第214話 砂漠の追手

シャクヤは、誘拐犯に同行し、雪国のイマーラヤ帝国を進んでいた。


彼女が乗っているのは、『デザート・ドルフィン』の雪原版とも言えるモンスター、『スノー・ドルフィン』に牽引されるソリ馬車である。


雪に覆われた大地を砂漠の時と同じような乗り心地で旅をしている。


彼女の気がかりは真向かいに座っている男だった。漆黒のローブのフードで顔まで隠し、魔族の気配を持った人物。彼は明らかに誘拐犯たちの上司と言える存在であり、時折、指示を出していた。


無口な魔族は、シャクヤに挨拶して以降、最低限のことしか話さなかった。ただジッと窓の外を眺めているばかりである。


(まさか人の集団に溶け込める魔族がいるとは考えたこともございませんでしたわ……)


彼のことが気になりつつも、あまり詮索するわけにもいかず、シャクヤはチラチラとその姿を窺うだけに留めた。


周囲に気づかれぬよう、彼女は肩に乗っているストリクスと器用に宝珠による筆談を交わす。


『ストリクス様、この魔族の方は、あなたのことに気づいていらっしゃるのでしょうか?』


『シャクヤ殿、彼のレベルはそれほどではありません。おそらく気配を感じ取るほどの力を持っていないのでしょう。ワタクシのこともただのフクロウだと思っている様子です』


『では、こちらも気づいていないフリを致しましょう』


彼女たちは何食わぬ顔で彼らの目的地へ付き従った。




さて、一方で僕たち一行は、悠々と砂漠を北上していた。正午を過ぎてかなり経ったが、このペースであれば、あと1時間もしないうちに国境が見えてくるはずだ。


「シャクヤの報告によると、迎えに来た連中の一人が魔族だったらしい。あまり強くはないそうだが」


僕が彼女からの連絡事項を告げると、ベイローレルが腕を組んだ。


「なんだか、よくわからないことになってきましたね」


次いで、ラクティフローラが難しい顔をし、嫁さんがシャクヤの身を案じる。


「『魔王教団』に魔族が絡んでいるとなれば、これまでのわたくしたちの認識とも異なりますね」


「それより、もっと強いヤツが待ち構えていたらと思うと、シャクヤちゃんが心配だよ……」


「うん。そのためにストリクスを付けておいたんだけど、あいつの正体を見破られると、かえって危険かもしれない。何事も無ければいいんだが……」


懸念材料が増えてしまったが、今は彼女のためにも道を急ぐ他ない。幸いにも旅は順調だ。



ところが、王国の辺境にまで来ると、様々な生物が生息しているようである。順風満帆にドライブしていたところで、レーダー反応が意外な珍客を捉えた。僕たちの左後方から何かが急速に接近してきたのだ。


「あれ!?蓮くん、何かが来るよ!」


気配を感知した嫁さんも僕に報告してくれる。レーダーの反応はレベル34の大型モンスターを示しており、時速100キロを超えて僕たちを追跡していた。


「なんだこれは!?肉体情報を解析して姿を確認しよう!」


僕は【物理解析フィジカル・サーチ】と名付けた肉体解析魔法で正確に測定した。それを王立図書館で取得したモンスター図鑑と照らし合わせる。さらに【遠隔解析リモート・サーチ】によるステータス解析も同時に行われ、敵の正体と情報が、余すことなく画像と解説付きで目の前に表示された。


「わっ!すごい!モンスターの情報が出ちゃうんだ!便利ぃ!!」


驚きながらテンションの上がる嫁さんに僕は解説する。


「王国が所有する全てのモンスター図鑑をデータベースにしたからね。肉体情報を元に検索すれば、瞬時にどんなヤツかを教えてくれるんだ」


「これ、異世界ファンタジーで都合よく出てくるヤツじゃん!”鑑定”的なヤツ!主人公が持つスキルだよ!」


「まぁ、情報系スキルの代表みたいなもんだからね。むしろ、こういうのこそ、エンジニアの仕事さ」


「あの、説明はいいので、モンスターの方をどうにかしましょう!こいつは面倒ですよ!砂漠の最強モンスター『デザート・シャーク』です!」


僕たち夫婦が悠長に話していたところ、ベイローレルが真面目に助言してくれる。


表示されているモンスターは、彼が説明してくれたとおり、『デザート・シャーク』という巨大なサメのモンスターであった。砂の中を高速で泳ぐことができ、知能が低いため、砂漠で動く物体を何でも食べてしまうという、愚かで獰猛なモンスターだ。


「ていうか、こいつ、牡丹がいるのに平気で追いかけてくるな。普通のモンスターは怖がって逃げてくはずなんだが」


「おそらく知性が無いため、ただ単に習性に従って行動しているんだと思います。図鑑情報にあるとおり、音を探知して攻撃してくるんですよ、こいつは!」


「なるほど。砂の上を爆走してるから遠方でも敏感に察知されてしまったということか。それにしても、中立地帯でもないのにレベル34はすごいな。あっという間に追いついて来たぞ」


僕はバックミラーを見ながら感心した。既に僕たちのクルマの後方にそれが見えている。ただし、ハッキリと姿を確認することはできない。砂塵を吹き飛ばし、猛烈な砂煙を上げながら、サメのヒレだけが顔を出し、追いかけてくるのだ。


