第260話 遅れてきた男
人が引きこもるのは、様々な要因がある。
それは、人間関係のもつれがキッカケだったり、身体的な理由だったり、精神的な病だったり、あるいはイジメが原因だったりすることもあり、千差万別だ。
本人が、その心の内側で、どうありたいと願っているのかも個々に違っており、単純に”引きこもり”という言葉で一概に括ることは失礼なことなのかもしれない。
ただし、この世界で引きこもり勇者となった黒岩椿という男については、残念ながら同情する余地があまりない。
彼の本質は、”何もしたくない”である。
幼い頃より、甘やかされた生活環境で育てられた彼は、全ての物事を、親をはじめとした他人がやってくれるものと考えている節がある。
そう思ってるんだろ?と問われれば、そんなことはないと否定する。誰もがそうだが、正論を言われれば、そんなわけないと反論はする。しかし、実質的に、その行動から垣間見える根底の精神は、全てが他人任せであるという気質を証明していた。
彼の性格の基盤をなすものは、真面目と完璧主義である。
一見、彼の怠惰と矛盾しているように思われるかもしれないが、実はそうでもない。
完璧を求めるということは、わずかな失敗をも恐れる精神に繋がる。何かを”やる”よりも、”やらない”方が安全策であるように錯覚しがちになる。
また、やるからには完璧を目指す、という理想を掲げるのは良いことだが、それを実現するための”粘り強さ”が、彼には欠如していた。
一度始めたことを最後までやりきるということが、とことん苦手であった。好きなゲームですら、途中でクリアできない部分があると、簡単に諦められる人間だった。
結果として、常に頭の中では立派な構想が出来上がっているのに、何一つ実現することはできず、他人と関われば相手に完璧さを求め、最終的には全てを他人のせいにした。
そうした性格ゆえ、中学時代から家に引きこもるようになった。
高校受験もうまくいくはずはなく、夜間の定時制高校に通った。早起きしなくて済むからラッキーと考えるくらいだった。それすらも休みがちであったが、なんとかギリギリで卒業した。
卒業後、心機一転、”おれもやればできるんだ”と前向きに考え、パソコンやゲームが好きであったことから、プログラマーを目指すことにした。ところが、専門学校に通ってはみたものの、全く理解できなかった。
常に理想を高く持つ彼は、自分が本気を出せば、マンガやアニメの主人公のように逆転する人生を歩めると信じていたのだが、ここで再び挫折することになった。
新しいことに挑戦すれば躓くのは当然のことだ。誰でもそれを一度は経験する。そこから這い上がれるかどうかが分かれ道なのだが、結局、彼は最初の一歩で即座に諦めてしまった。3日で専門学校をやめたのだ。
彼はいつもこう言った。
「おれは頑張った」
「おれは悪くない」
そこからは、家に引きこもり続ける日々が延々と続いていった。
20代半ばを過ぎても彼は一切、変わることがなかった。世の中の情報に目を向けると、その変化に嫌気がさしてくる。自分だけが取り残されている感覚になった。そうして、世間にすら目を閉ざすようになっていった。変わっていくのは、次第に肥え太り、老けはじめていく自分の肉体だけだった。
そのような中、『ワイルド・ヘヴン』というオンラインゲームに手を付けた頃、この世界のイマーラヤ帝国に勇者として召喚されたのである。
最初は夢かと思ったが、確かな現実であることを喜んだ。
肉体も若返り、細くなり、不思議な能力を持って、誰と戦っても負けることがない。
この世界でなら、自分は何でもできると実感した。完璧で理想的な人生を生きることができると確信した。
文明が遅れている生活には難儀したが、基本的に侍女たちが全て世話を焼いてくれるので、むしろ居心地が良いと感じた。しかも、勇者であることから、何もしなくとも皆がチヤホヤしてくれるのだ。彼はここを天国だと思った。
彼の使命は、『幻影の魔王』を討伐することだった。その依頼を正式に受け、黒岩椿は旅立った。
旅の案内人として、自分を召喚したヒイラギという年配の女性の息子が付いてくれた。彼は、とても優秀で真面目な神官であり、しかも黒岩椿を常に敬愛してくれたため、生まれて初めてと言えるくらい仲の良い友人となった。
また、もう一人、新進気鋭の騎士見習いが護衛を志願した。それが、現在の宰相ヒペリカムである。彼は御三家の一角であるが、次男坊であるため、剣の道を志し、勇者である黒岩椿に憧れたのだ。ただし、後年になって兄が病死し、彼が家督を譲り受けることになる。
