第254話 ジャイアント・キリング①
カラコルム卿の屋敷がある小高い丘。
その眼下にある林から飛び出してきた一組の男女がいた。
それは、『灼熱の勇者』赤城松矢と、『飢餓の魔王』ブーゲンビリアこと山吹月見である。二人は、互いの両手を掴み合い、加熱する能力と吸収する能力で拮抗したまま、山吹月見に押されて林から出てきたのだ。
「アハハハハ!中身はともかくアナタのエネルギー、ワタシ大好きよォーー!」
「うあぁぁぁっ!!水着の女の子と手を繋いでるのに全然、嬉しくねぇーー!!」
「そんなこと言わないでェーー、ワタシがァ、アナタから溢れる物ォ、ぜーーんぶ飲み干してあげるからァーー」
「くっそぉーー!せっかくいいセリフもらえたのに、こんなシチュエーションだなんてーー!」
少しでも気を緩めれば、肉体のエネルギーを奪われる。そう察知している赤城松矢は、必死になって彼女の手を加熱し続けた。
さて、山吹月見が林から出てきたのは、そこでもう一つの激しい戦闘が行われているからである。
『砂塵の勇者』灰谷幹斗を置き去りにし、ストリクスの背中に乗って上空へと逃れた”聖王女”ラクティフローラと”姫賢者”シャクヤ。
二人の従姉妹による遠隔魔法攻撃が灰谷幹斗を常に包囲し、林の中から一歩も出られない状態にしていた。
「クソ!!!なんなんだヨ!!次から次へと!!いったいいつになったら、この攻撃が終わるんダ!!!だいたい、あんな遠くから魔法を撃てるヤツがいるなんて聞いてないヨ!!!」
ひっきりなしに押し寄せる上位魔法の連続攻撃に、さしもの『砂塵の勇者』も舌を巻く。砂の壁によるガードは、通常の上位魔法を寄せ付けることはないが、数が数だけに集中を途切れさせる暇が一切なかった。
開けた土地ではないため、隙を見て逃走することも難しい。彼は、林の中に完全に閉じ込められていた。戦局はあまりにも一方的であった。
「私たちが、『砂塵の勇者』に勝てる唯一のもの。それは射程距離よ!身動きの取りづらい地形におびき寄せ、上空から連続で遠隔狙撃をし続ける。これが、私の考えた必勝プラン!このまま防御を続けていれば、いずれ彼はマナ切れを起こして動けなくなるわ!」
誇らしげに戦略を語る王女。その手には、携帯端末宝珠とは別の宝珠がいくつも握られている。
「そして、お兄様に作っていただいた、この上位魔法の”デジタル宝珠”!これ1つあるだけで、あらゆる上位の攻撃魔法が放てる上に、お姉様のマナでフルチャージされているから、100発以上撃つことができる!その宝珠が、なんと10個!もはや無敵!この私にマナ切れは無いわよ!オーーホッホッホッホ!!」
高らかに笑い声をあげる王女の横で、携帯端末宝珠から遠隔魔法による援護射撃をするシャクヤが、感嘆して叫ぶ。
「さすがはラクティフローラ!!このように姑息で卑怯で反則的な戦い方!わたくしには到底、思いつきませんわ!」
「合理的と言ってちょうだい!」
かつて白金蓮は、王女の知略とシャクヤの才覚を比較し、こう評した。純粋な能力値では劣っているが、上位魔法の宝珠を駆使した実戦では、むしろラクティフローラの方に軍配が上がるだろう、と。
まさにそのとおりで、1キロ以上、離れた上空から攻撃し続ける彼女の策略は見事に功を奏し、攻撃にも防御にも万能の強さを発揮する灰谷幹斗を、完全に封じ込めてしまった。
飛行能力を持った仲間と遠隔魔法狙撃の名手が揃えば、敵が如何なる能力を持とうとも、意味が無くなることを彼女は以前から考えていたのだ。
「お二方、ワタクシは既に撃ち出すことのできる羽根を全て使い切ってしまいました。あとは飛ぶための羽だけでございます。攻撃はお任せ致します」
功労者の一人であるフクロウ魔族は、灰谷幹斗との距離を絶妙な位置で保ちながら、申し訳なさそうに言った。それにラクティフローラは明るい声で答え、シャクヤにも命じる。
「十分よ、ストリクスさん!そして、ピアニー!あなたは、弱った『砂塵の勇者』に最大奥義の連携魔法をお見舞いするのよ!ありったけのヤツをね!!」
「お任せください!理不尽に村を焼き捨てた方々に、わたくしは手加減する気持ちを持てません!!」
灰谷幹斗の包囲網は、なおも続いた。
さらに別の戦場では、大狼ルプスと『覇気の勇者』黄河南天が激戦を繰り広げている。【
「クンクン……クンクン!」
黄河南天の未来のニオイを嗅ぎ分けたルプスは、相手の次の行動に先手を打つ形で、猛攻を仕掛ける。
武闘派の勇者である黄河南天は、レベルを57まで鍛え上げているのだが、満月の光でレベル54相当にまで強化されているルプスに翻弄されることとなった。
(あかん!俺の攻撃、全部、避けられてまうんやけど!どないなっとんのや!)
