第262話 救いと別れとケジメ

”神の龍”とも伝承される伝説上の存在、ゴールドドラゴンを一撃のもとに倒し、引き連れられた48体のドラゴンすらも一斉に沈黙させたウチの嫁さん。


彼女の手にかかれば、この世界の最強種の上位個体であってもワンパンで終わった。


その強さを初めて目の当たりにした帝国メンバーは、まだ現実を受け入れるのに時間を要している様子であるが、ラクティフローラとシャクヤは、真っ先に彼女に飛びついた。


「お姉様!!!」


「ユリカお姉様!!!」


嫁さんは彼女たちを優しく抱きとめ、それぞれの頭を撫でてあげる。ルプスとストリクスは、それを微笑みながら見守り、ベイローレルは頬を紅潮させて賛嘆した。


「さすがです……ユリカさん」


仲間たち全員が無事であることに安堵しつつ、嫁さんは不安げに尋ねた。


「ところで……桜澤撫子が来なかった?あと萌香ちゃんがいないけど……」


「それが……」


「……え?」


ベイローレルは、桃園萌香が灰谷幹斗に討たれ、消滅した経緯をかいつまんで語った。嫁さんは愕然として声を震わせた。


「そんな……萌香ちゃん……ごめん……私、間に合わなかった……」


激しく動揺し、気落ちする彼女にラクティフローラが優しい声でフォローした。


「モカさんは、光の泡のようになって消えていかれました。おそらくは、元の世界に戻られたのだと思います。あまり苦しんでもいないご様子でした。そのような会話を二人の魔王の方々とされておられましたので……」


「そ、そうなんだ……それなら、よかったけど……」


王女の報告で少し心を軽くしつつも、嫁さんは複雑な心境で悲しそうな顔をした。この時、彼女の携帯端末宝珠に着信が来た。僕、白金蓮からの通話だ。


『百合ちゃん!そっちは無事に終わった?』


「あっ!蓮くん!うん!」


僕は、先行した嫁さんの後を牡丹の重力操作で追いかけ、村の中間地点の草原に着いていた。そこで多くの怪我人を見つけた僕は、嫁さんがドラゴンを退治する間に治療を開始していたのだ。


牡丹はとてもいい子で、僕を手伝うため、怪我人を見つけては無重力で浮かせ、連れて来てくれる。その人たちを僕は次々と治療していった。


やがてドラゴンたちが全て沈黙したのを見て、彼女に連絡したのである。最初に僕は仲間たちを心配して質問した。


『重傷者はいる?』


「えっと……一番ヤバいのは松矢くん。あとオスマンサスさんと……ルプスと南天さんが骨いっちゃってる。あとはみんな軽傷みたい」


『もう諍いは無いかな?』


「みんなで協力してドラゴンと戦ってたよ」


『なら、4人をこっちに呼んで!あとのみんなはすぐに手伝ってほしい!村の人たちを治療しないと!重傷者を見つけて、連れて来て!』


「りょ!」


僕との通話を終えた嫁さんは、全員に告げた。


「てことで、みんな!村の人たちの治療を手伝うわよ!蓮くんのとこに重傷者を連れてくの!」


「「はい!!!」」


仲間たちに加え、オスマンサスとホーリーも一斉に返事をした。そして、次々と屋敷の屋根の上から飛び降り、手分けして重傷者を捜しはじめた。ルプスとオスマンサスには治療に来るよう命じたはずなのだが、彼らは人命救助を優先していた。


「え……え?どういうこと?」


キョトンとするのは赤城松矢と黄河南天、そして黒岩椿だけである。彼らには僕の治癒魔法を知っている大和柳太郎が教えた。


「蓮さんは、心臓をやられた人でさえも復活させられるんです!」


「え!?」


「なんやて!?」


「マジで!?オレの腕も治せるの?」


驚いた黄河南天と赤城松矢は、大和柳太郎の案内で僕のもとまで連れて来られた。ドラゴンから皆を守ってくれたという報告をベイローレルが電話してくれたので、僕は感謝しながら治療してあげた。


黄河南天は、顔には出さないが、ルプスとの戦闘でかなりのダメージを負っていた。全身、打撲と内出血だらけであり、骨が折れたりヒビが入ったりしていたが、この程度であれば難なく治った。