黒岩椿の心は希望に満ちていた。野営などは辛かったが、勇者としての強靭な肉体のお陰もあり、意気軒昂に旅をした。
途中で、一人旅をしているブロンズプレートハンターの女剣士と知り合い、仲間に加えた。彼女の腕前はそこそこであったが、スタイルも良く、とても美人であり、黒岩椿はウキウキした。
しかしながら、『幻影の魔王』の所在は手がかりすら掴めなかった。噂は国内のあちこちで聞くのだが、具体的な痕跡は全く見つからない。それもそのはず。その頃、当の『幻影の魔王』、桜澤撫子は帝国から離れていたのだ。
そのうちに2年半が経過し、黒岩椿はいったん帝都の宮殿に戻って休むことにした。
ヒペリカムは正式に騎士団に入団し、涙ながらに彼に別れを告げた。
黒岩椿はしばらく休息を取った後、女性ハンターも帝都までついて来ていたので、勇気を出し、デートに誘おうと思った。
ところが、ここでショッキングな事実を知った。
既に彼女は、仲間の神官と恋仲になっていたのだ。
ここで黒岩椿の悪い癖が再び顔を出した。
生まれて初めての恋人が出来ると信じて疑わなかった彼は、この失恋で絶望してしまったのである。
彼は自室の扉を閉ざした。
世話係の侍女以外は、誰一人、入室を許可しなかった。
たとえ皇帝であろうとも、凄まじい剣幕で拒絶されるため、彼の個室は開かずの間となった。
それから、どれくらいの月日が経ったのか、黒岩椿も覚えていないが、ある日、彼の脳内に懐かしい記号を示す存在が、部屋を訪問した。
なんと結婚したかつての仲間、神官と女性ハンターが、生まれたばかりの子どもを連れて会いに来たのだ。一瞬、怯んだ黒岩椿であったが、その赤ん坊があまりにもかわいかったので、入室を許可した。
その赤ん坊は、名をホーリーと言った。
母に似て、とても美人顔の女児であった。
心中は複雑な想いを抱いている黒岩椿であったが、ホーリーのことは非常に気に入り、また、今でも自分を慕ってくれている二人を恨む気持ちにもなれなかったので、再び交流を持つことになった。
それから、この家族に関しては、いつでも入室を許可した。
時折、ホーリーのオムツを替えてあげたりもした。
だが、一度火がついた彼の引きこもり気質は、なかなか元に戻ることはなかった。もともと部屋に閉じこもる生活を長年続けてきた彼である。これが普通になってしまえば、抜け出すことは容易でなかった。
しかも、いくら年月を重ねても全く歳を取らない。
これに彼は大喜びした。
ならば、いっそのこと、『幻影の魔王』を倒さずに放置していた方が、自分にとって好都合ではないか、と。
そうして、たまにやって来る、かつての仲間一家と遊ぶ以外は、部屋の中で無為の生活を送る彼の異世界ライフが何年も続いていった。
――ところが、である。
思いも寄らない訃報が届いた。
ホーリーの両親が、旅の途中で魔族に襲われ、殺されたというのだ。
彼らは、旅をしなくなった黒岩椿の代わりに『幻影の魔王』を追うため、ホーリーを実家に預けて、たびたび冒険に出ていた。その途上で亡くなったのだ。
それを知らなかった黒岩椿は、激しく落胆し、強く後悔した。
自分が何もしなかったばかりに大切な友人を失ったのだ。
彼らは彼の代わりに旅をし、犠牲となったのだ。
自分がやる気を出していれば、こんな結末には至らなかったのだ。
そう考える黒岩椿は、これを機に、再び立ち上がる決意をした――
――わけではなかった。
なんと、彼はますます塞ぎこんでしまった。
友人を失った彼は、さらにやる気を失い、人生に失望し、自室で適当な時間を過ごすことに専念していったのだ。何もかもを諦めてしまったのだ。
彼は、ホーリーがその後、どうなったかを心配することもなかった。そこに関心を寄せることもなかった。自分自身が苦労から逃げている人間というものは、他人の苦労にも目が行かないものである。彼はまさにその典型であった。
自分は何もしたくない。
それが黒岩椿という男だ。
周囲で何が起ころうとも何もしない。
それが黒岩椿という男だ。
誰かに頼まれても、だからこそ何もしない。
それが黒岩椿という男だ。
ただ一つ。彼は、『幻影の魔王』が自分を襲撃してきた場合のみを懸念していた。
何もしない。を貫くためには何でもする。
それが黒岩椿という男であった。
