第18話 魔術とカロルと二回戦
『魔法陣に一杯詰め込みましたね』
『ええ、ここまで色々条件を詰め込めるのは、面白いのよ。
何とか不殺の条件も加えられて、安心したわね』
『満足できたのならよかったです。ところで結界に頼らずにっていうのは、難しそうでしたね』
『D級ハンター相手に何も準備しないでっていうのは、無理みたいね。
避けるので精一杯だったんだもの。せめて事前準備の1つでもできていたら良かったのだけれど』
『やらせておいてですが、シエルが結界なしで戦うことっていうのは、そうそう起きるものではないですからね』
『ふふ、それは当然ね。でも大変な時には、無理しなくていいのよ?』
やりたいことができたからなのか、アレホをズタズタにできてすっきりしたのか、シエルの機嫌が戻っていた。というか、どれだけ機嫌が悪くても、わたしと話すときには機嫌を直してくれるだけなのかもしれないけれど。
あの屋敷にいたときも、シエルの機嫌は何度か悪くなっていたけれど、それをわたしに向けられたことはないし。
途中でキレて結界頼りの戦いになったことについて言及しようかと思ったけれど、そこまで縛ってしまうと勝てなかっただろうから、まあ良しとする。
あくまでも現時点におけるシエルの素の身体能力と、D級ハンターの差を知りたいだけだったので。
勝てそうにないなら無理する必要はない。というか、魔術師ポジションであるシエルが、バリバリ前衛の斧使いと真正面から対決する状況は、そうそう起こらないと思う。
さて、とりあえず勝っただろうと思うので、シエルに体を貸してもらって、カロルさんの方を見た。
ジッとわたしを――ではなくて、わたしの足元の魔法陣を見ていたカロルさんは、わたしの視線に気が付いたのか「勝負ありよ」と遅れた勝利宣言をする。
それから一度この競技場みたいな場所から一度出て、職員――なのか近場にいたハンターなのか――を、数人連れてきた。
連れてこられた人たちは、血まみれで倒れるアレホをぎょっとした目で見た後で、もの言いたげな視線をカロルさんに向ける。
なるほど。この惨状をカロルさんがやったと思っているのか。
確かにわたし――シエル――がやったというよりも、説得力がある。
それから、わたしのことは不思議そうな顔をして見ていくのだけれど、そういえばまだ髪を隠したままだった。
とは言え、あれだけ動けばカロルさんには見られただろうし、もうフードは外していいと思うけれど。
カロルさんは、やってきた人たちに何か言葉をかけると、わたしのほうへとやってきた。
「これで、貴女はE級ハンタースタートになるわ」
「はい、ありがとうございます」
「あら。あまり嬉しそうではないのね。なんて実力をほとんど出していないのに勝っても、達成感も何もないわよね」
「いえ、結構大変でしたよ?」
「隠しても無駄よ。あれだけの魔法陣を使える人が、D級に負けるわけがないもの。
あの程度、やろうと思えば一瞬で殺せたわよね?」
『シエルに一つ聞きたいんですけどいいですか?』
『なあに? エイン』
『ある程度実力を隠さずに早めにB級を目指すか、実力を隠して、地道にB級を目指すかだとどちらが良いですか?』
『B級になったら嫌でも目立ちそうよね。だったら、実力を隠す必要はないかしら』
何だかカロルさんにこちらを探られている気がしたので、考えるふりをして、急遽シエルと作戦会議をする。
議題は目立つかどうか。結論は多少目立ってもB級になる。ということで、適当な塩梅で実力を開示していこうと思う。
「魔術を発動させるまでに数秒はかかりますから、一瞬は無理ですよ」
「それはそうね」
「それでカロルさんは、わたしに何をさせたいんですか?」
「貴女の本気の魔術を見せてほしいのよ。Bランクの魔物を少なくとも2体は狩っている貴女が、あの程度であるわけがないもの。
いえ、この魔法陣だけでも、十分に研究材料にはなるけれど、きっとこれ以上があるに違いないわ」
カロルさんのテンションがいきなり高くなって、圧倒される。
前世でいうところのオタクという人だろうか。世界は変われども、似たような人はいるということだろう。だとしたら、娯楽が発達してもよさそうなものだけれど。
「Bランクの魔物2体って、どういうことですか?」
「Bランクの魔物の魔石、持っているでしょう? それをどうするつもりだったのかも、気になるところね」
「Bランクというと、これですか?」
ふと思い至ったので一つ目巨人の魔石を取り出して、カロルさんに見せると「それよ」と返ってきた。
最終的にサクッと倒せたけれど、それも舞姫と歌姫という2つの姫職の力があったというのは間違いない。
それはそれとして、Bランクの魔物ということは、B級ハンター以上の実力が求められるのだけれど、そんな魔物の攻撃を耐えられたわたしの結界はやりすぎなような気がしてきた。
ここまで行くと、正直実用性よりもどこまでできるかのかという、知識欲でしかないのだけれど。
「その話が確かなら、Bランクの魔物を倒せたんでしょう。
ですが、わたしが本気の魔術を見せるメリットは、ありませんよね?」
「こうやって、決闘を取り持ってあげた……っていいたいけど、貴女にしてみれば、別に取り持たずともアレホくらい何とでもできた。むしろ、こちらがいろいろ条件を付けた形ね。
だから魔術を見せる代わりに、ワタシとも1回模擬戦をするっていうのはどう? 貴女が勝てば、B級の試験を合格したってギルド側に認めさせるわ」
