第263話 勇者たちの総決算

「えっ!お母さんが来たんですか!?」


黒岩椿を見つけ、連れ戻って来た帝国の勇者たち。そのうちの一人、大和柳太郎は、桜澤撫子たちが死体となった村人たちを魔族化していったことを知ると、仰天して叫んだ。


そして、その一言に僕も仰天した。


「はぁ!?何て言った今!?」


そこから僕と嫁さんは、仲間と帝国メンバーからそれぞれこの地で起こった出来事を細かく聞き出した。


まず桜澤撫子と大和柳太郎が親子であった件は、まさに驚愕であり、かつ大いに納得できる事実だった。


以前に一度だけ、桜澤撫子は離婚する前に”大和”という名字だったとも聞いていたし、息子の柳太郎を地球に帰してあげるために牡丹を襲ったのだとすれば、矛盾だらけに思えた彼女の行動にも説明がつく。


『破滅の魔神王』を降臨させることが目的と言っていた彼女が、一時的に計画を変更した背景には、一人息子の存在があったのだ。


「……でもさ、自分の子どもを救うために他人の子どもを殺そうとするって、やっぱり最低だよね」


嫁さんが、それらの真実を知った上で、再び重い声を出して憤った。これには僕も激しく同意する。しかも、それを実現するために僕たち夫婦を騙していたのだから、より悪質だ。


それを聞きながら、大和柳太郎は複雑な顔をしていた。



また、灰谷幹斗という『砂塵の勇者』には、結局、僕たち一家は直接出会うことがなかったが、その自分本位すぎる振る舞いには、反吐が出る思いだ。


桃園萌香が彼の手にかかって殺されたのは残念だが、無事に地球に帰還したことを考えれば、ホッとする一面もある。また、灰谷幹斗の無残で惨めな最期には、少し胸がスッとする思いがした。


それにしても、彼のことを含め、帝国の勇者たちを見事に退けた僕の仲間たちの活躍には、目を見張るものがある。よくぞ格上のチート能力者たちを知恵と努力と工夫のみで凌駕したものだ。感嘆するに余りある。


「ここにいるみんなが無事で……本当に良かったよ。誰か一人でも欠けていたら……僕も百合ちゃんも、またリーフの時みたいに、後悔してもしきれない気持ちで、塞ぎこんでたと思う」


「うん……本当にみんな、生きててくれて、ありがとう」


僕が皆に語ると、隣の嫁さんは目を潤ませて感謝した。


それを聞いたラクティフローラとシャクヤは泣きそうになり、ベイローレルは妙に照れていた。ルプスとストリクスは深々と一礼した。


ちなみにルプスとストリクスは既に動物形態に変身しており、周囲で治療を受けていた一般人から見れば、ただの狼とフクロウにしか見えない。



すると、この時、村の中で動きがあった。


気を失って、各地に落下していたドラゴンが目を覚まし、再び起き上がって、空に上昇しはじめたのだ。


「「う!うわぁぁぁっ!!!またドラゴンだぁーーー!!!!」」


僕の治療を受け、安堵していた村人たちは、それを見て慌てふためいた。立ち上がって震え慄いている彼らに僕は大声で告げた。


「皆さんは、向こう側に避難してください!!」


そして、嫁さんを先頭にして、僕たち一行はドラゴンたちの動きを注視した。今はカラコルム卿の屋敷から離れているため、僕たちはドラゴンの群れが次々と上空に現れるのを遠方から客観的に見つめる形だ。


「……うん。大丈夫みたい」


ドラゴンたちを見つめていた嫁さんが、笑顔になって言った。


すると、再び大空に舞い上がったゴールドドラゴンが、僕たちに背を向け、南に飛翔して行った。聖峰グリドラクータに帰って行くようだ。


それを追いかけるように他のドラゴンも去って行く。傷ついたシルバードラゴンについては、何体かのドラゴンがそれを支えるように共に飛んでいた。


これにて、ドラゴン襲撃事件は1体も殺すことなく、無事に終結した。




草原に残されたのは、拘束された騎士団と僕たち一行のみだ。


全てが落着し、安心できたところで、僕は帝国の勇者たちに厳しい顔を向けた。


「さて……と、なんとか村の人々の命は、ほぼ救うことができ、ドラゴンの件も解決した。だけど、この村の悲惨な状況。君たちはどう考えるんだ?」


「「………………」」


帝国の勇者である黒岩椿、赤城松矢、黄河南天、大和柳太郎は、気まずそうに沈黙した。


消火は済んでいるが、村は一面が焼け野原だ。


ここに住む人のことを思えば、あまりにもむごい仕打ちである。家々は焼け落ち、収穫途中だった麦畑も灰となり、収穫後で脱穀するために干されていた麦もほとんど燃えてしまった。


