第259話 容赦なき凶刃

カラコルム卿の屋敷の屋根の上で、シルバードラゴンを待ち構えていた一同。


ドラゴンが接近しようとしたタイミングで、非道にも灰谷幹斗はシャクヤを襲った。しかし、それを『凶作の魔王』である桃園萌香が遮ったのだ。自らの身体を盾にして。


この場の誰もが、格上であるドラゴンに気を取られる中、『砂塵の勇者』の不審な動きにいち早く反応し、対応できたのは、宿命の気配を感じる彼女だけだったのだ。


桃園萌香は、苦痛を堪えて表情を歪ませるが、同時に勝ち誇った笑みを浮かべている。


「あはは……最初から、こうしてやれば良かったんだよね……」


眼前にいるのが彼女であることに最も驚き、愕然としているのは灰谷幹斗の方だ。彼は悔しそうに叫んだ。


「なっ……!オマエ!『凶作の魔王』が、なんで人を助けるんだヨ!!」


「これであんたは……この世界からいなくなる……わたしが死ぬから……もう役目は終わりよね……」


「チ……チクショウ!!!チクショウ!!!!」


歯噛みしながら灰谷幹斗は砂を解除し、すぐに離れた。


心臓を貫かれている桃園萌香はグッタリと倒れ、それをシャクヤが受け止めた。


シャクヤは驚いた。桃園萌香の肉体が淡い光を帯びてきたのだ。彼女の細胞の一つ一つが光の粒となって浮かび、泡のように消えていくように見える。


魔王の体力であれば、心臓を潰されても30分程度は生きられそうに思えるのだが、それよりも早く、肉体の方が消滅を開始したのだ。


「そ……そんな!ゼフィランサス様!!」


「シャクヤちゃん……だったよね。こんなに綺麗な子……助けられて良かった。これでわたし、だいぶ徳、積んじゃったかな……」


悲しむシャクヤに桃園萌香は満足そうに微笑みを向ける。


一方で、灰谷幹斗は、自分の肉体が微妙に変化したことを感じていた。皮膚の表面からわずかに光の粒が浮かび上がり、消えていくのだ。


「あ……あ……なんだよコレ……オレちゃんの身体もなんかおかしい……。少しずつ消えはじめているのがわかる。あと3日で、この世界からいなくなるんダ、オレちゃんは……」


彼は、勇者として召喚された肉体が消えゆくことを本能的に理解した。


魔王討伐を果たした勇者は、思い残すことがあれば、それを済ませてから元の世界に戻ることができる。そのために3日の猶予が与えられる仕組みになっているのだ。


絶望感に苛まれた彼は、一瞬、虚ろな目をしたが、それも束の間、すぐに開き直り、高笑いを始めた。


「ハ……ハ……ハハハハハハハ!!!だったら、もう何でもいいヨ!!オレちゃん、残り3日の間にやりたいこと全部やって!帰ることにするヨ!こんなバカなチビ魔王のせいで、オレちゃんの人生設計が台無しダ!!こうなったら、とことんまで遊び尽くして帰ってやるヨォ!!!」


ふっきれた彼は砂の槍を構え、桃園萌香を抱いているシャクヤに再び突っ込んでいった。


「まずはオマエだヨ!!お姫ちゃん!!!オマエのせいで全部、狂った!八つ裂きにしてやるヨォ!!!」



ところで、そうしている間にもシルバードラゴンは、降下の速度を増し、急速に接近してくる。ドラゴンが本気で突撃してくるのだ。


前衛で待ち構える黄河南天と赤城松矢、そして大和柳太郎はそちらを警戒して動けない。



灰谷幹斗の凶行に迅速に対応したのは彼女たちだ。


ドゴッ!!


彼がシャクヤの喉に向けて砂の槍を突き出した瞬間、桜澤撫子が彼の頭上から脳天を激しく蹴りつけ、顔面を屋根にめり込ませたのだ。


「本っ……当に、最低のクズ野郎ね!!!」


さらにその後から、山吹月見が到着し、彼の首根っこを掴んで持ち上げた。


「アナタァ……魔王を怒らせるってことがァ、どういうことかァ、わかってないみたいねェーー!!!」


二人とも魔王としての角を生やし、凄まじい剣幕で激怒している。山吹月見は彼の首を掴む手に一段と力を込めた。


「がっ!!……あがぁぁぁぁっ!!!!」


灰谷幹斗は、後ろから首を締め付けられる激痛と同時に、栄養素を次々と奪われるという飢餓感を味わうことになった。もともと力尽きる寸前まで戦い続けてきた彼は、あっという間に干乾びて、老人のような顔になってしまった。