いくらマナを纏い、拡張された大剣を振るおうとも、未来を先取りするルプスには当たることがない。まして今は身体能力に大差がないのだ。
そして、避けたルプスは、素早く攻撃に転じる。
ドグォッ!!
「ぐっうぅっ!!!」
ルプスの強烈な右の回し蹴りが黄河南天の左肩を直撃した。
かつて王国の騎士団長ロドデンドロンをもってして、一撃でも食らえば即死だと言わせた蹴りである。
しかし、持ち前の頑強さに加え、『
とはいえ、こうしたことが先程から繰り返し行われているため、黄河南天は全身から冷や汗をかいていた。
「嘘やろ……魔族て、こんなに強いんか。攻防一体の『
彼に対し、回避と反撃を続けるルプスは、勇敢に吠えた。
「グルア!ガウアウオウア!!(お前は!オレが必ず止める!!)」
そして、カラコルム卿の屋敷の中では、当主の寝室で、少年勇者と王国の勇者が邂逅していた。背後から剣を突き付けられた柳太郎は、後ろのベイローレルに嘲笑しながら尋ねる。
「すみません。よく聞こえなかったんですが、今、ぼくに決闘を申し込まれましたか?」
「何度も言わせるな。キミは耳が聞こえないのか?」
こういう類の挑発は、小学生には効果覿面だ。
柳太郎は苛立ちながら振り返った。
「いいですよ。受けて立ちましょう。そこまで言うなら今度は、生き返れないくらい微塵切りにしてやりますよ」
首元に剣を突き付けられたまま、彼は不敵な笑みを浮かべた。
ベイローレルは、その剣を引きながら提案する。
「ここでは狭い。表に出るぞ」
「狭いのは同意ですけど、外まで出るのは時間稼ぎですか?」
「そういうことではない」
「なら、そこのロビーで十分じゃないですか。ぼくは一刻も早く、この戦いを終わらせたいんです」
「わかった。移動するぞ」
柳太郎の意見も取り入れ、彼らは玄関ロビーに向かうこととなった。
静かに歩くベイローレルの背中を見ながら、柳太郎は不思議に思う。
(この人、なんでこんなに落ち着いていられるんだろう?前回、手も足も出なかったのに……)
いかに『
そう考えるのだが、あれから1ヶ月も経たずに再戦を申し込まれたことには、不気味さを感じずにいられない。
(もしかして、何か罠を仕掛けているのかも……と思って、決闘場所を変更させたんだけど、それでも顔色一つ変えないんだよなぁ……)
生真面目な柳太郎は、アレコレと邪推していた。
そして、玄関ロビーに到着し、二人で距離を取った。さっさと終わらせたい柳太郎は、幾分、不機嫌そうにぶっきらぼうに言った。
「あらかじめ言っておきますけど、ぼくの『シフト
「そうだろうとも。お互いに最初から全力を出そうじゃないか」
「あなたがここまで命知らずだとは思いませんでしたよ。すごく頭良さそうなのに実はバカなんですね」
「御託はいい。始めるぞ。我が名はベイローレ……」
「ちょっと!何ですかそれ。名前なんてどうでもいいですよ」
「何だと?これは騎士としての正式な決闘だ」
「聞く必要ないですよ。どうせ、あっという間に終わるんだから」
「……これだから、ガキンチョは嫌いなんだ」
「行きますよ!そっちから喧嘩売ってきたんですからね!死んでも文句言わないでくださいよ!」
ベイローレルは決闘前にキッチリと本名を名乗るつもりだったのだが、それを柳太郎に制止されてしまった。そして、問答無用で決闘が始まった。
柳太郎は剣を3度振った。これにより空間に切り込みが入れられた。次の彼の動作で、どのような瞬間移動が起こるかは見当もつかない。
しかし、ベイローレルは静かに構えたままだった。
