第258話 白銀の襲撃者

誰もが目を点にしていた。

大和柳太郎が、桜澤撫子を母と呼んだのだ。


「う、嘘だろ……?そんなことあんの?夫婦よりビックリなんだけど!」


「学校の先生に間違うて言うてまうアレとちゃうよな?」


赤城松矢も黄河南天も信じられない口ぶりだ。

また、オスマンサスとホーリーも口を開けたまま疑念を抱いている。


「リュウタの母親って……いやいや、いくらなんでも若すぎるだろう……」


「勇者の皆様はお歳を取られませんがぁ……それと関係されてぇ、おられるのでしょうかぁ?」


皆、それぞれに受け入れがたい様子だった。

しかし、当の本人たちは真剣である。


「お母さんですよね!?顔が若くなってるけど、そうですよね!?」


再度、真顔で呼び掛ける柳太郎。

ところが、桜澤撫子は無言のまま、困った顔で視線を逸らすのみだった。




そう。この二人は、紛れもない親子である。


かつて桜澤撫子は、ラージャグリハ王国の王都マガダで白金蓮と再会し、デートをした際、このように語っていた。


「私ね、一度は、大和撫子やまとなでしこだったんだよ。ウケるでしょ」


離婚経験があることを告げてからの一言である。


これは冗談でも何でもなく事実であった。しかも、かつて結婚した相手との間には一子をもうけていた。それが、離婚後、父親側に親権を譲った一人息子、大和柳太郎なのである。


離れて暮らすようになってからも、父親の許可を得て、月に一度、母子二人で食事をする機会をもらっていた。それを柳太郎も楽しみにしていた。


桜澤撫子は良き妻ではなかったが、母としては非常に優しかった。


この世界から一刻も早く帰りたいと願っていた彼女は、黒岩椿に叫んだことがある。


「私には、どうしても地球に戻って、会いたい人がいるのよ!」


と。その相手が、息子である柳太郎だったのだ。




この親子の件で、最初にまともにツッコんだのは桃園萌香である。


「あの美少年が!!ナデちゃんの息子ぉぉぉっ!?」


そして、ある事実に気がついた。


「まっ!まさかデルフィニウムの牡丹ちゃんを殺そうとしたのって!」


「しっ……!」


桜澤撫子は慌てて桃園萌香を止めた。


そうなのだ。桜澤撫子の誤算は、息子の柳太郎自身がこちらの世界に召喚されてしまったことにある。


彼女は、王都マガダで、白金一家と対峙した柳太郎一行を屋根の上からコッソリ覗き、目撃した。その時の彼女の衝撃は、天地がひっくり返るかと思われるほどであった。


これにより彼女は、その目的を『破滅の魔神王』を降臨させることから一時的に別のものに変える決断を下した。それが、柳太郎を地球に帰すため、討伐対象である白金牡丹を殺すことだったのだ。


しかし、息子のために他人の娘を殺害しようとしたことを、母として、息子本人には知られたくなかった。


「あの子に聞かせないで……」


困惑した顔でそう告げる桜澤撫子に、桃園萌香は呆れ返りながらボヤくように言った。


「……今さら虫が良すぎるよ。どうして相談してくれなかったの?」


「私もつい最近、知ったばかりだったの。あの子がこの世界に来てるって。それで……自分でも混乱するくらい悩んで、独断で走っちゃったんだ。本当にごめん」


「謝るなら、蓮と百合華と牡丹ちゃんにだよ!」


「う……うん」


「えェーー、なになに?ワタシだけ話が見えないんだけどォーー?」


一人、置いてけぼりの山吹月見は、横で不満そうに口を尖らせるのみである。彼女は、大和柳太郎が桜澤撫子の息子であることを素直に聞き入れて、こう助言した。


「それはそうとォーー、あの子ォ、傷だらけだよォーー。声掛けてあげなくていいのォーー?」


「うん……胸が痛いけど……今はちょっと……」


こうした彼女たちのやり取りは、2階のベランダの手すりの上でコソコソと行われている。それを庭から見つめ続ける大和柳太郎は、何の返答もないために悲しそうな目になった。