「あ…………あぁ……あ…………あ………………」


もはや思考も回らない彼は、ただ苦悶の声を漏らすだけの存在に成り果てた。だが、それでも魔王である彼女たちの怒りは収まりはしない。


「桃ちゃんはね……本当なら10分で帝都を滅ぼせる、すごい破壊の能力者なの!この子が優しいから帝国は無事で済んでたのよ!それをあなたは!!!」


「ぶっちゃけワタシィ!!ここまでムカつくの初めてェ!!!」


「楽に死ねると思ったら!!!大間違いよ!!!!」


桜澤撫子が彼の背中を激しく蹴った。

凄まじい速度で彼が吹っ飛んで行った先には、急降下してきたドラゴンがいた。


「グアアアアァァァァァッ!!!!!」


攻撃しようと飛来してきたシルバードラゴンが雄叫びを上げて突っ込んでくる。その大口に灰谷幹斗は飛び込んでしまった。


ガブッ!!!

 グッシャァッ!!!


「あがっ!!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


大人の身長と同じくらいあるドラゴンの口にスッポリ入り、噛み潰される灰谷幹斗。背骨は砕け、全身の骨という骨が折れ曲がり、内臓が潰された。彼の喉から、断末魔という表現すら生温いような地獄の絶叫がコダマする。


それでもなお、勇者としての頑健な肉体が、彼に死を許していないようで、まだ彼には息があった。そして、牙と牙の間に頭を挟まれ、万力のように顔を締め付けられながら、血を噴き出し、吐き出し、一心不乱に叫んだ。


「あ゛あ゛あ゛っ!!!やだ!!やだ!!!やだヨォ!!食われるなんて、やだヨォーー!!!!」


シルバードラゴンは獲物を一つ捕らえたことに満足し、いったん空中で静止している。その口から発する灰谷幹斗の絶叫を冷ややかな顔で聞きながら、桜澤撫子は厳しい声で呟いた。


「そんなふうに泣き叫ぶ人たちを、あなたは何人殺してきたのかしらね?」


「だっ!!だずげっ!!で!!!だずげで!!!何でもずるがら!!!おねがいじばず!!!だずっ!!だずげっ!!だずげでぇーーーーっ!!!!!」


涙を流して喚きながら命乞いをする灰谷幹斗だが、山吹月見は軽い口調で告げた。


「ごっめーーん!友達殺しといてェ、今さら何言ってもォーー、”もう遅い”よねェーー」


「いやぁぁだぁあ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーっ!!!!!」


恐怖と絶望の慟哭に声を震わせ、彼は絶叫した。


「あきゃっ……!」


という奇妙な声というか音が、彼の口から出た最後の響きだった。ドラゴンの口内で、彼の頭部が噛み砕かれたのだ。


ボギボッギィ!!!

 ゴキグシャ!!ブシィ!!グッシィ!!!


憐れなるかな。『砂塵の勇者』は、ドラゴンの強靭な牙と顎によって、自身が粉微塵になるまで咀嚼され、事切れた。


シルバードラゴンは非常に気が高ぶっていたようで、灰谷幹斗の肉体をこれでもかと噛み潰し、吐き捨てた。


彼の肉片は、一つ一つが光の粒のようになって空に消えていった。


勇者もまた、死によって地球に帰還するのだ。


仲間である大和柳太郎も黄河南天も赤城松矢も、その一部始終を見ていたが、助ける行動を起こすことはなかった。


「幹斗さん……」


「今のは完全にあかん……幹斗が悪すぎたわ」


「最後まで最低だったなアイツ……ちょっと死に方はアレだけど……」


他の勇者たちからも愛想を尽かされ、『砂塵の勇者』灰谷幹斗は、文字どおりこの世を去った。



シャクヤに抱きかかられえる桃園萌香は、2人の魔王を見ながら、微笑んだ。


「えへへ……カタキ取ってくれて、ありがとう」


「桃ちゃん……」


「モモモン……」


泣きそうな顔で彼女を見つめる桜澤撫子と山吹月見。しかし、桃園萌香は思いの外、安らかな表情をしている。


「なんかね……あんまり痛みは感じないんだ」


「致命傷を負った時点で、魔王としての使命が終わったのね。ほとんど今の肉体から解放されてるのよ」


桜澤撫子は解説しながら、シャクヤから桃園萌香を受け取り、自分で抱きかかえる。すると、桃園萌香は謝罪した。


「ナデちゃん、月見ちゃん、ごめんね……一緒に帰るって約束、守れなくて」


「いいのよ。あなたは立派な魔王だった。それはもう……本当に……立派すぎるくらいに……」


「そうだよォーー!モモモンがいてくれたからァ、ミンナ、喜んで協力してくれたんだよォーー!帝国の魔王教団が元気になったのはァ、全部モモモンのお陰なんだからァーー!」


