第257話 後悔する者しない者
灰谷幹斗という男は、ごく普通の、何の変哲もない、ただの高校生であった。
趣味として、マンガやアニメ、ラノベやオンラインゲームに興じたりしたが、それは周囲の人間関係で勧められただけのことであり、最近の高校生なら、オタクでなくとも自然とそうなる場合が多い。
一点だけ特徴的なところを挙げるとすれば、それは人一倍、自己顕示欲が強いということである。
しかし、それ以外の長所も短所も大したものが無いため、彼の高校生活は非常に平凡なものだった。
友人の数。注目度。成績。どれをとっても普通であった。
何かに打ち込んで熱中したり、結果を出そうと努力したりする人間でもなかった。そのくせ自分の存在をアピールしたくて、いつもウズウズしている。承認欲求の塊でもあった。
とはいえ、その願望を叶える手段が見つからないことから、彼はそれでもよいと思うようにしていた。常に周囲の評価を気にする彼は、現実を見据え、受け入れることも得意であった。
彼の普通さは、自己の信念が全く無いため、良くも悪くも、環境に流されやすい、というタイプの普通さだ。
ゆえに周囲が善人であれば、彼は善人であろうとするし、悪人が集まれば、その中で目立つことをしようと考える。
こうした、常に普通でありながら普通でないことを求め、上を目指しながら何の努力もしない、という男が、何の因果か『勇者』として、この世界のイマーラヤ帝国に召喚されてしまったのである。
自分を崇め奉るように接してくる帝国の人々を見て、彼は酔いしれた。
神にでもなったような心地になった。
しかも砂を操るチート能力は万能だ。
彼は自分自身を全知全能であると錯覚した。
それでも最初のうちは、真面目に世界を救うための勇者であろうとした。
ところが、『聖浄騎士団』が堂々と魔王教団信徒を殺す場面や、平然と金も払わずに豪遊している姿を目の当たりにし、次第にその考え方に染まるようになっていった。
また、周囲の人間関係に目ざとい彼は、『魔王』の捜索という口実が、実は嘘で、宰相の政敵の弱体化を体よく手伝わされているに過ぎないことも見抜いた。
それを知った上で、面白いと思った。
彼の心は際限なく増長していった。
従軍中のある日、魔王教団の信徒と疑われた男を自分のもとに連行させた。その男は、勇者である彼を激しく罵った。イラッとした彼は、即座に男を殺してしまった。生まれて初めての殺人行為を行った直後、ハッとして我に返り、さすがに青ざめた。
ところが、それを『聖浄騎士団』の面々は口々に褒め称えたのだ。仲間たちから英雄視された彼は恍惚の表情を浮かべた。
こうして、法律面でも制度面でも、そして物理的にも倫理的にも、彼の心の歯止めとなるものが一切無くなった時、灰谷幹斗の暴走は始まった。
この世界に来てから2年が過ぎた頃、彼は『聖浄騎士団』の粛清に積極的に参加するようになった。勇者としての振る舞いをすることより、自己の欲求を満足させるための”勇者ごっこ”が彼の目的になったのだ。
その悦楽に味を占めてしまった彼は、平然と邪魔者を排除する人間にもなった。
唯一、仲間の勇者たちだけは目の上のタンコブとして警戒し、彼らには悪事を内緒にしていた。知られれば責められることは容易に想像できる。そういう頭はある。しかし、彼は物事を善悪で考えず、利害でしか推し量らないため、平気で嘘をついた。
灰谷幹斗が率先して従軍するようになったため、『聖浄騎士団』の行動はさらに活発化していった。
カラコルム卿を粛清する今回の遠征も、誰が本当に悪なのかは関心がなく、ただ単に悪役として殺せる相手がいれば、それだけで満足だった。正義の名の下に好き放題、暴れられれば、真実などどうでもよかったのだ。