問題は赤城松矢である。彼の両腕は、ゴールドドラゴンの熱線によって、重度の火傷を負っていた。外見的には黒焦げになっており、表皮も真皮も焼かれ、皮下組織までも損傷している。適切な対処を行わなければ、感染症を引き起こす危険性があり、自然治癒で回復できたとしても、痛ましい跡が残るだろう。


しかし、こうした症状もこれまでの戦場で既に経験している。【世界樹の葉ユグドラシル・リーフ】で健康な部位の細胞を移植し、過去の状態と全く同じになるよう発育を促すという方法で治療した。勇者の肉体は、頑丈な上に回復力も高く、治癒魔法を施すうちに、みるみる両腕が修繕されていった。指先から爪も新たに生えてきた。


歓喜した赤城松矢は声を弾ませた。


「すっ!すっげぇ!!!本当に綺麗に治った!ありがとう!蓮!!!」


「いや、みんなを金色のドラゴンから守ってくれたそうじゃないか。松矢、こちらこそ礼を言うよ」


さらにオスマンサスは、右手を負傷しているにも関わらず、重傷者の確保を手伝っていた。それを僕は呼び止め、治療した。


彼は、右手の中手骨が途中で一部欠けている状態であった。これを自然治癒で治すのは相当に時間が掛かるだろう。【世界樹の葉ユグドラシル・リーフ】で、元の形状になるよう、骨の発育をピンポイントで促し、復元させた。


「すまないな!シロガネ代表!俺は以前、あんたに勝てないと言われたが、今は心からそう思う。助かったよ!感謝感謝!」


万全になった彼は豪快に笑い、またすぐに手伝いに戻った。


ルプスについても、途中で制止し、治療を施した。



さて、可哀想な村人たちの治療であるが、これは意外とうまくいった。


幸いにも、というのも変なのだが、騎士団に襲われた村人たちは、鮮やかな斬られ方をしており、致命傷は確実なのだが、大抵は胸か背中を斬られただけで、そのまま放置されていた。


騎士たちとしても、非力な村民を殺すのに、そこまで本気を出す必要もないと考えていたのかもしれない。あるいは、広大な村を襲うのに、いちいち手間を取られたくないと考えたのだろうか。村人に致命傷を与えただけで、トドメを刺すことはしなかったようだ。


ほとんどの犠牲者は村の青年団とカラコルム卿の屋敷の使用人たちであったが、その多くの命を救うことができた。


また、家から焼き出されて怪我を負った人々も多数いたが、そのうちの重傷者もすぐに治療してあげられた。


「すごい……」


大和柳太郎は、僕が一人一人救っていくのを見て、後ろで感嘆していた。



また、これらの救命医療と並行して、村の各地で気を失っている『聖浄騎士団』をどうにかしなければならない。重傷者を保護するついでに、騎士たちを皆に集めてもらった。


皮肉なことに騎士団の中には死亡者が一人もいない。あまりに重傷な者には、とりあえず応急処置だけ済ませることにし、あとは放っておくことにした。そして、彼らの身に着けていた剣や鎧を『宝珠システム』で分解し、材料にして鉄製の手錠を作成し、全員を拘束した。



最後に連れて来られたのは、カラコルム卿の屋敷に避難していたコルチカムという使用人と執事を務めていた魔族グリュッルスである。


コルチカムは全身傷だらけであったが、すぐに完治させた。


グリュッルスは大和柳太郎の剣で胸を深く斬り裂かれていたが、魔族の強靭な体力で、息も絶え絶えに生存していた。それも完治させた。


「あ、あの……先程は、すみませんでした」


完全回復したグリュッルスに大和柳太郎が頭を下げた。それを目にした魔族執事は、どうしてこうなったのか理解できず、唖然としている。


「ところで……椿はどないした?」


ここで黄河南天が引きこもり勇者がいないことに気づいた。


実は、黒岩椿はドラゴンが退治されてから、カラコルム卿の屋敷の裏に隠れ、一人で休んでいた。彼がやる気を出したのは本当に一時的なもので、ちょっと頑張れば、すぐに疲れてしまうのだ。皆が献身的に人助けするのも手伝う気が起きないようである。