涙を流しはじめた桜澤撫子と山吹月見を見て、桃園萌香はあえて笑顔を見せた。


「地球に戻っても、こっちのことって覚えてるのかな……?」


「わからないわ……」


「みんなのこと覚えてたら、同窓会したいね……あ、でも元の年齢に戻るから、オフ会みたいな感じかも……」


「うん……うん。そうだね」


「わたしね……将来は漫画家になるのが夢なんだ。向こうでこっちのこと覚えてたら、ここで起きたこと描いてみる」


「そうなんだ……それは初耳だ」


「それ絶対、読ませてよォーー」


「えへへ……じゃ、お先にぃーー」


桃園萌香は、最後まで満足そうな笑みを浮かべたまま、光の泡が弾けるように消えていった。


「桃ちゃん!!!」


「モモモン!!!」


消えゆく彼女を両腕で感じながら、桜澤撫子は泣いた。山吹月見も体を震わせて俯いている。


そうして、しばらくの間、この悲劇を噛みしめていたが、やがて二人はゆっくりと立ち上がった。


「やっぱりダメね……私の考えが甘かったわ」


「なで子のせいじゃないよォーー」


彼女たちの声には重々しい響きがある。

そして、桜澤撫子は帝国の面々に向けて厳しい声で言い放った。


「勇者くんたち、同盟は終わりよ!あとは自分たちで何とかして!」


言い終わった後、彼女は大和柳太郎を一瞥してボソッと呟いた。


「柳くん、ごめんね」


そうして、桜澤撫子と山吹月見は建物の屋根から飛び降り、丘の下にある林に飛び込んでいった。


「お母さん!!待ってください!お母さん!!!」


桜澤撫子を呼び止める柳太郎は、必死になって追いかけようとするが、それを上空の強敵が許してくれなかった。


「柳太郎!来るぞ!!」


赤城松矢が叫んだ。


シルバードラゴンは、灰谷幹斗の肉片を吐き出した後、一度上空に戻って旋回していた。そして、山吹月見がいなくなったことから、炎が吸収される心配がないと判断し、再び黄色い火球ブレスを口から放ったのだ。


猛烈な火炎の塊が、まるで隕石のように落下してくる。


しかし、柳太郎は冷静に自分の剣技で対応した。


『シフト延斬えんざん』で空間を入れ替え、火球の向きを180度転換したのだ。


「吸収はできないけど、反射はできます!」


まっすぐ自分に向かって火球が跳ね返ってきたドラゴンは、驚いて回避した。そして、また上空から彼らを見下ろしている。




戦況は、完全に仕切り直しとなった。


魔王が離脱した以上、勇者たちだけでシルバードラゴンに立ち向かうしか道は無くなったのだ。それぞれに様々な感情はありつつも、今は眼前に迫る脅威に対し、決死の覚悟で挑まなければ生きて帰れない。


「くそっ!幹斗のせいで魔王の女の子にソッポ向かれちゃったよ」


「しゃあないな。自分らで責任持てっちゅうことか」


「……お母さんを追いかけるには、あのドラゴンをやっつけるしかないみたいですね」


ドラゴンに向かって先頭に立った3人の勇者。


するとここで、大和柳太郎が振り返り、王国の勇者に向かって、礼儀正しく頭を下げた。


「ベイローレルさん、ぼくたちは、格上と戦ったことがありません!どうか、その達人であるあなたにコツを教えていただけないでしょうか!今までのことは、本当に申し訳ありませんでした!」


強敵を前にして柳太郎は、先程、惨敗を期した相手に教えを乞うことにした。格上の自分たちに敢然と立ち向かい、知恵と努力で勝利を勝ち取ったベイローレルたちに、彼は敬意を感じはじめているのだ。


彼の潔い態度を見たベイローレルは、いつもの微笑をして答える。


「わかった。ボクたちもこの土地は守りたいと思う。ラクティもいいかな?」


「ええ。やるしかないわね」


確認されたラクティフローラも相槌を打った。王国の勇者と”聖王女”は、帝国の勇者たちと並ぶ。ベイローレルは柳太郎にアドバイスした。


「いいか少年、格上と戦うポイントは3つ。1つは、相手の弱点を見定め、そこを突くこと。もう1つは、自分の能力を最大限に活かせる戦況に持ち込むこと。そして最後に、信頼できる仲間との連携だ」


