第256話 ジャイアント・キリング③

カラコルム卿の屋敷の内外で、2人の勇者が撃破される事態となった。


一方で、その屋敷の前の戦局はどうなったか。


丘の上で『覇気の勇者』黄河南天と戦っている大狼ルプス。


満月形態フルムーン・モード】による【餓狼追尾ハングリー・チェイサー】で、ニオイを覚えた相手の未来を予測できる彼は、黄河南天の攻撃を全て見事に躱し、次々と自身の攻撃をヒットさせていた。


しかし、『覇気の勇者』もさすがである。攻防一体の『武装功ぶそうこう』は、自身の肉体にマナを纏わせることで、ダメージを軽減してしまうのだ。


とてつもないスピードとパワーによる連続回避と連続攻撃が盛んに繰り返されているのだが、どれも決定打にはならず、次第に持久戦の様相を呈してきた。


だが、ここで息を切らした黄河南天が、戦法を切り換えることにした。

いきなり大剣を捨てたのだ。


「あかん……ヤメや。当たらんもんを、なんぼ振り回したところで、意味ないな……」


彼は大剣による大振りの攻撃を諦め、素手による格闘を行うつもりだ。


「ほれ、今度はそっちから来たらどうや!」


拳を構えて大狼を挑発する黄河南天。

ルプスもそれに乗じ、前に出て回し蹴りを放とうとする。

しかし、直前で制止し、一歩下がった。


「なんや。これも見破るんか。ホンマに俺の未来を先読みしとるみたいやな」


黄河南天は残念そうに呟いた。

対するルプスも警戒しながら尋ねる。


「ガウグルガウオ?(オレを捕まえるつもりだな?)」


「そのとおりやで。いくら先読みされる言うても、押さえ込んでしまえば、動けんやろ?」


不敵に笑う黄河南天。

彼は、自分の動きが読まれることから、組技に持ち込むことを考えたのだ。


とはいえ、未来を先読みする相手を捕まえること自体が困難だ。


彼が近づいても、ルプスは適度に距離を取る。


これまた奇妙な睨み合いが続いた。

不思議な高揚感を覚える黄河南天はルプスを賛嘆する。


「それにしても、ホンマにようこんなヤツがおったもんや。ジブン、魔王にもなれるんちゃうか?」


これにルプスは謙虚に答える。


「グルルルガウ!アウオウバウガ、ゴウグルガウオ、バウアウア!(そんなことはない!オレが日中でもこのチカラを使えるのは、レンさんのお陰だ!)」


「はぁ?なんやて!あの男、ホンマに何してくれとんねん!!」


黄河南天は呆れ返った。

目の前の大狼が強敵なのは白金蓮の仕業なのだと知り、腹も立ってきた。


「ああ、もう頭に来た!ここからは手加減抜きやで!覚悟せえよ!」


組技に持ち込むのはジリ貧であると考えた黄河南天は、持ち前のスピードでいっきに距離を詰めた。


そして、マナを纏った拳によるパンチを連続で繰り出す。


腕から伸びたマナは5メートル程の長さまで拡張することができ、それが2本の腕から連続で押し寄せるため、ルプスは回避に全力を注ぐことになった。


いくら未来の攻撃を先読みできても、その動作が多彩なため、連続で避け続けるためのスペースとルートを確保するのは至難の業なのだ。


「いやホンマ、ジブンすごいな!これでも避けるとか、どんだけやねん!」


とはいえ、躱される黄河南天もこれには感嘆せざるを得ない。

彼は様々な意味で、この大狼を打ち負かしたいと闘争心を燃やした。


やがて、彼は手の形を変えた。

右の拳を掌打にしたのだ。


すると、その途端、長く伸ばされていたマナが、平べったく変形した。


ちょうど反撃を試みようと接近していたルプスは、この変化に対応しきれず、左肩を強打されてしまった。


ドンッ!!


「アガッ!!!」


軽傷を負ったルプスは、慌てて後ろに下がった。


「なるほどな!ジブン、俺の動きは読めても、マナの形状までは読み切れんっちゅうわけか!」


満足そうに笑みを浮かべる黄河南天。

さらに彼は別の秘策も思いついた。


「それにもう一個、弱点見つけたわ!」


彼は腰を低くしてルプスに接近した。

次は、下方に向かっての攻撃に重点を置いている。


連続攻撃を避けるうちにルプスはジャンプし、空中に上がってしまった。


これを黄河南天は狙っていた。

右の拳にありったけの力を込める。


「どや!回避できんやろ!」


どれほど未来を先読みできようとも空中では移動することができない。最大の隙がルプスに生まれてしまった。


そこに黄河南天の渾身の右パンチがマナを纏って炸裂した。


シュンッ!!!