ところが、予想外の反撃で、彼は辛酸をなめる事態となった。
自己の力を過信し、欲望を叶えるために単独で突っ走った結果、ストリクスに乗ったラクティフローラとシャクヤに完全敗北したのだ。そもそも彼が独断先行しなければ、帝国の勇者たちは仲間同士で連携を取り合うことができ、負けることはなかったであろう。
そうして今、灰谷幹斗は、仲間たちの前で、無様な姿を晒しているのである。
「ハァ……ハァ…………ハァ…………クゾッ!!ヂクジョウ!!!オレが!!このオレちゃんがこんな!!!!」
全身から血を噴き出しながらも、彼は憤慨してヨロヨロと起き上がった。
遠方からその姿を見た赤城松矢が心配しつつ叫んだ。
「大丈夫か、幹斗!いったん戦闘は中止だ!!もしかしたらオレたち、戦う必要ないかもしれないんだよ!それより村の火を止めよう!オマエの砂が一番いいんだ!なぁ!」
しかし、虚ろな目で歯ぎしりしている灰谷幹斗は、その声が聞こえていないかのようにピクリとも動かない。
すると、ここでオスマンサスが村の様子が変わっていくことに気がついた。
「なんだ!?村が消火されていく……」
「アレでございますぅ!オスマンサス様ぁ!」
大空を舞う気配を感知したホーリーが叫びながら指を差した。見上げた先には、巨大なフクロウに乗った2人の美少女が見える。彼女たちが遠隔で水の魔法を放ち、炎上した村を次々と消火しているのだ。視力の良いオスマンサスはそれをハッキリと確認した。
「あれは!シャクヤという子と、もう一人!王女か!?まさか彼女たち!俺の村を助けてくれるのか!?」
「わたくしどもはぁ、やはり大変なぁ、間違いをしておりましたわぁ!」
誰が敵で誰が味方なのかを目の当たりにしたオスマンサスとホーリー。二人は直ちに黄河南天に進言した。
「ナンテン師匠!そういうことなんです!戦いをやめてください!彼らは敵ではありません!敵は騎士団です!」
「なっ!なんやて!?」
「そしてぇ、あのミキト様もぉ、騎士団と共に国中の罪無き人々を殺戮して回ったぁ、極悪人なのですぅ!」
「ホンマか!?」
黄河南天は目を丸くして驚いた。すぐ近くに来た赤城松矢と並び、庭に立っている灰谷幹斗に不審の目を向ける。
彼は一人、地面を見ながらブツブツと恨み節を呟いているだけだ。
すると、その向こう側にある屋敷の扉が開き、ベイローレルが顔を見せた。また、彼のすぐそばにルプスが立った。
互いに50メートル程の距離を置いて、屋敷前にベイローレルとルプス、庭の真ん中に灰谷幹斗と柳太郎、庭の入口に黄河南天たち4人、という具合で睨み合う状況になった。
「柳太郎をやっつけたのは、あの王国の勇者かよ……どうなってんだ?」
「なぁ、王国の勇者はん!村の火は、ジブンらがやったことちゃうんか?俺ら、間違えとったんか?」
赤城松矢は愕然とし、黄河南天は恐る恐る真実を尋ねた。それを聞いたベイローレルは、深々とため息をついた後、ようやく痛みが晴れてきた喉から、大声でキッパリ言い切った。
「やっと話を聞いてくれるか、帝国の勇者たちよ!この国を蹂躙し、人々を殺害しているのは他でもない。『聖浄騎士団』だ!そして、それに便乗し、平気で殺戮を繰り返す魔王のごとき勇者、それが、そこにいるミキト・ハイタニだ!」
「「なっ!!!」」
3人目の証言を聞き、2人の勇者は絶句した。
そんな彼らを睨みつけながら、ベイローレルは厳しい声で問いかけた。
「逆にボクはあなた方に問いたい。この国の民にあらぬ罪を着せ、反対勢力を粛清してきた『聖浄騎士団』に、進んで加担してきたのではないのか?」