「なんか……聞いてみると普通ですね」


「そうだ。だが、実行するのは難しい。この中で今、最も簡単なのは?」


「仲間との連携ですか?」


「そのとおり」


そうして彼らは作戦を相談し、実行に移した。



まずはストリクスに乗って、黄河南天とルプスが上空から奇襲を仕掛けることになった。


「いやはや。よもや、この背に現役の勇者を乗せる日が来ようとは……魔王様のご母堂以外で……」


「頼むで。フクロウはん!」


「ガウア!」


幾分、乗り気でないストリクスが【満月形態フルムーン・モード】で飛び立つ。彼は、ドラゴンに接近しないよう迂回しながら、ドラゴンよりも上方に飛んで行った。


「正直申しまして、ワタクシがあのドラゴンに近づくのは不可能でございますぞ!飛行速度で劣っておりますので、一瞬で殺されてしまいます!」


「安心せえ!上から落としてくれれば、ええねん!」


雲にも届きそうな上空までストリクスが昇ってみると、ドラゴンは頭上の彼らに見向きもしなかった。その関心はカラコルム卿の屋敷の方面にあると見られる。


それを幸いと、ストリクスの背中から全く恐れることなく黄河南天が飛び降りた。ドラゴンの真上からマナ付きの大剣を叩きつける算段なのだ。


「よっしゃー!ここから俺の『武装功ぶそうこう』で一刀両断に――」


狙いは正確であったが、ただ落ちるだけの黄河南天と飛行しているドラゴンとでは、その動きは全く異なる。いとも容易く体勢を変えたドラゴンが体を旋回させ、太く長い尻尾を叩きつけてきた。


ドガッ!!!


「ぬぐおっ!」


自分の身長よりも大きな尻尾に全身を打たれる黄河南天。想像を絶する激烈な衝撃であった。『武装功』でガードしていなければ、この一撃で彼の四肢は骨折していたことだろう。


「なんちゅう硬さとパワーや!!こら空飛ぶ重機やで!俺でなかったら死んどるがな!」


弾き飛ばされた彼は、急いで降下してきたストリクスに拾われた。


また、次にドラゴンに落下したのは、【満月形態フルムーン・モード】のルプスだ。


彼は、鮮やかに『スカイ・ジャンプ』で方向を変えながら落下し、ドラゴンが黄河南天に気を取られた隙をついて、見事にその背中を取った。


ドグッ!


覚えたての『武装功』で拳を纏い、彼の渾身の右ストレートがドラゴンの白銀の鱗に炸裂した。だが、分厚い鱗を突き破ることはできなかった。


すかさずドラゴンは空中で横に旋回し、背中に乗ったルプスを振り落としてしまう。その彼もストリクスに拾われた。


地上に戻った彼らは悔しそうに報告した。


「あかんわ!空中で姿勢変えられへんと攻撃もできひん!」


「アウグルガウバウオン!(オレの攻撃ではダメージになりません!)」


一部始終を見守っていたベイローレルと柳太郎も厳しい顔で歯噛みする。


「ボクの『剛壊弾ごうかいだん』なら、ダメージが通ると思うんですが、まだ空中戦で発揮できるほど洗練されてないので……」


「あの巨体を空間移動させるには、相当な切り込みを入れないといけないんですが、準備時間がありませんね……」


そうしている間にも、攻撃を受けたシルバードラゴンが反撃に出た。再び急降下し、彼らに突撃してきたのだ。


一斉に近接戦闘を身構える面々の中で、美少女2人が勇敢な声を上げる。


「ピアニー!次は私たちのコンビで行くわよ!」


「ええ!」


ラクティフローラは上位魔法のデジタル宝珠を発動してシルバードラゴンを囲むように、そして、シャクヤは魔導書の三重連携魔法をドラゴンの進路に置くように、それぞれ遠隔で魔方陣を配置した。


