第10話 細工と魔石と今後
一つ目の巨人を倒した後、できれば休憩をしたかったけれど、血の匂いにほかの魔物が集まってくるかもしれないので、シエルにはすぐに動いてもらっている。
ここまで人がぐちゃぐちゃになっていると、シエルが生きていると思われることはないだろうけれど、やっておきたいこともある。
『まずは、倒した巨人をどうにかしましょう』
「放っておいていいと思うのだけれど、駄目なのかしら?」
『万が一、この死体が見つかったら、生き残りがいる可能性を疑われますからね。
それよりも早く、この森の魔物や動物がどうにかしてくれるかもしれませんが、処理しておくに越したことはないです。燃やして埋めておけば、大丈夫でしょう』
「わかったわ。"
『シエル、ストップです』
すぐに魔術を放とうとするシエルに、待ったをかけると、シエルは不思議そうな顔をして口を閉じた。
シエルのこういった素直さは、一応大人といわれる年齢になったこともあるわたしとしてはまぶしく感じる。わたしだったら「やれっていったくせに」くらいの悪態はつきそうだ。
わたしのことはおいておいて、ちょっと気になっていたことを、解決してしまおう。
『シエルは、あの巨人の死体に、ナイフを突き立てるとか、できそうですか?』
「確認しなくても、死んでいると思うわ。それとも、ほかに理由があるのかしら?」
『人でいうところの心臓あたりでしょうか、魔力が集中しているのを感じるんですよ』
「切って、それを確かめるのね。ナイフは……」
『探してみましょう。たぶん、豚男かその仲間が持っているでしょうし』
「豚男? ……ええ、本物の豚は見たことないけれど、確かにそんな見た目だったわ! でも、エインもそんなこと言うのね」
頭で呼んでいた名前を、そのまま口にしてしまった。だけれど、ほかに良い名称も思い浮かばないし、シエルにも意図が伝わっているので、問題はないだろう。
シエルに幻滅されたくはないけれど、むしろくすくすと笑って面白がっているようだから、心配もなさそうだ。
ぐちゃぐちゃになった、人の装備を持っていくのはあまりしたくなかったので、つぶされた馬車の残骸の方をあさってみたら、すぐにナイフは見つかった。見た目を重視したゴテゴテしたものだったけれど、使えなくはないだろう。
それから、お金も出てきた。初めて見るけれど、金や銀色の小さな円盤はずっしりと重たいし、間違いないと思う。
あって困るものでもないし、持てるだけ持っていくことにする。
ついでに、シエルにはフードのついたローブかマントを探してもらうことにした。
たぶん、シエルの長い白髪は目立ってしまうから、それを隠せるようなものが欲しかった。前髪は邪魔になるからとシエルが適当に――とはいっても、わたしが見てある程度指示は出した――魔術を使って切っていたけれど、後ろはほとんど切っていないので、腰くらいまである。
長いだけなら、良いのだけれど、もともとの金髪から変色してしまったのが気になるところだ。この世界で、一般的にいる髪色ならいいのだけれど、希少もしくは居ないのであれば、面倒ごとに巻き込まれる可能性が高くなる。
髪とか関係なく、シエルは面倒ごとに巻き込まれる要素がてんこ盛りだけれど。
ローブは髪を隠すのもそうだし、布切れ一枚着せられたような今のシエルの格好で、人前に出すのは避けたかったのもある。
「それで、ローブも探していたのね」
『見つからなければ、死体から拝借するしかなかったので、助かりました。
さすがに、シエルに合うようなものはありませんでしたけど』
「裾を引きずるのは、みっともないものね。適当に切ってしまっていいかしら?」
『そうですね。お願いします』
シエルに頼んで、魔術を使ってちょうどいい長さに切ってもらう。
わたしも水を出すとか、飲み物を冷やすとか温める程度ならできるけれど、切るは攻撃になるためか使うことができない。
シエルはわたしとは逆に攻撃魔術を重点的に覚えている。というか、わたしみたいに才能を捨てていないせいか、大体のことはできる。わたしが勝てるのは、防御力と索敵能力くらいだろう。
どうせ後から探すことになるからと、食料まで探したあとで巨人のところに戻ってきた。
改めてみてみるとこの死に方は気持ちが悪い。穴が開いているけれど、その断面は炎で焼かれているため、中が見えないどころか血もほとんど流れていなくて、それが余計に不快感に拍車をかけている。
