(8)

 夏樹神社に古えから伝わる(ただし現在ではほとんど廃れた)風習である“厄違えの儀”。

 厄年を迎えた人間と神社の巫女の「立場を入れ換える」ことで、その厄を弱め、一年間無事に過ごさせる──という、冗談のような仕組みの儀式だが、神社に祀られている神“河比奈媛命”の力で、そのトンデモ理論がキチンと発動するのだ。


 しかし、河比奈媛の神通力の些細な綻びから、真紀は異状を同じ弓道部員である来栖萌絵に覚られ、彼女に現状を説明せざるを得ないハメになってしまう。

 そのため、萌絵を自宅でもある神社に連れてくることになったのだが……。


 「──つまり、ここにいる夏樹女史は、本来のこの神社の娘ではない?」

 『うむ。ただし、それが本来“誰”であるかは明かさぬしきたりゆえ、追求は無用ぞ』


 河比奈媛の言う通り、真紀及び河比奈媛自身の口から丁寧に説明すると、呆気ないほどシンプルに萌絵は事の顛末を把握してくれた。


 それはいい。ここまでしたのに「そんな馬鹿なことあるわけない」とか「そんなのアタシが許さない!」とか変にキレられては、骨折り損だ。


 「どうして、わたしには因果律歪曲の結果が適用されなかったの?」

 『推測になるが──お主、1月1日から数日間、この近隣にいなかったのではないかえ?』

 「確かに、新潟にある父の実家に行っていた」


 超常の存在である河比奈媛にあっさり馴染むのは、真紀にも想定外だったが。


 『それで、我の因果律操作の影響を直接受けなかったのだろうな。

 無論、その後も余波により、この地に足を踏み入れた者は“現状”を「正しいもの」と認識するようになる術式は組んであるのじゃが、お主自身に霊力の素養があったため、無意識に抵抗したのであろう』

 「納得」


 しかも、シラフではたから見れば厨二病全開なはずの説明にも、平気でついていけている。


 (まぁ、元々、そっちオカルト方面に詳しそうな子ではありましたたけど)


 この調子なら、萌絵の方は、真紀のことを周囲にバラすような真似はするまい。それは助かったのだが……。


 「え、えーと……マキちゃんがホントはマキちゃんじゃなくて……あれ? 名前はそのままでいいのかな?」


──まつりはこんらんしている!


 『真紀よ、何故、そちらの娘まで連れて来たのだ?』

 「仕方ないじゃないですか。元々、この子と待ち合わせしてたのに、いきなり別の子の手を引いて現れたら、それは不審に思われますよ」


 つまりはそういうことだ。

 徒歩や自転車での通学なら、こっそり別の道から帰るという手法もとれるが、村との行き来は1時間に2本のバスを使うしかないのだ。


 「仮に1、2本遅らせても、茉莉さんの場合、心配して待ってそうですし……」

 筋金入りのお人好しの茉莉の場合は、大いにありうる話だった。


 『ふーむ、まぁ、よいか──これ、そこな娘!』

 「ふぇっ!? わ、わたしですか?」

 “神”に呼びかけられて、ビクンと身体をこわばらせる茉莉。


 『そうじゃ。色々信じ難い話を聞かされて思い悩むのも無理はないが、大事なことはひとつだけじゃぞ』

 「ひとつだけ……それって何ですか?」

 『──お主にとって、そこの真紀はどんな存在かえ?』


 河比奈媛にそう問われた茉莉は、改めて考え込む。


 「え? それは……えーと、お友達、でしょうか」


 正確に理解はしていないとは言え、自分が本来この神社の娘ではないことを知りつつも、茉莉が“友達”と言ってくれたことが、真紀には嬉しかった。


 『うむ。

 「」。

 その他のことは 「」』


 自信に満ち満ちた河比奈媛の言葉ことだまに、視線が虚ろになる茉莉。


 「とるにたらない……」

 『お主は真紀の友人なのであろう? それとも、此奴が夏樹家と血が繋がっていなければ、お主は友誼を断つつもりかえ?』

 「そ、そんなことしませんよぉ。真紀ちゃんはたいせつなお友達です」

 『ならばそれでよいではないか。今回の話は、「友達が実はその家の養女だった」くらいの感覚でサラッと流しておくのが正解じゃ。

 「」』

 「そう……ですね」


 河比奈媛の言葉に、茉莉はぼんやり頷いている。


 「──もしかして、言霊で意識を誘導した?」


 萌絵の指摘に、ハッとして河比奈媛の顔を見る真紀。


 『なに、別段記憶を消したり弄ったりしたわけではないぞ。人の子の使う軽い暗示と大差ない代物よ。これでこの子は真紀の事情を知りつつも、今後深く詮索してくることはあるまい』


 河比奈媛の“結界”より出た後、未央がぜひにと誘ったため、茉莉と萌絵は夕飯を夏樹家で食べて行くことになり、それまでは真紀の部屋で3人で雑談することになった。


 真紀は、おっとりぽやぽや少女である茉莉と中二病を引きずり気味な無口娘の萌絵という、まるで異なる女の子ふたりの相性を危惧していたのだが……。

 意外なことに、しばらくするとふたりともすっかり打ち解けて、気楽に談笑するようになっていた。


 あるいはこれは、同じ秘密(無論、真紀のことだ)を共有しているという共犯者意識のにようなものがあったからかもしれないが、まぁ、とりあえず仲良き事は麗しきかな、だ。


 「萌絵さんにバレた時はどうなる事かと思いましたけど……どうやら大丈夫そうですね」


 この様子なら心配は無用で、むしろ心強い味方を得たと考えてよいだろう。


 『まぁ、もう一度術の補強をしておく故、今後はそうそうバレることもあるまい』


 河比奈媛のその言葉通り、以後、真紀の“正体”について怪しむ人間は二度と現れなかった。

 それどころか、このふたり──茉莉と萌絵さえ、その事について口にすることはほとんどなく、ごく普通に「女同士の親しい友人」としての付き合いを続けていくことになるのだった。

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