「ち、違う!オレは魔王の捜索だって聞いたから手伝っただけだ。目の前で騎士団が悪人を裁くところは見てきたけど……」
「俺もや!知ってたら、そないな……」
「それらが全て冤罪だったとしたら、あなた方はどうするのだ!!!」
これまで何も考えずに帝国と騎士団に加勢してきた赤城松矢と黄河南天は、激しく動揺しながら言い訳をしたが、ベイローレルからの再度の一喝で、目が覚めた。
「そんな!!騙されてたのかオレたち!」
「ええように使われとった言うことか……俺、なーーんも考えとらんかった……」
愕然とした二人は、庭の中にいる灰谷幹斗に向かって叫んだ。
「おい幹斗!!オマエ、やたらと騎士団と仲良かったよな!何か知ってたのか!?どうなんだよ!答えろ!!」
「俺らも同罪やろうけど、進んで人殺しとったんやとしたら、話ちごてくるで!」
それらが耳に入った灰谷幹斗は、今まで呆然と佇んでいた体勢から、わずかに首だけを彼らに向け、ニヤニヤ笑いはじめる。
「ハ……ハハハハハ!なーーに熱くなっちゃってんノ!松矢ちゃん、南天ちゃん!やだナァ、オレちゃん、正義の勇者様ヨ!そんな悪いコトするわけないでショ。それにみんな仲間じゃないノ!敵の言うコトなんか、聞いちゃ駄目だヨ!」
引きつるような笑顔が不気味であった。
一瞬、ゾクッとした勇者2名は、怪訝な顔つきになる。灰谷幹斗が言い訳の達人であることをよく知っている彼らは、不信感を抱いた。
そこに彼らの後ろから、ホーリーが叫んだ。
「ミキト様!!!」
「ああん!?」
急に女性から呼ばれ、シャクヤたちに苛立ちを覚えている灰谷幹斗は、不機嫌に返事をした。ところが、そこにいる女神官の顔を見てギョッとした。
「な……なんでオマエが……ここに来てるんだヨ……ガハッ……」
血を吐きながら動揺する彼にホーリーが質問を叫ぶ。
「ミキト様ぁ!本当のことをぉ、お聞かせくださいまし!あなた様と聖浄騎士団はぁ、罪も無い人々を魔王教団と称してぇ、殺して回りましたかぁ?」
彼女の『言霊』は、今やパワーアップし、耳元で囁かなくとも相手から真実を聞き出せるようになっていた。その声が脳内に響き渡った途端、彼は自分の胸中をさらけ出したい気分になった。
「クッ……クックッククククク…………」
「「………………」」
開き直ったように笑い出す彼を、この場に揃った一同は怪しみながら見つめる。そこに灰谷幹斗が嘲るように大声で叫んだ。
「だったらどうなんだヨ!!!オレちゃん、偉い偉い勇者様なんだから、何したって許されるんだヨ!!」
「嘘だろ!幹斗!!」
赤城松矢が落胆の声を上げるが、灰谷幹斗の叫びは止まらない。
「人を殺すのが『聖浄騎士団』の仕事だったんだヨ!!オレちゃんは、それを手伝っただけサ!!なんにも悪くねぇ!!だってここは、そういう世界なんだからナァ!!!」
「何言うてんねん!ドアホ!!」
黄河南天も憤るが、灰谷幹斗はさらに吠える。
「真面目に考えてる方がおかしいんだヨ!!こんな世界!ゲームと変わんねぇだろうが!!!ナァ、柳太郎ちゃん!!!……あぁ、そっちもやられちゃったのカ……可哀想にナァ!!」
言いながら近くに倒れている大和柳太郎に目を向ける灰谷幹斗。
実は、少年勇者がこの世界の人物をゲームのNPCだと考えていたのは、彼の影響もあったのだ。柳太郎が召喚されたばかりの頃、初めて出来た後輩勇者をかわいがり、面倒を見てあげたのが灰谷幹斗だったからだ。
ところで、彼らの言動を注視しているベイローレルに心優しいルプスは相談していた。
「バウグルガウガウオ?(ベイローレルさん、どうしますか?)」
彼の言葉は理解できないベイローレルであったが、身振り手振りで、なんとか自分の意思を伝えた。
