攻城 ~南宋の孟珙、蒙古より襄陽を奪還す~

四谷軒

プロローグ 鉢の木

 ……寒い寒い雪の夜。

 その僧侶は深い雪を踏み、音を立てつつ、上野こうずけのとある村を歩いていた。

 僧侶はやがて一軒のあばら家をおとのい、最初は断られたものの、家の主が気の毒に思い、僧侶を中に入れた。

 主は僧侶に囲炉裏の火にあたるよう勧めた。しかし囲炉裏の火が途絶えそうになり、しかも薪がないので、自慢の盆栽、松、梅、桜の三つの鉢を持ってきて、それを火にくべてしまった。

「左様なものを、拙僧のために……」

「所詮は貧乏暮らし。かようなものなど、あっても空しいだけでござる」

 主、佐野源左衛門尉げんざえもんのじょう常世は「馬と鎧はあるので、一朝ことあらば、鎌倉へ馳せ参じることはできる」と付け加えた。

 僧侶――鎌倉幕府五代執権、最明寺入道北条時頼は、常世のその言に痛く感心し、凍える両手を囲炉裏の火の前に出した。

 時頼は、世情を見て回るため、僧侶に身をやつして旅をして回っていたのだ。これは何かしてあげなくては、鎌倉に戻った暁には……と時頼が考えていると、常世が囲炉裏の向こうから、ぽつりと、呟いた。

「……御坊、仏法を修める御坊に対して礼を失するかもしれぬが」

「何でござろう」

「何か、軍記についてのはなしをしてくださらんか」

「…………」

「かように黙って暖を取っていても、寂しゅうござる。かといって、説法をうかがっても、なにやら侘びしゅうて……拙者、武士であるので、せめて、軍記物なりとうかがえると、心楽しゅうござる」

「……そうさ、の」

 時頼は常世への返礼はすでに考えていたが、たしかに彼の言うとおり、このまま二人で押し黙って火にあたってひと晩過ごすというのも、寂しくて、侘びしい。

 ならば。

「左様……源平の咄は、もう、知っておろうの」

「かつて、琵琶法師がこの村に来た時、聞き申した」

「ふぅむ……」

「できれば、たれも知らないようなものが良うござる。皆の知らない咄を知っている……貧しゅうても、何か自慢できるものがあれば、妻や子にも鼻が高うござる」

 もしかして常世は間が持たないから、気をつかっているのか、と時頼は思ったが、ちょうど先日、宋(このときは南宋)からもたらされた咄をするか、と思い至っていた。


「では、話そうとするかの……これは拙僧が宋朝から伝え聞いた話を」


 ただ、と時頼は付け加えた。


「これは……その伝え聞いた話であって、真実ほんとうかどうかは分からぬ。かつ、拙僧が、それを聞いて、こうではないか、と思うたことを話すのじゃ。そこのところ、ご承知おきあれ」


 常世は黙ってうなずく。生来の聞き好きらしく、話を待ちきれない様子だった。


かな……では、話そうとするかの、唐土もろこしにおいて、蒙古モンゴルという大敵を相手に、名城・襄陽じょうようを見事攻城した男の話を……」


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