第230話 力なき貴族

『聖浄騎士団』に蹂躙され、荒廃した町。


そこで僕たちは、どこかの別の騎士団に遭遇した。いち早くこちらに近づいて来た馬上の騎士を見て、桃園萌香は小声で叫んだ。


「あっ!あの人!たぶんこの辺の領主よ!」


言われてみれば、一人だけ豪勢な鎧を身に纏っており、その胸には紋章が刻まれている。貴族の家柄を表すものだ。


「なるほど。であれば、お兄様、ここはわたくしが、代表してお話し致しますわ」


そう言って颯爽と歩み出たのは我らが王女ラクティフローラだ。領主の前に立った彼女は、上品な仕草で挨拶する。


「わたくし、ラージャグリハ王国の第一王女ラクティフローラと申します」


「なっ!なに!?バカなことを言うで……な…………」


驚いた領主は、それを嘘だと勘繰り、罵倒しようとしたが、気品ある王女の顔立ちと身のこなしを見て、すぐに思い留まった。彼は馬から降り、彼女に問いかけた。


「失礼ながら、証明できるものは、おありで?」


これに答えるべく、ベイローレルが前に出て、ハンカチと紙を一枚ずつ取り出した。


「こちらは王家の紋章です。また、貴国の皇帝陛下より頂戴した令状がありますので、ご覧ください」


ハンカチにはラージャグリハ王国の王家の紋章が刺繍されており、さらに令状を見せられたことで、領主は全てを信じた。一歩後ろに下がり、胸に手を当て、厳かに一礼した。


「これは大変なご無礼を。我が名は『コロンバイン』。この地域を治める領主であります。まさかこのような場所で、噂に名高い”聖王女”様にお会いできるとは」


このやり取りを遠目に見ていた桃園萌香は、仰天した。


「え、えぇっ!?あの人、王女様なの!?どうりで綺麗だと思った!」


そんな彼女に静かにするようジェスチャーを送る僕と嫁さん。その間にも王女と領主コロンバインは、話を続けている。


「また、こちらは護衛の騎士、ベイローレルです」


「なんと!”聖騎士”と”勇者”の称号を授かったという、あの王国の英雄ですか!」


紹介されたベイローレルも恭しく一礼した。


「お初にお目にかかります。失礼ですが、コロンバイン殿と言えば、貴国における御三家の一角ではありませんか?」


「いやいや……今では、ただ皇帝陛下の顔色を窺うだけの地方領主に過ぎません。広大な領地も年々、異常な吹雪が続き、やせ細るばかりです。隠居した父にも合わせる顔がありません」


なるほど。このコロンバインという領主は30歳手前といったところ。皇帝に逆らった御三家は当主が隠居したと聞いたが、彼が若くしてその跡を継いだのだろう。


予期せぬタイミングで王国の要人と遭遇したコロンバインは、王女一行に気を使い、提案した。


「これほど高貴なお方と、青空の下で立ち話というのも何ですな。これより町の長に話を聞きに行くところなのです。よろしければ、そちらでご一緒にお茶でもいかがでしょうか」


「あら。町長様とは先程お会いしましたが、また伺うことになりますわね」


ラクティフローラは笑顔で応じた。


領主コロンバインは、家臣たちに命じて町の救援活動にあたらせ、自身は王女をもてなすことにした。


僕も地方領主の考え方を知りたいと思うので、王女の従者として、彼について行くことにした。


町の長は、この町の管理を任されている下流貴族である。その屋敷は町の中心部から離れていたため、戦火の被害を被ることはなかった。そこに僕たちは向かった。


僕たち一行が、王女を護衛する一団であったことを知ると、町長は愕然としていた。彼からコロンバインが説明を受けている間、僕たちは賓客としてお茶をご馳走になった。


一息ついたところに報告を聞き終わったコロンバインが合流する。彼もお茶を飲みながら、王女に尋ねた。


「ところで……どうして、王女殿下のようなお方が、このような場所に?」


「人を捜して旅をしている最中なのですが、たまたま通りかかったところ、あまりの惨状に胸を痛め、お話を聞いていたのです」


「そうでしたか……私も『聖浄騎士団』がこの町に来たという報せを受け、心配して駆けつけたのです。大変、お見苦しいものをお見せしてしまいました」


「いえ……」


謝罪するコロンバインにラクティフローラは困り顔で微笑する。その表情を見て、彼は何か思うものがあったようだ。少し神妙な面持ちで尋ねた。


「……失礼ですが、一国の姫君が、この荒廃した町をご覧になって、毅然とされていらっしゃることに驚きです。王都を襲撃した魔獣の群れをお一人で討伐され、負傷した民をも救われたという噂は、やはり本当なのでしょうか」