「ルプス……えーーと……誤解が解けた以上、あとは彼らの国の問題だ。ボクたちは黙って見ていればいいんじゃないかな。どうだ、わかるか?」
「ガルル(なんとなく)」
そうして、彼らは国外の人間として見守ることに決めた。
帝国の勇者2名は、本性を現した灰谷幹斗に怒り、ゆっくりと接近している。
「近づくんじゃねぇ!!!」
しかし、喚くような声で叫んだ灰谷幹斗は、再び周囲に砂を巻き上げた。ただし、以前のような密度の砂ではなく、ほとんど霧に近いような砂煙である。
「幹斗……何やってんだよ。オマエ、ほとんどマナが残ってないんじゃないか。悪あがきはよせ」
赤城松矢が彼の疲弊を見抜き、諭しながら近づこうとする。
ところが、灰谷幹斗は後方にいる大剣のハンターを睨みつけた。
「オスマンサスちゃーーん!!ホーリーちゃんを連れて来たのは、オマエかナ?ちょうどよく目の中に砂が入ってんじゃねぇかヨ!!!あぁん!?」
その瞬間、突如としてオスマンサスが両目を押さえ、悲鳴を上げた。
「ぐっああぁぁぁぁっ!!!!」
「オスマンサス様ぁ!!!」
隣のホーリーも慌てふためく。
それを見ながら灰谷幹斗は楽しそうに笑った。
「ハハハハハ!!どうだ!めちゃくちゃ痛いだろう!!!ほんの数粒だけど、目の中に残ってる砂を動かしてやったからナァ!!!あともう少しあれば、目玉を潰してやることだってできたんだがナァ!!」
「何してくれとんねん!幹斗!!!」
「だから近づくんじゃねぇヨ!!!」
飛びかかってきそうな黄河南天を絶叫するように制止し、灰谷幹斗は勝ち誇る。
「砂の能力ってのはナァ!!!最強で最凶なんだヨ!!!マナが残っていなくても、ちょっとでも体内に侵入させた時点で、人は何もできなくなるのサ!!!目、耳、鼻、口!なんなら他の穴を探してやってもいいんだゼェ!!!」
「オマエ、最低だな!!!」
「どうダ!オレちゃんに近づけるカ!?砂の霧にちょっとでも顔が触れりゃ、終わりなんだヨ!無敵なんだヨ!!」
赤城松矢の罵倒も気にせず、灰谷幹斗は高らかに吠えた。そして、あろうことか、近くで気絶している柳太郎の首を掴み、その顔をホーリーに向けた。
「ナァ、ホーリーちゃん!!!こっちに来いヨ!オマエだけはオレちゃんが直に殺す!!さもないと柳太郎ちゃんの目玉が抉られちゃうヨォ!!!」
「えっ!!リュウタローぼっちゃん!」
ホーリーは青ざめた。
彼女にとって大和柳太郎は、共に旅をした勇者であり、少年でありながら頭が回り、使命を全うしようと努力する姿には心打たれるものを感じていた。何より身分を隠すためとはいえ、母親役を演じていた2ヶ月間は本当に楽しかった。今や柳太郎は、彼女にとって恋人の次に大切な友人なのだ。
目を押さえたまま苦しんでいるオスマンサスを心配しつつも、彼のもとから立ち上がり、ホーリーは前に歩き出した。柳太郎を助けるために。
「幹斗……さん……?」
大和柳太郎もさすがに意識を取り戻し、奇妙な展開になっていることを不思議に思ったが、まだ体に力が入らない。
その様子を見ていたベイローレルとルプスは、激しく憤って、彼らの問題に介入することを決めた。
「なんて下劣なヤツだ!」
「グルルルガウオ!バウガウガウア!(やはり我慢できません!オレ、助けに行きます!)」
「ああ!ボクもだ!」
ベイローレルの『絶魔斬』があれば、灰谷幹斗の魔法など一瞬で解除できる。そう考えて突撃しようとした時だった。
彼は、別の気配を察知して立ち止まった。
「やれやれ……本当に……噂に違わぬ最低最悪のクズ野郎だったわね……」
突如、灰谷幹斗の耳元で女性の声が聞こえた。
それにビクッと驚いた彼は、次の瞬間には短剣で首を斬られていた。
ズパッ!!