「あいつ、この惨状を見てもサボるのかよ!どうかしてるよ!」


「捜して来ましょう!」


赤城松矢と大和柳太郎も憤り、3人の勇者は彼を捜索しに向かった。



さて、これにて、今回、犠牲となった重傷者の治療は完了した。ほとんど後遺症も残らない形で皆を治すことができた。


ただし、頭部を斬られた者や、灰谷幹斗に攻撃された者は、既に息を引き取っていた。合わせて5名の青年たちを救うことができなかった。


そのうちの1人は、シャクヤを守るために命を懸けたという元誘拐犯である。


「トリトマ様…………」


胸部に大穴を開けられたハンターを前にして、ガックリとうな垂れるシャクヤ。その表情があまりにもせつなく、僕を含めて誰一人、声を掛けられない雰囲気となった。


自分を誘拐した人物の一人とここまで心を通わせ、その死を悼むとは、なんと不思議な女性なのだろうか。


僕は、そう思いながら、涙を流す彼女を見守った。



ところが、このようにしんみりした状況で、新しい気配が近づいてきた。僕はレーダーでそれを確認し、そちらを見る。


林の中から、僕たちがいる草原に姿を現したのは、なんと桜澤撫子であった。また、その後ろには、僕も初めて目にするギャル魔王、山吹月見が立っている。


「撫子……!!」


嫁さんが険しい表情で僕の前に立った。臨戦態勢を取って睨みつける彼女に、桜澤撫子は慌てて両手を上げ、降伏する姿勢を見せる。


「待って!!待って百合華ちゃん!言いたいことはたくさんあると思うけど、今は亡くなった人たちのために戻ってきたの!お願い!ちょっとだけ時間をちょうだい!」


必死な訴えに、彼女を敵視しているウチの嫁さんも折れることにした。桜澤撫子は警戒しながらも恐る恐るこちらに近づき、語った。


「本当は、すぐに逃げるつもりだったんだけど、ドラゴンが群れで来たから、慌てて引き返してきたの。それを百合華ちゃんがやっつけてくれたから、今度は私が、この人たちをなんとかしようと思って……」


そう言いながら、5人の亡骸の前に立った。


「……死んですぐなら、間に合うから」


彼女は、トリトマの遺体に手を当て、グッと力を入れた。すると、僕の目にもわかるくらいのオーラが全身から溢れ出し、手を伝って、トリトマの肉体へと注がれた。


こうして実際に視認するのは初めてである。魔王としてのマナを注入したのだ。


すると、トリトマの肉体が不気味な色で淡く光り、変貌しはじめた。


胸の穴がみるみる塞がり、皮膚の色が青白く変わっていく。


僕の『宝珠システム』の解析では、それは魔族の肉体となっていた。


「さすがにいっぺんに5人は多いわ。ツッキー、手伝って」


「うん」


後ろに控えていた山吹月見も加わり、残る4人の青年たちを全て魔族化させた。この時の山吹月見は、とても悲しそうで真面目な表情をしており、あまりギャルという印象は受けなかった。羽織ったローブで全身を覆っているので、今は水着姿でもない。


「この子、ワタシが伝令を頼んだ子だ。ごめんね。戦地に走らせるようなことして……」


漆黒のローブを着た遺体は、彼女の指令で、この村にいち早く急を知らせた青年であった。その彼に、慈愛に満ちた眼差しを向け、マナを注入している。


これらの光景を僕たち一同は唖然として見守るばかりだ。


そうして、ここに5人の亜人魔族が新たに誕生し、目を覚まして起き上がった。いずれも、まだ魔族になったばかりのためか、顔色以外は人間と姿が変わらない。すると、一斉に2人の魔王に向かい、跪いた。