「お母さんじゃ……ないんですか?……人違いですか?」


その不憫な姿に心を痛めた桃園萌香は、カッコつけた口調でポーズを決めた。


「フッフッフ……いたいけな少年よ。心して聞くがよい。我らが同胞である彼女の本名は、桜澤撫子である!」


「え、ちょっ、桃ちゃん!」


「やっぱり!!!お母さん!!」


本名をバラされてしまい、慌てる桜澤撫子と喜ぶ大和柳太郎。

しかし、彼女はあくまで母としての自分を隠そうとする。


「今の私は!『幻影の魔王』ディモルフォセカよ!」


「え…………」


「えェーー、そういう流れに持ってくのォーー?」


まるで過去を捨てて悪に走った肉親を演じるような言葉に、大和柳太郎は愕然とし、山吹月見が呆れるようにツッコんだ。


この何とも言えない親子の問題を見物しながら、黄河南天と赤城松矢は困惑している。


「ちょ……どないすんのやコレ……なぁ松矢?」


「いや、オレに聞かれても……」


桜澤撫子としても、この場を早々に切り上げたいため、桃園萌香に任せることにした。


「桃ちゃん、今は私たちのこと置いといて、あっちの話進めて」


「え……しょうがないなぁ……」


いつもこういう時、魔王っぽい言動が最も上手な彼女が交渉役を引き受ける。しぶしぶ了承した桃園萌香は、威厳を込めて勇者たちに語り掛けた。


「ウ、ウン!愚かなる帝国の勇者たちよ!そなたらは、この屋敷にいるカラコルム卿こそ、人々の暮らしを守る善良な領主であると知った上で、殺しに来たのか?」


これに赤城松矢が慌てて回答した。


「待ってくれ!オレたちにも誤解があったことは認める!一度、帝都に戻って、よく話し合うよ!」


「ならば、ここは引き下がるということで、よいな?素直に退却するなら、我らもこれ以上の追撃はしないと約束しよう」


「それでええ。せやけど、ジブンらも日本人なんちゃうか?それなら話聞くで。一緒に来るか?」


桃園萌香からの譲歩を呑みつつ、黄河南天が提案した。尋ねられた彼女は、桜澤撫子に確認を取る。


「どうする?」


桜澤撫子は無言で首を振った。

即座に桃園萌香は答える。


「今はその時期ではない」


「さよか……」


これにて帝国の勇者たちとの話はついた。

桜澤撫子は小声で魔王二人に次の方針を伝えた。


「二人に朗報。『破滅の魔神王』の正体がわかったの。私たちが帝国にこだわる必要は無くなったわ。拠点を移しましょ。あとは白金くんが何とかしてくれると思う。彼らと話し合って、きっとこの国を変えてくれる」


山吹月見と桃園萌香は、その報告に驚きつつ、黙って頷いた。


しかし、一人だけ納得のいかない柳太郎は、再び叫んだ。


「お母さん!!どうして来てくれないんですか!お母さん!!」


「柳くん……ごめんね。あなたのために、私は必ずこの世界を変えてみせるから」


桜澤撫子は寂しそうな笑顔を向けながら、小声でポツリと呟くのみだ。



これにて、勇者たちは騎士団を連れて撤退し、一連の争乱は終結すると思われた。



ところが、その時だった。


上空を飛んでいたストリクスが高度を下げ、屋敷の屋根の上に降り立った。彼の背中に乗っていたラクティフローラは血相を変えていた。


「ベイローレル!!さっき黒いドラゴンが近くを通って行ったの!何か見なかった?」


真下にいる玄関前のベイローレルは、上を見上げて微笑した。


「いや!現れたのは『幻影の魔王』だよ!」


「えっ!ナデシコさん!?てことは、黒いドラゴンに乗ってたのは、あの人なのね!」


王女が推理するとおり、桜澤撫子がこの場に到着したのは、彼女が『クマーラジーヴァ』と呼ぶ黒いドラゴンに乗ってである。それが屋敷方面に超高速で飛んで行くのを目撃したため、ラクティフローラたちは、心配して戻ってきたのだ。