「あっ!!!ぐあぁぁっ!!なんだ!!!どこから!?」
頸動脈を斬られ、物凄い勢いで鮮血を噴き出す灰谷幹斗は、狼狽しながら傷口を押さえ、前後左右を振り返った。すると、柳太郎を抱えて屋敷側に歩いている一人の女性を見かけた。
彼女に助けられ、降ろされた柳太郎は目を大きく見開き、愕然としている。
「え…………?」
いきなり現れたその女性に、誰もが息を呑み、言葉を失ったが、彼女は黄河南天に向けて振り返らずに叫んだ。
「『覇気の勇者』!しっかりしなさい!!あなたの能力なら、これくらい問題ないでしょ!」
「言われんでも!!!」
ハッとした彼は、全身を薄くマナで包み込み、首を押さえて慌てている灰谷幹斗を押し倒し、身動きできないように腕を掴んだ。
「幹斗、俺の『
そう言って、持参していた治癒魔法の宝珠で彼の首の出血を止めた。
「……で、アレは誰や?新しい勇者か?」
この場の全ての人間の疑問を代弁するかのように彼が問いかける。その答えは、彼女の正体をただ一人、見抜くことができるベイローレルの発言により、判明した。
「勇者ナデシコ……いや、『幻影の魔王』ディモルフォセカ」
大和柳太郎たちのピンチに駆けつけたのは、なんと桜澤撫子であった。帝国の勇者たちを長年、憎んでいたはずの彼女だったのだ。
「「えっ!!!」」
一同、驚愕し、大声を発したが、それ以上、言葉にならなかった。イマーラヤ帝国において20年以上に渡り、謎とされてきた存在が、ついに姿を見せたのだから無理もない。
すると、さらに驚くことが起こった。
カラコルム卿の屋敷の屋根の上から、かわいい声が響いたのだ。
「ナデちゃん!!!遅い!!遅すぎるよ!!!」
見上げた桜澤撫子が笑顔で応じる。
「桃ちゃん!ツッキー!」
それは桃園萌香と山吹月見であった。呼ばれた屋根の上の2人は、颯爽と飛び降り、2階にあるベランダの手すりの上に華麗に着地した。そこに桜澤撫子もジャンプし、3人が合流する。
「二人とも無事で良かった……」
「モモモンがねェ、砂の塊で拘束されてたからァ、ワタシのフルパワーで砕いてあげたんだよォーー」
「あとね、手の中に砂が入ってたんだけど、蓮がくれた”スマホ”に修復魔法があって、それを使ったら、もともと剣の柄だった砂だから、勝手に外に飛び出て復元してくれたんだよ。お陰で助かったわ。さすが神だよね」
互いに顔を合わせて状況説明し、安堵する3人の魔王。
ついにこの地に『幻影の魔王』ディモルフォセカ、『飢餓の魔王』ブーゲンビリア、そして、『凶作の魔王』ゼフィランサスが勢揃いしたのだ。
それを目撃した赤城松矢と黄河南天は仰天して叫んだ。
「はぁ!?アレ全員、魔王か?かわいいじゃないか!!!」
「全員、女って、どないやねん!!!」
もはや開いた口が塞がらないといった顔で二人とも呆然としている。
目の痛みが治まったオスマンサスも、助けられたホーリーも、唖然とするのみであり、ベイローレルとルプスは、静かに彼女たちの動向を見守るばかりだ。
一方で、久しぶりに再会した魔王たちは、豪胆にも人々の視線を気にすることなく、ガールズトークを始めた。
「久しぶりに『YBK』が全員揃ったね。1年ぶりくらいかな」
と、感慨深く言う桜澤撫子に山吹月見が口を尖らせる。