「「魔王様、我らを誕生させてくださり、ありがとうございます」」


頷いた桜澤撫子は一言だけ告げた。


「みんな、一緒に来て」


「「かしこまりました」」


一礼した魔族たちが立ち上がった。

さらに桜澤撫子は魔族執事にも声を掛ける。


「グリュッルス、あなたも今までご苦労様。任務は終わりよ。私と帰りましょ」


「はっ!仰せのままに」


そうして、彼らは魔王に従って林の方に歩いて行った。


魔族となったトリトマが目を覚ました頃から、シャクヤはずっとホッとしたような不安を抱えたような複雑な心境で彼を凝視していたのだが、ここで思わず彼を呼び止めた。


「あ、あの!トリトマ様!!」


「…………?」


不思議そうな顔でトリトマであった魔族が振り向いた。なんとなく自分が呼ばれた気がしたのだろうか。だが、彼はシャクヤの顔を一瞥しただけで、すぐに前を向いた。


そのやり取りを気にした桜澤撫子が、申し訳なさそうに振り返った。


「ごめんね。もう生前の彼らじゃないの。この子たちには、新しい人生を歩んでもらうから」


言いながら、また歩き出そうとする彼女を、今度は僕が呼び止めた。


「桜澤さん!!桃園萌香のことだけど!」


すると、この言葉には2人の魔王が同時にピクッとした。

僕は泣きそうな気持ちを抑えながら尋ねた。


「さっき萌香のことを聞いた!あの子は!無事に地球に帰れたってことで、いいんだよな?」


桜澤撫子はゆっくりとこちらに顔を向けながらキッパリ回答した。


「……うん。桃ちゃんは地球に帰ったわ。それは間違いない。安心して」


また、山吹月見は明るく笑いながら、こちらに手を振っていた。


「ミンナ!モモモンと友達になってくれてェ、ありがとねェーー!」


彼女たちは再び歩き出した。2人の魔王と6人の魔族が去って行くのを僕たち一行は黙って見送った。



桃園萌香を助けられなかったのは痛恨の極みだが、彼女が地球に帰還したのだという証言を得られ、少しは救いになった。いや、むしろ元の生活に戻れるのだから、きっと彼女にとっては前進であるに違いない。


ところで、魔王たちが去った後も、シャクヤはいつまでも寂しそうな顔をして、その方角を見つめ続けていた。そんな彼女を心配して、僕は声を掛けた。


「シャクヤ……彼は、大切な友人だったのかな?」


「はい……出会いこそ最悪でしたが、とても素敵なお方でございました……」


愁いを帯びた目で微笑する彼女を見て、ほんの一瞬、僕はドキッとした。子どもだと思っていた女の子が、いつの間にか大人になった気がして戸惑う感覚。それを僕は味わい、何とも言えない気持ちになった。


ところが、次の瞬間、シャクヤが慌て出した。


「……ハッ!ですがレン様!わたくしがお慕い申し上げますのは、未来永劫、レン様だけでございますので!」


「いや、それも困るんだけどな……」


前言撤回。やはり彼女はまだ子どもだった。

苦笑しながらも、ちょっと嬉しいと思ってしまう自分がいた。



やがて林の奥から、1体の黒いドラゴンが飛び立った。桜澤撫子が『クマーラジーヴァ』と呼んでいたドラゴンだ。やはりあのドラゴンは、人の姿になって林の中に隠れ、彼女たちを待っていたのだ。


それを目撃したウチの嫁さんが血相を変えた。


「えっ!何あれ!撫子のヤツ、ドラゴンに乗って移動してたの!?」


「うん。そうなんだよ。彼女は、僕の知らない情報をまだまだ握ってる」


「だから、たった一晩であんな山奥に行けたんだね!それ知ってたら私、もっと早く蓮くんを見つけられたのに!」


僕が静かに教えると、次第に嫁さんはイライラしはじめた。


言われてみれば確かにそうだ。ドラゴンに乗って移動したからこそ、僕を誘拐した桜澤撫子は、一晩のうちに帝都から300キロも離れた山小屋に僕を連れて行くことができた。嫁さんが僕を捜索するのに手間取ったのは、方向音痴と吹雪のせいだけでなく、そこまで距離があるとは考えなかった先入観にも原因があったのだ。


「蓮くん!人助けになると思って、さっきは見逃しちゃったけど、なんか今になって悔しくなってきた!今から一発、ぶん殴ってきていい?」


「え…………」


再び闘志を燃え上がらせた嫁さんが、勢い込んで僕に顔を近づけてきた。僕は少しだけ躊躇したが、思えば、彼女にとっては桜澤撫子に対し、なんら一矢報いることをしていない。


それによくよく思い返してみれば、あの女が自分勝手な行動をしなければ、僕たち夫婦はもっと早くここに到着し、場合によっては騎士団の狼藉そのものを食い止められた可能性もある。


