(9)

 “夏樹真紀”が龍刻高校に女生徒として通うようになって、おおよそひと月余りの時が経過した。


 新学期早々に、“彼女”の事情が友人ふたりにバレるというハプニングはあったものの、その後は何事もなく、極めて平穏無事な女子高生ライフを送っている。

 ふたりの友人──多岐川茉莉、来栖萌絵との仲も良好で、休み時間や放課後の部活のない時は、3人で過ごすことも多い。


 また、茉莉の人懐こさと人徳に助けられて、孤高な夏樹勇美の立場を受け継いでいた真紀や、やや厨二っぽい言動(もっとも、ある意味、本物の霊能体質だったわけだが)から孤立気味だった萌絵も、徐々に周囲の女の子の輪に受け入れられるようになっていた。


 「うーん、茉莉さんにはいくら感謝してもしきれませんね」

 「──然り。我が永遠の友誼を貴女に」


 日曜日に、女の子3人(もっとも内ひとりは偽の字がつくが)で、街まで遊びに来て、映画を見たあと、お昼を食べながら友人ふたりに改まって礼を言われ、アタフタする茉莉。


 「えぇ!? わたし、別にたいしたことしてないよぅ」


 本人は、これでも本気で言ってるところが、また凄い。


 さて、現代日本に於ける2月の目玉イベントと言えば、節分──ではない。

 いや、確かにそれはそれで大事な行事なのだが。


 ことに、夏樹神社の場合、祭神が元々、人々の汚れを祓うための流し雛であるため、追儺や厄払い関連の行事には力が入っているのだ。


 その一環として二月三日には、節分祭が行われ、氏子の男性から数人が選出され、柿色の単衣ひとえの着物を着て鬼の仮面と腰蓑をつけ、金棒代わりの鉄製六角杖を手に、鬼役を演じる。

 対して神社側からは、たすき掛けした巫女たちが、あたかも鬼達を射るような姿勢で、梓弓の弦をはじいて鳴弦の儀を為すのが習わしだ。


 今年の巫女は、希美と真紀だけでなく、茉莉と萌絵も白衣に緋袴の巫女装束姿で手伝った。

 萌絵は流石に弓道部だけあって弓の扱いは堂に入っている。その点、茉莉は少々危なげだったが、それでも大過なく役目はこなし、些少ながらバイト代を得て喜んでいた。


 余談ながら、夏樹姉妹に助っ人2名を加えた4人の巫女さん達は、氏子は元より神社関係者──つまり夏樹家の面々プラス祭神たる河比奈媛本人(本神?)にも大変評判がよかった。


 萌絵に関しては、その神秘的なたたずまいと霊力の高さ(真紀ほどではないが、それに次ぐらしい)、そして物静かな振る舞いが、主に河比奈媛と宮司に気に入られていた。

 茉莉は、霊感的にはたいしたことがない(それでも希美よりはマシらしい)が、今時珍しいほど純粋で汚れのない心根と女の子らしい細やかな気配りが、これまた河比奈媛と、先代巫女の未央(姉妹の母だ)に受けがよかった。


 おかげで、ふたりは「機会があれば、ぜひまた手伝ってほしい」と(祭神含む)夏樹家から念入りに頼まれていたくらいだ。


 閑話休題(それはさておき)。


 現代日本で2月最大のイベントと言えば、社会的に見ても、やはりバレンタインデーだろう。商店街、ことに飲食店や食品関連の店ではチョコレートが大々的にクローズアップされるし、男性達はそれとなく女性に優しくなる。