一部の頑丈な倉に収められていた小麦を除いて、ほぼ全滅と言える状況なのだ。


煙に燻された臭気は今でも辺りを覆い、村の悲痛な思いを空気が代弁しているかのようだ。


「あ、あの…………」


まず最初に、申し訳なさそうな声で大和柳太郎が口を開いた。しかし、何を言ってよいのか迷っている様子で、その声は途中で途切れてしまった。


次に赤城松矢と黄河南天が発言した。


「ご……ごめん。オレ……何も知らなかったからさ……」


「俺もや……知っとったらこんな……」


「知らなかったで済むと!お思いですか!!!」


ところが、か細い声で反省する二人の勇者を、なんとシャクヤが大声で叱り飛ばした。


「シャクヤちゃん……」


「シャクヤ……」


嫁さんと僕は、意外な彼女の剣幕に驚いた。普段の温厚な彼女からは想像もつかない声だった。他の仲間たちも似たような思いで彼女の顔を見つめる。シャクヤの憤激はまだ収まらず、思いの丈を言い放った。


「この村の方々が!どれほど苦労されて小麦を育ててこられたか!豊作だったのも数年ぶりなのだそうでございます!それをあなた方は!あなた方はっ!!全て台無しにされた上に!住む家も焼き尽くしてしまわれたのです!!!ドラゴンと共に戦ってくださったことには感謝致します!ですが、わたくしは!あなた方を勇者とは断じて認めません!!断じて!!!」


僕は、シャクヤがこれほどまでに激昂している姿を初めて目の当たりにした。誰に対しても優しい彼女がここまで怒りを露わにするのだ。もう僕から言うべきことは何もないと感じた。


絶世の美少女とも言えるシャクヤから凄まじい気迫で怒声を浴びせられ、キョトンとしつつも帝国の勇者たちは愕然とした。


自分たちのしでかしたことが取り返しのつかない失態であることを痛感し、顔面蒼白になって反省している。


ところが、ここで一人だけ無表情で心無い言葉を発する者がいた。


「おれは……何もしていない。悪くない」


黒岩椿である。

これに黄河南天と赤城松矢が激怒した。


「椿ぃ!お前!今そういう話ちゃうやろ!」


「これ見て何も思わないのか!オレたち、とんでもないことを手伝わされてたんだぞ!」


僕も心底、呆れた。黒岩椿の本性を桜澤撫子から聞いているのは僕だけであり、まだ嫁さんにも話していない。


騎士団を止められる力を十分に持っていながら、何も知らなかったのも感情的には許せないが、知っていて何もしなかったのだとすれば、もはやそれは、罪に加担していたのと同じと言えるのではないだろうか。


そんなことを考えていると、帝国の勇者たちは、黒岩椿をいよいよ非難しはじめた。


「だいたいオマエは20年以上もこの世界にいて、一番詳しいはずだろうが!どうして教えてくれなかった!」


「せやで!椿の能力があれば、騎士団の動きも幹斗が悪さしとるんも、気づけたんちゃうか?」


「ぼ、ぼくは、椿さんと幹斗さんが、”この世界は所詮ゲームだ”って言うから、それを信じて、一度はベイローレルさんを殺しちゃったんですよ!それでカラコルム卿も殺していいって思っちゃいましたよ!」


「なんで……なんで、おれなんだよ!!!悪いのは騎士団だろ!!」


赤城松矢、黄河南天、大和柳太郎が口々に彼に訴えると、黒岩椿は逆ギレして叫んだ。彼らは互いに罪をなすりつけはじめた。


この醜い争いを見ていたウチの嫁さんが、ここで吼えた。


「みんな!!!歯を食いしばりなさい!!!」


「「……え?」」


急に叫んだ嫁さんの強烈な気配に勇者4人が驚き、脅えた。


そして、次の瞬間には、彼らが突如として吹っ飛ばされた。



パン!パン!パン!……パン!



