向かうといっても道なりに進んでいるので、必ずしもまっすぐ向かっているわけではない。

 道は一本しかないので間違えることはないけれど。

 道中、フォレストウルフと見られるウルフと何度も戦闘になった。

 戦闘と蹂躙のどちらで取るのかは人によって異なるだろうけれど、わたし達としては剣を使う練習になったのでよしとする。


 シエルだけだとウルフと1対1でも苦戦するので、いい訓練になった。

 2体以上で出てきたら、1体になるように魔術で消し飛ばしていたのはご愛敬だろう。

 おかげで魔石も取れなかったウルフも結構いる。


 ここしばらく同じような景色が続いていたけれど、少し前から畑――おそらく小麦――が広がっていた。

 しかし収穫時期が終わっていたようで、土がむき出しになっているだけで、閑散としている。

 その中をしばらく歩いていたら、シエルが先を見据えて声を出した。


「ようやく町が見えてきたわね」

『今日中にはたどり着けそうでよかったです』

「今更、一日二日ずれたところで、大きな問題はないと思うのだけど」

『寝袋で十分ですからね』


 王都を出てから30日くらいだろうか。正確な日にちは数えていないのでわからない。

 途中で食べ物を買うためにいくつか村に寄って、適当に依頼をこなしてきたけれど基本は野宿。

 石のベッドの不快さを知っているシエルは野宿であっても、寝袋さえあればぐっすり眠れる。

 寝ているシエルを襲おうとしたウルフが何体、諦めて消えていったのかわからないほどだ。


 それこそ、寝袋に慣れた直後は昼過ぎくらいまで寝ていた。

 さすがに今は危機感を持っているのか、朝のうちに起きるようになったけれど。


 そんな野外生活も今日で終わり。


 すぐ近くに魔物が住み着いている森があるためか、灰色の頑丈そうな壁で覆われている町がもうすぐそこまで近づいてきた。



 ノルヴェル。エストーク王国の北にある山脈のふもとにある森と隣接した町で、今日わたし達がやってきた場所。

 森とはつまり、魔物が生まれる場所であり、それに隣接するノルヴェルは常に魔物の危険にさらされていると言える。

 王都ほど大きな町ではないけれど、壁だけは非常に強固に見えるのはそれが理由だ。


 その強固さは魔物にのみ発揮されるらしく、わたし達が町に入ろうとしても、特に何も言われることなく入ることができた。

 身分証代わりのハンターカードが本物だと信じてもらえたのかもしれない。


 町の中、普通に道を歩いていても、武器を持っているハンターがいるのも魔物被害が多いからだろう。

 大声で呼び込みをしている屋台の声に混ざって、喧嘩をする声も聞こえるが周りが気にしていないあたりも、ある意味でハンターフレンドリーな町と言えるのだろう。

 ハンターが集まる区画と民間人が集まる区画を分けているので、許容範囲が他の町よりも大きいのかもしれない。

 だからといって、C級ハンターわたし達フレンドリーではなさそうだけれど。

 幸いまだハンターとは知れていないから、軽く目で追いかけられる程度だけれど、ハンターだと分かったとたんに何人が因縁をつけてくるかわからない。


 因縁をつけられた時には、ボコボコにするのだろう。シエルが。


 ともかく今は気にしなくていいので、シエルは宿を探す。

 屋台でウルフの串焼きを買いながら宿の場所を聞くあたり、シエルもだいぶ人に慣れてきたのだと思う。

 お腹と相談しつつ、何軒かの屋台で食べ物を買って宿屋の情報を集める。

 いくつか名前が挙がった宿屋の中でも、最も多かった宿屋を選んで部屋を取ることにした。



『そう言えば、髪飾り全く落ちる様子もありませんでしたね。

 剣を振り回していたので、落としそうだなと思っていたんですけど』

「確かにそうね」


 借りた部屋のベッドの上でふと気になったことを口にすると、シエルが髪飾りに手を添えてから同意した。

 あまり興味がなさそうと言うか、釣れない返事なのが少し気になる。

 このままお洒落などに興味がない子に育ったらどうしよう。と言うのは、わたしの欲にまみれた気掛かりだから黙っておく。