「その約束がちゃんと果たされる証拠はありますか?」
「セリアとの話は聞いていたでしょう? わがままで貸し借りなしだって」
「"少々のわがまま"でしたよね?」
「B級になるための試験はB級以上のハンターに実力を認めさせること。B級以上であるワタシに実力を認めさせるという試験内容はクリアしているのだから、試験時期に関してだけわがままを言うだけだわ。
あとは一戦やってくれたら、D級になるまで面倒を見てあげる。おそらく貴女は戦力自体はB級はあるだろうけれど、ハンターランクを上げるのは、強ければいいというものでもないもの。
早くランクを上げたいなら、先輩に教えを乞うのが近道よ」
カロルさんの話に質問を何度もして、信頼していいかを考える。
受けた場合のデメリットは、先ほどの戦い以上に実力がばれてしまうこと。しかしこれに関しては、ある程度は表に出していくという方針が決まっている。
メリットはより高いランクのハンターの実力がわかること。アレホの反応から、少なくともC級以上であるのは間違いない。
最低保証がこれくらいとして、カロルさんがB級であることは間違いないと思っているし、その後のお世話までしてくれるとなれば、受けない理由はない。
『個人的には条件付きで受けていいとは思いますが、どうしますか?』
『条件っていうのは?』
『職業の力はどちらかに絞る、でしょうか。少なくともわたし達に2つの職業があることは、バレないようにしたいです。
舞姫の力を無詠唱魔術と誤解してくれる程度に抑えるのが良いかもしれませんね。そこまでなめてかかって、勝てるかはわかりませんが、どうしてもダメな時はわたしに代わってください』
『ダメ。戦いは私の役割なのよ?』
何かあった時、舞姫だと思われるよりも、歌姫だと思われていたほうが、リスペルギア公爵から逃げるのに便利だけれど、シエルの気持ちも蔑ろにはできない。何より、役割の徹底はわたしが提案したものだ。
わたしから反故にするのは、シエルに良い印象は持たれまい。
『わかりました。ただし舞姫だとわからない範囲で、戦うようにしてください。
その代わり結界は大丈夫そうなら、頼ってくれても構いません』
『わかったわ』
話がまとまったので、カロルさんに「お受けします」と伝える。
頼って大丈夫だと言ってはみたものの、カロルさんに破壊されないとも限らない。
そんな攻撃が来ないことを祈るばかりである。
カロルさんはわたしの返答に気をよくしたのか、スキップでもしそうなくらい軽快な足取りで、ドームの中央にやってきた。
「そういえば、球状この結界は、張りっぱなしでいいんですか?」
「連戦だもの、それくらいはハンデのうちよ」
「では言葉に甘えます。それから希望に添えなかったらごめんなさい」
「んーん。すでにワタシとしては十分な収穫よ。でも人っていうのは簡単に成果が見えると、次も次もと贅沢になるの」
その気持ちはわからないでもないけれど、それで結果が芳しくなければ、必要以上に落胆すると思うのだけれど。
要求されているのは、1回戦うことなのだから、どういう形でもそれを満たせば文句を言わせるつもりもない。
「そんな細かいことはどうでもいいとして、さっそく始めましょう。このナイフが地面に落ちた瞬間に開始で良いかしら?」
「わかりました」
ナイフを投げるのはどうかと思うけれど、都合がいい枝や石は見当たらないし、カロルさん的にちょうどいいのがナイフだったのかもしれない。
今から戦うのだ、変なツッコミはしない方向でいこう。
カロルさんがわたし達と距離を取るために歩いている間に、シエルと入れ替わり後を託す。2人向かい合ったところで、カロルさんがナイフを高々と投げ上げた。
数秒でナイフが地面に戻ってきたと思った瞬間、無数の魔力の反応が前方に現れた。視界一杯に氷の矢がこちらを向いて、空中で待機しているのが見える。
すべての矢が射られたとして、1つ1つの威力にもよるけれど、たぶん結界で阻むことはできるとは思う。
ただカロルさんもそれは承知の上だろう。だとしたら、何かあるのかもしれない。
シエルが動こうとしたところで、すべての矢がこちらに向かって放たれる。
弾幕のように逃げ場なくやってくるのかと思ったけれど、一列になってやってきては球状結界にあたって消えていく。
守られているシエルは、カロルの攻撃から逃げるように移動するけれど、矢の追尾を振り払うことができない。
矢の一撃一撃は、アレホの1撃目と同じくらいなのだけれど、これはちょっと危険かもしれない。
カロルさんの様子をうかがうと、シエルに矢が届かないというのに余裕そうな表情をしている。
つまりわかってやっているのだろう。結界魔術は簡単に言えば、魔力で壁を作って攻撃を防いでいるのだけれど、普通は強度に波ができる。
つまり結界の強度は一定ではなくて、強いところと弱いところができてしまう。
カロルさんの矢は、弱いところを的確に打ち抜いているのだ。魔石のこともそうだけれど、魔力を感知する力がかなり高いのだと思う。
逃げるのが無意味だとわかったのか、シエルは動くのをやめて、地面に何かを書き始める。それを許さないかのように氷の矢は数と勢いを増し、とうとうパリンと音を立てて、結界が崩れてしまった。
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