(10)
さて、現代日本において、3月と言えば別れの季節と言われることが多い。
♪あおーげばーとーとしー
ここ、龍刻高校でも、3月第1週の金曜日に、卒業式が執り行われていた。
教職員はともかく、在校生側は、おもに2年生が中心となって3年生への送り出しイベントその他を実行するので、真紀たち1年生は比較的のんびりできるのだが、かと言って何もしなくてよいわけでもない。
「それでは、仲井部長を始めとする3年生の先輩方のご卒業を祝って──乾杯!」
「「「「「かんぱーーーい!」」」」」」
ことに、真紀のように部活に積極的に参加している生徒は、LHRが終わったあと、部室に集まっての追い出し会があったりするのだ。
とは言え、開会の挨拶だとかなんだとか堅苦しいモノはなく、ペットボトルのお茶で乾杯したら、そのまま軽食をつまみながらの歓談タイムになだれ込む。
「おいおい、来生、今の部長はお前だろうが」
「いやぁ、それはそうなんスけど、仲井先輩の前だと、つい……」
弓道部の場合、比較的小規模でアットホームな雰囲気のクラブなので、去りゆく先輩陣を後輩たちが名残惜しむ傾向が強い。
特に、先代の部長である仲井日向(なかい・ひゅうが)は、温和だが締めるところは締める性格と、弓道の技量、そして面倒見の良さから、多くの後輩たちに慕われていた。
それは真紀も同様で、後輩としての付き合いは実質2ヵ月足らずとは言え、この頃になると、仲井のことを「優しくて頼りがいのある上級生の男子」と好意的に見るようになっていた。
「お、この稲荷寿司、すごくうまいな!」
だから、こんな風に持参した手料理を褒められると、嬉しさと誇らしさの混じったくすぐったい気分になり……。
「──仲井先輩、それ、真紀の手作り」
さらに、親友が先輩にそのことを告げると、ビクッと肩を震わせ……。
「ほぅ、そうか。夏樹はいいお嫁さんになりそうだな」
やや天然気味な、気になる先輩の手放しの称賛を聞くと、たまらなく恥ずかしくなって、「わ、私、ちょっと、風に当たってきます」と、訳のわからないことを言って、部室を飛び出してしまったりするワケだ。
「いやぁ、こっぱずかしいくらい青春してるねぇ」
仲井を含む男子連中の大半がポカンとしてるのを尻目に、察しのよい女子部員たちは、ニマニマと人の悪い笑みを浮かべている。
「とは言え、あんまり煽り過ぎるのはダメよ」
2年生で副部長を務める
「えぇ~、いいじゃないですか。どの道、最後の機会なんだし……」
「そうは言ってもねぇ。元部長──ヒュウガ兄さんにはキチンとお相手がいるわけだし」
仲井家の斜向かいに住み、小学生に上がる前から幼馴染だったさよりが爆弾を落とす。
「ええっ、マジで!?」
「まさか……相手って、九歌先輩?」
「そんなワケないでしょ。わたしは、小太郎ひと筋よ!」
疑念の声に、即座に切り返すさより。
「あ。そりゃそーですね」
さよりと、クラスメイトの結城小太郎の熱々カップルっぷりは、龍高でもかなり有名だ。
「他校の
仲井家と家族ぐるみの付き合いのあるさよりの言なのだから、信憑性は高い。
「──迂闊。そういう可能性を考えるべきだった」
最初に仲井に水を向けた萌絵は、少し後悔しているようだ。
「そんなに気に病むことはないわ、来栖さん。キッカケがあって、自分の想いを自覚するということは、決して悪いことじゃないと思うの」
そう言って、真紀が出て行った部室の扉を見つめるさより。
「……たとえ、成就することのない想いだとしてもね」
部室を飛び出した真紀は、気が付けば、校庭の隅の植え込みの陰まで来ていた。
「ははっ、何してるんでしょうね、私」
普段はほとんど忘れてはいるものの、それと意識すれば、自分が本来は夏樹真紀──本物の夏樹家の次女ではないことは、未だキチンと思い出せる。
そんな「偽物の女子高生」が、前途ある好青年に対して想いを寄せるなどと言うことが、冷静に考えれば馬鹿げているということも、頭では理解できるのだ。
いや、そもそも自分は、本当に先輩──仲井日向のことが好きなのだろうか?
その高校生にしては落ち着いて大人びた人格を尊敬はしているし、頼りにもしていた。並んで弓を引くことや、その際に指導をしてもらう時間が楽しかったのも事実だ。
しかし、彼を独占したい、恋人になりたいと切望しているかと問われれば──答えは否だろう。
愛はもとより、恋にも、片思いにすら届かない、あやふやな好意。客観的に見れば、それが妥当なところだろう(本来の性別を思えば、それすら噴飯物だが)。
「お、こんな所にいたのか、夏樹」
それでも、こんな風に彼の気遣うような優しさを向けられると、胸の鼓動が速くなるのもまた事実だ。
「いきなり飛び出して行くから、みんな心配してたぞ」
「……はい、ご迷惑、おかけしました」
仲井に促されて、再び部室へと向かう。
「仲井先輩、いろいろとご指導有難うございました」
「ん、まぁ、夏樹の場合は優秀過ぎて、俺に教えられることなんぞロクになかった気がするけどな」
そう言って苦笑する仲井の目からは、まるで「できのよい自慢の妹」を見るような視線が向けられていることに、真紀は気付いた。
(そっか……)
それを理解した瞬間、真紀の胸中でストンと落ち着くべきものが落ち着いたような気がした。
自分は確かに、この男性に、敬意と憧憬、そしていくばくかの親愛の情を抱いていた。
付け加えるなら淡い慕情も。
だからと言って、別に問題はないはずだ。
自分は、彼の恋人になりたいわけではない。
後輩として、あるいは妹分として、彼に褒めてもらえること。
それだけが望むすべて──と言わないまでも、多くを占め、そしてそれがうれしかったことは間違いないのだから。
「来年度も、私、弓道、頑張りますね」
「おぉ、そいつは助かる。夏樹が気張ってくれれば、ウチの部も県大会でいいトコまでいけそうだしな」
だから、この胸の微かな痛みは──それが有ることは認めつつ──触れずに、笑顔で彼のことを見送ろう。
「先輩、いまさらですけど……ご卒業おめでとうございます!」
[第1部完/第2部:2年生編につづく?]
厄違え -高校教師♂が女子高生として一年間頑張ってみた- 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama
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