第7話 職業と魔術と魔法

 やることを決めてから、どれくらいの時間がっただろうか。

 未だにシエルの職業がわからないから、10歳にはなっていないと思う。

 長い時間をかけたおかげか、わたしも文字を読めるようになったし、シエルはここにある本をすべて読み終わった。

 もちろん過ごしていたので、薬も飲んだし一段と魔力も増えている。

 この部屋にあった本は魔術(魔法)関係の本と、職業関係の本、それから神について書かれたものがあって、なぜあの男が神に手を伸ばそうと思ったのかもなんとなく理解できた。


 個人的には、以前シエルがわたしを慰めるときに言ってくれた言葉が、絵本の受け売りだったことが大きな収穫だった。

 何せ顔を真っ赤にして、照れているシエルを見ることができたから。「エインを元気づけたかったんだもの」と、小さい声で言うシエルは、ぜひ映像記録に残しておきたかった。


 何にしても、今集められる情報はすべて集めただろうから、今日はシエルとまとめようということになって、今に至る。


「やっぱり、職業を事前に確定させる何かはなかったのよ」

『駄目で元々でしたからね。そんな方法があれば、すでにあの男がシエルに施していると思いますから。

 ですが、様々な職業について、知ることができたのは良かったです。確実ではないとしても、目標となる職業も見つかりましたし』

「不遇姫、不遇王ね。"不遇"なんていうのは、考えが足りないと思うけれど、利用しない手はないものね」


 職業について詳しく言うなら、神によって魂に刻まれた才能といったところだろうか。職業に準じた技能には補正がかかる。一種の補助がかかっている状態だと考えると良いらしく、その補助魔法のは、神の側が支払っているとされる。

 つまり、職業は神と繋がっていて、あの男はそれを利用して神に手を出そうとしたというのが、シエルとわたしの仮説になる。


 閑話休題。不遇姫や不遇王というのは、生活にも戦いにも不要な姫位、王位を得た人を指す蔑称で、他にも外れ姫とか、外れ王と呼ばれることもある。

 実例を挙げるとすれば、道化王になった男性が大成することもなく、冷笑され続けた結果、職業を隠して生活することになったというもの。

 王や姫といった、上位の職業になると、同系統の職業でもできることが増えるのだけれど、どういうわけかこういった職業に関しては、より上位の職業――道化師よりも、道化王――のほうが評判が悪い。


 何というか、しょうもないことを極めた人に見えるのかもしれない。

 職業はある程度の統一性はあるものの、全く新しい職業が発見されることも珍しくなく、数年単位で増え続けている。

 もしかしたら、石の扱いに長けた"石ころ姫"というのが出てきても、わたしは驚かない。


 そんな不遇職の中でも、不遇姫の代名詞とまで言われているのが、"歌姫"。

 職業としての効果は歌がうまくなりやすいというものに加えて、ゲームでいうところのバフ・デバフ・回復要員。こちらの別の職業に当てはめるなら、支援魔術師と僧侶・聖女の複合だろうか。

 とても効果の高い支援効果と、回復を行うことができる。これだけ聞くと、とても優秀な後衛なのだけれど、問題はその効果範囲にある。


 何と歌が聞こえている範囲すべて。戦場で使えば敵味方関係なく支援効果がかかるし、回復させようと思えば敵も回復する。効果時間も歌っている間なので、事前に支援魔術をかけておくといった手法も使えない。

 そういうわけで重用されることはまずなく、むしろ絶対に職業がばれてはいけない筆頭だという。実際に資料の中には、歌姫だとバレて、迫害されたというものをいくつも見かけた。

 迫害が度を越してしまったのか、歌姫がその力で魔物を呼び寄せて王都を壊滅させ、自分も魔物に殺されたという話があり、かつての王都は、今よりももっと東側で放棄されているらしい。この話を聞いて、やっぱり魔物っているんだなと、妙なところで感心してしまった。


 不遇姫をあえて狙うのは、当然あの男に愛想をつかしてほしいから。職業がわかった瞬間に、八つ当たりでナイフで切りつけられる可能性はあるけれど、それくらいだったら守れる。それよりも目を付けられて、屋敷から逃げられても、そのあとで追いかけられるようになる方がデメリットが大きい。

