第2章 サノワの町

第15話 門とおじさんと情報

「エイン、エイン! あれが町よね?」


 馬車がすれ違えるほどの広さの道を歩いていると、シエルがはしゃぎながら、わたしの名前を呼んだ。

 シエルが指をさした先にあるのは、道をふさぐように作られた壁。さらにその向こうにある丘の上に、大きくはなさそうだけれど城壁とお城も見える。さらにその奥には、山があるらしい。

 この世界基準ではわからないけれど、大きな町ではなさそうだ。


『こういった町は初めて見ましたけど、そうだと思います』

「それにしては、付近に人が見えないのだけれど、どうかしら?」

『探知にもそれっぽい姿はないですね。小型の動物とか魔物ならあちらこちらにいますが』

「ということは、あまり大きい街ではないのかしら?」

『そうですね。少なくとも、人通りが少ないのは間違いないです』


 なんとなく、町というと門に長蛇の列ができていて、入るまでに何時間とかかるイメージだったのだけれど、大きな町でもない限りそんなことはないのだろう。

 並んでいるときに絡まれるというのは、1つのお約束だと思うけど、ここではそんなこともなさそうだ。

 絡まれそうにないのは良いとして、町に入る前に色々情報を知りたかったのだけれど、情報収集をできそうにない。

 町が見えても周りに人がいない状況に、シエルは安心したような、期待はずれなような微妙な表情を見せた。


「それは、それでよかったのかしら?」

『やっぱり、男の人に会いたくないですか?』

「えぇ、まあ……そうね」

『何だったら、今のうちに入れ替わっておくこともできますよ?』

「まだ人はいないのよね? だったら平気よ」

『これは前もって確認しておきたいんですけど、万が一人前で戦うことになっても、シエルは大丈夫ですか?』


 シエルが男性が苦手だというのは仕方がないとして、現状ではどの程度かわからない。日常生活であれば、わたしが代わりに行えば大丈夫だと思うのだけれど、わたしの予想が正しければ、厄介事に巻き込まれて、男性相手に戦わないといけない。

 その時にシエルが戦えた方が都合がいい、というか、わたしだと負けないかもしれないが、勝つこともできない。


 でも、シエルなら勝てると踏んでいる。今のところ客観的なわたし達の強さは、一つ目巨人に苦戦しない程度、みたいな情報だけだけれど、これは結構強いのだと推測できるから。

 何せ一つ目巨人は豚男が連れていた護衛を軽々倒す強さであり、その護衛達は一つ目巨人に会うまでは、危なげなく魔物を倒していた。

 少なくとも、中堅くらいの実力があるとみていいのではないだろうか。

 実は護衛が弱くて、一つ目巨人もある程度戦いに心得があれば倒せるくらい、という可能性だってあるけれど。


「大丈夫よ。そもそも、エインが一緒なら、何が相手でも怖くないもの。

 そうでないと、あの男を相手に、おびえるしかできなかったはずよ?」

『確かにそうかもしれないですが、無理そうなら言ってくださいね』


 シエルの言う通り、トラウマの最大の相手だろうリスペルギア公爵相手でも、シエルは毅然としていた。

 だけれど、それは我慢できるであって、気は休まらないのではないかと思う。

 この辺りは様子を見ながら、ということで良いだろう。シエルの人生なのだから、あまりわたしが出しゃばってもいいことはないのだから。



『遠くから見たときにはわからなかったけれど、壁ってこんなに大きかったのね。

 私の何倍の高さがあるのかしら。それに、ずっと向こうまで続いているのね』

『魔物から町を守るものだと思いますから、町を囲んでいるんでしょう』

『つまり、ずっと向こうまで、町が続いているってことよね。すごいわ、すごいわ』


 シエルがわたしにしか聞こえない声ではしゃいでいるが、なんだか微笑ましい。

 町に入る以上、頻繁に独り言をしていると危ない人に見られかねないから、試しに声に出さずに話ができないかとやってみたのだけれど、意外と簡単にできた。

 そういうわけで、わたし達は見えていた壁の近くまでやってきた。門には行列とまではいかずとも、町に入る列ができていたので、シエルと入れ替わって最後尾について今に至る。並んだ時に何人かに見られてしまったけれど、こればかりは仕方ない。

 並んでいる人の服装は、やはり日本のそれとは趣が違い、厚布で丈夫そうなシンプルなデザインが多い。男性であれば、無地のロングTシャツみたいな服とズボン、それにマントを羽織っている。

