第16話 ハンターと説明と因縁
サノワの町は門をくぐってすぐのところに市場が広がっていて、今の時間でもそれなりに活気がある。
ただ、いくつもお店が並んでいる中で、いくつか開いていないお店があるのが気になった。
活気があると言っても、歩けないほどではなくて、小さいわたしはすいすいと間を縫って歩くことができる。門の中に入ってしまえば、単なる子供に見られるのか、そこまで目立たない。
商業区のようなところを抜けると、少し空気に不穏なものを感じるようになる。
賑やかなことには違いないのだけれど、市場のそれとは違い、いくぶん荒っぽい。
歩いている人たちも、簡素な服を着た一般人ではなくて、武器を持っていたり、防具を付けていたりしているのをちらほら見かける。
途中で見かけた酒場では、まだ日があるというのに、少なくない男たちが酒盛りをしていた。
『エインが言っていた組織っていうのは、ハンター組合のことなのよね?』
『そうですね。どのように呼ばれているのか、という違いはありましたが、とりあえず魔物を倒すことを生業にしている組織があるだろうと踏んでました』
『それは、故郷にあったから?』
『故郷にはなかったですね。ですが、魔物が出る以上、ガラが悪くても腕っぷしが強い人を遊ばせておくのはもったいなさそうですから。
そういった人をまとめるような組織は、ある程度の規模の町ならあるでしょうし、組織としての規模も大きいと思うんですよ。何より正体不明の人物でも、受け入れてくれそうですからね』
それっぽいことを言ってお茶を濁すが、本当はこういった創作物でよく見かけたからだ、というのが正しい。物語などでハンター組合のような組織を知っていたから、この世界にも似たような何かが存在するだろうという発想に至ったわけだ。
シエルメールを名乗ったのも、ハンターに登録するには名前が必要だと思うから。この町ではわたしがメインでも、今後シエルが表立って動くようにシフトしていくのだから、その時にエインセルの名前で登録されているのは好ましくない。
やっぱり創作物知識にはなるけれど、こういった組合の場合、この国の中だけの組織ではなくて、国の垣根を越えて存在するものだと思うので、ここで付いた嘘が別の国で厄介事に変わるかもしれない。
『今日はギルドに行った後、どうするのかしら?』
『そういえば話してませんでしたね。いつ終わるかにもよりますが、宿をとって、時間があればシエルの服を見に行きましょうか。
髪は隠さなくても良さそうなので、思い切っておしゃれしてみてもいいかもしれませんね』
『別に私は今のままでも良いのよ?』
『ダメです』
シエルが着るということは、わたしが着ているのと一緒だけれど、もともとの自分と違いすぎるせいか、着せ替え人形みたいな感覚だ。
着せ替え人形というよりも、アバター作成のほうが近いだろうか。
ネットゲームで、妙にロールプレイにこだわった挙句、実用性よりも見た目重視の装備をしている人がいたけれど、今ならその人の気持ちがわかる。
それはそれとして、今までの生活がたたって、シエルがおしゃれに全く興味を示していないのが気にかかる。わたしもそこまで気にする側ではなかったけれど、出来れば美容とかにも気を付けたほうが良いかもしれない。元が良いのに、何もしないのはもったいない。
でもそう考えると、服だけじゃなくて肌の手入れや髪型のアレンジも考えないといけないだろうか。
さすがにそこまでやってしまうのは抵抗があるけれど、放っておくとシエルは放置してしまいかねない。何よりしばらくはわたしが動くのだから、わたしが何とかしないといけない範囲なのだろうか。
むむむ……と考えていたら、『今度は何を考えているの?』とシエルから声がかかった。
『少し自分というものについて考えていました』
『それで何かわかったのかしら?』
『とりあえず、後回しにしようという結論に至りました。
ちょうど、目的地に着いたみたいですからね』
道も終わりが見え、1軒の建物の前にたどり着いたので、シエルとの会話を強引に切り上げる。