嫁さんが、瞬く間に4人の勇者の頬を引っぱたいたのだ。あまりの早業に、彼らはガードを意識することもできなかった。


ちなみに大和柳太郎を相手にした時のみ、嫁さんは一瞬だけ躊躇したが、「あなたも立派な勇者よ」と言って一発殴っていた。


「は……はやっ……」


「全く……見えんかった……」


「「………………」」


赤城松矢と黄河南天は愕然とし、黒岩椿と大和柳太郎はビックリしすぎて声も出なかった。4人とも殴られた頬を真っ赤にしている。


そして、次に驚いたことに、なんと嫁さんは、自分自身の両頬に向けて両手で挟み込むように思いっきり叩いた。



ドパァッーーーーンッッ!!!!!



大気が振動した。何かが爆裂したのかと思った。


嫁さんは、自分に対してのみ、この世界で初めて50%の力で殴ったのだ。おそらく受けたのが彼女自身でなければ、その瞬間に肉片も残らずに消し飛んでいたであろう程のパワーだ。


言語に尽くせぬ強烈すぎる一撃を見て、一同は度肝を抜かれた。というか、僕などは衝撃波に煽られて尻餅をついてしまった。恐ろしい。恐ろしすぎる嫁さんだ。


そして、僕も初めて目にするが、嫁さんは両頬を真っ赤に充血させていた。彼女にまともな傷を付けられるのは、結局は彼女しかいないということなのだ。


頬をジンジンさせた嫁さんは、勇者たちに向かって再び吼えた。


「みんな!一人一人が!!ちょっとずつ悪いのよ!!!」


そう言いながら、今度は歯がゆそうに悔しそうに自分を罵った。


「私も悪いの!!いつの間にか、何があっても無敵だと思い込んでたから、撫子の変な能力に翻弄されて、どうしていいか、わかんなくなっちゃった……アレさえなければ、すぐにみんなを助けに来れたのに……。蓮くんが攫われた後だって、頭の中がグチャグチャになっちゃって、もっと上手に仲間のみんなを頼っていれば、もっと早く助けに来れたかもしれないのに……。それに私は……私は蓮くんのことが大事すぎて、みんなのピンチより、そっちを優先しちゃったの……みんな、本当にごめんね」


自己自身に激しく憤りながら、次第に目に涙を浮かべてきた彼女は、仲間たちに振り返って謝罪した。


それに対して何と応えてよいのかわからず、仲間たちは申し訳なさそうに首を振っている。


「オ……オレは……どこが悪かったのかな……」


嫁さんの言葉が突き刺さった赤城松矢は、下を向いたまま虚ろな目で質問した。それを聞いて、嫁さんは半分、呆れ果てながら尋ね返した。


「……松矢くんたちは、ここに何のためにやって来たの!?」


「何のためって…………それは……みんなで相談しているうちに、カラコルム卿って貴族が魔王を召喚しているかもって話になって……つまり、この世界のラスボスだってことになって……それで、『聖浄騎士団』と一緒に成敗しようってなって……」


「だったら、この人たちが最終的には人を殺すってこと!ちょっと考えれば想像できたでしょ!?」


たどたどしく答えた赤城松矢に、嫁さんは気絶中の『聖浄騎士団』を指差しながら叫ぶように聞いた。


「え……あ…………」


赤城松矢は固まってしまった。

それを見て嫁さんは立腹して問いかける。


「みんなが言うから、ただソレに従って来た!だから悪くないとでも言うつもり!?それのどこが正義の味方なの!?」


そばで聞いている黄河南天も大和柳太郎も、そして黒岩椿も、ぐうの音も出ない様子だ。


黙り込んでしまった彼らに、嫁さんは今、心から実感していることを言い放った。


「悪いことしない人は、”善い人”なんだと思ってるかもしれない!私も昨日まで思ってた!だけど、現実はどうなの?人を救える力がありながら、何もしない人!何も考えない人!そういう人って、本当に”善い人”なの!?今の私は、とてもそんなふうに考えられない!!」


痛切な響きだった。彼女は語りながら泣いていた。


確かにそのとおりだ。僕の胸にもグサッと来る言葉だ。悪人だから悪を行うのではない。人は、知らず知らずのうちに悪を行っている可能性がある。


特に今回の事件は、帝国の宰相という明確な首謀者がいることは確実なのだが、それを見抜き、未然に防ぐことができる勇者が4人もいた。


悪意は無くとも、悪に加担してしまうことはある。無関心や無自覚であったために、止められたはずのものを止めずに過ごしている場合もある。


普段の生活なら、ここまで切実にこのようなことを考察することもないだろうが、この村で起こった結果が、あまりにも悲劇的すぎるがゆえに、嫁さんは憤慨せずにいられないのだ。