 単純に不遇姫になることで、強くなりにくいというデメリットもあるけれど、特に不遇姫・不遇王の評価は作為的なものを感じるので、場合によっては戦闘職と同じくらい戦えるのではないかと考えている。


 では、逆にどんな職業が人気かといえば、戦闘職である。

 魔物がいるこの世界、強いに越したことはなくて、強さが一種のステータスになる。強ければそれだけで食べて行けるし、強くなければ、戦える人に護衛についてもらわないと隣町に行くのも危ない。

 この戦闘職の中でも、特に魔術師系になることだけは、避けなればいけない。どうやったら避けられるかわからないけれど。

 魔術の勉強をさぼることで、避けられそうなものだけれど、そうならないための薬だと思うし、何より逃げる時に使える手札を放棄することもない。攻撃魔術が使えれば、屋敷を出て魔物に出くわして死にました、なんてことになる可能性が減るのだから。


 戦闘職が花形だとすれば、農民や商人といった、生活には大きくかかわってくる職業は、前世で言うところのサラリーマンっぽい。多くの人が、こういった職業に就くことになる。

 職業カースト最下位は、道化のように娯楽に関する職業の人。その中でも、歌姫は最も下というわけだ。


 これは余談になるが、職業は細分化されていて、例えば魔術師であっても、「炎魔術師」「氷魔術師」といった、その分野の中でも1つに特化したものもあれば、「魔術師」のように分野全体を包括したものもある。

 特化型か、万能型かという違いで、どちらがいいかというのはシーンによるため、あまりそこで差別されることは少ない。


 この職業だけれど、知るためには特別な道具が必要になる。

 お金持ちが個人で所有していることもあるけれど、一般的には10歳になった子供を教会に集めて、検査する。その時、自分の職業は、ほかの人にばれないようになっているらしいけれど、教会側は把握しているだろう。

 また、個人で所有している検査方法と、教会での検査方法は違うもので、おそらくシエルが行うのは前者。精度は変わらないというので、そこまで気にすることはないと思う。


「職業については、あとはやってみないとわからないけれど、やっぱりエインは攻撃魔術が使えないのよね?」

『そうですね。詠唱も魔法陣も試してみましたが、ちょっとした傷も与えられませんでした。生活で使う分には便利そうですが、戦闘では役立たずですね。すみません』

「違うのよ。謝らないで。むしろ、私のほうが申し訳ないのよ。

 魔術を知らなかったエインが魔術を使うには、魔法を使って無詠唱・無魔法陣の魔術にするしかないものね。きっと、エインは本当はすごい魔術師になれたはずなのに、私を守るために攻撃魔術が使えなくなってしまったのだもの。ごめんなさい、いいえ、ありがとうエイン」

『いえ、気にしないでください。わたしはシエルが守れればそれでいいんですから。

 それに、おかげでかなり上位の結界と探知になっているみたいですからね』

「ええ、代わりに私が頑張ればいいだけだものね。あの男にも勝てればいいのだけれど、逃げるのが一番なのよね?」

『曲がりなりにも、神に手を伸ばそうとして、失敗とは言え結果を残したような人物です。

 魔術職でも上位でしょうし、練度も高いでしょう。どんな職業になったとしても、わたしたちの基本的な対抗手段は魔術ですから、男にアドバンテージがあると言えます。実は男が弱い、という可能性も否定はできませんが、藪をつついて蛇を出すマネはしないほうが利口ですね』


 この世界には、がある。

 魔術は体系化されたもので、魔法が未知のものとされているので、遠い未来にはすべての魔法が魔術になっているかもしれないけれど。

 魔術を使うには、魔力を持ち、全身のを使って循環させるというのが基本。その魔力を詠唱もしくは魔法陣を使うことによって、魔術としての形を表す。

 詠唱魔術は、3つの言葉――何が・どのように・どうなる――からなる呪文を唱え、それに見合った魔力を循環させ、操作することができれば発動する。何となく口にしただけだと発動できないし、魔力量が多いだけでも発動できない。