「なで子ォ、今まで何してたのよォ、めちゃくちゃ大変だったんだよォーー」
「ごめん。オトコに会ってた」
「……今度、罰ゲームねェ。それと中身ィ、あとで詳しく」
「うん……」
山吹月見に蔑むような目で見られながら、好奇心を向けられる桜澤撫子。そんな彼女を見て、桃園萌香は眉間にシワを寄せた。
「ナデちゃん!今回ばかりは、わたし、超本気で怒るよ!なんで蓮を攫ったりしたの!お陰であの夫婦の協力を得られなかったんだよ!」
「ごめん!桃ちゃん!本当にごめん!!」
「わたしじゃないでしょ!あの二人がいてくれれば、村のみんなをもっと助けられたはずなのに!」
「うん!うん!今回は本当に私がバカだった。あとでひっぱたいて!」
怒り心頭の桃園萌香に、桜澤撫子は心から猛省した顔で、手を合わせて平謝りだ。しかし、残念ながら桃園萌香の気持ちは収まらず、もう一人の魔王に告げ口する。
「月見ちゃん!聞いてよ!ナデちゃんってば、人んちの旦那さんを連れ去って、不倫してたんだよ!こんな時に!信じらんないでしょ!」
「えェーー、何それ何それェーー、ワタシもドン引きィーー」
山吹月見は批判しつつも興味津々だ。
二人に挟まれて非難された桜澤撫子は、なぜか照れた。
「もう……やめてよ。恥ずかしい……」
「「いや、乙女か!」」
こうして、思いの丈を言い合った後、周囲が注目している現状に気づき、改めて桜澤撫子は感嘆した。
「それにしても……騎士団が壊滅してる上に、勇者くんたちがボロボロなのは、いったい……」
「なァーーんかね、ここに来てくれた子たちがァ、信じらんないくらいィ、強かったんだよォーー。お姫様とかイケメンくんとかァ、あと狼くんとかァーー」
「へぇーー、やっぱり白金くんは仲間もすごいんだなぁーー」
山吹月見の報告で、妙にウットリした表情をする桜澤撫子であった。
そして、一方では、とんでもなく場違いな空気を出しながら談笑する彼女たちに全員が絶句している。
そんな中、実は先程からずっと一人だけ、たった一人を真剣な眼差しで凝視する者がいた。
大和柳太郎である。
その視線は桜澤撫子を捉えて離さなかった。
誰もが、3人の魔王にどう声を掛けようかと迷っているのだが、ついに耐えきれなくなった赤城松矢が黄河南天に相談した。
「ね、南天さん、何か言ってやってよ」
「いやいや、俺に振るなや。あの輪ん中に入るんは勇気いるわ」
「よし、ならここは柳太郎だ」
「せやな。頼むわ。柳太郎」
指名された柳太郎であるが、彼らの声は耳に入っていない。無言で桜澤撫子を見つめていた彼は、この時、自ら歩み出て大声で叫んだ。
「お母さん!!!」
それは、あまりに突拍子もなく、この場に最もそぐわない単語であったため、あらゆる人物の思考を凍りつかせた。
そして、1分か2分かと思える程に――実際は数秒なのだが――沈黙が辺り一帯を支配した後、ここに集った全員が一斉に同じリアクションを取った。
「「えええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!」」
当人たちを除き、勇者も魔王も、その他の面々も、一様に目玉が飛び出すほどに驚いて、ただ絶叫するのみだった。
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