 女性ならシンプルなワンピースに、オシャレのためかベストを着用といった感じ。

 それとは別に、丈夫そうなブーツや帽子など、装飾品が多い人もいる。


 想像でしかないが、前者は近くの村から来た人であり、後者が旅人もしくは遠くから来た人なのだろう。

 そんな中で、わたしはかなり浮いている。まず、皆わたしよりも明らかに背が高い。一番背が低い人でも、わたしと比べると大人と子供の差くらいはあると思う。

 服装についても、自分の体に合っているものではないので、やはり浮く。

 幸い髪の毛が見えない人も少なからずいるため、その点で目立つということはない。


 ここで、コミュ力が高ければ、前の人にでも話しかけられたかもしれない。何より、人がいたら情報収集と意気込んでいたわけだけれど、残念ながらわたしにはコミュ力がなかった。

 生前は最低限のコミュニケーションは取っていたので、全くダメというわけではなかったと信じたいが、友人が多かったわけでも、頻繁に外に出るわけでもなかったので、日常生活で困らないといった程度でしかなかった。そして何よりも、10年のブランクが大きい。


 と、逃げてばかりもいられないので、門のところで話を聞いてみようと思う。

 どうせすぐには入れないだろうから。

 そんなことを考えていたら、もうすぐわたしの順番らしい。


 門は何の変哲もない開閉式のものだけれど、その大きさは開け閉めするだけでも数人の力が必要そうだ。自動で開閉するような機能が備わっているのだろうか。

 その門の左右に門番が2人1組で立っていて、1人がやってきた人の対応をして、もう1人がその様子をじっと見ている。

 それから、門の中に見張り台でもあるのか、十数人の人が待機しているのが探知に引っかかっていた。


 何か問題があれば、ちらっと見えた扉から、事務所のようなところに連れていかれるのだろう。

「次」と短く呼ばれて、わたしの番がやってきた。

 30歳くらいの最低限の防具しかつけていない人と、しっかりと鎧を着て顔がよく見えない人の組み合わせで、最初の印象はガテン系のおじさんたちといったところだ。

 門番はわたしの姿を認めると、ぎょっとしたように目を見開いた後で、困ったように頭を掻いた。


「坊主……いや、嬢ちゃんか? ここにいるってことは、サノワの町に入りたいってことだよな? 両親はどこにいる?」

「1人で来ました。両親は……その……」


 わざとらしく言いよどんでみる。本当のことを言っても、信じてもらえるわけがないし、信じてもらえた場合、リスペルギア公爵に突き出される可能性のほうが高いだろう。

 こんなこともあろうかと、ある程度設定は考えてきたけれど、勝手に勘違いしてくれるならそれに越したことはない。勘違いしてくれたなら、こちらの無理な設定も勝手に解釈して納得してくれるかもしれないから。


 門番は腕を組んで考えるポーズを見せると、後ろにいたもう1人に「交代を呼んできてくれ」と声をかけた。鎧の人は声を出さずに頷くと、先ほどからちらちら見えていた扉の中に入って行く。