それらを一斉に射出する。


しかし、俊敏なシルバードラゴンは空中で軌道を変え、あっさりと避けてしまった。ただ、連携魔法の威力には警戒したようで、ドラゴンは再び上昇した。


「申し訳ございません!!外してしまいました!」


「さすがにあの速度で飛んでる相手を狙撃するのは、私でも至難の業だわ!ピアニーの最大火力も意味ないわね!」


従姉妹コンビは無念の思いを叫ぶ。

それを黙って見守るだけの赤城松矢は悔しそうにボヤいた。


「オレが直接触れれば、あの巨体を燃やすことができるんだけどなぁ……」


「近づいても爪か尻尾か牙が来て終わりやで。ホンマの意味で」


「これって戦闘機を相手にしてるようなものですよ……あの動きを封じない限り、こちらは何もできません……」


黄河南天と大和柳太郎も暗い顔をしている。

これでは完全にジリ貧だ。


戦いが長引けば、既に互いに死闘を繰り広げた直後である彼らの方が、先に体力が尽きてしまうだろう。


ここで、少しでも何か手伝おうとオスマンサスが前に出た。しかし、黄河南天がそれをすぐに制止した。


「オスマンサスとホーリーは下がっとけ!特にお前は右手使われへんやろ!」


「お二人は屋敷の中にいる人たちを避難させてください!なぜか、ここが狙われています!カラコルム卿が1階の奥の部屋にいるんです!」


さらに大和柳太郎が二人に別の指示を出した。それを聞き、シャクヤも彼らに屋敷の構造を伝えた。


「それでしたら、玄関の大時計に仕掛けがございまして、地下への通路が隠されております。そこにお願い致します!」


「お、おう!」


「わかりましたわぁ!」


オスマンサスとホーリーが頷き、離脱しようとした。

ちょうどこの時、再びドラゴンが接近してきた。


今度の攻撃は、急降下しながらの火球ブレスであった。

それを察知した柳太郎が、空間入れ替えによる反射をしようと身構える。


ところが、ドラゴンの向きが今までと少し違っていた。

吐き出された黄色い火球が、彼らのいる屋敷からわずかに逸れたのだ。


「えっ!こっちに来ない!」


「なんだ!?どこを狙って!」


柳太郎とベイローレルが疑問を口にすると、シャクヤがただ一人、ドラゴンの狙いに気づいた。


「あっ!崖の下にある地下神殿と祭壇でございます!」


その瞬間、崖下の林に直撃した火球が弾けた。

凄まじい熱気を伴う爆風が、下方から押し寄せ、彼らを襲った。


「「うあああぁぁぁっ!!!」」


「「きゃあぁぁぁっ!!!」」


達人クラスの男女の悲鳴が飛び交った。


今までの火球は全て吸収するか反射するかで、どこかに直撃したこともなかったため、その結果がどうなるかを誰も正しく予想できなかったのだ。


下から上へと向かう熱風に吹き飛ばされないよう、彼らは必死に屋根にしがみついた。


ところが、ここで最も立ち位置の悪かったホーリーが、烈風に巻き込まれてしまい、宙に浮かんだ。


「え、ホーリー!」


「オスマンサス様!」


彼女の手を取ろうとしたオスマンサスであるが、間に合わなかった。ホーリーは上昇気流に乗り、上空へと舞い上がる。


それを見た面々は一様に顔面蒼白となった。


「「しまった!」」


シルバードラゴンが既に接近していたのだ。

ホーリーの向かう先が、その方角だったのだ。


ドラゴンが大口を開けた。


それが如何に無慈悲で理不尽で残酷な破壊器官であるのかは、つい先刻、一同の目に焼き付けられたばかりである。


吹き飛ばされたホーリーが、そこにまっすぐ向かって行った。


誰もが息を呑んだ。


柳太郎も必死に対応しようと剣を振るが、距離がありすぎて届かない。


「ホーリーィィィィィィッ!!!!!」


恐慌をきたしたオスマンサスが絶望の叫び声を上げた。



グッシャァッ!!!



シルバードラゴンが容赦なく口を閉じた。

真っ赤な鮮血を噴き出し、奇怪な音を響かせながら。



「「………………」」



ところが、屋根の上の面々は目を見張った。


ドラゴンはホーリーを食う前に口を閉ざしたのだ。


下からドンと突き上げられ、無理やり顎を押し上げられたのだ。


巨大なシルバードラゴンに上空でのジャンピングアッパーを食らわせた勇敢な者は、風に煽られたまま自由落下するホーリーを、優しくキャッチし、地上に着地した。


いとも鮮やかな救出劇に誰もが感激し、驚嘆し、そして愕然とした。


一同が最も驚かされたのは、それを行った者が、あまりにも予想外すぎる人物だったことである。


「「椿!!!」」


なんとそれは、引きこもり勇者、黒岩椿であった。

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