この町の建物はここまで見てきた中だと、1階建てか2階建てといったところだったが、これは3階建ての大きな建物なのでここで間違いない。ついでに、隣には外につながる門があるので、外から戻ってきてすぐにギルドに立ち寄るようになっているらしい。
酒場の延長線上を想像していたけれど、ちょっとおしゃれなお店みたいな感じの外観をしている。
中央にある扉を開けると、正面にカウンター、左右に談話室みたいな簡素なイスとテーブルが置いていて、いかにもな格好をした人たちが、何やら話し合いをしている。どうやら、酒場と一体にはなっていないらしく、お酒をふるまっているというわけでもなさそうだ。
外から見た時よりも、奥行きがないように見えるのは、それだけ裏での仕事もあるということだろう。
扉を開けて入ったわたしに、ちらっと目を向けた人もいたけれど、すぐに興味を失ったようで会話に戻って行った。
何となく「おい嬢ちゃん、ここは嬢ちゃんが来るところじゃねえぜ」みたいな洗礼を受けると思ったのだけれど、そういうことはないらしい。
でも受付をしているのが、若い女性というのはそれっぽい。おばさんがやっていても、おじさんがやっていても、それっぽいと思いそうだけれど。
まあ、絡まれないならそれが一番かと、カウンターまで行ったところで問題が発生した。非常に高い。わたしの首くらいまである。
そのせいで、受付の女性に暖かい視線を向けられてしまった。あと身長差のせいで、程よく大きいそれが、目の前にある。
顔を見るために、首を上にあげないといけないのが、少し辛い。
「今日はどうしました?」
「えっと、これを読んでもらっていいですか?」
ハンターになりに来ました、と言ってもたぶん適当にあしらわれるので、門番のおじさんに書いてもらった紹介状を、受付嬢に手渡す。
彼女は「お借りいたします」と丁寧に言ってから紹介状を受け取り、そして驚いたように文面とわたしを交互に眺める。
それから「少し待っていていてください」と断ってから、カウンターの奥に行ってしまった。
確かあの紹介状には、わたしが10歳であることと魔物を倒せるだけの力を持っていることを保証する、みたいなことが書いてあったはずだけれど、問題でもあったのだろうか。
『それとも、見た目の問題でしょうか?』
『皆身長が高いものね。まだ、わたしより小さい人は、見かけていないもの。
無事にハンターになれるかしら? 子供だと勘違いされてしまわないかしら?』
『大丈夫だとは思いますよ。ダメだったら、魔石を売れる場所でも探しましょう』
『わかったわ』
受付嬢が戻ってきたのを察知したのか、シエルが話を切り上げた。
受付嬢は、急いでいたのか、少し息が上がっている。
「お待たせいたしました。現在確認をしていますので、先にハンターについて説明しましょうか?」
「はい、お願いします」
「ハンター組合はもともと、魔物を倒して町や村を守ることを目的とした組織でした。町の外に出ることが多かったこともあり、次第に町の外に自由に出られない住民や町、貴族などからの依頼を受け付けるようになったのが、今のハンター組合になります」
「ハンターは基本的に、依頼をこなしていけば良いんですか?」
「そうなりますね。依頼をこなすことで、ギルドを通して依頼者からお金をもらいます。特殊なものでもない限り、ハンターが依頼者に会うことはありません。
それから、ハンターにはG~Sまでのランクがあり、ランクによって受けられる依頼が異なります。始めたばかりのG級の依頼だと一律銅貨1枚が報酬になり、町の中だけで終わるモノだけになっています。
ランクが上がれば、それだけ報酬は高くなりますが、それだけ難しいものになります。基本的に受けられるのは、自分のランクとその1つ下の依頼までだと覚えておいてください。
依頼に失敗した場合、依頼を破棄する場合には、事前に提示された違約金を支払う必要があります」
「ランクが上がると、他に何か特典があるんですか?」
「まずF級になると町の外へ行くことができます。入会時に作るハンターカードが、この町に限り通行証代わりになりますから、通行料を払う必要がなくなります。
