第233話 帝国最後の王
4年前、皇帝に反旗を翻し、戦で負傷した帝国南部の有力貴族、パーシモン・カラコルム。
その当人にシャクヤが直接対面している頃、僕、白金蓮も荒廃した町で彼の名を聞いていた。
ベイローレルが掴んできた情報によれば、4年前、勇者を加えた『聖浄騎士団』を有する皇帝に対し、彼は自らの騎士団を率いて挙兵した。
6年前の皇帝親族を巻き込んだ御三家の騒乱では、勇者の存在をひけらかすだけで反乱軍は戦意喪失し、戦わずして退却してしまったらしいが、カラコルム卿の騎士団は違っていた。
帝都に近い平原にて、実際に大規模戦闘が行われたのだ。その年の夏のことだった。
精鋭揃いの『聖浄騎士団』とカラコルム卿の騎士団との決戦。
勇猛果敢に勝負を挑んだカラコルム卿であったが、戦いは一方的だった。上空から飛来した謎の高熱物体によって、騎士団は3割近くが死傷し、騎士団長は即死。開戦と同時に統率を失った。続く『聖浄騎士団』による突撃で瞬く間に壊滅。もはや戦争と言うより、ただの蹂躙であった。
それでもなお、現政権に対して唯一、堂々と「ノー」を突き付けたカラコルム卿の雄姿は国民の間で今も語り継がれている。その精神は、各町で結成されている”レジスタンス”が受け継いでいた。
ではなぜ、御三家すらも手を引いた問題に、この地方領主だけが勇敢に立ち向かうことができたのか。
その昔、初代皇帝が帝国を立ち上げて領土の拡大に乗り出した時代、長らく帝国に対抗し、豊かな土地による財力と兵力で初代皇帝を苦しめた最後の王がいた。最終的にその領地を保障する条件付きで帝国に降伏したため、今でも国内最大の農耕地帯を所有する大領主。その子孫が『カラコルム卿』なのだ。
ゆえに皇帝の遠縁にあたる御三家には入らないが、帝国で最大の財力を持った大貴族であり、さらには南側が環聖峰中立地帯に隣接するため、実戦経験豊富な実力派の騎士団を従える大君主であった。
しかしながら、さきの反乱の結果、カラコルム卿自身も深手を負い、息子たちは全員が戦死。
その後、皇帝からの沙汰により、カラコルム卿の騎士団は解体。所領の3割を没収。後継者不在となったことへの恩情として斬首は免れたが、居城は取り上げられることとなった。先祖伝来の城を失った彼は、現在は奥地の農村にある別邸で療養中とのことだ。
それが今、シャクヤが軟禁されている地なのである。
「予想もしなかった方向で、話が繋がってきたな……」
ベイローレルの報告を聞き、僕はため息をついた。今になってわかったことだが、僕たちは最初からこの国の騒乱に巻き込まれていたのである。シャクヤが王女と間違われて誘拐された時点から。
いや、こうなるとむしろ、シャクヤがその地にいることで、この国の裏側を知ることができる。彼女はとんでもないキーパーソンになっているのだ。
そんなことを考察していると、桃園萌香が僕たちの会話に参加してきた。
「ねぇ、もしかしてパーシモンおじちゃんの話、してる?」
「「えっ!!」」
僕たち全員が声を上げた。しかし、よく考えれば、『魔王教団』に協力している彼女がカラコルム卿と知り合いであっても何も不思議ではない。そう思いつつも僕は彼女に尋ねた。
「カラコルム卿を知っているのか?」
「うん。もともとはウチの会長が、パーシモンおじちゃんを助けてあげようとしたことから始まったのよ。”レジスタンス”の人たちも、あの人を英雄みたいに思ってるの。なんかそういうのってカッコいいよね。真田幸村みたいで」
「「あぁ……」」
彼女の言葉には僕と嫁さんだけが納得した。
真田幸村は、名前だけなら知らない人はいないと思われるくらい有名な武将だ。
江戸幕府を開いた徳川家康が最晩年に行った戦、『大坂夏の陣』において、徳川軍と敵対する豊臣軍に参加し、唯一、家康の本陣にまで迫ったという伝説を残した武将である。その武勇伝は江戸時代の庶民に語り継がれ、お