ちなみに黒いドラゴンは再び人間の姿に変身し、近くの林に身を潜めている。初めは勇者たちとの戦いに参戦するつもりであったが、思いの外、決着がついていたため、桜澤撫子の指示で姿を隠すことにしたのである。


ベイローレルは王女の隣にいるシャクヤの顔を見て、安堵した表情を見せる。


「ピアニーも無事で良かった……ところで、村の火はどうなった?」


「火は全部、消し止めたわ!それより今は――」


しかし、返事をするラクティフローラは、何か切迫した雰囲気で別の方角を気にしている。同じく、その方向を凝視していたシャクヤが王女に告げた。


「ラクティフローラ、やはりこちらに近づいております!凄まじい速度で!しかもアレは黒ではありません!」


「え、何アレ!!光ってるわ!」


彼女たちの様子がおかしいので、この場に居合わせた魔王も勇者もその他の面々も、一様に首を傾げた。


ラクティフローラとシャクヤ、そしてストリクスが見つめるのは、南の方角。彼らが今いるカラコルム卿の屋敷は、正面を東に向けているため、その前で対峙している一同は、それぞれ左や右を向いて南方に視線を移した。


彼らは、まだその気配を感じることができなかったが、確かに遠方に小さく見える何かが、こちらに急速接近していることがわかった。


「「…………え?」」


だが、それも束の間。全員が猛者であるため、近づいて来るモノの強さを直ちに敏感に察知することになった。


「ちょっと待て……なんだこの気配は……」


「明らかに俺らより強いやんか!!」


赤城松矢と黄河南天が冷や汗をかきながら震えるような声を出した。



皆、一斉に身構えた。そして、とてつもない速度で接近してきたソレは、瞬く間に村の上空に辿り着いた。


全員が戦慄した。


そこには、大きな翼を広げ、太く長い尻尾を背後に従え、前方には長い首を持ち、顔には頑丈そうな角と牙を生やした巨大な生物が、宙に浮かんでいた。また、何より目立つのは、その全身を覆う銀色の鱗である。



日の光を反射して煌めき輝く、白銀のドラゴン。



体長30メートルに近いソレが、屋敷の上で羽ばたいて静止し、一同を見下ろした。


「ド!ドラゴンだ!!!しかも銀色の!!」


「ホンマもんや!!!」


「なんで今頃……こんな面白いヤツが……来るんだヨ」


「カ、カッコいい……」


勇者たちは一様に驚愕しているのだが、柳太郎だけは子どもらしく目を輝かせている。また、白金一家の仲間たちは、シャクヤ、ラクティフローラ、ベイローレル、ルプス、ストリクスの順にそれぞれ驚きの感想を述べ合っていた。


「は……白銀の龍とは……伝説の存在ではございませんか……」


「ベイローレル……前にドラゴンを退けたって言ってたわよね……」


「その時は普通のドラゴンだった……アレはどう見ても上位種だよ!」


「グルルルガウア!!(あれはヤバいです!!)」


「銀色のドラゴン……伝承が本当であれば、大魔王様と並ぶ強さでございますぞ」


そして、魔王たちはドラゴンを見るのが初めてではないため、驚きは少ないのだが、これが危機であることは感じていた。しかも、桜澤撫子が申し訳なさそうに報告するのだ。


「……ごめん。たぶんアレ、半分以上、私のせいだ」


「なで子ォ!!」


「もう!今日のナデちゃん、ポンコツすぎぃ!」


山吹月見と桃園萌香は呆れるばかりだ。


実は、桜澤撫子が黒いドラゴンに乗り、帝国の北方から南部のここまで全速力で飛行してきたことが、白銀のドラゴンに襲来される一つのキッカケとなっていた。それを謝罪したのだ。