魔物討伐の依頼が受けられるのがE級からです。
D級になると国内に限りハンターカードが通行証代わりになりますから、自由に動けるようになるでしょう。一般的に身分が保証されるとされるのも、D級ハンターからです。
さらにB級以上になれば、ギルド本部へ自由に行くことができるようになります。それはつまり、国の移動が自由になるということです」
つまり、わたし達が目標にするべきなのは、B級ハンターということになるわけか。登録後すぐに国外に逃げるということはできそうにない。別の方法があるかもしれないが、今の言い方だと、一般人が国外に出るのは難しそうだ。
同時にハンター組合が、国を超えた組織であることも分かった。ここで頑張ったことが他国でも直接意味をなすのは助かる。
「ハンターのランクを上げるには、それだけの功績を認められたうえで、試験に合格する必要があります。
まずは依頼を定期的にこなすことから始めるといいでしょう。試験は模擬戦がほとんどですね。ハンターという仕事上、強さは求められますから」
「いきなりE級やD級から始めるということはできないんですか?」
「強さが認められるとE級から始めることも可能です。ただしそこから、D級に上げるにはハンターとして必要な技能が備わっているかを確認します。技能については、定期的にハンター組合が講習を行っていますので、参加してみてください。すべて参加すれば、早くて数か月で技能を認められます。
またランクと強さが見合っていない場合、特に大きな功績を残した場合には、例外的にランクが上がることもあります」
「地道が一番ってことですね」
「はい。急いでランクを上げようとして、レベルに見合わない依頼を受けて命を落とした人も、大勢いますから」
こうやってさらっと言われると、この世界の命の軽さがよくわかる。
ちょっと森に入って、あの一つ目巨人にあったら、普通なら死ぬだろう。何だったら、緑の小人でも数匹いたら危うい。
「説明を続けますね。依頼の中には、ギルドが常に出している常時依頼というものがあります。
これは魔物で武器等に使えそうな素材や、魔物が作り出すとされる魔石をギルドが買い取るというものです。こちらはランクは関係ありません。依頼については受ける時に、さらに詳しくお話することになるかと思います」
基本的に聞きたいことは聞けたかなというタイミングで、受付嬢に男性が何か耳打ちをする。
それに何度か頷いた後、受付嬢が改めて、わたしを見た。
「説明の途中ですが確認が取れましたので、簡単に規約を説明したのちに、いくつか質問させていただきます。よろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
それから話されたなかでも、主なものをまとめると、
・ハンター同士の争いは禁止。もしもの場合は、決闘が認められる
・町や村を破壊することも禁止
・職業を無理に聞き出すこと、他人の職業をむやみに喧伝することの禁止
・ハンターカード、ランクの偽証の禁止
・緊急時には強制招集されるが、その時に特別な理由もなく拒否することの禁止
・禁止事項を犯した場合、最悪ハンターとしての資格を失い、再加入ができなくなる
・活動は自由だが、長期間活動が認められないと、ランクが下がることもある
・ランクには個人ランクとパーティランクがあり、同ランク帯のパーティで、パーティの実力が認められれば、個人よりも上のランクの依頼を受けることができる
・パーティの変更は各地のギルドで行うことができる
といった感じ。もっと細かく上げれば、あるけれど、気を付けておくのはこれくらいだろう。
職業に対しての、禁止事項があったのは意外だったけれど、どうやらハンターは職業による差別を良しとしていないらしい。
強ければいいという考えなのかもしれない。
「では、ハンターカードを作るにあたって、記入するという形で質問させていただきますが、文字は書けますか?」
「書けます」
「ではコチラに……」
受付嬢が、こちらに一枚の紙を手渡そうとしたところで、その動きが止まった。