国家の体制に苦しむ人たちにとっては、権力に対抗し、華々しく散っていった人物は、たとえ負けても永遠の英雄として、その胸に残り続けるのだろう。
カラコルム卿もそういう位置付けになるということか。もしかすると僕たちは、歴史の分岐点に立ち会ってしまったのかもしれない。
ところで、それとは別に、僕は隣の嫁さんが一緒に相槌を打っていることに驚いた。
「あれ?百合ちゃんは真田幸村のこと、わかるの?」
「何言ってんの。蓮くんがさんざん聞かせてくれたから覚えちゃったんだよ」
「あ、そっか……」
「それにしても真田幸村に似てるって考えると、確かにカッコいいよね。絶対に敵わないような相手に立ち向かったところとか、イケメンなところとか」
「いや、真田幸村がイケメンとは限らないよ」
「「えっ!?」」
何か夢見心地で語り出した嫁さんに僕が真実を告げると、彼女だけでなく桃園萌香も共鳴するように声を張り上げた。
桃園萌香は愕然として僕に食ってかかる。
「バカなこと言わないでよ、蓮!どんな絵師さんが描いても真田幸村ってイケメンじゃないの!」
「それゲームやアニメのこと言ってるよね?史実の真田幸村が活躍したのは40過ぎのおっさんの時だよ?あと幸村ってのは通称名で、本名は
「やだ!そんなの聞きたくない!聞きたくなかった!」
現実というか歴史的事実を受け入れたくない彼女は、耳を押さえて、しゃがみ込んでしまった。そして、嫁さんからは小言を言われた。
「蓮くん、萌香ちゃんの乙女心を粉砕しないでよ」
「……ごめん」
こうしたやり取りを僕たち家族以外の面々は、呆気に取られて見ているだけだった。
やがて魔王の部下である『魔王教団』の初老の信徒、ニゲラが合流した。すると、立ち直った桃園萌香が僕に要求した。
「わたしたち、これからアジトに戻るんだけど、蓮たちが協力してくれるって言うなら、一緒に来てほしいな」
「そうだね。行かせてもらうよ」
僕としても彼女の言い分が真実であることを確かめたい。帝国の惨状は理解したが、『魔王教団』の実態に関しては、この目で直に確認しなければ本当に信用することはできないのだ。
だが、その前に王女と聖騎士の承諾を得る必要がある。
「ラクティとベイローレルはどうする?これ以上は、王国の代表である二人が首を突っ込むと国際問題になりかねないと思うんだけど」
僕が振り返って尋ねると、王女は悠然と微笑した。
「この件には、既にピアニーが巻き込まれているのです。カラコルム卿もこの国の貴族である以上、国際的には、先に手を出してきたのは帝国ということになりますわ。わたくしとしては、消極的な姿勢を取りたくありません」
「王女殿下がそう言うのだったら、ボクは何も言いません」
隣のベイローレルも彼女の意見を聞いて、笑った。
これに僕も苦笑交じりに微笑んだ。
「さすが。肝の据わった王女様だ」
「それに……イザとなればお姉様もいらっしゃいますし……」
ウットリした様子で嫁さんを見るラクティフローラ。その視線を受け取ると嫁さんは自信満々に胸を叩いた。
「そうね!私が本気を出したら、戦争しようなんてバカな人たちを、全員ガツンとぶっとばしてやるわよ!」
彼女の一言で、僕たち一行の不安な気持ちは消し飛んでしまった。なんとも、頼もしすぎる嫁さんだ。
ちなみに彼女は携帯端末宝珠をイジっていた。皆が安心したところで、彼女は僕に報告してくれた。
「ところで蓮くん、シャクヤちゃんからラインが来てるよ。迎えに来るのは後回しでいいって」
「え?」
「なんか、向こうの領主さんと、いろいろお話ができたみたい」
「噂のカラコルム卿か。ちょうどいい。あとで詳しく聞いてみよう」
「あと『飢餓の魔王』ブーゲンビリアに会ったって言ってるよ」
その意外な報告に僕が反応するよりも早く、不思議そうに聞いていた桃園萌香が声を上げた。
「え!?月見ちゃんに会ったってこと?」
彼女の言葉を僕と嫁さんは同時に聞き返した。
「「つきみ?」」
「うん。『飢餓の魔王』は、
「「ギャル?」」