彼には既に覚悟ができている。
その脳裏には、1ヶ月にも満たない期間であるが、この日のために努力してきた血みどろの特訓が蘇っていた――
王国の勇者を自負するベイローレルが、柳太郎に敗北したのは先月のこと。王都マガダにおいて、彼の剣技に文字どおり瞬殺されてしまったのだ。白金蓮が遠隔で治療しなければ、心臓を一突きされた彼は、確実に死んでいた。
その後、白金百合華の参戦により、柳太郎たちは帝国へと帰って行き、事件は終結した。
だが、敗北したまま黙って過ごせるほど、ベイローレルのプライドは軽くはなかった。
たとえ異世界から召喚された本物の勇者が相手だったとしても、王国最強の剣士と謳われる自分が負けを認めたまま、おめおめと”勇者”を名乗り続けることはできない。
次に相まみえる時、必ずや雪辱を果たす。
それが彼の誓いとなった。
そこで、彼が取った行動は、修行である。
ラージャグリハ王国には、過去に召喚され、活躍した勇者たちの剣技がいくつか遺されている。彼の『
その中で、『
シャーリプトラ家の『
モッガラーナ家の『
カッサパ家の『
アーナンダ家の『
以上の四大剣技である。
このうち、シャーリプトラ家に生まれた天才児ベイローレルは、若くして『絶魔斬』を習得し、70年ぶりに現れた使い手となった。
ベイローレルよりも以前に王国で天才剣士と謳われていたのは、現在の騎士団長であるロドデンドロンだが、彼は地方の田舎領主の三男坊であり、剣の道を志した結果、その才が見込まれ、名門モッガラーナ家の婿養子となることで、『柔流閃』を会得した。
残る二大名家には、剣技の詳細が伝承されているものの、才能ある後継者に恵まれず、使い手が不在の状況となっていた。
その二つの騎士家に、彼は弟子入りを志願したのである。
王国の勇者ベイローレルの名は、王国中に轟いているが、『四剣豪』は元来、互いをライバル視している間柄である。門前払いされるのは目に見えていた。
そこで、抜け目のない彼は、白金蓮との繋がりで入手した宝珠をいくつか持参したのである。当時、『プラチナ商会』のマガダ支店が開店した直後であり、その人気は想像を絶するものがあった。
いかに名家といえども、その商品は入手困難であり、それを手土産としたのであるから、歓迎されないはずはなかった。家人たちは目の色を変えた。現在の貴族社会における流行の最先端であり、持っているだけで英雄扱いされる、という希少な品だったのだから無理もない。
こうして、まんまと二大名家に取り入ったベイローレルは、伝承されている究極剣技の極意を教わり、それを習得すべく修練を開始した。なにげに仕事を休むことも多くなった。
シャクヤが誘拐された日も、特訓に明け暮れていた日であり、服の内側は、体中が傷だらけになっていた。それを白金百合華に看破されたりもした。
彼の修行は秘密であり、そんな努力をしていることは誰にも言わなかった。ましてライバルだと思っている白金蓮には、特に知られたくない。彼の宝珠のお陰で剣技を習うことができたのだが、それも本当は悔しいと思っている。
だが、彼の精進と才能は本物であった。
2つの究極剣技を短期間でモノにしたのだ。
――ラージャグリハ王国の歴史上、究極剣技を3つも習得したのは、彼が初である。その1つを今、帝国の勇者、柳太郎に向けて発動しようとしているのだ。
攻撃を仕掛けようとする少年勇者に対し、ベイローレルは自然体で剣を持ったまま目を閉じた。完全に無防備な姿勢である。
(何ですか、この人!本当にバカなんですね!)