 無論、女性陣の方も、誰に(何人に)、どんなものをあげるのかで、いろいろ悩ましくも楽しい(まぁ、面倒という人もいるが)行事である。


 で。

 実のところ、真紀・茉莉・萌絵の3人娘(?)も、ランチを済ませた食後のお茶を楽しんでいる時、「そろそろ用意しておくべき時期じゃないか」という話になったのだが……。


 「え? 何の話ですか?」


 よりによって、“そういうこと”にしっかりしてそうな真紀がキョトンとした顔で聞いてきたため、ふたりの友人は軽く混乱した。


 「え!? ま、真紀ちゃん、本気?」

 「これは冗談を言っている雰囲気ではない。茉莉、間違いなく真紀は真剣マジ

 「た、確かに真紀ちゃんは神社の娘さんだし、こういう別宗教由来の行事には疎いのかもしれないけど……」

 「意外。こういう周囲への気遣いが必要な事柄は、キチンと押さえていると思ったわ」


 散々な言われようである。


 「な、なんか、好き放題言われている気がしますけど……二人とも、ちゃんと教えてください!」


 温厚な真紀も、さすがに少々機嫌を損ねたようだ。


 「えっと、だからね……」

 「Vday──平たく言うとバレンタインデー」

 「! ああ、なるほど」


 ようやく真紀も合点がいったようだ。


 立場交換で女の子に“なって”いるとは思えぬほど女子力の高い真紀が、ここまで言われないと気がつかなかったのは、元“もらう”側だったことに加えて、結婚するまで女の子からチョコなどロクにもらった事がなく、VD自体への関心が低かったせいだろう。

 加えて、河比奈媛による“立場補正”も、さすがにこういう舶来行事までは完全にはフォローしてなかったらしい。


 「そう言えば、女の子はこの時期、義理チョコとかをお世話になった方々に配らないといけないんですね~」


 「うーん、お小遣い足りるでしょうか」と、眉をハの字にして可愛らしい根付のついた財布の中をチェックする仕草自体は、まるっきり年頃の女の子そのものなのだが。


 「あは、真紀ちゃん、まるで初めて義理チョコ買うみたいなこと言うんだね」

 「それは……」


 茉莉の言葉を肯定しかけて、ふと違和感を感じる真紀。


 (あれ? 茉莉さん達は、今の私が立場交換で女子高生やってるだけだって知ってるはずなのに……って、待った!!)


 そこまで考えて、重大な事実に、真紀は気付いた。


 (そう言えば、私の本来の立場は私の口からも比奈様からもバラしてませんけど──もしかして、女性と勘違いされているんじゃあ……)


 実はまさにその通りで、茉莉も萌絵も、真紀のことを「本物の夏樹家の次女と立場交換している、本来は厄年の“女性”」だと考えていた。


 しかも、この件については、ふたりでいる時に話し合って、「あんまりジェネレーションギャップを感じないことからして、そんなに年上ってこともなさそう。たぶん19歳で、33歳の可能性も微レ存?」といった結論になっていた。


 確かに、いくら神の力の介入があったとしても、まさか25歳の成人が、「16歳の女の子」の立場になって、女子高生ライフをエンジョイしてる(しかも、かなり女子力高め)とは、普通思うまい。


 遅まきながら、そのことに気付いた真紀は、一瞬、自分が本来は男であることを告白するか否か迷ったのだが……。


 「──実は、お恥ずかしながら、これまでそういう経験がないんです。よろしければ、アドバイスいただけませんか?」


 とりあえず、男だと告げることはやめておくことにしたらしい。


 (騙してるようで気がひけますけど、わざわざ私の口から言うのも、ちょっと気まずいですしね)


 「問題ない。わたしも、これまで家族くらいにしかあげたことはないから」


 幸いと言うべきか、電波系コミュ障気味な萌絵も、大差はなかったらしい。


 「もぅ、ふたりともダメだよぅ。男の人たちはね、VDに女の子からチョコを貰えることを楽しみにしてるんだから!」


 まぁ、そのぶん、「今時の女の子」のスタンダードについては、茉莉が熟知しているので、問題はなさそうだ。


 そして、茉莉のアドバイスのもと、真紀と萌絵も、部活や家族を含めた「お世話になっている男性陣」への義理チョコを買い揃えることになる。

 高校生の財布には、少々痛い出費だったが……。


 「うぉー! 義理とは言え、可愛い女の子からチョコがもらえるなんて!!」

 「神様仏様、夏樹様来栖様!」


 部活の男子連中が配ったチョコを前に盛り上がっているのを見て、「オトコって単純」と思いつつも、不思議と悪い気はしない真紀なのだった。

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