「そんなことより!さっきから平然と話してるけど、なんで遠くにいる仲間から連絡が来るの!?郵便ポストすら無いこんな世界で!」
「「ああ……」」
『飢餓の魔王』ブーゲンビリアの正体も気になるが、それ以上に僕たちの連絡手段に対する桃園萌香の疑念の方が強かった。
これについては僕ではなく、嫁さんが鼻高々に回答し、説明した。聞き終わった桃園萌香は、体を震わせて絶叫した。
「ス……ススス、スマホぉっ!!!スマホですってぇ!!!!嘘でしょ!?」
「蓮くんが1から造ったんだよ」
「神か!!!」
そんな彼女に携帯端末宝珠をプレゼントすると、目をランランと光らせ、宝珠を空高く掲げるように持ち上げて、叫びまくっていた。
「あなたが神か!!あなたが神か!!!」
「ああ、うん。わかったから興奮するの、もうやめよう。僕が恥ずかしい……」
「あなたが神かぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
興奮しっぱなしの桃園萌香はしばらく置いておくことにし、使い方を嫁さんとラクティフローラが説明してあげている間、僕は牡丹と遊んでいるニワトリ魔族を呼びつけた。
「ガッルス、ちょっといいか。君にはこれから大仕事を頼みたい」
「はい。なんでしょうか?」
「その前に、あいつにも確認を取らないとだな。フェーリス、聞こえているか?」
『なんニャフ?』
通信で猫耳魔族にも連絡すると、彼女はすぐに返事をくれた。僕は王女の愛猫のことを心配し、それを尋ねた。
「アイビーを連れてガッルスに帝国中を飛行してもらいたいと考えている。この子に耐えられるかな?」
「アイビーちゃんはとてもお利口さんだから、空を飛んでも怖がらないと思うニャフ。それに王女のこと大好きだから、王女のためならきっと頑張ってくれるニャフ。あとは暖かくしてあげれば問題ないニャフ」
「それなら良かった。では、カエノフィディア、君にも頼みたい」
「はい!旦那様のご命令とあれば喜んで!」
僕たちの侍女を名指しすると、彼女も笑顔で駆けつけてくれた。魔族の能力を持った彼女たちに僕は一つの大仕事を依頼した。
「ガッルスに乗り、アイビーを連れて、帝国の主要都市を回ってもらいたいんだ。そこで、フェーリスの【
「かしこまりました!」
「一番大変なのはガッルスだが、いけるか?」
「問題ありません!寒いのは得意ですし!」
「よし……」
魔族の女性陣の威勢の良い返答を聞いて、安心した僕は、さらに念のため、侍女の能力を確認した。
「ところでカエノフィディア、『魔眼』の調子はどうだ?」
「奥様とボタン様が練習にお付き合いくださったお陰で、すっかり慣れました」
「そうか。ちょっと僕で試してみてくれるか?」
「え!よろしいのでしょうか?」
「大丈夫。僕の『宝珠システム』は既に君の『魔眼』を解析している。何かあっても解除できるんだ」
「で、では……」
カエノフィディアは恐る恐る僕と目を合わせた。彼女の瞳の中に眠る魔方陣がキラリと輝く。すると、僕の全身の筋肉は彼女に支配されてしまった。
「お、おぉぉぉ……動けない……」
「はい。それにこうしますと……」
金縛りにあった僕が面白がっていると、さらにカエノフィディアは腕を振り上げたり、脚を動かしたりしてみせた。
なんと、それと全く同じ動きを鏡写しのように僕は再現した。
「あ、あははは!すごい!同じ動きをしちゃうのか!」
「そうなのです!」
強制的に同じ動作をさせられるというのは、かなり奇妙で恐ろしい感覚だ。だが、相手に敵意がない限りは、なかなかに楽しい。
調子に乗ったカエノフィディアはニコニコにしながらダンスを踊り、その繊細な動きを僕に無理やり再現させた。踊りの苦手な僕が、まるで一流ダンサーのように華麗なステップを踏む。汗をかきつつも僕は笑顔になった。そして気づいた。
「って、あれ?カエノフィディア自身が動かずに操ることはできないのか?」
「それが、なかなか制御が難しく、力加減を間違えますと、相手の骨と筋肉を傷めてしまうのです。なので、こういう使い方しか今はできません」