とはいえ、桜澤撫子は対処方法を知っていた。

それを全員に大声で告げる。


「みんな!落ち着いて!!刺激しなければ、ドラゴンは何もしないか……ら?」


ところが、彼女の断定する言葉は途中で途切れ、疑問符に変わった。


攻撃の気配を察知した彼女が見上げると、なんと白銀のドラゴンが炎の塊を吐き出していた。それがカラコルム卿の屋敷に落下しようとしている。


それを見た赤城松矢が、火を使う能力者として瞬時に危険度を識別した。


「黄色い炎!!!アレたぶん4000度くらいあるぞ!!」


「「えぇっ!!!」」


愕然とする一同。


だが、ここですかさず屋根の上までジャンプし、さらに上空に跳躍して、炎の塊に突っ込んだ者がいる。山吹月見だ。彼女が素手で受け止めると黄色い炎の塊は雲散霧消した。


「良かったァ!!!ワタシが吸収できるヤツだったァーー!」


「ナイスだよ!『飢餓の魔王』!」


敵味方を忘れ、赤城松矢が賛辞を贈る。


桜澤撫子と桃園萌香も彼女を追って屋根の上まで跳躍した。しかし、桜澤撫子は、二人の魔王から責められてしまう。


「ダメじゃん!最初から怒りマックスみたいだよ!」


「なで子、何したのォ!!」


「ごめん!!何に怒ってるのかは私もわからない!」


一方で白銀のドラゴンは、火球ブレスが消されてしまったため、いったん雲の近くまで上昇し、様子を見ている。


相手が敵意を持ったままであることを感じ取った桜澤撫子は、一つの決断を下し、下方にいる帝国のメンバーに呼び掛けた。


「ねぇ、勇者くんたち!アレはドラゴンの中でも、かなりの上位種よ!レベルは確実に60を超えてる!私たちでも束になって本気で挑まないと勝てないわ!ここは一時休戦で、協力しない?」


「え、いや……」


それを聞いた赤城松矢は即答できずに声を詰まらせたが、そばに立った大和柳太郎が早々に叫んだ。


「わかりました!!お母さん!」


「柳太郎が決めちゃったよ!」


「しゃあないな!!どっちみち、女子を斬る気には、なられへんし!」


彼の宣言に押され、赤城松矢も黄河南天も腹を決めた。

ただし、赤城松矢に関しては重大な問題があった。


「でもオレ、ほとんどマナが切れそうなんだよ……あのギャル魔王にめいっぱい吸われちゃって……」


「吸われたって何や!?エロい話か?」


「今そういうノリ要らないから!」


黄河南天のボケに苦笑気味にツッコむ赤城松矢。彼らのやり取りを聞いている山吹月見はニコニコ笑うだけであり、桜澤撫子が呆れながら納得している。


「ウッフッフゥーー、おいしくいただきましたァーー♪」


「どうりでツッキー、肌がツヤツヤしてると思ったわ……」


彼らの様子から勇者と魔王が和解しはじめたのを見て取り、ラクティフローラが赤城松矢にある物を投げた。


パシッ!


彼が受け取ると、それはリンゴの形をしたチート果実だった。


「帝国の勇者様方!それはマナ・アップルです。補給してください!」


「えぇっ!!感激だ!ありがとう王女様!」


マナ・アップルを食した赤城松矢は、マナ切れ寸前だった肉体を回復させた。黄河南天と大和柳太郎にも、少しずつかじらせる。そして、残りのひと欠片を見て、黄河南天が押さえ込んでいる灰谷幹斗に近づいた。


「幹斗!オマエ、協力する気あるか!?ここで漢を見せるか!?」


厳しい声で問われた灰谷幹斗は、虚ろな表情をニヤリとさせて小さな声で言った。


「そうだネ……オレちゃんの助けがどうしても必要ってんなら、力を貸してあげなくもないけど?」


「もしも、おかしなことをしたら、今度はオレたちが相手になるからな!」


「ハイハイ……わかりましたヨ」


赤城松矢としても疑いながらであったが、一人でも戦力を多くしたいため、マナ・アップルを一口食べさせた。


ある程度マナと体力を回復させた灰谷幹斗が立ち上がる。


そこに屋根の上から桜澤撫子の声が届いた。


「『砂塵の勇者』灰谷幹斗!あなたが本当に悔い改めるなら、勇者として立派に戦ってみせなさい!そうすれば、これからその耳を治してくれる人が到着する。みんなで頼めば、きっと願いを聞いてもらえるわよ!」