「みんな少しずつ!本当に少しずつでいいから!一歩外を見る心があれば!防げたかもしれないの!ねぇ!そうでしょ!?」


号泣しながら訴える彼女の言葉を、勇者たちは青ざめて聞き入った。自分たちが、いかに甘えた考えで、帝国の世話になってきたのかを痛感し、反省し、身を震わせていた。


厳粛とも言える沈黙の時間が流れた。


やがて赤城松矢が、ひどく弱り果てた顔で、苦々しく口を開いた。


「オレと椿は昔、カラコルム卿って貴族の率いた騎士団をやっつけたことがある。その時、大勢の人を殺した。……はずなんだ。なのに、殺したって実感も持ってなかった。遠距離攻撃だったから、自分では何も見てないんだ。『飢餓の魔王』の女の子にも言われたよ。自分の行動の結果を想像できないのかって…………」


その声には、深く後悔している響きがあった。いや、4年以上の時を置いて、やっとその事実に思い至るようになった自分の愚かさを、心底、嘆いているようだった。


「え…………」


それを聞いた黒岩椿も目を丸くしている。普段から人を記号化して認識している彼も、今になって、その事実をハッキリ自覚したのだ。


「なぁ、椿、オマエもそう思うだろ?オレたち、ずっと前から人殺しなんだよ。今まで考えないようにしてきただけだ……。オレはさっき大火傷を負った。アレと同じ……いや、それ以上のことを大勢の騎士にしていたんだよ……オレたちは……」


「お……おれは…………おれは…………」


赤城松矢から直接問いかけられた黒岩椿は、虚ろな表情で絶句した。言葉にはならないが、相当にショックを受けている様子だ。彼は、今まで自分が悪を行ってきたことはないと自負していたのだろう。しかし、実際は既に、大量殺戮の片棒を担いでいるのだ。


次に口を開いたのは黄河南天だ。


「俺は……ホンマに何も考えとらんかった……。周りの言葉をただ鵜呑みにしとっただけや……それを正しいとアホみたいに信じとった……」


彼は、人を殺したこともなく、目の前で殺させるようなこともしてこなかった。どちらかと言えば、人情に厚い好漢であるが、他人の裏の悪意を見破って、積極的に正義を訴えるような人間でもない。良くも悪くも、人を信じるタイプの人間だった。しかし、今、その甘さを悔やんでいる。


そして、最後に少年勇者が立ち上がった。


「あの!本当にすみませんでした!!!」


大和柳太郎は、ようやく言葉の整理がついたようで、叫びながら潔く謝罪した。


「ぼくは、ずっとこの世界をゲームだと思ってました!本当は、オスマンさんやホーリーさんのように大切な人がいたのに、それでもゲーム感覚が抜けきれませんでした!その結果、悪い人は殺していいんだって、いつの間にか普通に考えてました!ベイローレルさん!あの時は、本当にごめんなさい!!殺してしまって、すみませんでした!!」


最終的には、直接的に手を掛けたベイローレルに向けて、彼は深々と一礼した。正直言って、小学生とは思えない程の礼儀正しさだ。これには僕も感服した。


また、謝罪されたベイローレルは、既に自身の雪辱を果たしているので、微笑みながら胸に拳を当てた。もう何も恨んでいないということを示したのだろう。


「オレたちも……本当にごめん。みんなを勝手に敵だと思い込んで、すみませんでした」


「俺もや。ホンマすまん!」


「……おれも」


少年勇者に触発され、赤城松矢、黄河南天、黒岩椿が立ち上がり、頭を下げた。


僕たち一行は、ホッとして微笑んだ。


これにて、勇者たちの反省が終わり、謝罪も済み、後腐れない関係を築けるような気がした。


ところが、大和柳太郎の言葉には、まだ続きがあった。

彼は、新たな絶望を抱えていたのである。


「あの……それに、ぼくは……ぼくは一刻も早く地球に帰りたいって思ってて……それで焦ってたんですけど……どういうわけか、お母さんがこの世界にいたんです……。こんなの、どうしたらいいんですか……ぼくだけが帰っても、お母さんがこっちに置き去りじゃ、意味無いじゃないですか……」


言いながらも、涙声になっている。そうだ。彼が桜澤撫子の息子であるなら、それは、僕たち一家が揃って地球に帰ろうとしているように、彼にとっても重大事実であるはずだ。


「ぼくが勉強を頑張るのは、お母さんが喜んでくれるからなんです……。月に一度しか会えないお母さんが褒めてくれるから……だから、頑張って来たのに……なんでこんなことに……。ぼくが……ぼくが平気で人殺しするような人間になったから、罰が当たったんですかね……?そういうことなんですかね……?」