特に頭は、脳が――あるかは知らないけれど――思いっきりえぐれているので、死んでいるのはわかるのだけれど、生きているようにも見えて現実感がない。
その割に忌避感とかがないのは、転生したせいなのか、それともあんな生活を10年近く送っていたからなのか。
どちらにしても、この世界を生きていく上では、ありがたいことの方が多いだろう。さすがに、人が死ぬのを見るのはつらかったけれど、今後はそんなことを言っていられないときも来るだろう。慣れるとは言わないけれど、せめて我慢できるくらいにはならないと。
巨人に近づいたシエルが膝をついて、ナイフを心臓部につきたてる。
装飾過多で、見た目だけだと思っていたけれど、想像以上にナイフはスッと巨人の肉を割いていく。
死んでいるので、血が噴き出すこともなく、すぐにソフトボールよりも一回り大きな藍色の球体を見つけることができた。誰のものでもない純粋な魔力が詰まったようなこの球は、いわゆる魔石というやつなのだろう。
「エインが欲しがっていたのは、これかしら?」
『おそらくそれです。純粋な魔力を感じますから。魔石なのではないでしょうか』
「これが魔石なのね。確かに、魔物から取るとは書いてあったわ。
よく覚えていたわね。すごいのよ」
知識でしか知らなかったことを現実に見せられて、シエルが少し暴走している。
魔術・魔法を使う上での触媒となる、薬草や宝石などの入手方法は、あの部屋の本の中にあったけれど、重要ではないと考えられていたのかその数は少ない。だから、シエルが覚えていないのも無理はない。
わたしはただ、一種のセオリーとして、覚えていただけなのですごくはないのだけれど、まだシエルに前世の話をするつもりはないので、苦笑いで賞賛を受け取ることにした。
『魔石はどこでも売れると思いますし、おそらく魔力を上げるのにも使えます。
ですから、持っておいて損はないでしょう』
「ということは、やっぱり、これがそうなのね」
『ええ、あの薬の原料の1つでしょう』
わたしの言葉に目ざとく反応したシエルは、わたし何かよりもよっぽど頭が良いと思う。公爵家令嬢は、伊達ではないということか。
シエルの話は置いておいて、さすがに魔石を直接飲まされていたわけではないけれど、あの薬は魔石を加工して作ったものに違いない。
魔力は成長に従って増えていくが、10代半ばには増加が止まる。中には大人になってから魔力が増えたという人もいるが、能動的に魔力を上げる方法というのは確立されていなかったはずだ。
あの部屋の本がすべてだとは言わないけれど、あの部屋の本は魔術のかなり深いところまで網羅していたと思う。その辺りの常識も町か村ですり合わせないといけないな。
「これで後は、燃やして埋めるだけ……で良いのよね?」
『はい、お願いします』
わたしの言葉を聞いて、シエルが巨人を燃やして、穴を掘って埋める。
全部魔術を使っていたので、シエル自身が汚れることもなく、数分で終えることができた。埋めた場所をきれいに均したところで、シエルがじっと何かを考えていることに気が付く。
『どうかしましたか?』
「ねえ、エイン。もしかして、ナイフ使わなくても、魔術で魔石を取り出せばよかったんじゃないかしら?」
『あ……』
言われてみれば確かにそうだ。うん、魔物の解体と聞くと、ナイフがいると思い込んでいたけれど、シエルの魔術のほうがよっぽど使い勝手がいい。
『で、でも、ですよ。ナイフは今後使うこともあると思いますし……。
いえ、あの……わたしの思い込みで、探す手間を増やしてしまい、申し訳ありません』
つい言い訳をしそうになり、慌てて謝罪する。情けなさか、恥ずかしさか、最後の方は声が小さくなってしまった。
ともすれば、開き直っていたかもしれないけれど、できるだけシエルには誠実にしたい。性別も生まれも、隠しているけれど。
でも、情けないことには変わりないよな、と思っていたら、シエルがなぜか目をぱちくりと瞬かせて黙っていた。
『あの……』
「何でもないわ、何でもないのよ。ちょっと、ちょっとだけ、エインでも気が付かないことってあるんだなと思っただけなの。
いつもエインに助けられていたから、エインは何でもできるって思っちゃったのね」
『いえ、たぶんわたしは、できないことの方が多いですよ』
なぜかまくし立ててくるシエルに、戸惑いながらも応える。
ただ、どことなく嬉しそうなシエルに、失望されているわけではなさそうなので、その点は安心した。
嬉しそうというか、にやけているのだろうか?