それを見た柳太郎は、不審に思いつつも手加減せずに空間を移動させた。
自身と相手を同時に瞬間移動させることで、あらゆる点で敵の虚をつく、彼の必殺の攻撃である。
音も無く突如として自分の位置が変われば、誰でも怯むのは当然だ。いかなる猛者であろうとも次の行動までに刹那の迷いが生じる。しかも相手の姿を見失い、気配を捉えたとしても、それが真後ろであれば対処はさらに遅れる。
どんな達人が相手だったとしても、柳太郎のこの戦い方にまともな対応を取ることはできないのだ。
瞬間移動からの同時攻撃を彼はベイローレルの背中に向けて放った。その剣は正確に相手の心臓を狙っている。以前と同じような決着が早々につこうとしていた。
ズバッ!
「あっ!……えっ?」
だが、次の瞬間、面食らったのは柳太郎であった。
ベイローレルから発せられた超高速の剣が、彼の左腕を斬り裂いたのである。ただし、傷は浅い。
ビックリした柳太郎は、すかさず後ろに下がった。
斬られた袖口から血が滴っている。それを見ると、彼は真っ青な顔で狼狽し、震えて涙目になった。
「あ……あ…………血が……血が出てるよぉーー」
彼は以前にも自分で語っていたが、傷つくことを誰より嫌う子どもであった。幼いながらに頭がよく回る彼は、冒険よりも安全を取る人間であり、挑戦よりも堅実を選ぶ小学生であった。
そんな彼が、この世界で初めて血を流す怪我を負った。生死を賭けた戦いにおいて、この程度の軽傷は騒ぎ立てるほどのことではないはずだが、彼にとっては重大事であった。
「なんで……なんでぼくが斬られるんだよぉーー。なんで血を出さなきゃいけないんだよぉーー」
泣きそうな声で弱り果てた顔をする柳太郎に向かい、先程の攻撃と同時に振り返っているベイローレルは、剣を前方に出して誇らしげに語った。
「見たか。これが我が王国に遺された伝説の究極剣技の一つ。『
――
それは、周囲のマナの流れと自身のマナの流れを同調させ、一体化することで自分のものとし、その領域に入り込んだ異物に対して、反射的に自動迎撃する超速の剣技である。
人は通常、行動を起こす際、周囲の状況を認知し、そこから判断し、自身の肉体を操作する。あらゆる武芸において、これは変わらぬ鉄則である。
しかし、この剣技は速度に特化させるため、それらの思考を全て切り捨て、反射のみによって迷いなく相手を斬り捨てる。究極の殺人剣なのだ。
言わば、認知・判断・操作のうち、認知と判断を省略する超絶反射の最速剣技。
それをもともとスピード剣技を得意とする者が身につければ、他を一切寄せ付けぬ無上の剣技となる。
敵に攻撃を当てることが全ての武術のテーマなのだと考えれば、このスキルは、古今東西のあまねく武技の一歩先を行く無敵の神速剣だ。
王国の騎士たちの間では、「究極の後出しジャンケン」、「地味に最強」等と、若干、陰口交じりで、称賛される剣技なのである。
また、360度、全方位に対して死角が無く、攻撃後の隙も無いため、複数の敵を相手にしても全て迎撃してしまう。
このスキルを習得した者は、敵軍のど真ん中に一人立っても最後まで生き残ると言われている。おそらくストリクスの羽根で周囲を包囲されても、今のベイローレルは全て打ち落とすことが可能であろう。
元来がスピードタイプのベイローレルには、もってこいのスキルであり、また、『絶魔斬』によってマナの流れを感じる術は熟知していたため、非常に受け入れやすい剣技であった。
それが今、ついに仇敵に対して成功したのである。
「本当は、今ので腕の一本くらい、もらうはずだったんだが、やはり勇者の肉体は頑丈だな」
そう言いつつも、本番の実戦で使いこなすことができ、満足そうに微笑むベイローレル。対する柳太郎は、目に涙を浮かべて悔しそうにボヤいている。
「痛い……痛いよぉ……ぼくは……ぼくは痛いのがイヤで、たくさん修行してきたのにぃ…………」
「どうだ。これでも、ボクを一人の剣士として認めないか?泣き虫のお子様勇者よ」
「ぼっ!ぼくは!!ぼくは!!!」
柳太郎は痛みのせいで次第に逆ギレしはじめた。
そんな彼に剣を向け、ベイローレルは毅然と名乗りを上げる。
「さぁ、来い。我が名はベイローレル・シャーリプトラ。王国の”勇者”であり、国王陛下より”聖騎士”の称号を賜った最強の剣士だ」
「ぼくは!
目を赤く腫らした少年勇者も負けじと自身の氏名を叫んだ。
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