ところが、次の瞬間には、空中を蹴り上げたルプスが勢いよく地面に着地し、黄河南天の背後を取っていた。


何も無い空間で足からマナを放出し、その反動で空中を移動するスキル『スカイ・ジャンプ』である。


白金百合華が得意とするスキルであるが、もともとは彼女との対戦時にルプスが無我夢中で発現したものであり、彼のオリジナルだ。これを百合華と共に修行し、今は【満月形態フルムーン・モード】時のみ使用できるようになった。


それを今、あえて土壇場でやってみせたのだ。

敵の油断を誘うために。


(嘘やん!空中でジャンプするとか!!!)


驚愕する黄河南天であるが、次の行動が間に合わない。


ベキィッ!!!


ルプスの渾身の左ストレートが彼の左脇腹を襲った。

しかも正確にマナのガードが弱い部分を狙っている。

この衝撃で、肋骨のうち下の方にある何本かが折れた。


(違とった!こいつ、どこの『武装功ぶそうこう』が薄いて、ちゃんと読んどる!それ悟らせんように攻撃食ろうたんか!なかなか策士やないかい!)


この世界に来て以来、初めて激痛を伴う怪我を負った黄河南天は、相手に感嘆しつつ歯噛みした。余力で右側に飛ばされた彼は、体勢を整えて軽口でも叩こうかと考える。


ところが、そう思った矢先、既にルプスが眼前に迫っていた。


黄河南天はギョッとした。

ルプスがそのまま両の拳で猛ラッシュを浴びせてきたのだ。


「ちょ!待っ!うおぉぉっ!!!」


さすがの『覇気の勇者』もこれには焦った。

今度は大狼の猛攻を必死に『武装功』を纏った腕で防ぐばかりとなった。


(怯んだ瞬間を狙ってくるとか!ホンマえげつな!こいつ、戦い方わかっとるやん!)


だが、攻防一体の『武装功』を持つ黄河南天に、決定打となる攻撃を真正面から与えるのは無理難題と言える。それは防御する黄河南天もわきまえており、ルプスの攻撃を凌ぎつつ、すぐに反撃に出た。


ところが、彼のマナで伸ばされたパンチがガードされた。ルプスの拳に、彼のマナを弾き飛ばすモノが付与されるようになったのだ。


これまた黄河南天が仰天している。


「ちょ……おま……それ、『武装功ぶそうこう』か?オスマンサスくらいのコマいヤツやけど、俺のを見て覚えたんか?」


「アウアウガウグルオ、バウアウガウガ!ゴルア!(以前にユリカさんも似たようなチカラを使っていた!だからできた!)」


「いや、なんやねん!!あの夫婦!」


もともと魔族の中でも最強のステータスを誇っていたルプスは、白金夫妻との出会いを通じて、凄まじい進化を遂げていたのだ。


今、『覇気の勇者』黄河南天を前にして、『武装功』による真っ向勝負の殴り合いを仕掛けるほどにまで成長していた。


ドガガガガガガガガッ!!!!


パワーとスピードと、先読みとマナ武装との猛烈なぶつかり合いが二人の間で交わされることになった。


ちょうどこの時、丘の下にある林から、竜巻が発生した。

灰谷幹斗が最大奥義を使ったのは、この時なのだ。


(幹斗がアレを使うとる!向こうも苦戦しとるんか?)


仲間のピンチを思い、焦る黄河南天は、先程からずっと感じ続けている宿敵の気配のことにも思いを巡らせた。


(それにさっきから感じる『飢餓の魔王』の気配!こっちに来んで、誰かと戦っとるみたいや!俺、こいつに足止めされとる時点で、既に敗けなんとちゃうか!?)


