第253話 もう一つの戦い

帝国南部の豊かな穀倉地帯。

その一角にある、のどかな農村。


この地に療養で滞在中の領主、カラコルム卿の屋敷の内外で、4人の勇者を相手取った激闘が個々に繰り広げられている。


だが、ここで場面を村の入口近辺に移動したい。


そこでは、『聖浄騎士団』団長スターチスが一人、呆然と佇んでいた。


つい先刻、黒岩椿を除く勇者たちが馬車のもとから前線へ走って行った直後、大狼ルプスによって、騎士たちが次々と殴り倒され、ほぼ壊滅状態に陥ったのだ。


ただ一人、彼だけはレベル46の猛者であるため、その攻撃をなんとか受け止め、弾き飛ばされるだけで済んだ。また、自身は指示を出すだけであり、実際に村に火を放っていたのは部下たちであったため、ルプスもそれ以上、追撃しなかった。


「あれほどの魔族が控えていたとは……だが、勇者様たちが揃って出撃した以上、私はここでツバキ殿を見守っておればよいだろう」


カラコルム卿の屋敷の方面を見つめながら、彼はそう独り言を漏らし、馬車を目立たない位置に移動させた。


すると、村の外から、誰かが急速に接近してくる気配を感じた。


早馬で掛けてくる一組の男女。大剣を後ろの女性に背負わせ、左手のみで手綱を握っている大柄のハンター。


それに気づいたスターチスは、さも意外そうな顔で呟いた。


「バカな……なぜ、あの男がここに来る?」




それよりも少し前、その馬に乗った男女は、話し合っていた。


「もうすぐ俺の村だ!!ホーリー!気を引き締めていくぞ!」


「ええ!オスマンサス様ぁ!」


彼らは、『聖浄騎士団』と勇者たちを止めるため、帝都から急ぎ追跡してきたオスマンサスとホーリーである。二人は、村に着いてからのことを相談していた。


「途中の町で試してみてわかったが、お前の『言霊』が相手に真意を伝えられるのは特定の相手のみ。おそらく互いに信頼し合った者同士でなければ、声に真意を乗せ、それを聞き取ることができない。他の者はいざ知らず、リュウタなら、お前の言葉をすぐに理解してくれるはずだ」


「ですがぁ、どちらにしてもぉ、ここまで来れば嘘をつく必要はありませんわぁ」


「ウハハ!確かにそうだな!!」


「あっ!見てくださいオスマンサス様ぁ!煙が上がっておりますわ!」


「くそっ!間に合わなかったか!」


既に村の方面が炎上していることを知って、オスマンサスは憤り、馬に拍車をかけた。1日半に渡って、わずかな休息しか与えられずに駆けてきた名馬であるが、ここで最後の死力を振り絞ることとなった。


全速力を出した馬が、村に突入した。


ちょうどそこに立っていた騎士団長スターチスは、オスマンサスから発する敵愾心に溢れた気配を感じ、訝しげにボヤいた。


「どう見ても、協力しに来たという雰囲気ではないな」


そうして、馬の進路を塞ぐように立ちはだかり、剣を構えた。


「止まれ!!!オスマンサス!!」


「スターチスか!!よくも俺の村を焼いてくれたな!!!」


オスマンサスは騎士団長を睨みつけ、そのままの勢いで突進した。


迎え撃つスターチスは怯みもせず、馬ごと斬るつもりで身構えている。彼は、帝国における最強の特務部隊である『聖浄騎士団』のトップだ。ゆえに全騎士団の中でも最強の剣の使い手であった。


シュンッ!!