さらに大和柳太郎は生真面目に自分を責め、ポロポロと涙を流しはじめた。そして、ついに座り込んで号泣した。


「うああぁぁーーーーん!あぁーーーーん!!あぁーーーーっ!!!」


純粋な彼は、母親がこの世界にいることを、自分が悪い行いをした報いであると捉えた。その悲しさと、やりきれなさに打ちのめされ、慟哭せずにはいられなかったのだ。


その姿を見て、不憫に思った嫁さんが、彼を抱きしめようと前に出た。


ところが、なんとそれよりも先に彼に歩み寄った者がいた。


「いいこ、いいこ。なかないで」


なんと我が娘、牡丹であった。

彼女が彼の頭を優しく撫でたのだ。


自分の討伐対象である魔王から慰められた大和柳太郎は、唖然として泣き止み、目を丸くして牡丹の顔を凝視した。


「え…………」


「パパとママがね、たすけてくれるよ。わたしのときも、そうだったの」


「デルフィニ……あ、いや、牡丹……ちゃん……」


「リュウタも、きっと、だいじょうぶだよ」


「牡丹ちゃん……ぼく、君を殺そうとしたのに……」


「いいこ、いいこ」


「あ……あはは……あはははは…………ああぁぁーーーーん!!うあぁーーーーん!」


彼は、笑いながら泣き出した。

泣きながら、牡丹の手を両手で握り締めた。


この時の彼がどのような心境だったのか、それはとても複雑である。


自分の今までの愚かさが悔しいやら、母親のことで悲しいやら、みっともなく号泣したことが恥ずかしいやら、さらには、それを宿敵である幼女に慰められてしまったことが、情けないやら嬉しいやら。


ともあれ、元気を取り戻していることは僕たちにもわかった。


少しだけ安心感を持ちはじめた彼に、僕は毅然と告げた。


「柳太郎、君のお母さんのことは、僕も今後、追いかけることになる。聞きたいことが、まだまだたくさんあるんだ。そして、前にも言ったけど、『勇者召喚の儀』を解析して、みんなが殺し合いをせずに安全に地球に帰る方法を模索している。それは、君のお母さんを助けることにも繋がる。一緒に協力しよう」