そう考えると気持ちは急くばかりだが、今は目の前のルプスとの攻防に全力を注ぐ以外、道は無かった。




そして、時を同じくして、その竜巻を目にするのは、『飢餓の魔王』ブーゲンビリアを名乗る山吹月見と『灼熱の勇者』赤城松矢である。


「あっちもいよいよォ、大詰めってトコかしらねェ!お姫様たち、ビックリするくらい強くてェ、ワタシ感激しちゃったァ!」


山吹月見は赤城松矢が発する熱エネルギーを吸収しながら、満足そうに竜巻を見物している。対する赤城松矢の方は、必死に彼女に抵抗しているのみだった。


その様子を見て、山吹月見はおかしそうに笑う。


「ねェねェ、もしかしてェ、ワタシが吸収しきれないトコロまで吸わせたらァ、パンクするかもって考えてるゥ?」


「ハ……ハハハ、今のオレには、それしか策が無いもんでね……」


「残念でしたァ!友達のゼフィランサスちゃんが付けてくれたァ、私の固有魔法の名前はァ、【底無貪欲ボトムレス・グリード】って言うんだよォ!その名のとおりィ、どんなエネルギーも底なしで吸収しちゃうんだァ!今のところの記録はァ、火山の噴火エネルギーを平らげたことかなァ!」


「ぐあああーー!大食いで元気な女の子って意外と好みなんだけど、全然、嬉しくねぇ情報だぁーー!くそっ!幹斗!助けに行けなくて、すまん!」


灰谷幹斗の心配をする赤城松矢。

ところが、それを聞いて、急に山吹月見が不機嫌な顔になった。


「ねェ、アナタァ、灰谷幹斗って勇者を本気で仲間だと思ってるのォ?」


「は?何言ってるんだよ!当たり前のこと言うな!」


「最近の彼と昔からの『聖浄騎士団』がァ、何をやってるのかを知った上で言ってんのかなァ?」


「何の話だ?オレたちは勇者として召喚されたんだ。帝国のために働くのは当然だろ!」


赤城松矢は何も知らない。知ろうともしてこなかった。ゆえに灰谷幹斗と『聖浄騎士団』を普通に仲間だと信じている。


しかし、この瞬間、今まで常に温厚だった山吹月見の顔が、急に険しくなった。


「だったら、ちゃんと!!周りを見なさいよ!!!自分たちが何に協力しているのかも知らないで、いい気に勇者ぶってんじゃないわよ!!!」


「えっ……!」


急に雰囲気と口調が変わった彼女に赤城松矢はギョッとした。だが、一度怒り出した山吹月見は気持ちが収まらず、そのまま鬱憤を吐き出しはじめた。


「この村に来る途中で、町の様子を見なかったの!?ミンナ、帝国と騎士団に奪われるから、貧しくて飢えて、苦しんでるのよ!!!ワタシは『飢餓の魔王』になって以来、空腹の恐ろしさを何度も味わったから、よくわかる!何日もお腹が空く辛さってね!尋常じゃないんだよ!!」


「……え……え、え?」


「真っ赤に燃えた鉄だって、ワタシだったから良かったけど、普通の人が食らったらどうなるかくらい、ちょっと考えればわかることでしょ!それで平気で人を殺してきたのをワタシは知ってるのよ!アナタ!自分の行動の結果を想像できないほどバカなの!?」


叫びながら、山吹月見は握り合う両手の力をいっきに強めた。加熱する魔法能力でマナを消費し続ける赤城松矢とは反対に、彼女はエネルギーを吸収しているのでパワー全開だった。


「あっ!……ぐっうぅぅーーっ!!!」


赤城松矢は苦痛に表情を歪めた。両手が握り潰されそうな程の力で締め付けられたのだ。基本的に女性に優しい彼は、最初から本気を出せずにいたが、さらに力を増してきた彼女に怯み、膝をガクガクさせた。


「エネルギーはおいしいけど、ワタシ、アナタみたいに何も考えてないバカって、大っ嫌いよ!!!」


怒りを露わにした山吹月見が渾身の力を込めて赤城松矢の手を握り締めた。彼の両手がギリギリと軋み出す。


「ぐっああぁぁぁーーーーっ!!!」


激痛に赤城松矢が悲鳴を上げた。

あと一息で彼の両手は骨が砕けてグシャグシャになるだろう。


ところが、そう思われたところで、突然、山吹月見の声色が戻った。


「えっ!モモモン?」


素に戻った彼女は、彼の腹を思いっきり蹴り飛ばした。


ドガッ!!!