 例えば、『炎よファイラス弾となり・バーラール・飛んでいけフラリエ』で、炎の球を飛ばすことができる。

 魔法陣は、これをさらに複雑化したものを指していて、基本的には魔力を何かに変化させていると考えられる。

 これらを介さずに魔術を使うとなると、職業の力に頼るか、魔法を使うかということになる。


 魔法はよくわかっていない。わかっているのは、魔力と代償となる何かを失うことで、何か別のものを得ることができるということ。

 魔力はそのうち回復するけれど、代償となったものは戻ってこない。等価交換になるわけでもないので、使うときには相応の覚悟が必要になる。そもそもやろうと思ってもできるものではないけれど。

 わたしの場合、攻撃魔術の才能を代償に、結界と探知、隠蔽の魔術の無詠唱化・無魔法陣化に成功したと考えられる。

 偶然できるなんてこと、そうそう起こりえないのだけれど、実際にできてしまったのだから何とも言えない。


 確かにあの男を殺してしまえるほどの魔法は要らないと思ったけれど、それが採用されているなんて思ってもみなかった。

 おかげでシエルを守ることができたので良いのだけれど、攻撃魔術はちょっとあこがれがあったので、残念。

 魔術で使うのに魔法陣と呼ばれるのは、もともと魔法を使うためのものだったからだと言われる。

 事実、魔法を使うときに魔法陣が必要になることもあるが、使わないこともあるので、この辺り適当なのかもしれない。


 魔法や魔術に使われる魔力だけれど、一般的には体の中心で作られると考えられている。しかし、実際には魂に宿っているのだと、男は研究の末見つけだしたらしい。

 むしろ、わたしのように気が付くのがイレギュラーなのだろう。

 魔力も職業も魂に根付いていて、職業をたどれば神に行きつく。そう考えた男は、魔法を使って、シエルに神を宿らせようとしたのだと思う。

 やったことに是非は置いておいて、やっていることの規模を考えると、やはり並の魔術師とは言えない。


『基本はわたしが結界で守りますから、シエルは追手や魔物が来たら迎撃する形ですね。逃げ出すまでは、シエルは魔術が使えないことにしましょう。そのほうが、より役立たずに見えると思いますし。

 万が一、魔術職になってしまったら、最終手段として屋敷を壊して逃げましょう』

「それって、作戦になっているのかしら」


 わたしの言葉にシエルが笑う。シエルが言っているのも最もなのだけれど、屋敷の構造もすべてはわからないし、職業がどうなるかもわからないし、そもそもわたしはそこまで頭が良くない。

 幸い、シエルの魔力もかなり上がっているようだから、屋敷を壊すくらいはできるだろうし、何より最終手段が残っているというだけで気持ちに余裕が生まれるものだ。

 本当なら、屋敷を出た後のことも考えていたほうが良いのだろうけれど、賢く見えてもシエルはまだ10歳に満たない子供。下手に複数のことを考えさせるよりも、一つのことに集中していたほうが良いと思う。


 あと、余談になるが、この家のことについても少しわかった。

 王国の大貴族、リスペルギア公爵。それが、この屋敷の持ち主らしい。

 この世界やっぱり貴族社会なのか、というのが最初の感想。男の見た目がいかにもだったので、そこまで驚きはしないけれど、公爵というのは頭を抱えた。

 何せ、王家の次に権力を持っている。状況によっては、王家よりも影響力があるだろう。当然、財力も弱小貴族とは比べ物にならないし、こうなるといっそのこと、貴族の力がそこまで大きくないことを願うしかない。


 この世界の貴族は、簡単に言ってしまえば、魔力を持っている者とされる。

 魔術を使えるのが貴族、使えないのが平民。とはいっても長い歴史の中では、貴族であっても魔力を持たない者もいるし、平民の中にも魔力を持って生まれる人も多くはないけれど存在する。

 中には、貴族並みに大きな魔力を持った人もいるらしいけれど、貴族になるには何かしらの功績か、莫大なお金がかかるらしい。


 こちらの手札は、あとシエルの職業。男――リスペルギア公爵にも伝わるだろうから、諸刃の剣感はあるけれど、勝率は高いと思っている。

 そう思いながら、今日もまた、残りの時間はに過ごした。

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