そうして、自室に侵入してきた桜澤撫子に対しては、容赦なく事前に備えた策を実行し、捕獲しようとした。だが、失敗に終わった。それ以上の追撃はしなかった。何もしたくないからだ。
ただし、やがて帝国は幾人もの勇者を次々と召喚するようになった。彼の自室がある階は、次第に賑やかになっていった。
同じ勇者同士、日本人同士、ともなれば、気安く話し掛けてくる者たちが増える。彼は辟易したが、それでもなんとか拒絶と無関心を貫き通し、自分の領域を守り続けてきた。
白金夫妻が訪れた際は、不思議な記号を示す二人に若干、興味を持った。だが、それも一時的なもので、彼らが去った後、フェーリスによる猫通信の魔法で監視されていることを知った彼は、白金夫妻を敵視するようになった。自分の住処を脅かす存在だと認識したのだ。
勇者たちと会議した折、彼は、白金蓮が牡丹以外の魔王とも会っていることを報告した。実はそれは、帝都において白金夫妻と桜澤撫子が長時間、共に過ごしていたのを能力で把握していたためなのだ。ただし、『幻影の魔王』のことを語るわけにはいかず、話をはぐらかしながらの報告となった。
今回の遠征に自分までもが駆り出されることになったのは彼の大きな誤算だ。とはいえ、白金夫妻は敵であると考えていたため、”やるからには完璧に”という彼の主義に則り、途中までは真面目に任務を手伝った。
しかし、持ち前の根気の無さから、目的地を前にして疲れ果て、馬車の中に引きこもった。
そうして今に至るのだ。
馬車の中で寝そべっている黒岩椿は、煙による異臭や周囲の騒音に悩みながらも、「うるさいな。早く黙れ」と心の中で文句を言うだけで、何をする気持ちも湧かなかった。
彼は、人々が助けを求める声を聞いても何もしない男になり果てていた。
ところが、そんな時、彼の心を動かす唯一の存在が周辺にいることに気がついた。
「えっ!ホーリーちゃん!どうしてここに!?」
黒岩椿は、自身のスキル『
幼くして両親を失ったホーリーは、その後、祖母である年老いた女神官ヒイラギに引き取られ、育てられた。そこで彼女は、たちまち才能を開花することとなり、心優しき女神官へと成長したのだ。
彼は、このような戦場に彼女が来たことを非常に心配した。
しかし、長年の引きこもり気質が身に染みついている彼は、出て行くかどうかを躊躇した。それもかなり長いこと迷い続けた。
すぐに助けに向かえば良いものを、あれやこれやと考え、自問自答し、逡巡した挙句、ようやく重い腰を上げたのである。
彼が決意して馬車を降りると、村の惨状に多少、胸を痛めた。
そこで彼の『
「なんだこの反応は!?」
彼はビックリして立ち止まった。自分が捕捉した反応の方角に目を凝らすと、上空に薄っすらと高速飛行する物体が見えた。
「黒いドラゴン!!でも、通り過ぎて行った!……えっ!『幻影の魔王』が降りた?」
それは桜澤撫子を乗せた黒いドラゴンだったのだ。低空飛行して彼女が飛び降りた後、そのドラゴンはどこかに飛び去って行った。
「どうする……『幻影の魔王』のあの子……名前は何だっけ……忘れた。彼女とは会いたくないな……」
ここで彼は再び躊躇することになった。桜澤撫子と会いたくなかったのだ。今はそんなことを言っている場合ではない、とは彼の場合、ならないのだ。
だが、しばらく迷っているうちに彼はハッとした。
「なんだ!?またドラゴンの反応!今度はレベル66だ!!」
シルバードラゴンの接近を確認したのである。ここでもう一度、彼は勇気を出した。
「やっぱり行かなくちゃダメだ!!!」
彼がカラコルム卿の屋敷の前に辿り着いた時、既に魔王たちは去り、残った面々がドラゴンを討伐しようと悪戦苦闘している最中だった。
誰もがシルバードラゴンの動きに注意を向けているので、一人も彼の到着に気づかない。こうなると、コミュ障の彼は、どう声を掛けようかと迷ってしまう。しばらくその場で見守ることにした。
だが、そのうちにドラゴンの火球ブレスが崖下に直撃した。爆風に煽られて、ホーリーが飛ばされてしまい、ドラゴンが大口を開けて迫っている。
「ホーリーちゃん!!!」
さすがの黒岩椿も、ここで戦慄し、体が動いた。
前日に黄河南天にやったことを思い出し、自分自身を弾丸のように扱って、ドラゴンに向けてジャンプした。
ギュンッと加速した彼の肉体は、シルバードラゴンに向かって自動追尾し、高々と50メートル跳躍して、見事、顎の下からジャンピングアッパーを食らわせることに成功したのだ。
グッシャァッ!!!
