第14話 結界と道
あれから一晩。今度はシエルの体調も万全で、軽快に森の中を歩いている。食料が減っていく分、荷物にも余裕があるので、巨人の魔石は持ってきた。今日も魔物に遭ったのだけれど、腕ならしと戦いに行ったのが運の尽き。
そこのいたのは八本足の大蜘蛛で、真っ赤な目とギラリと光る牙を持っていた。
でも一瞬で、魔石だけ残して灰になった。わたしはもちろん、シエルも蜘蛛はトラウマなのだ。
魔石は一応持っていくことにした。大きさは、一つ目巨人のそれよりは2周りは小さく、内包している魔力の濃度も薄い。
でも、魔石の魔力を取り込んで、自分のものにする実験に使えるかもしれない。
魔石の価値を知るのにも使えるかもしれないし、元が蜘蛛でなければ、もっと嬉しかったのに。むしろ、手放すことに抵抗がない分、良いのかもしれない。
他の魔物を倒すことも考えたけれど、蜘蛛に遭遇するこの森から1秒でも早く逃げ出したかったのでわたしとシエルの満場一致で、先を急ぐことにした。
正直、公爵から逃げ出すことを意識していた時よりも、ペースは速い。
「なんだか明るくなってきたわ」
『森の出口が近いんでしょうね。もう少し先に行ったところで、極端に木の数が少なくなりますから』
「ようやく、森から出られるのね。もう1晩泊まることになったら、あの大蜘蛛を絶滅させないといけないところだったのよ」
『過激なことを言いますね』
「エインも同じこと呟いていたじゃない」
『蜘蛛は消えてなくなるべきですね。ぜひ殲滅しましょう』
手のひらをくるくると回転させながら話をしていると、森の終わりを視認できるようになってきた。
ようやく、あの男のテリトリーから抜けられるような気がして、わたしとしても一息つけそうだ。
そう思っていたのだけれど、森との境界線に違和感がある。
『森から出る前に、少し止まってもらっていいですか?』
「また何かあるのね。これで最後ならいいのだけれど、何があるのかしら?」
『結界の一種が張ってあるみたいですね。残念ながら、正確な効果はわかりませんが、物理的な侵入を防ぐものではなさそうです。
屋敷からここまでの距離を考えると、何かが通過するのを知覚するものでもなさそうですね』
「何があるにしても、通らないわけにはいかないわよね?」
『そうですね。一応対策はしておきますが、予想が正しければ、なんともないはずです』
これでも、結界魔術に関しては、一家言あるつもりなのだ。
屋敷の本棚でも、様々なことを学ぶことができたし、仮にこれが防犯よろしく人の出入りを監視するものだったとしても、見つかることはない。
何せわたしの魔力の隠蔽は、あの男にすら気が付かれなかったほどなのだから。
魔術に関することへの隠蔽効果は、折り紙付きといっていいだろう。まあ、気配を消したりはできないし、ましてや目の前にいるのに気が付かれない神がかった隠密はできないけれど。
準備ができたので、シエルに伝えて森を抜ける。
森の中でも空は見えていたけれど、木々がなくなり、視界が広がるとまた違った感動を覚える。
目の前には三方向に伸びる道があり、遠くの方には山が見えはするけれど、見渡す限りの草原といっていい。道を除けば、青々とした草が風に波打ち、道に沿って点々と木が立っている。
それにしても、ここにきて三択か。どれを選んだとしても、遅くとも2日までには人里にたどり着くと思う。だけれど、出来れば半端に大きな町が良い。そのほうが紛れるのが簡単そうだから。
どれを選ぶかはシエルに任せるとして、とりあえず結界が何だったのか確認するために、来た道を見る。
『やっぱり、こうなりますよね』
「なにが、やっぱりなのかしら?」
『森の方を見てください』
「森って、今来た方よ。別に何かあるわけでもないと……」
話しながら後ろを向いたシエルが、驚いたように目を見開いた。
確かにシエルが言っていたように、何でもない森があるだけだ。
わたしたちが通ってきたはずの道も存在しない。隠れて見えていないとか、そんなレベルではなくて、この森に人が入って行くのを想像できない。