「ああ、そうですカ。そりゃどうも」


彼はその助言をウザそうに聞き流した。

また、剣を失っている大和柳太郎には、ベイローレルが1本の剣を投げ与えた。


「勇者リュウタロー、屋敷の中にあった剣だ。使うといい」


「あ、ありがとうございます。ベイローレルさん」


それぞれに準備が整ったところで、個々に跳躍し、屋敷の屋根の上に登った。



4階建ての屋敷の上に、今、勇者と魔王、そして、その従者や敵対した者たちが、揃って並び立った。


『灼熱の勇者』赤城松矢。『覇気の勇者』黄河南天。『砂塵の勇者』灰谷幹斗。『斬空の勇者』大和柳太郎。”削岩剣”オスマンサス。女神官ホーリー。


『幻影の魔王』ディモルフォセカこと桜澤撫子。『飢餓の魔王』ブーゲンビリアこと山吹月見。『凶作の魔王』ゼフィランサスこと桃園萌香。


そして、王国の勇者ベイローレル。”聖王女”ラクティフローラ。”姫賢者”シャクヤ。大狼ルプス。フクロウ男ストリクス。


以上である。


全員が、遥か上空で旋回しながら敵意を向けてくる白銀のドラゴンを一斉に睨みつけた。


「アレって名前はあんのかな?」


「人類が人里で遭遇するのは、おそらく歴史上でも初めてでございます!」


「とりあえず『シルバードラゴン』と呼称しましょう!」


赤城松矢の問いかけにシャクヤとラクティフローラが答え、『シルバードラゴン』と仮に命名された。


そして、そのシルバードラゴンが、再び攻撃を開始しよう動き出した。


「来るわね!さぁ!行くわよ!!!」


桜澤撫子が号令をかける。


作戦など立ててはいないが、チート能力者がこれだけ揃えば、それぞれが得意なことをするだけで、問題なく格上ドラゴンを仕留められると踏んだ。


そこにシルバードラゴンが迫ろうとしている。




ところが――




そう。まさにところが、だ。


この時、全員の見積もりが甘かった。

一人だけ、この和に溶けこまない自己中心的な輩がいたのだ。


あの男だ。


「ハッ……バカだナ」


全員が、降下しはじめるシルバードラゴンに注意を向けた瞬間、屋根の上を走り、シャクヤに向かって行ったのは、灰谷幹斗だ。


レベル60越えの脅威を誰もが真剣に注視する中、自分の鬱憤を晴らすための身勝手な行為に走ったのだ。


((えっ!?))


皆が一斉に息を呑んだ。赤城松矢も黄河南天も油断していた。念のために二人は彼を挟むように前衛として立っていたのだが、ドラゴンの次の動きを警戒した隙を突かれ、後ろに行かれてしまったのだ。


柳太郎に至っては、まだ子どもなので、ここまで大人げない大人がいるとは思ってもいなかった。


それぞれの立ち位置が悪く、ここで灰谷幹斗を止められる人物がいない。とてもではないが間に合わない。


「その前にオマエだけは!!殺さないと気が済まないんだヨ!!!」


狂気の笑顔を見せる灰谷幹斗は、動かせる左手に砂の槍を作り出した。

俊敏な動作でシャクヤに接近し、その胸を正確に貫く。


あまりにも刹那の出来事に誰一人、対応できず、愕然と青ざめた。



ズブッ!!!



砂の槍が、胸を貫き心臓を突き破った。


だが、ここでさらに全員が目を見張った。

シャクヤが震えた声を上げた。


「あ……あ……そんな……あなた様は…………」


刺されたのはシャクヤではなく、その前に立ち塞がった人物だった。


桃園萌香だ。


心臓を潰され、完全な致命傷となりながらも、彼女は灰谷幹斗を睨みつけながら、誇らしげに微笑んでいた。


「へへへ……あんたの気配を一番わかるのは、結局、わたしなんだよね……」

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