まさに会心の一撃。
シルバードラゴンとしても完全な死角から不意を突かれ、舌を噛むような形で、勢いよく顎を突き上げられてしまった。口内から激しく出血し、怯んだドラゴンは上空に戻って行った。
空中でホーリーをお姫様抱っこした彼は、華麗に地面に着地した。彼女は、彼の登場を信じられない様子で感激している。
「ツバキ様……」
「大丈夫?ホーリーちゃん」
彼は、どういう顔をしてよいのかわからず、ほとんど無表情で優しく言葉を掛けた。そこに屋根の上から感嘆した一同の声が届く。
「椿!今頃になって本気出したんかい!!いや、ホンマ助かったわ!!!」
「遅いぞ、椿!!!早くこっちに来い!!」
黄河南天と赤城松矢は嬉しそうに彼を呼びつけ、大和柳太郎は背後の一同に宣言する。
「皆さん!椿さんが来てくれれば百人力です!空飛ぶ相手も簡単に撃ち落とすことができるんですから!」
いったいなぜ黒岩椿が遅れてきたのかは、勇者たち以外、誰も知らない。ゆえに皆、頼もしい助っ人が来てくれたと思って表情を明るくした。
また、黒岩椿本人としても、これは予想外に嬉しい反応であった。
密かに大切に想っているホーリーを絶妙なタイミングで助け、恋人のようにキャッチし、主人公のごとく歓声を浴びて登場したのだ。
本当は、ただピンチが訪れるまで動く機会を見出せなかっただけなのだが、彼のテンションは大いに高まった。
ホーリーを連れて屋根の上にジャンプすると、彼は頬を紅潮させて、意気揚々と作戦を相談した。
「おれと松矢で追尾弾を連発する。他に飛び道具持ってる人は?」
急に自信満々で話しはじめた彼にラクティフローラが進言する。
「あの、わたくしたちが上位魔法を放てます!」
「……っ!!!」
王女とシャクヤの美貌を初めて見た彼は、ここで一瞬、硬直した。それを赤城松矢が笑いながらツッコむ。
「椿、王女様たちが美人だからって固まるのはあとにしてくれ」
急かされた黒岩椿は、若干ドギマギしながらも、自信をもって告げた。
「お、おれの『
「「かしこまりました」」
ラクティフローラとシャクヤが了解するとホーリーも声を上げた。
「わたくしも及ばずながら、よろしいでしょうか?」
「ホーリーちゃん!!う……うん」
心が変われば状況が一変すると言われるが、黒岩椿は突如、右手にホーリー、左手にラクティフローラとシャクヤ、というように美少女3人と手を繋ぎ、文字どおり、両手に花という状態になった。
彼の『
ホーリーとシャクヤは魔導書を開き、それぞれ風と水の上位魔法を発動する。ラクティフローラはデジタル宝珠から複数の上位魔法を同時に展開した。
合わせて20の上位魔法が一斉に射出された。
それらは、全てシルバードラゴンを目標とした自動追尾の魔法となり、不思議な推進力で大空を駆け上がって行った。
「すごいですわぁ!これがツバキ様の能力なのですねぇ!」
初めて目の当たりにしたホーリーが感動している。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォーーン!!!