『認識を阻害する結界だったみたいですね。ここに道があると知らない限りは、入ろうとは思わないでしょう』
「魔術ってすごいのね。いえ、魔法の域に達しているのかしら」
『達しているでしょうね。今のわたしでは到底再現できません』
「ここまでして、あの屋敷を隠したいってこと……なのよね」
ため息をつくシエルの気持ちもわかる。
あの男は、この規模の魔法を使えるほどの力があるわけで、しかもその力を使って世間から隠したいものの真っただ中にいたのだ。
目をつけられたら、地の果てでも追ってくるのではないだろうか。
『これは出来るだけ早く、国を出たほうが良いかもしれませんね』
「そんなに簡単に出られるものかしら?」
『一般市民に移動の自由がない可能性は高いですね。
ですが、わたしが想定している組織があれば、あるいはってところでしょうか』
「とりあえずは、人がいるところについてからってことになるのね。
勝手にほかの国に行っても良いと思うのだけれど」
『不法入国は下手したら、強制送還されかねませんから。
憂いは断ったうえで、堂々と逃げ出したほうが良いと思いますよ。どうしても、となれば強行するのもやぶさかではありませんが。
とりあえず、人里についたら、国家間の移動はどうやったらできるのかを調べましょう」
「そうね。意外とすぐに逃げられるかもしれないわ」
そう言って、シエルがコロコロと笑う。
シエルの言うとおりであればいいけれど、望み薄なことはシエル自身もわかっているだろう。
『それで、目下のところは、3つに分かれた道のどれを進むのかなんですが、どれがいいですか?』
「こういう時に、どれを選んだほうが良い、みたいなものはないのよね?」
『どれを選んでも、どこかの町か村にはつくとは思いますが、こういう時の定説はないですね。
どうしても決まらなければ、棒を倒しても良いかもしれませんね。』
「棒を倒すと、道がわかるのかしら?」
『わかりませんが、今の状況だと、棒で倒して道を決めても、わたし達が話し合って道を決めても、大して変わらないんじゃないでしょうか』
「んー……確かに、ここで時間を使ってしまうより、すぐに決められる方法を取るべきよね。棒は枝でも大丈夫よね?」
シエルが考えるように唸った後で、わたしの案を採用する。
日本ならそんなことをするより、地図でも探したほうが建設的だけれど、今の状況だとわたしたちに出来る事はほとんどない。
仮に森を出たままにまっすぐ進むルートに理想の町があって、左右の道の先によそ者を嫌うような村があったとして、ちゃんとまっすぐの道を選べるかと言われたら、そうでもない。
なぜなら真っすぐが正解だと知る方法がないから。
選んだ道の先があまり良くないところだったとしても、それは結果論でしかなく、何が悪かったかといえば、わたし達の運が悪かっただけになる。
シエルの質問に「大丈夫ですよ」と返すと、シエルは最も近くにある木の根元まで歩く。
それからピンと人差し指を立てて、指揮でもするかのような動きで、「ノ」の字を描く。
風の刃が飛んでいき、ぽとりと細めの枝が落ちてきた。本来のシエルの魔術には程遠いけれど、これだけで舞判定をされるとしても、無詠唱で魔術が使えるのは不遇とは言えないと思う。大蜘蛛くらいは倒せるし。
今までの舞姫の中に、魔術が使える人がいなかったのだろうか。
それとも、魔術を使って舞を魅せることを、思いつかなかっただけだろうか。
理由は何にしても、シエルの職業を隠すうえでは、知られていないのはとても助かる。
枝を拾ったシエルは、「細いほうが向いたほうにするわ」と言って、下から上へ振り上げるようにして、枝を投げ上げた。真上に上がっていった枝は、やがて重力に負けて落ちてくる。
やがて地面に戻ってきた枝は、右と正面の間、右寄りを指して倒れる。
それを見てシエルは「こっちね」と右に続く道を歩き始めた。
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