 残った門番は、ため息をごまかすように息を吐いて、話をつづけた。


「悪いが嬢ちゃんをそのまま、門の中に入れるってことはできない。それはわかるな?」

「お金がいるんですよね?」

「それもあるな。あとは、町に入れても大丈夫かどうかも確かめないといけねえ。

 だから、話を聞こうと思うんだが、ここではあまり時間も取れないからな。奥まで行って話をしてもらう」

「それで町に入れてくれるんですか?」

「嬢ちゃんが問題ないならな。ダメなら……ああー……どうすっかなぁ……」


 門番という仕事のせいかこんがり焼けたおじさんは、言葉が進むにしたがって弱気な声でつぶやいた。

 どうやら、悪いおじさんではなさそうで、ほっとする。

 リスペルギア公爵や能面バトラー、豚男のような人だけではなかったようだ。これならば、シエルに任せられる日も、遠くないかもしれない。


 鎧の人が同じような2人組を連れてきたので、話が一旦中断されて、入れ替わりに扉の中に連れていかれる。扉の先には廊下があって、右側にいくつもドアがあった。

 わたしが連れていかれたのは、机と椅子がある程度の簡素な部屋。部屋全体が石で作られているため、冷たい印象を受ける。


 おじさんはわたしにこの部屋にいるように言ってから、部屋を出て行った。

 明り取り用の窓が高い位置にあるが、わたしの身長ではその向こうをうかがい知ることはできない。

 こういう時、シエルくらいの年の子だと、どういう反応を見せるのだろうか。雰囲気にのまれて怖がるのか、好奇心が勝つのか。


『どっちだと思いますか?』

『選択肢がないと選べないのよ』


 シエルに聞いてみたら、当たり前のことが返ってきた。

 改めてシエルならどう反応したのか聞いてみたところ、『無反応ね』と自信満々の声が聞こえてくる。


『今までにあった人とは、違うのはわかるのよ。

 でも、どんな風に話したらいいのか、わからないんだもの。だから出来るだけ話にならないように、無反応になると思うわ。

 だからエインのおかげで、助かっているのよ』

『可能性だけで話せば、ここに閉じ込められるというのもなくはないので、わたしの対応があっているのかもわからないんですけどね』

『その時には、全力で逃げ出せばいいのよ』


 シエルは嬉々として提案するけれど、その案を採用することがないように、頑張りたいと思う。

 採用することになったら、何人か犠牲になりかねないし、騒ぎを起こすことでわたし達よりも強い人が呼ばれてしまうかもしれない。

 何よりあのおじさんが、わたし達より強い可能性だってある。


 少ししておじさんが戻ってきたとき、一緒に女性を連れてきた。

 事務方なのか、小奇麗な格好をした20歳くらいの気が強そうな人で、わたしを見る目が何かを探っているような感じがして、落ち着かない。片手にペンのようなものと、もう片方に板のようなものを持っているので、書記なのかもしれない。


「とりあえず座ってくれ」


 おじさんに言われたので、おじさんが座ったほうとは反対の椅子に座る。

 わたしと出口の間に、おじさんがいる形で、女性はおじさんの斜め後ろに立っている。

 女性を連れてきたのは、一応女であるわたしに配慮してのことだろう。特に向こうの紹介はなく、調査が始まった。


「嬢ちゃん。名前は?」

「シエルメールです」

「嬢ちゃんは、今までどこにいたんだ?」

「森の中です。森の奥で、お父さんとお母さんと一緒に住んでいました。

 それで……えっと……」

「いや、そこから先は話さなくていい」


 首を振るおじさんを見ながら、女の子だとこういう時に、とても便利だと本気で思う。

 これが良い歳をした男だったら、こうは行かないだろう。良い歳した男だったら、そもそもここに連れてこられることはなく、通行料を払って町に入れていたと思うけれど。

 話の中でシエルメールを名乗ったのは、この体がシエルのものだからというのもあるけれど、町に入ってからの目的にも関係している。


「だとするとなあ……。職業も持っていない子供を入れるっていうのは、よほどのことがない限り無理なんだよなぁ……」

「わたしもう10歳ですよ?」


 なんだか誤解されていたので、正直に応えると、おじさんは目をぱちくりさせて「本当か?」と声を上げた。

 皆身長が高いなと思っていたけれど、地球でいうところの欧米系のような人種なのだろう。

 シエルも一緒だとは思うけれど、どう考えても成長するための栄養が足りていなかったので、成長が遅れているのかもしれない。

 驚きから復帰したおじさんは、いくらかほっとしたような顔をしていた。どうやら、町に入れる可能性は高くなったらしい。


「10歳なら通れるんですよね?」

「10歳でもむやみに通していいわけじゃないが、9歳以下よりは通しやすくはなるな」

「じゃあ、通してください」

「そうしたいのは山々だけどな。嬢ちゃんは何ができるんだ? はっきり言うが、町に入って何も出来ずに、スリにでもなられたら困るんだよ」


「何ができるか」の裏には、どういう職業なんだというのが見え隠れするけれど、ここで正直に答えるつもりはない。どうしても答えないといけないときには、歌姫だと答えるけれど、いまはその時でもないだろう。


「魔物を倒せます」

「森の奥に住んでいたっていうと、そうなるんだろうな。だとしたら、ハンター志望ってことか」

「ハンターっていうのは、魔物を倒して生活する人ですよね?」

「魔物を倒すのが主な仕事だが、ランクが低いうちは子供のお使いみたいな依頼をこなすって話だ。

 嬢ちゃんが本当に魔物を倒せるなら、下のランクはすぐに抜けられるだろうが……」


 中途半端なところで話をやめて、おじさんが何かを求めるようにチラチラ見てくる。おじさんにそんな風に見られても嬉しくはないけれど、言いたいことはわかるので蜘蛛の魔石でも出すことにした。