 前世の記憶を紐解くに、性別に関係なくお洒落にある程度興味を持っていた方がプラスに働くと思う。

 でも、12歳でアクセサリーにまで気にかけるというのは、早いのだろうか。

 まあ強要しないようにしつつも、何かシエルに似合いそうなものがあれば、勧めてみるくらいにしておこう。

 その時には、私のセンスが壊滅的でないことを祈る。


『髪飾りは今でも花に戻るんですか?』

「大丈夫みたい。エインは魔力を取られているって言っていたわよね?」

『取られていますが、全く気にならないレベルですね』


 シエルが髪飾りに手を伸ばすと髪飾りが消えて、その手に透明な花が現れる。

 取られる魔力も本当に微弱。とはいっても、わたしにとってそうだというだけで、他の人だとどうなるかはわからない。

 これでも魔力量の異常さは自覚している。5年間裏技を使って上げ続けてきたのだから、他の人と同じなわけがないのだ。


 ついでに魔力は年齢と共に上昇し続けているので、2年前よりも実感できるレベルで増えている。


 微弱とは言え、魔力お化けたるわたしから魔力を吸い続けているので、吸い取った総量としては結構なものになっているのではないだろうか。


「髪につけるのが楽でいいのだけれど、結局何なのかしらね」

『殺気のようなものは感じませんし、そもそも生きているわけでもなさそうなんですよね』


 生きていたなら今まで与え続けてきた分、何かしら働いてほしいのだけれど、特に髪飾り状態は無機質だ。


「だとしたら、魔道具みたいなものかしら?」

『その可能性は高そうですね。

 魔法袋があるわけですから、勝手に髪にくっつく髪飾りがあってもおかしくはなさそうです』


 わたしは魔道具製作について詳しくはないので、本当に作れるのかはわからないけれど、不可能ではないと思う。

 でもそうなると、森の中にあった意味も、花の形をしていた理由もさっぱりわからない。


『魔物はハンターってことで、道具屋に訊いてみても良いのかもしれませんが……』

「貴重なものだとか、良くわからないものとかだと、目立ってしまうわね」

『目立つのは避けられないと思いますが、そういった目立ち方は今は避けたいですね』


 シエルの年齢でC級ハンターというだけで目立つし、上を目指せばさらに目立つのは避けられない。

 今までの町でも、悪目立ちとは言わなかったけれど、塩漬け依頼をこなしていたらハンター組合側には顔を覚えられてきたから間違いないだろう。

 だけれどそういった目立ち方ならまだしも、珍しいものを持っていることで目立ってしまえば狙われる。


 特にシエルは見た目のせいで悪漢の類を引き寄せやすいのだ。


 道を歩けば絡まれることが目に浮かぶ。


「悪い感じはしないのよね?」

『そうですね。悪意の類は感じません』

「それなら国を出るまで何なのか確かめるのは我慢、でいいかしら?」

『良いですよ』


 シエルが花を髪に戻す。

 魔法袋が大きくなったのだから着けている意味はないのだけれど、着けていたほうが女の子らしいのでわたしは何も言わないことにした。



 翌日、朝のピークの時間が終わったころにハンター組合に向かう。

 このピークの時間というのは、町が変わってもそこまで変わるものではない。

 ハンターという職業柄ギルドに行くのが遅くなれば、それだけ働ける時間が減り収入にかかわる。

 夜に呑み騒ぐことはできても、魔物が闊歩する門の外に出ていく人はそうはいない。


 数日またいで行う依頼もあるけれど、それでも門の外で夜を迎える数を減らすように動くものだ。

 ピクニック感覚で昼過ぎに門を出て、森で一泊して帰ってくるのは、わたし達くらい。


 今日の予定だけれど、ハンター組合で情報収集と丁度良いものがあれば依頼を受ける。

 情報収集と言えば酒場だけれど、今回ほしい情報がノルヴェルの町の北にある森及び山脈について、つまりこのギルドのハンターが活動のメインとしている場所なので、ギルドで聞いた方が良いという判断。