上空で回避しようとしたドラゴンであったが、全ての魔法が直撃した。これには一同が感嘆する。今までまともな攻撃をヒットさせることができなかった相手に必中させられる能力者が現れたのだ。これで勝機は見えた。
「さすがだわ!遠距離最強の勇者様ね!この方は!」
ラクティフローラも驚嘆している。
もちろんシルバードラゴンは、通常の上位魔法を受けたくらいではビクともしない。ホーリーは2.5倍、シャクヤは3倍の威力で魔導書から魔法を発動できるが、上空1000メートルを飛行した魔法では、さすがに威力が減衰していた。
しかし、牽制にはなる。
そこにすかさず赤城松矢と黒岩椿による灼熱のボウガンが発射された。
800度以上に加熱され、真っ赤になった鉄の矢がドラゴンに飛来し、突き刺さる。白銀の鱗は強固だが、それらを焼け焦がし、ドラゴンを慌てさせた。
「よし!このまま集中砲火を続けて、南天たちが攻撃する隙を作るぞ!」
攻撃が通じていることに満足した黒岩椿は、威勢よく皆に号令をかけた。3人の魔導師と『灼熱の勇者』による波状攻撃が、自動追尾で次々とドラゴンを翻弄する。
そのドラゴンの頭上には、再びストリクスに乗った黄河南天とルプスが迫っていた。
「今度は一緒に行くで!!狼!」
「ガルル!(ルプスです!)」
「さよか!よろしゅうな!ルプス!」
魔法攻撃の嵐が途切れる瞬間を狙い、ドラゴンが怯んでいる隙を見て、ルプスは黄河南天を背負いながら飛び降りた。
ルプスは前回、ドラゴンの背中に飛びついたところでニオイを嗅いでいる。今のルプスはドラゴンの数秒先を予測することができた。ドラゴンの軌道を読みながら、『スカイ・ジャンプ』で落下の角度を調節する。
見事、彼はドラゴンの完全な真上から背後を取ることに成功した。
「からのーー!『
ルプスに背負われた黄河南天が刃渡り15メートルのマナの刃を振り下ろす。帝国の勇者たちの中で、瞬間的な破壊力では最も強力な攻撃だ。しかも落下の速度も加わり、それは絶大な威力となった。
ズゴンッ!!!!
背中にクリティカルヒットしたが、それでも頑丈な鱗はわずかに斬れただけであり、ドラゴンに衝撃を与えるのみとなった。
だが、パワーは相当なもので、ドラゴンにとっては巨大な鈍器で猛烈に叩きつけられたようなものだった。ショックを受けたドラゴンは自由落下を始めた。
「なんちゅう硬さや!!!せやけど、落とすことはできたな!!!」
ドラゴン程の巨体ともなると、空気抵抗があまり意味を持たず、黄河南天たちよりも先にグングン落下していく。
それを待ち構える屋根の上のラクティフローラはニヤリと笑った。
「単調な軌道で落ちてくる!あれなら狙えるわ!」
「参りますわよ!ラクティフローラ!」
「わたくしもぉ!お手伝い致しますわぁ!」
シャクヤとホーリーも加わり、3人で全力の魔法を展開した。
複数の上位魔法がドラゴンを包囲するように直撃し、シャクヤによる最大級の上位魔法三重陣がドラゴンの顔面を斬り裂いた。
ドゴゴゴゴゴッ!!!
ズッパァァンッ!!!
「グギャアァァァァッ!!!!」
上空100メートルの位置で血しぶきを上げ、咆哮するシルバードラゴン。ここで初めてまともなダメージを与えることができたのだ。
「なんや、あの威力!!!俺より強力な攻撃しよるんか!あの王女はん!」
ストリクスに拾われて、それを見ていた黄河南天は仰天した。一方、爆風や水蒸気が立ち込める上空を見ながら、女性魔導師たちは状況を確認しあっている。
「やったかしら!」
「というより!突っ込んで来られます!!」
「屋敷に体当たりをぉ、するつもりですわぁ!!」
シャクヤとホーリーは悲鳴のような声を上げた。大怪我をして怒り狂ったドラゴンが、落下軌道を屋敷に変え、そのまま突進してくるのだ。
これには屋根の上の全員が愕然とした。ドラゴンの巨体を防ぐ手段など、誰も持ち合わせてはいないのだから。
「あとは、ぼくたちに任せてください!」
だがこの時、柳太郎が勇敢に叫んだ。
ドラゴンが最接近したタイミングで、彼が『シフト
眼前に迫り来たドラゴンの真横に空間移動したのは、ベイローレルであった。
ドッゴォォーーン!!!
なんとドラゴンの脇腹が内側から爆散するように弾け、血を噴出しながら横に移動した。
ベイローレルが屋根の上で構え、放った破壊剣技『
「ピッタリの位置だったぞ!勇者リュウタロー!」
そして、軌道が逸れたドラゴンの背中に赤城松矢が空間移動した。
「おいしいところはオレがもらうよ!!!」
彼が触れたドラゴンの背中が、【
「アッギャアアアァァァァァァッ!!!!!」
圧倒的な熱量で背中から火を噴き出したシルバードラゴンは、そのまま気を失った。赤城松矢はすかさずジャンプし、大和柳太郎に空間移動してもらって、元の場所に戻った。
そうして、シルバードラゴンは勢いよく林の中に落下していった。木々をなぎ倒し、凄まじい轟音を響かせて。
ドッシィィィーーンッ!!!