「グスッ……はい!!!よろしくお願いします!蓮さん!百合華さん!」


泣き止んだ柳太郎は、力いっぱい返事をした。ようやく子どもらしく、本当の意味で大人を頼ってくれた彼を見て、僕と嫁さんはニッコリ笑った。


ただし、ここで牡丹だけが不満そうな顔をした。思えば、彼女にとっては、この世界で初めて出来た日本人の友達になるのだ。彼に片手を握られたまま、牡丹は自分を指差す。


「ね、ね、わたしは?わたしは?」


「え、あ……う、うん……。牡丹ちゃんも、よろしくね」


「うん!!」


大和柳太郎は、ハニかみながら照れくさそうに返事をした。それを牡丹は満足そうに笑顔で頷いた。


僕はその光景を目の当たりにし、感動するよりも先に父親として胸騒ぎがした。


「え……ちょっと待って。あれ、仲良くなりすぎじゃない?」


「蓮くん、なに心配してんの」


嫁さんは笑って流すだけだった。



さて、宿敵と手を繋いで和解してしまった大和柳太郎を見て、赤城松矢と黄河南天も、いろいろと腹をくくったようだ。


「オレ、この村の復興を手伝うよ」


「せやな。ケジメつけさせてもらおか」


二人がやる気を出したのを黒岩椿も黙って見ているが、さすがに彼も同意するように頷いている。


喜んだ僕たちは、早速、具体的な話をしようとした。


ところが、その前に、遠方から僕たちを見守っていた村人たちが近づいて来た。


「「勇者様…………」」


ドラゴンが去ったことを知り、その後の僕たちの会話も落ち着き出したことから、どうしても伝えたいことがあって、歩み寄って来たのだ。


そのうちの一人が、帝国の勇者たちを見ながら叫んだ。


「先程は、ドラゴンからこの村をお救いくださり、誠にありがとうございました!」


「「…………え?」」


勇者たちをはじめ、僕たち一同も目を丸くした。


よくよく考えてみれば、ドラゴンの群れが村に襲来するという、伝説でも語られないような異常事態を村人たちは全員、目撃していたのだ。


そして、それに立ち向かう勇者たちの姿も。


最終的にはウチの嫁さんが全て撃退したわけであるが、最初に襲ってきたシルバードラゴンには、勇者と僕の仲間たちによる連合軍で勝利を収めたのである。


その行いについて言えば、彼らは間違いなく勇者であった。


それを村人たちは大いに感謝し、称えているのだ。


「騎士団の横行を食い止めてくださり、また、村の火も消していただき、感謝のしようもございません!本当に!本当にありがとうございました!」


さらに別の村人も感謝の意を伝えた。


これにも帝国の勇者たちは面食らい、愕然としている。何せ、自分たちの行いは、それとは真逆で、騎士団の暴虐を手伝っていたのだから。


「ちょっ!ちょっと待ってや!俺らは……」


と、黄河南天が戸惑いながら真実を打ち明けようとするのを、僕が笑いながら後ろから制止した。


「いいんじゃないか?このまま英雄になってやれよ」


「は!?何言うてんねん!」


「事の成り行きはどうあれ、最終的に村を守ったのも事実なんだ。だったら、最後まで、帝国の英雄らしく振る舞ってやれよ。ここの復興を手伝ってあげるんだろ?」


「いや、それはそうやけど……」


歯切れの悪い彼に、僕はこちら側の事情も伝える。


「実は、僕たち王国から来た人間は、不可侵条約があるから、この国のイザコザに介入したことになると、何かと面倒なんだ。だから全部、君たちで責任持ってくれないか。頼むよ」


それを聞いた赤城松矢が、観念したように先に発言した。


「仕方ないな。オレ、これからは、ちゃんと勇者らしいことするよ。南天さんもそうでしょ?」


「……ほな、俺も覚悟決めるか」


黄河南天もそれに促され、決意を固める。


この後、集まって来た村人たちに4人の勇者が応対し、彼らの具体的な現状や、村の復興への相談を一手に引き受けてくれた。


勇者たちを慕う村民の中には、首から黒い十字架をぶら下げている人々が何人もいる。つまり、魔王を信奉していた者たちであり、おそらくは”レジスタンス”の参加者でもあろう。


彼らもドラゴンの件で、勇者たちを信頼するようになったのだ。



そうした姿を、僕たちは少し離れて見守ることにした。人々のために献身しはじめた勇者たちを見ながら、僕は嫁さんに考えを述べた。


「この国の『魔王教団』は立派だったよ。でも、世界にとって悪だと思われている魔王を信奉するって、やっぱり普通のことじゃない。勇者が、勇者としての行いをして、皆から感謝される。コレが一番、正常なことなんじゃないかな」


「そだね」


嫁さんも満足そうに微笑していた。




――さて、こうして、ひとまずは一件落着した今回の激闘。ここで最後に主要メンバーの生存状況をまとめてさせていただこう。


【イマーラヤ帝国】

天眼の勇者   黒岩椿    生存

灼熱の勇者   赤城松矢   重傷。蓮が治療

覇気の勇者   黄河南天   重傷。蓮が治療

砂塵の勇者   灰谷幹斗   死亡。絶望と共に地球へ帰還

斬空の勇者   大和柳太郎  軽傷。蓮が治療

聖浄騎士団団長 スターチス  重傷で気絶中

削岩剣     オスマンサス 重傷。蓮が治療

女神官     ホーリー   生存


【魔王と魔王教団関係者】

幻影の魔王   桜澤撫子   百合華の狙撃で気絶中

飢餓の魔王   山吹月見   生存

凶作の魔王   桃園萌香   死亡。希望と共に地球へ帰還

カラコルム卿  パーシモン  生存

魔族執事    グリュッルス 致命傷。蓮が治療

使用人     コルチカム  重傷。蓮が治療

王女専属侍女  キシス    生存

護衛ハンター  トリトマ   死亡。魔族化して旅立つ


【白金一家と仲間たち】

聖賢者   白金蓮      生存

閃光御前  白金百合華    最強

重圧の魔王 白金牡丹     生存

王国の勇者 ベイローレル   生存

聖王女   ラクティフローラ 生存

姫賢者   シャクヤ     軽傷。王女が治療

大狼    ルプス      重傷。蓮が治療

フクロウ男 ストリクス    重傷。王女が治療

魔眼の侍女 カエノフィディア お使いで奔走中

ニワトリ女 ガッルス     お使いで奔走中

王女の愛猫 アイビー     お使いを手伝い中

ヤマネコ女 フェーリス    留守番。猫通信で活躍

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