純潔と混血

 エゼルの母親は人間だった。だから何十年も前に死んでしまった。父親はエルフだったが、母とともにあろうと、一緒に死んだ。

 一人取り残されたエゼルは、ただ孤独だった。

 純血が羨ましかった。混血が憎かった。そしてそんなことを思ってしまう自分も憎かった。

 孤独の時間に形成された消えることのない負の感情は、酷く幸福を恐れさせる。いずれ失うそれに心を預けてしまえば、堕とされた時に、いったいどうなってしまうだろう。

 結局はこうやって穢い思考を繰り返してしまう。アダンと心から仲良くなることなど、不可能なのだ。

「ねえ、エゼル! こんな岩肌にも花が生えているわ!」

 身体を包む黒い何か。その隙間から光が差す。

 俯いていた顔を上げると、崖のふちに膝をついてこっちを向くアダンが見えた。

その笑顔はひたすらに眩しくて、やはり混血なんかが近づくことは許されないみたいだ。

「エゼル! こっち来てみて!」

 けれど、アダンなら。

 一点の曇りもないアダンの笑顔は、生まれて初めての感情をエゼルの中に産み落としていく。恐れの中から一歩、踏み出す勇気。

 穢してはいけない。それでも近づきたい。

 矛盾した感情は。

「エゼルー」

「ああ、今行くよ」

 踏み出す方を選んだ。

 アダンに笑みを向ける。まだ慣れないがちゃんと笑えているだろうか。

しかし、

「――おやおや、楽しそうだね」

 新たな一歩は愉悦を含んだ男声に阻止された。

「……!!」

 声のした方に顔を向けると、岩肌の壁を背景に、宙に浮きながらゆっくり降下してくる男がいた。

短く切られた赤髪に、端正な顔立ち。トパーズとサファイア色のオッドアイ。来ている服はローブ。

 魔術師。

 こんな芸当をできる人間は、この世に魔術師しかいない。最も地位が高く、権力のある者たち。

 アダンのもとへ駆け寄ると、アダンは顔を真っ青にして、

「――ソロン様!」

 叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る