しかし、彼の素早い剣技は、空を切った。


ゴールドプレートハンターであるオスマンサスも負けてはいない。乗っているのが名馬であることも加わり、見事な馬術でスターチスを軽々と跳び越えてしまったのだ。


この勢いで走り去り、勇者たちのもとへ向かう算段だ。


ところが、この動きについてこれない者が一人いた。オスマンサスの背中にしがみついていた女神官ホーリーである。


「あっ!」


「ホーリー!!」


空中でバランスを崩してしまった彼女を助けるべく、オスマンサスは馬を捨て、ホーリーをキャッチした。


彼女を抱きかかえて着地すると、馬はそのまま走り続けて、行ってしまった。


「も……申し訳ありません。オスマンサス様ぁ」


「いや、俺こそ、お前がいるのに無茶をしてしまった」


優しく彼女を立たせると共に、預けていた大剣を受け取るオスマンサス。彼に向かい、騎士団長スターチスが剣を突き付けながら尋ねた。


「”削岩剣”のオスマンサスよ。貴殿に問おう。何をしにここまで来た?」


「ここは俺の故郷だ。それ以上、言う必要があるか?」


目の前に切っ先を見せられながらも、彼から逃げきれないことを悟ったオスマンサスは、ホーリーを後ろに下がらせながら堂々と言い切った。それを聞いて、スターチスは気分を害しながらも嬉しそうに口元を歪める。


「そうか……ならば、ちょうどいい。私は常日頃から思っていたのだ。貴様のような無法者が、なぜ宮殿を堂々と歩いているのかとな。ゴールドだかオールドだか知らないが、ハンターなど、所詮は荒くれ者の集団。二度と我らの前に顔を出せぬよう、ここで我が聖なる審判をもって浄化してくれよう」


「どの面下げて言うんだ。騎士の皮を被った盗賊が」


オスマンサスが言い返した瞬間、スターチスの剣が動いた。だが、同時にオスマンサスの大剣も跳ね上がり、騎士団長の剣を弾く。


両者、いったん一歩下がって距離を取った。

ホーリーが心配して叫ぶ。


「オスマンサス様ぁ!今は利き手がぁ!」


「なんの。これくらいハンデがあった方が、コイツにはちょうどいい」


オスマンサスは彼女を助けるため、帝都で右手を負傷し、まだ完治していない。手のひらを貫かれ、中にある中手骨の真ん中が砕かれており、繋がっていないのだ。ゆえに右手で何かを握るのは不可能に近い。


今、彼は左手のみで大剣を握り、右手は添えるだけであった。持ち前の握力と腕力で巨大な得物を扱っているが、いつもと比べて速度は格段に落ちている。


ただ、相手となるスターチスは、ベイローレルのようなスピードタイプの剣士ではない。先程も馬ごと敵を斬ろうとしたように、洗練された剣技と膂力によって一刀のもとに敵を鎧ごと斬り伏せるパワータイプの騎士であった。


つまり、武器の大小はあれど、二人は同じタイプのアタッカーだった。


その代わり、力自慢のスターチスは、剣を2本同時に使う。

彼は、腰に差していた2本目の剣を抜いた。


「二刀流と大剣。どちらが強いのか、ずっと試してみたかったのだ」


スターチスは不敵に笑った。

オスマンサスも興奮に震えている。


実はこの二人は、帝国に仕えるトップクラスの騎士とハンターとして、密かにライバル視し合っている間柄だったのだ。しかも気質の違う彼らは犬猿の仲でもある。ゆえに、ほとんど口をきいたこともない。表向き、ぶつかり合ったことはないが、いつも内心では互いに敵視し合っていた。


レベルも共に46同士。それがついに、この戦場で龍虎相搏つこととなった。


「覚悟はいいか!スターチス!!」


初手はオスマンサスであった。


左手しかまともに使えない彼の取った戦法は、上から大剣を振り下ろすというシンプルな攻撃である。重力に乗せて落とす大剣は、通常と変わらぬ速度とパワーをもってスターチスに迫った。


ガッギィン!!!