「一人というのは誇張されていますが、わたくしが戦ったことと、重傷者の治療にあたったことは事実ですわ」


「なんと……我らが陛下とは似ても似つかぬ……あ、いや…………」


彼は、途中で口をつぐんだが、ここまで言葉に出した以上、吐き出すものを吐き出したいと思ったのだろう。苦虫を噛み潰したような顔で悩んでいたが、次にこう切り出した。


「従者の方々もおられますが、ここから先は、私の独り言だと思って、お聞き流しください」


そうして、彼は怒気を含んだ声で叫んだ。


「彼らのやり口はあまりにもひどい!領主である私に何も告げず、土足で踏み荒らし、無断で民を裁く。身勝手にも程がある!!!これで我が領内は3ヶ所をやられた!!そうして我々の体力と反抗心を奪っていくのだ!ヤツらは!!!」


「「………………」」


彼の言い切った姿を僕たち一同は黙って見つめる。一呼吸置いて、落ち着きを取り戻したコロンバインは、声を和らげて現状を語った。


「もともと『聖浄騎士団』は、皇帝陛下直属の精鋭部隊であり、絶大な権限を有する最大戦力でしたが、それは陛下の権力を象徴するための形式的なものでした。ある意味、”伝家の宝刀”として、存在すること自体に価値があったのです。しかし、皇帝陛下が幼いのをよいことに、我が物顔で振りかざす輩が現れました。それが……」


「宰相ヒペリカム閣下ですね?」


ラクティフローラが問題の骨子を言い当てた。これにコロンバインは意外そうな顔になって、王女の顔を見つめる。


「え、ええ……」


旅行中の王女がそこまで把握しているとは思っていなかったのだろう。ラクティフローラは彼に向かって微笑した。


「実は、帝都で皇帝陛下と宰相閣下にお会いした際、なんとなくですが、そういう雰囲気を感じ取ったのです」


「やはり見抜かれてしまいますか……」


「勇者様がいらっしゃることもお聞きしました。というより、2人ほど、ご紹介をいただきました。おそらく我が国への牽制であると思います」


この言葉に領主は血相を変えた。

一人の有力貴族として、国際的な危機を懸念したのだ。


「そ、それはとんだご無礼を!しかし、帝国には王国を攻めるつもりは一切ございません。我が国の実情はご覧の有様。国内の混乱を治めることに手一杯の状態ですので、他国に攻め込む余裕など全くありません」


「もちろん、それも理解しておりますわ。ですが、勇者様が5人もいらっしゃるとなれば、たとえ我が国が挙兵しても、到底、貴国には敵わないことでしょう。威嚇としては十分すぎるほどです」


「ごもっともです!くそっ!ヒペリカムのヤツめ!!!」


もはや隠す素振りも無くなり、コロンバインは悪態をついた。それに苦笑しながら、王女は正直な意見を述べた。


「それにしましても、勇者様に魔王討伐を優先させないとは、失礼ながら、宰相閣下はずいぶんと悠長でございますわね」


「そのとおりなのです。『吹雪の魔王』も『凶作の魔王』も野放しにされているため、国内の天変地異も飢饉も一向に収まりません。それどころか、魔王討伐のためと称して、勇者様を『聖浄騎士団』に加勢させ、反対派を次々と退けているのです。規格外の戦力を有した彼らに、我々は為す術もありません」


ここで彼の言葉に最も敏感に反応した人物がいる。


それは、僕たち以外の人間には、よもやソレが同席しているとは思いも寄らない脅威の存在だ。すなわち本物の魔王である桃園萌香である。


僕たちは、王女たちとは異なる席に座っている。町長の屋敷の応接室にて、中央のテーブルに主賓である王女ラクティフローラと勇者ベイローレル、それを接待する領主コロンバイン、という図式であり、僕たちは従者として、脇にある小さなテーブルを囲んで休ませてもらっているのだ。


静かに彼らの会話を聞いていた僕たちであったが、この時、桃園萌香が小声で苦言を呈したのである。


「わたし、『凶作の魔王』だけど、何もしてないよ。異常気象は自然現象だもん。勝手に魔王のせいにしてほしくないな」


だったら魔王っていったい何なんだ?

とツッコみたくなるが、僕は黙ってそれを聞いた。


以前に彼女から言われたとおり、この国の季節外れの吹雪は、『吹雪の魔王』が原因ではないと考えれるし、『重圧の魔王』も『凶作の魔王』も、この国に実害を与えているわけではない。


考えてみれば、魔王の呼称は、どちらかと言うと能力から来る名称だ。


桃園萌香の固有魔法は、あらゆる物体を粉微塵に砕き、乾燥させ、砂に変えてしまう能力。”凶作”の土地を作ることは可能であるが、効果範囲は狭い。”凶作”を招く魔王というよりも”凶作”のチカラを持った魔王と言った方が正確かもしれない。牡丹についても同じことが言える。