濛々とした砂煙を上げ、動かなくなったドラゴンを遠目に確認しながら、屋根の上の連合軍は、しばらくの間、呆然とそれを眺めていた。
そして、ドラゴンの気配が途絶え、気絶したことがわかると、歓声を上げた。
「やったぁ!!!」
「やりましたわぁ!すごいですわぁ!」
「わたくし、感無量でございます!」
「見事な連携だったわ!」
「大魔王クラスのドラゴンを……ボクたちの手で……」
「ホウホウホウ。これは感激でございますな」
「ガルルア!!(やりましたね!!)」
「ははははは!オレの火はドラゴンにも効くんだ!すっげぇ自信ついた!!」
「いや、みんな、大したもんやわ!」
思い思いに感想を漏らし、称え合う一同。伝説級とも言える格上のドラゴンを討伐できたのだ。喜びはひとしおだった。
「これも椿が来てくれたからやで!お前が来んかったら無理やった!」
「ホント、いいところに来てくれたよ!おいしいヤツだな!」
ご機嫌の黄河南天と赤城松矢から盛んに背中を叩かれる黒岩椿は、苦笑しながらも悪くないと感じていた。彼としては、ここまで高揚し、充実した瞬間を味わうのは何十年ぶりと言える体験であった。
「ナンテン師匠!屋敷の人たちの避難は完了しました!ここの領主様も無事です。魔族も息があったので一緒に……って、もう終わったんですね。さすがです!感服感服!」
オスマンサスは一人、屋敷内の人間の避難を手伝っていたのだが、既に討伐が完了した後だったので、感嘆した。彼が気にする恋人の方を見ると、大和柳太郎がホーリーに飛びついていた。
「ホーリーさん!!!」
「まぁ、リュウタローぼっちゃん……」
甘えん坊のように抱きついた柳太郎は、安堵した気持ちと申し訳なさを同時に吐露する。
「さっきホーリーさんが、幹斗さんみたいに食べられちゃうと思ったら、ぼく、怖くて怖くて……足がすくんじゃいました。絶対に死んでほしくないって思いました。……今まで本当にすみません。この世界の人のこと、NPCなんて言って……ぼく、間違ってました……」
柳太郎は、この世界をゲームのように考えていた自分の姿勢を猛反省したのだ。自分が大切に想うホーリーの危機を目の当たりにしたことで、それがようやくわかったのだ。
彼の言葉の意味を全て理解できないホーリーであるが、彼女は柳太郎の気持ちを受け止め、微笑んだ。
「よくわかりませんがぁ、わたくしのことをぉ、心配してくださったのですねぇ。ありがとうございますぅ。リュウタローぼっちゃん」
「……あ、ありがとうございます。なんか今、もう一つ声が聞こえたんですが」
「うふふ。それはぁ、ぼっちゃんがわたくしをぉ、信頼してくださるからですわぁ」
二人が姉と弟のように微笑み合うのを一同は優しい心地で見守った。
『聖浄騎士団』の謀略から始まり、いくつもの惨状を招いてしまった戦であったが、これにて、なんとか平和に収めることができそうだ。
そう皆が思った。
これから村の救助活動しなければならないが、心から安堵した。
ところが、ここで急に目を丸くし、顔面蒼白になった人物がいる。
黒岩椿だ。
「ちょ!……ちょっと待ってくれ……なんでだ……なんでこんなことが起こるんだ……」
「「え!?」」
彼の異変に、まさかシルバードラゴンが復活したのか、と皆が考えたが、ドラゴンは未だに目を覚ます気配が無い。
黒岩椿を見ると、それとは全く違う方向――シルバードラゴンがやって来たのと同じ南の方面を凝視していた。
そこに注視すると、全員が次第に彼の恐怖の意味を理解しはじめた。
「う……嘘だろ……?」
「そんな……どうしてこのようなことに……」
「アレ……全部…………全部なのか?」
勇者を含めたこの場の全員が絶望した。
なんと40体以上のドラゴンが群れをなして飛行して来るのだ。
しかも、その中心にいる1体は、黄金に光り輝いていた。
「真ん中のは……レベル75だ」
黒岩椿が震える声で告げた。
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