 また海ももうすぐなので、良さそうな依頼が無ければノルヴェルでは買い物だけということも考えている。

 そのため変に絡まれるかもしれない酒場での情報収集はお休み、とも言える。


 ノルヴェルの町のハンター組合は無骨な石造り。

 王都にあるものと比べると小さくなるけれど、それでも他の町よりも大きく頑丈そうだ。

 ハンター組合のような組織のイメージとしては、王都よりも合致している。


 シエルはそーっと扉を開けて、中に人が少ないことを確認してから、建物に入った。

 ハンターの数は0とはいかないけれど、数人が掲示板を眺めている程度。

 シエルは空いているカウンターに向かうと、年若い――前世のわたしに比べると――女性の受付を相手に情報収集を始めた。



 受付嬢から聞いた情報をまとめると、まず北の森には獣系の魔物が多い。

 ウルフを始めとして、前世で言えば鹿に似たディアや猪に似たボア。低ランクが狩るような魔物だと一角兎などがいるらしい。

 ここ最近の状況としては、ウルフの数が増えたことで森から追い出されるように低ランクの魔物がよく姿を見せるのだとか。

 それを追ってウルフも出てくるので、ハンターとしては稼ぎ時ではある。

 幸いまだ大きな被害は出ていないようだけれど。


 山脈越えは上級ハンターでないと難しく、好き好んで海に行く人はまずいないという。

 本来いないはずの人に当てはまるのだけれど、聞いた感じわたしの結界を破壊できそうな魔物はいない。つまり何の問題もない。


 話を終えるときに危険だからシエルは戦わないように、と言われるのにも慣れた。新人が興味本位で聴きに来たのだと見られたに違いない。


 気を取り直して、どんな依頼があるのかを掲示板を見て確認する。

 受付で言われていた通り、上から下まで討伐依頼が多い。

 ここに来るまでに狩ってきたウルフでも出せば、一気に多くの依頼をこなしたことになりそうだ。


『駄目かしら?』

『止めておきましょう。先ほどの受付を見るにひと悶着ありそうです』


 シエルが言葉足らずに尋ねてきたけれど、言いたいことは分かる。

 ウルフ関係を受けて、魔法袋に眠っているウルフを減らしたいのだろう。腐りそうなところは入れていないけれど、邪魔と言われれば邪魔なのだ。


『でも他の依頼を受ける時でも、C級なんて持っていったらひと悶着ありそうよね?』

『このまま何もせずに明日には町を出てしまうというのもありかもしれませんが、討伐依頼の期限が指定されていないんですよね。

 海に行って戻ってくるまでの間に、適当に魔物を狩るだけでも達成できそうですから効率的ではあるんですが……』


 話している途中で誰かが近づいてきた。今までギルド内にいた人ではなくて、どうやら外からやって来たらしく、足取りが酔っ払いじみている。

 扉からまっすぐ近づいてくるあたり、すでにロックオン済みと言う事だろうからシエルに注意を促しても回避できそうにない。入ってきて偶々見つけたのだろう。運が悪い。

 一応姿を確認しておくと、10代半ばほどの少年で顔がやや赤かった。


「おい」


 声をかけられてシエルが少年の方に振り返ったけれど、何事もなかったかのように掲示板の方へと視線を戻した。


『仕方ないから、C級の討伐依頼をいくつか受けるわね』

『はい。シエルなら問題ないでしょう』


 無駄なトラブルを避けるため依頼は諦める事も考えられたが、別件とは言え1つ引き寄せてしまえば開き直ったほうが良い。どうせC級だと証明する場面が出てくるのだから。そのあとなら、C級依頼を受けたところで揉めることはない。


 やることも決まったので、シエルは数枚の依頼書を剥がしてカウンターへと持っていく。

 当然少年は完全無視。すぐにでも絡んできそうなものだけれど、それよりも呆気にとられてしまったのか、シエルを黙って見送った。

 それからすぐに意識を取り戻して、ついでに酔いも醒めたらしく、シエルに手を伸ばす。


 掴まれると拙いのはビビアナさんとのやり取りで分かっていたので、『シエル』と注意を促す。

 掴まれても、それ以上何かできることもないと思うけれど。

 わたしの言葉にシエルは素早く振り返ると、流れるように少年から距離を取る。

 少年の伸ばされた手は空を掴み、周囲のハンターから失笑を買った。


 恥ずかしさか、怒りか、酔いとは違う形で顔を真っ赤にした少年は、ビシッとシエルを指さす。


「お前新人だろ? オレの女にしてやるよ」


 それからこんな風に宣言した。

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