 この魔石の反応を見て、今後一つ目巨人の方をどうするのか、考えようと思う。

 わたしの片手でギリギリ持てる大きさの魔石を机の上に置くと、おじさんはまた驚いたように「はあ?」と声を上げた。


「これ、そんなに珍しいものなんですか?」

「いや、珍しくはないな。むしろ、よく見かけるようなものだ。

 だが、それを10歳の子供が持ってきたというのがな。少なくとも、ハンターの駆け出しレベルは超えてる。それだけ、優秀な職業を授かったってことなのか」

「職業次第で大丈夫なら、そこまで驚かないですよね?」


 わたしの質問に答えた後、独り言のようにおじさんは話していたけれど、情報収集も兼ねて、質問を重ねてみる。

 相手が子供で女の子だから口が軽くなっているのかもしれないけれど、門番としてはどうなのだろうか。

 常識の範囲だから教えてくれているだけかもしれないけれど、わたしにはそれがすごく助かる。


「普通は職業の力をある程度使えるようになるまでに、数年かかるからな。

 オレは詳しくねえが、ハンターになっても、魔物を狩るようになるのに早くて2年くらいかかるらしいぞ」

「ハンターには10歳からなれるんですか?」

「なるだけならな。10歳を超えれば、職業に関係なくなれる。それで生活が成り立つかは、話が別だがな」

「それなら、わたしのお仕事は見つかったみたいなものですね」

「ああ、そうだな。嬢ちゃんなら町に入れても大丈夫そうだ。通行料だが、大銀貨2枚払えるか? 証書なんかあれば、無料になるんだが、嬢ちゃんは持ってないだろ?」

「持ってないです。ハンターになっても、町に入るのにお金っているんですか?」


 適当に話をつなぎながら、袋の中でお金を遊ばせる。

 金貨と銀貨の入った袋なのだけれど、困ったことに大銀貨というのがあるらしい。

 持っている貨幣は金貨は金貨、銀貨は銀貨で一律同じ大きさだ。元の持ち主がお金持ちだったところを見るに、銀貨だと思っていたこれは大銀貨ってことなのだろうけれど、それが正しいとも限らない。「ハンターなら、証を見せれば通行は自由になる」と、教えてもらいながら、金貨を取り出して机に置いた。


「これで大丈夫ですか?」

「さすがに驚かんが、金貨が出てきたか。アルタ、大銀貨8枚持ってるか?」

「はい。一応準備はしておきました」


 部屋に入ってきてから、ずっとわたし達の会話をメモしていた女性が初めて言葉を話した。

 名前はアルタさんというらしい。声色から感情が読みにくく、仕事人って感じの印象を受けた。

 それと、大銀貨10枚で金貨1枚になるらしい。


「じゃあ嬢ちゃん、引き留めて悪かったな」

「あの!」


 お金のやり取りを終えて、なんだか話は終わりだ、みたいな雰囲気が出ていたので、ちょっと大きな声を出してまだ話がある意思を伝える。

 おじさんには悪いけど、ここでできるだけの情報は入手しておきたい。


「どうした?」

「ここの町って、いくら出せば宿に泊まれるんですか?」

「大体銀貨2枚ってところだろうな。高いところだと、もっとするだろうが。その金で40日くらいは泊まれるから、安心しな」


 銀貨80枚で、大銀貨8枚ということは、銀貨10枚で大銀貨1枚となるのか。覚えやすくて助かる。

 というか、覚えやすいようにそうなっているのだろう。

 ついでに手元にあった銀貨は、大銀貨で間違いなさそうだ。だとすればかなり長期間、お金に困ることはないと思う。


「あと、ハンターってどこでなれるんですか?」

「門をくぐってからまっすぐ行って、突き当たったところにある大きな建物が、ハンターを取りまとめている建物だ。ハンター組合、いわゆるギルドってやつだな。

 一応紹介状でも書いてやるか。嬢ちゃん、もしかしなくても門前払いされそうだしな」


 おじさんはそういうと、アルタさんから紙を受け取って、何かを書き始めた。

 紹介状は正直助かる。10歳だと認めてくれなければ、ハンターどころか、適当な仕事にも就けないだろうし。

 だいぶ話も聞いたし、質問は次で最後にして、ハンター組合で改めて話を聞こう。


「この町って、髪の色でいじめられることってないですか?」

「ああ、嬢ちゃんの髪な。確かにそこまで真っ白なのは、珍しいがそんなことないと思うぞ」

「あの……気が付いていたんですか?」

「嬢ちゃんが隠したそうにしていたからあえて触れなかったが、これでもずっと門番をしているんでな。

 まあ、目立ちはするだろうから、気を付けたほうが良い。ハンターってのは、ガラが悪いのもいるからな」

「はい、気を付けます。お話ありがとうございました」


 ついでに、心の中で門番なのにどうなのかと、考えたことを謝っておく。

 この後は、来た時と同じように、外に連れていかれて別れることになった。

 別れ際に「何かあったら、ここまで来な」と言ってくれたおじさんは、本当に良い人だと思う。

 ともかく、無事に町に入ることができたので、まずはギルドに行くことにした。

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