だが、それをスターチスは2本の剣でしっかりと受け止めた。ベイローレルの場合、大剣の威力を防ぐことに手いっぱいで、そこから反撃することはできなかったが、彼は違っていた。


腕力に物を言わせ、左の剣で大剣を押さえたまま、右の剣を滑らせ、反撃に出た。


「ぐっ!」


すかさず後ろに飛び退き、突き出された剣を避けるオスマンサス。大剣の間合いが広いため、スターチスは一歩、踏み込みが浅かった。


この一瞬の攻防だけでも、達人クラスの凄まじいぶつかり合いがあった。どちらか一方がパワーかスピードで劣る部分があれば、既に決着がついていたことだろう。


そこからは互いに打ち合いとなった。


スターチスは、オスマンサスの大剣に力が入っていないことを知り、左右から次々と剣を浴びせた。さらに相手の右手が使えないことを理解すると、スターチスは容赦なく弱みにつけこんで、そこを攻め立てる。それをなんとか大剣で受け、弾き飛ばすばかりのオスマンサスは防戦一方となった。


見ているホーリーは気が気でない。


生まれて初めて出来た恋人が、自分のために負った傷で苦戦を強いられているのだ。魔法で援護しようにも、二人のスピードが速すぎて、割り込む余地が無い。場合によってはオスマンサスの邪魔をしてしまう危険性もある。彼女は、ただハラハラするのみであった。


「はっはははは!!オスマンサス!その程度か!」


自身が優勢であることを見て取ったスターチスは、嘲笑しながら剣を浴びせる。オスマンサスの表情からは余裕が完全に抜けていた。既に腕と脚のあちらこちらで、かすり傷を負っており、衣服は破れ、血が滴っている。特に右側がひどい。彼が力尽きるのは時間の問題だ。


そして、ついにこの激しい打ち合いに終わりが訪れた。


スターチスの右剣をガードした大剣が、それを弾けなかったのだ。そのまま押さえている間にスターチスの左剣が、オスマンサスの右側から迫る。もはや防ぐ術も回避する術もない。


(捉えた!!!)


勝利を確信するスターチス。

ところが、彼の左剣が何かに弾かれた。


ガンッ!!


なんとオスマンサスが大剣から右手を離し、その手刀でスターチスの剣を横から叩いたのだ。『武装功ぶそうこう』で包んだ右手で。


彼の右手が使えないものとばかり思い込んでいたスターチスは、ここで完全に不意を突かれた。左手で攻撃したため、今は重心が左に寄っており、右手の剣にも力が入っていない。


(なんだと!?)


バランスを崩したスターチスは焦った。

オスマンサスは、この隙を逃さず、大剣を前に押し出す。


ズガッ!!!


大きな一振りが、スターチスの胸部を斬った。

ただし、彼は精巧な鎧を着ているため、傷ついたのは鎧のみである。


(フン!これがハンターと騎士の違いだ!!)


と思ってニヤリと笑うスターチス。

しかし、次の瞬間、なぜか彼は血を吐いていた。


「がっ!はぁっ!!!」


彼は苦しそうに胸を押さえて膝をついた。

それを見ながら、オスマンサスは不敵に微笑む。


「ナンテン師匠から教わった奥義、『武装功ぶそうこう』は、鎧の向こう側まで斬る。俺を相手にするなら、重い防具は邪魔になるだけだったな。滑稽、滑稽」


そう。利き手の負傷をも補って余りある彼のスキル。これによって、マナを纏った大剣は鎧を突き抜けて騎士団長の胸を斬ったのだ。


肋骨に到達する傷を負ったスターチスは、戦闘不能寸前の重傷である。あとほんの数ミリ深く斬られていれば、肺をやられていたことだろう。


彼はそのまま立ち上がろうともせずに体をガクガクと震わせている。皮肉なことに鎧を脱がなければ手当てもできない状態であり、激痛に耐えながら歯噛みしてオスマンサスを睨みつけるのみだった。


膝をついたままのスターチスを見て、先を急ぎたいオスマンサスは、勝負あったと判断し、ホーリーに振り返った。


「さぁ、こんな男は放っておいて、急ぐぞ。リュウタかナンテン師匠に会えれば、きっと話を聞いてもらえる」


「ええ!」


前にいる彼女と共に走ろうとした。


だが、ここでスターチスが立ち上がった。

抑えがたい屈辱と憤怒を叫び声に込めて。


「オスマンサスぅぅぅっ!!!」


「ちっ!まだやるのかっ!」


呆れた大剣のハンターが、再び彼に振り向く。

ところが、それと同時に思いがけない物が飛んできた。


バシュッ!