だが、人々の意識としては、異常気象や凶作は、全て魔王が原因なのだと決めつけているのだ。


どうしてこのような食い違いが起こるのだろうか。


『魔王』にしても、『魔王教団』にしても、その実態とは裏腹に、人々の脳裏には悪の根源であるかのような印象がこびりついている。いや、人のせいにするのは良くない。僕たちも最初はそうだった。


だが、実際は違う。


つまり、迷信なのだ。


本当は、善良な『魔王』が存在する。しかも今、この国の未来を憂えているのは『魔王教団』であり、その味方になろうとしているのは『魔王』たちだ。


もちろん過去には実際に悪行を重ねる魔王が実在したかもしれない。しかし、それだけではないのだ。


なのに人々は、吹雪の原因は『吹雪の魔王』にあり、凶作の原因は『凶作の魔王』にあると認識している。自然現象だとは思っていない。


要するに、この国は、庶民から皇帝に至るまで全ての人間が、国内のあらゆる問題を魔王のせいにし、魔王さえ討伐すれば丸ごと解決できると考えているのだ。


なんと安直な展望だろうか。この思考停止が、物事を真正面から見つめて、真摯に取り組む姿勢を失わせているのではないだろうか。


しかも、それでいて中央は、勇者を魔王討伐に使わず、国内の反対勢力の粛清に利用しているのだ。何もかもが支離滅裂だ。



ここまで考えると、僕はなんだか、人間というものの愚かさに嫌気が差してきた。


魔王を召喚した者たちも悪だが、その後の人間の対応が、あまりにも浅薄すぎる。これでは世の中が何も進歩しないではないか。



我慢しきれなくなった僕は、宝珠システムの通信でベイローレルにメッセージを送った。彼は僕の意図をすぐに汲み取り、僕が提案した質問を発言してくれた。


「失礼ですが、コロンバイン閣下、勇者さえいなくなれば、何とかなると思われますか?」


それは、僕が今、最も急所と思う質問だった。これに御三家と呼ばれる最有力貴族はどう答えるのか。


コロンバインは、ベイローレルの問いを聞いてから数秒間沈黙した。そして、ゆっくりと力の無い声で回答した。


「……陛下のお膝元から勇者様がいなくなるということは、我々がようやく同じ土俵に立てるということ。しかし、今、皇帝陛下と本気で事を構えるような貴族は、おそらくいないでしょう。どこも物資の不足と不景気で疲弊しているのです」


彼の言葉はそれで終わった。

僕は心底ガッカリした。


あまりにも煮え切らない。勇者と魔王をこの国に関わらせないよう、僕たちが働きかけたとして、結局は帝国に未来はないのではなかろうか。


帝国の貴族が全員、同じ考えだとしたら、それこそ『魔王教団』を中心とした”レジスタンス”の活動に希望を託す以外ないではないか。


だが、それを本気で実現すれば、帝国は内側から崩壊するに違いない。だとしたら、こんな国のために僕が手伝う意味はあるのだろうか。


そんな不満を抱いていると、ラクティフローラは辞去するための挨拶をした。


「コロンバイン閣下、貴国の微細な事情までお話しいただき、誠にありがとうございました。ただ、申し訳ありませんが、わたくしどもは不可侵条約がありますので、何もお助けすることはできません。本日のお話を忘れることにするくらいでございますわ」


「お気持ち、痛み入ります。本日は戯言が過ぎました。王女殿下の旅路が安穏で快適なものとなりますよう、お祈り申し上げます」


別れの挨拶を済ませ、王女一行は町長の家を出ることにした。


従者である僕たちは先に外に出て待機している。その間、一人で考え込んでいる僕に嫁さんが声を掛けてきた。


「蓮くん、なんか怖い顔してるよ?あの領主様に何か思うの?」


「あ、いや……一応は、領民のことを思う良心的な貴族だと感じるよ。でも、帝国と戦う勇敢な人物ではないみたいだ。このままでは、本当にこの国は亡んでしまうかもしれない……そう思ってね……」


「そっかぁーー」


嫁さんも悲しい顔をした。


領主コロンバインは、王女を玄関まで見送りに出ていた。最後に別れる際、こんなことをポツリと呟いた。


「もし……本当にもしもですが、彼が再び立ち上がってくれれば、あるいは…………あ、いや、今のはお忘れください」


僕たちは、町の中心部に置いてあるクルマに向かった。僕は、領主の言葉が気になり、仲間たちに問いかけた。


「さっきのは、誰のことを言ってたのかな?」


それに回答してくれたのはベイローレルだ。


「レンさん、先程は帝国に逆らう人物が誰もいないと言いましたが、実はただ1人、4年前に中央の圧政に反旗を翻した、勇敢な御仁がいたんです。それが――」


「…………え?」


彼の語った人物の名前と居住地を知り、僕は驚愕した。

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