「前よりちょっと劣化したことになるか……。ま、優しいカエノフィディアらしい使い方だな。目を合わせただけで相手の動きを封じるなんて、かなりの能力だ。これなら、イザという時はガッルスとアイビーを守れるな」
「はい!お任せください!」
ということで、彼女の能力を確認できたのは良かったのだが、二人で同じ動作をし、踊りながら会話をしていると、気がつけば互いに見つめ合って近づき、それぞれの両腕に手を掛け合っていた。
いつの間にか長身の美人侍女と、まるで恋人同士のような態勢で僕は語っていたのだ。
これに僕が気づくのと、目ざとい監視者が二人の間に割って入るのとが同時であった。
「ちょっとぉーー、何してんの二人とも?」
死んだ目になっている嫁さんに驚いて、ハッとしたカエノフィディアが能力を解除した。僕も彼女も焦りながら言い訳をする。
「あ、いや!これは違うんだ!」
「申し訳ありません!奥様!『魔眼』を掛けたまま旦那様とお話ししていましたら、その……なぜだかつい……」
縮こまるカエノフィディアを見ながら、嫁さんは困った顔をしていた。そして、ため息をつきながら命じた。
「はぁーーっ、もう!カエノちゃんは今後、蓮くんに『魔眼』使うの禁止!普段いい子なのに油断すると、こうなるんだから!」
「承知致しました……」
カエノフィディアは顔を赤くしながらシュンとしていた。僕の指示が事の発端だっただけに少々申し訳ない気持ちになった。
さて、目立たない場所に移動して、元の魔族のサイズに変身したガッルスにカエノフィディアとアイビーが乗った。
具体的なポイントを地図情報に載せ、ガッルスとカエノフィディアの携帯端末宝珠に送り、表示させる。帝都を囲むように大きな点が3ヶ所。他に小さな点が十数ヶ所、地図上で光った。
「大きく光る地点を優先的に頼む。これは御三家と呼ばれる最有力貴族の居城だ。さっきのコロンバインも含め、彼らの考えと動きを把握したい」
僕の指令にガッルスが意気揚々と応えた。
「これくらいなら2日もあれば回れます!」
「さらにその途中にある大きな町。これらも中心街の猫に伝染させてほしい」
「わかりました!全部で3日くらいですね!」
「携帯端末宝珠の魔法を使えば、猛吹雪でも風をガードし、暖房を利かせて飛べるはずだ」
「ワタシ、嵐の中でも飛べますから!」
「くれぐれも気をつけてな!」
最後の命令にはガッルスとカエノフィディアが同時に返事をした。
「「ご安心を!」」
言うと同時に、侍女と猫を乗せた巨大ニワトリが空高く舞い上がった。こうして、総移動距離が3000キロに及ぶであろう空の旅を彼女たちは開始した。
ちなみに彼女たちの向かう先にカラコルム卿の屋敷は含めなかった。そこにはシャクヤとストリクスがいるので、後に回してよいだろう。
僕の行動を見ていた桃園萌香は、目を丸くして僕に言った。
「蓮って……弱っちいくせにスマホを造ったり、魔族に慕われたり、不思議な人だね」
「不思議じゃない。努力をしたんだよ」
「さすが神!」
「神、言うな!」
「はいはい。じゃ、アジトに行きますか!わたしたちは、モンスターに引かせるソリ馬車で移動するんだけど、蓮たち、付いて来れる?」
「自慢じゃないが、もっと速い乗り物があるから、問題ないよ」
その後、僕たちが乗ってきたクルマを見せると、再び興奮した桃園萌香をなだめることになり、ようやく落ち着いてもらって、出発することができた。僕たちはついにこの国の『魔王教団』の実態を知ることになる。
思いがけず帝国の実情を知ったことで、僕としては、いち早く行動を開始したつもりだ。先手を打って、必要な情報を掻き集めることにも着手した。
だが、今の僕は知る由もないが、この時、既に帝都では新しい動きがあった。事態は次の段階へと進んでいたのだ。
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