なんと砂であった。


騎士道精神など持たないスターチスは、卑劣にも地面からそれを掴み取って投げつけたのである。


いつものオスマンサスであれば、普通に気配を感じ取って避けられたはずだが、死闘の直後であり、徹夜の疲労も重なり、わずかに油断が生じてしまった。


「ぐあっ!!」


「オスマンサス様!!」


目に砂の入った彼を見て、ホーリーも絶叫する。

そこにスターチスが突進してきた。


オスマンサスは剣が迫る気配を察知し、大剣で弾いた。


キンッ!


しかし、驚くほど軽い。

それはスターチスが投げた1本の剣だった。


気配を感じ取れる達人同士の戦いで、目を封じることはそれほど大した意味を持たない。もちろんスターチスもそのことは熟知しており、同じ卑怯な手段を取るにしても、さらに念を入れていた。


飛んできた剣の気配にオスマンサスが気を取られた隙に、素早く回り込み、横からもう1本の剣で仕留めるのだ。


(しまった!どこだ!?)


完全に虚をつかれたオスマンサスは、一瞬、スターチスの気配を見失った。達人を相手にして、この刹那の迷いは命取りだ。


「右です!」


この時、ホーリーの声がした。


(よし!)


と、ほくそ笑んだのは、スターチスである。

彼は、オスマンサスの左側に回り込んでいたのだ。


(バカな女だ!!!命を懸けた瀬戸際で!右も左もわからないのか!)


完璧なる隙をつき、彼はオスマンサスの脇腹を左から右へ貫通させた。




――はずだった。

彼のプランでは。


カキンッ!


だが、スターチスの剣は再び大剣で弾き飛ばされ、遥か後方に落ちていった。


「……えっ」


唖然とした彼にオスマンサスの右手の掌打が炸裂した。


ドグッ!!!

 メッキィィ!!!


見事、『武装功ぶそうこう』を纏った張り手を顔面に直撃させるオスマンサス。それをまともに食らったスターチスは、鼻と前歯がへし折れ、意識が飛ぶ程の衝撃にあい、後ろに吹っ飛んで、大木に後頭部を激突させた。


「俺にはな、ホーリーの心の声が聞こえるんだよ」


オスマンサスが最後に掛けた言葉は、自分の恋人のことだった。

スターチスは歪んだ顔で意識を消失した。


「オスマンサス様……」


ホーリーは嬉しそうにウットリした。彼女は、自分の真意がオスマンサスにだけ伝わることを利用し、「左」であると思いつつ、「右」と叫んだのだ。それを今、彼女は愛の勝利であると喜んだ。


「愛かどうかはともかく、そこにスターチスの馬がいるな。アレで走るぞ、ホーリー!」


「は、はぁい!」


心の声にツッコまれつつ、ホーリーとオスマンサスは、スターチスの馬を拝借し、炎上している村の奥に急いだ。


オスマンサスが涙を流して目の砂を拭いながら駆けて行くと、やがて知っている声が二人を呼び止めた。彼の父親であった。


「オスマンサス!!オスマンサスか!大変なんだ!みんなを助けてくれ!」


家から焼き出され、途方に暮れている家族がそこにいた。全員、命は無事のようだ。それに安堵しつつも、助けを求めた父親の悲痛な声に、オスマンサスは胸が絞めつけられた。


「ああ!わかってる!俺は騎士団を止めに来たんだ!」


彼は全力で拍車をかけた。

前方から押し寄せる恐ろしいまでの殺気を感じながら。


「オスマンサス様ぁ!先程からぁ、凄まじい気配と気配のぶつかり合いがぁ、あちらこちらで起こってぇ、おりますわぁ!」


「とんでもない戦いだ!こんな身震いする戦場は俺も生まれて初めてだぞ!」


歴戦の勇士であるオスマンサスですら戦慄する前線では、白金一家の仲間たちによる下剋上が行われようとしていた。

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