そうだ。元凶とは言わないまでも、今回の戦いで、最も迷惑な行動をしてくれたのは、桜澤撫子ではないか。


ここまで考えた僕は、苦笑混じりに微笑み、『宝珠システム』から嫁さんの携帯端末宝珠に一つのアプリをインストールした。


「仕方ないな……じゃあ、一発だけね。はいコレ」


「何?」


嫁さんが不思議そうにアプリを立ち上げると、彼女専用のレーダー解析映像が視界を補うように表示された。そして、それらの記号は、一つのターゲットのみを強調して、方角と距離がわかるように数値化されている。


「僕が考えた彼女への対策だ。桜澤撫子は、人の認識をズラすことができる。だけど、機械を騙すことはできない。宝珠システムで彼女を捕捉して、その表示に向かって攻撃するんだ」


「あはははは!なぁーーんだ。そっかぁ!そんな単純なことで対策できちゃうんだね!」


「僕はあの子に言っておいたよ。僕たち夫婦が力を合わせれば、君なんか敵じゃないって」


「うん!うん!そのとおりだよ!!私たちは、二人で一人なんだから!!よーーっし!」


明るく笑った嫁さんは、右手の拳を構えた。


この時の黒いドラゴンは、この村に向かって来た時ほどの全速力を出していない。おそらくそれをやると他のドラゴンに気配を悟られてしまうからだ。だが、それでもドラゴンの飛行は非常に速く、桜澤撫子は既に20キロ以上離れており、黒岩椿の能力の圏外にまで逃れている。


しかし、桜澤撫子専用に開発したレーダーは、彼女が持つ携帯端末宝珠の位置を正確に特定し、ヘルスチェック機能も合わさって、それが本人であることも識別している。


ピピピピピッ!


ターゲットへの方角と距離がわかりやすく明示され、照準が定まるように立体的なポインターが表示されていた。それを目掛け、嫁さんはまっすぐ拳を突き出した。


「撫子ぉっ!!!私からのお礼!まだ受け取ってないわよ!!!」



ズッキューーーーンッ!!!



まるで光線銃を撃ったのかという速度で、マナの塊が黒いドラゴンに向かって発射された。


一方、それが向かう先では、少し前から、山吹月見が桜澤撫子に盛んに話し掛けていた。


「ねェねェ、なで子ォーー。なで子が言ってたオトコってェ、さっきの人ォ?思ってたよりィ、イケメンってわけではなかったけどォーー?」


「そんなこと言わないでよツッキー。あの人は、私の運命の人なんだから」


「え、待って待ってェーー。なで子ってそんなこと言うキャラだったっけェ?なァーーんか急に乙女になってなァーーい?超ウケるゥーー!」


「もう……あとでゆっくり教えてあげるから。白金くんが、どれだけすごくて、どれほど私の救いであるか……を…………ね?」


ノロケるように語る桜澤撫子であったが、その言葉の途中で何かに気づいた。だが、音速をも遥かに超えるその気配を彼女が認識した時には、既にソレをまともに食らっていた。



ズゴッッッ!!!!!


「あぎゃんっ!!!」



可哀想なことに、嫁さんからの『マナパンチ』が、とてつもない精密コントロールによって右の頭部に直撃し、桜澤撫子は情けない悲鳴を上げて失神した。頭には大きなタンコブが出来上がり、目を回して、うなされることとなった。


「ええぇぇぇっ!!!!!なで子ォ!!!なで子ォ!!!どうしたの!?何がどうなったの!?」


誰人が相手であっても絶対に攻撃をヒットさせたことのない『幻影の魔王』が、いきなり卒倒したのだ。これには山吹月見も度肝を抜かれて、しばらくの間、慌てふためいた。



ついにウチの嫁さんは、僕のシステムの補助が加わることで、射程20キロメートルオーバーの超長距離精密狙撃を成功させた。


桜澤撫子の意識が消失したことをレーダーが検出すると、嫁さんは今まで見たこともないような充実した顔で、僕にニッコリ笑った。


「えへ。ちょっとスッキリした♪」


「ああ……うん」


今、改めて思った。

最強すぎるウチの嫁さんを絶対に怒らせてはいけない、と。

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