「それで、これからどうするべきかしら?
屋敷を出ることばかり考えていて、出た後のことを考えていなかったのよね」
『せっかく道がありますから、まずはこの道を行きつくところまで行ってみましょう。少なくとも、町か村には到着するはずです』
道と呼べるかは怪しいけれど、草が踏み倒されて、曲がりなりにも馬車が走っていたのだから、間違いではないだろう。
少なくとも、今から川を探すよりは、確実だと思う。
『持っていける食料に限りがあるとはいえ、数日分はありますし、水は魔術で賄えます。問題は町についてからになるでしょう』
「問題?」
『はっきり言ってしまうと、シエルってトラブルに巻き込まれる要素しかないんですよ。年若い女の子ですし、不遇姫ですし、公爵の血も流れています。見た目も良いですから、数え役満ですね』
「かぞえやくまんって何かしら?」
『ええっと、たくさんってことです。わたしの生まれたところで使われていた、専門用語みたいなものです』
「ふふふ。それで私は、女でなくなって、不遇姫であることと、家のことを隠せばいいのかしら?」
とんだ失言をしてしまった。誠実にと思った次の瞬間、それを揺るがすとは、我ながら情けないが、嘘はついていないので許してほしい。
楽しそうに笑うシエルが、何を考えているかはわからないけれど、追及してほしくないことはわかってくれたようなので、シエルの誘導に乗ることにした。
『職業と生まれは、隠そうと思えば隠せると思いますが、見た目は難しいですね。このローブで、髪を隠すくらいが限度でしょう』
「私くらいの年齢だと、性別の差ってあまりないと思うのだけれど、偽れないかしら?」
『髪を短くして、大き目の服でも着れば、中性的には見えると思いますが、やらないほうが良いです』
「髪まで回路が通っているからよね。切ってどれくらい変わるかはわからないけれど、弱くなってしまうのは、確かに良くないわ」
『それに加えて、何らかの方法で職業を示さないといけないときに、"姫"だとわかりますからね』
生き方を選べば、職業を隠し通すこともできるだろう。だけれど、例えば町に入るときに求められるかもしれない。わたしたちは、身分を示すものがないから、なおさら。世間の常識に疎いのだから、可能性はいろいろ考えていたほうが良い。
『あと出来れば、人里に出てからしばらくは、わたしに任せてもらえませんか?』
わたしの問いかけに、シエルは真面目な顔をして考え込む。
いずれはシエルがメインになるように、コミュニケーション能力を養ってほしいけれど、今すぐにというのは無茶だと思う。
むしろ今の時点で、人がいるところに行くことに否定的でないだけでも、すごいと言える。
何せ今まで会ったことがある人は、鬼畜公爵・能面バトラー・豚男+護衛なのだ。ひいき目に見ても、男性恐怖症になると思う。
だから、慣れるまでは、わたしがメインで動いたほうが良いだろう。シエルもそれはわかっているのか、「エイン、お願いね」と折れてくれた。
「気になるのだけれど、私たちって働くところあるのかしら?
今のお金で、しばらくはやっていけるのかもしれないけれど、いつかはなくなるわよね」
『それに関しては、一応目星はついているんですよ。絶対とは言えませんが魔物がはびこっていますし、きっとあるだろうなって組織が。でも、トラブルに巻き込まれます』
「それは、確定なのね」
少し呆れたように言うシエルに、わたしは『お約束ですから』と返しておいた。
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