「ぐはっ!!!」


吹っ飛んだお陰で、赤城松矢は両手を砕かれずに済んだ。


一方で山吹月見はカラコルム卿の屋敷の向こう側に注目しながら、友人の存在を確認していた。


「モモモンの気配だ。あっちにいたんだァ……。じゃあね、『灼熱の勇者』くん。今は見逃してあげる。あと、ごちそーーさま!」


蔑むような表情と声は変わらずに、挨拶だけして彼女は走り去っていった。腹を押さえた赤城松矢は、それを呆然と見つめるだけであった。


いつの間にか林で発生した竜巻は収まっていた。




さて、丘の上で殴り合いを続ける黄河南天とルプス。


180センチという高身長の黄河南天であるが、ルプスは体長3メートルの巨体をさらに大きくしている。純粋なリーチではルプスに分があるが、『武装功』で伸ばしたパンチは黄河南天の方が遥かに長く速く強い。


それでもルプスは譲らず、彼の猛攻に応酬して、烈々たる激闘を繰り広げた。


その猛ラッシュも、ついに終わりを迎えた。



「がっ……ふぅ…………」



顔面を含め、上半身が血だらけになった黄河南天が膝をついたのだ。


「ジブン、ホンマ……センスあるな…………」


彼は苦笑しつつ、同じく血だらけになりながらも息を切らせて立っているルプスを賛嘆した。


マナを纏った拳による凄まじい攻防であったが、最終的には相手の動きを先読みできるルプスの方が手数が多かった。『武装功』そのものの力や厚さでは全く敵わないものの、何度も何度もカウンターを食らわせ、ついに相手を黙らせたのである。


これが殺し合いでなく、純粋なケンカだったとすれば、ここで勝負あったと言えるだろう。


「ナンテン師匠!!!」


そこで黄河南天を呼ぶ声が聞こえた。

当人は驚いて振り返る。


オスマンサスとホーリーが彼らに追いついたのである。

二人はすぐ近くで馬から降りた。


「お……おまっ……オスマンサスやんか。どないしたんや」


「お話があって参りました!」


勝手に弟子を名乗る大剣のハンターの顔を見て、黄河南天は奮起して立ち上がった。しかし、彼の視線はルプスに向けられたままであり、そばに駆け寄ってきた弟子を退ける。


「あとにしてくれへんか……。これから、あの狼と決着つけなあかんのや。ごっつ強いんやで。お前じゃ相手にならん」


「違うんです!聞いてください!俺は止めに来たんですよ!」


「……あぁ?どういうことや?」


弟子の言葉を不思議がるところに、赤城松矢がヨロヨロと丘を登って来た。彼は、山吹月見が叫んでいた内容を頭の中で反芻し、自分たちの行いに疑問を持つようになっていた。


「ちょっ、ちょっと南天さん……」


「松矢!今まで何しとったんや!」


「イヤ……もうオレ……マナ使い過ぎてヤバいんだけど、その前に話があるんだ……幹斗と騎士団のことで」


「なんやて?」


その時だった。

上空から何かが勢いよく落下してきた。


ドッオォン!!!


なんと竜巻に巻き込まれ、上空に放り出された灰谷幹斗であった。


竜巻の中で木片が次々とぶつかり、衣服と肌がズタズタになっていた。右耳は斬り落とされ、全身が血ダルマであるが、それでも勇者としての強靭な肉体は、それを致命傷とさせていない。


彼は、落下の衝撃で血を吐いた。


「アッ!アッグゥア!!!ガハッ!!!」


屋敷の庭に落ちた痛々しい彼を見て、一同は驚愕した。


「なんや幹斗!!!何があったら、お前がそんなん、なんねん!!」


「嘘だろ!?」


「なんと!あのミキト殿が!!」


ところが、彼らの動揺が収まる前に、さらに目を疑う事態が訪れる。


ドッゴォン!!


「あっ!ぐあっ!!」


屋敷の正面玄関の壁を破壊しながら、大和柳太郎が吹っ飛ばされてきたのだ。彼がベイローレルに敗北したのは、このタイミングだった。彼の傷は浅いが、頭部に衝撃を受け、ショックで一時的に意識を失っている。


「今度は柳太郎かい!」


「マジかよ!」


「えっ!リュウタが!?」


「リュウタローぼっちゃん!」


帝国の勇者と、かつて従者を務めた者たちは、あまりにも予想外の出来事に唖然として固まった。


いったい誰がこのような勝敗を想像できただろうか。


無敵の異世界転移者が、この世界の人間と魔族に次々と敗北してしまったのだ。

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