うん。カウンターが高すぎて、何も見えない。文字は書けるし、読めるけれど、まさか身長が足りないと思わなかった。「読み上げますので、こちらで記入する形にしましょうか?」と気を利かせてもらったので、ありがたくそうしてもらう。
「まずは名前と年齢をお願いします」
「シエルメール。10歳です」
「次に可能であれば職業を、もしくは得意なことをお願いします。
なければ、ないでも大丈夫です」
「魔術が使えます」
「はい。それでは、パーティの紹介はどうしましょうか?」
「ひとりで活動するつもりです」
はっきりとソロでの活動を伝えると、受付嬢は心配そうにわたしを見た後で「以上になります」と言って、紙を渡してくれた。書き間違いがないかどうかということだろう。
『パーティはエインと組んでいるようなものだと思うのだけれど』
『そうですね。でも、認められないでしょう。できたとしても、しないほうが良いと思います』
『エインの存在は、出来るだけ隠しておかないといけないものね』
シエルとそんなやり取りをしながら、間違いがないことを確認して紙を返す。
「ではこれから、シエルメールさんはハンターになります。
最後に、E級から始めるための試験を受けますか?」
「少し考えていいですか?」
「もちろん大丈夫ですが、試験を受ける場合、実力があることを示す何かを提示してもらいます。
試験官も暇ではありませんので、ご了承ください」
受かれば儲けもので試験を受けて、実力が全く足りなかったという新人が多いのだろう。
受付嬢の言葉には、どこか疲れたような雰囲気があった。
とりあえず、時間はもらったので、シエルと相談することにした。相談というか、確認に近いだろうけれど。あと、妙な動きをしている人が、探知に引っかかっている。
『どうしますか?』
『受けるつもりだったのでしょう? 私に戦えるのを聞いたのは、こういうことを想定していたからではないの?』
『それとはちょっと違いますが……想定通りのことも起こりそうです』
『何があっても、早くB級にならないといけないもの。
エインとしては、うまくいかないように思うのかしら?』
『ちょっと面倒くさいかなってくらいです』
『それなら、迷う必要はないわよね。あの魔石を処分する機会でもあるもの』
シエルの本音が漏れたところで「受けます」と受付嬢に伝えて、蜘蛛を倒した時に取れた魔石をカウンターに乗せる。
「実力の証明は、これで大丈夫ですか?」
「……失礼かもしれませんが、これは自分で手に入れたものでしょうか?」
「もちろ……」
「いやぁまさか、こんな嬢ちゃんに拾われていたなんてなぁ」
受付嬢の言葉に肯定しようしたら、案の定こちらをうかがっていたハンターの一人が、品のない話し方で割り込んできた。
せいぜい「嬢ちゃんにハンターは無理だ。実力でわからせてやるぜ」みたいなのが来るかと思っていたけれど、もっと俗物的なのが来てしまった。
受付嬢も顔をしかめているので、あまり評判のいいハンターではないのだろう。だけれど、10歳になったばかりの女の子が魔物を倒したというよりも、悪評はあっても現役で活動しているハンターが倒したとしたほうが信ぴょう性はある。
どんな人が因縁をつけてきたのだろうかと思って、見上げるように声のしたほうを向いたら、絵にかいたようなスキンヘッドの悪人面が、下品に笑う姿が見えた。
強そうには見えないし、容赦をする必要もなさそうだ。
シエルの見た目のせいか、スキンヘッドは自信たっぷりに、話を進める。
「嬢ちゃんたった今ハンターになったんだろう?
獲物の横取りは、罰金もんだぜ? でもすぐに返してくれれば、問題にしねえよ。どうする?
断られたら、決闘するしかねえなぁ? 話し合いで解決しなかったってことだからなぁ」
「ならその決闘を試験にしましょうか」
別に決闘しても負けないだろうけど、受付嬢が目で受けるなと言っているので、どうしたものかと思っていたら、妙齢の女性の声が響いた。
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