さながら海のパニック映画を想起させるような絵面である。本体は地中にいるのだ。


「うっわ!何あれ!!ちょっと面白い!!!」


「わぁぁぁ!」


嫁さんと牡丹は、楽しそうに後ろを見ている。言われてみれば、クルマを走行中に後ろから敵に追われるというシチュエーションは、意外とテンションが高まるものだ。身の危険が迫っているはずなのだが、僕もつい笑ってしまった。


「ははは。じゃあ、しばらく追いかけっこしようか」


するとベイローレルが真顔で苦言を呈してきた。


「何を呑気なこと言ってるんですか!相手は砂漠の最強モンスターなんですよ!足を取られる砂地で、あのスピードの『デザート・シャーク』と戦う場合、レベルを10くらい上げて考えないといけません。騎士団でも部隊長案件の相手です!アレに体当たりを食らったら、クルマごとペシャンコになりますよ!追いつかれる前に一度クルマから降りて、しっかり迎撃しましょう!」


しかし、焦る彼には悪いが、僕は不機嫌な顔をした。


「いやいや、外に出たら砂だらけになるだろうが」


「死ぬよりマシでしょうよ!」


そして、嫁さんも呑気な声を出す。


「私も出たくなーーい」


「ユリカさんは大丈夫です!ボクが対処しますから!」


そんなやり取りをしている間にもサメモンスターのヒレがすぐ後ろに迫っていた。あと10秒もすれば追いつかれるような距離である。これにベイローレルは切迫した声で叫んだ。


「あっ!!ほら!どんどん追いついて来てるじゃないですか!早く降ろしてください!」


「ダメだって。中に砂が入る」


「何でそんなにのんびりしてるんですか!!!だったら窓を開けて飛び出しますよ!!」


「待て待て。そうじゃない。大丈夫なんだよ。な、牡丹」


「うん」


ベイローレルには構わず、牡丹に一言声を掛ける。すると、返事をした牡丹がサメモンスターに向けて右手をかざした。デザート・シャークは、個別に超重力を受け、動きを止めてしまった。


「……あ」


今さらながらに最強の遠隔攻撃魔法の持ち主がいることを思い出し、沈黙するベイローレル。そして、そんな彼を呆れるように笑ったのはラクティフローラだ。


「もう……ベイローレルったら、おバカさんね。意外とそういうとこ真面目すぎるんだから。見てなさい。ここには私もいるのよ」


そう言って、王女は宝珠を取り出し、遠隔発動した。


水の上位魔法【激流刃フラッド・ブレード】の魔方陣がサメの真上に出現する。そこから、鋭利で巨大な水の刃が地中に向かって発射された。


ズッパァァンッ!!!


盛大な血しぶきが砂漠の中から噴出し、次いで砂煙を上げてサメの本体が姿を現した。体長15メートル程の巨大なサメがピクピクと体を震わせている。砂の中にいたため、致命傷には至らなかったようだ。


「あら、申し訳ありません。クルマが速いので、位置計算が少し狂ってしまいましたわ」


「いや、いいよ。あとは僕がやろう」


僕は『宝珠システム』から【水蒸気爆発スチーム・エクスプロージョン】を遠隔発動した。既に数百メートル離れているサメの巨体が大爆発で吹っ飛び、上空に舞い上がる。デザート・シャークはこの一撃で完全に息絶えた。


「そして、忘れてもらっちゃ困るけど、レーダーで検知されたってことは、既に僕の射程圏内に入っているんだ。可哀想だけど人を襲う凶悪モンスターだから、トドメを刺しておいたよ」


表情一つ変えずに僕がベイローレルに告げる。すると、黙って聞いていた彼が、珍しくも本気で怒鳴った。


「だったら先に言ってくださいよっ!!!!」


「……すまん」


普段は常に余裕の顔つきで微笑を絶やさないベイローレルが、ふてくされてしまった。どうやら僕は彼を本気で怒らせてしまったらしい。それを嫁さんがあやし、ご機嫌を取ってくれたことで、次第にデレデレするようになった。



そんなことをしているうちに王国の国境に辿り着いた。


荒野の街道に合流し、進行すると、簡素な関所を有した大きな町がある。


ここが周辺諸国との交易の要を担っているのだ。


王国の東側にあった国境の町は、環聖峰中立地帯のモンスターを警戒し、防衛線を張っていたが、北側であるこちらの国境に面しているのは穏やかな小国家であり、騎士団もそこまで配置されていない。


王国と帝国とが不可侵条約を結んでいる他、互いの中間に位置する小国家群が、大国であるラージャグリハ王国に手出しするはずもない。よって、この一帯は100年近くに渡って戦争が皆無の平和な地域となっていた。



この日はこの町で一泊することにし、必要物資の買い付けも行った。大きな町なので、立派な宿もあり、王女は初日よりもくつろぐことができたようだ。


関所を通るのは簡単である。王室の令状を持参しているベイローレルがそれを見せれば、難なく通過できた。数多くの商人たちも手形を見せながら行き来している。



ここから先は、荒野の中にある森林地帯で細々と暮らしている小さな国々だ。


ちなみにシャクヤたちは、関所を通らずに山岳地帯を通り抜ける難関ルートで国境を越えたらしい。



「レンさん、ボクもクルマを運転していいですか?」


国境を越えてしばらく走ると、ベイローレルが急に進言してくれた。ずっと隣に座っていた彼は僕の運転を観察し、使い方を覚えてしまったらしい。本当に吸収の早い男だ。しかし、とてもありがたい。


「……ああ、君が運転できると僕も助かるな」


こうして、たまに彼と運転を交代しながら、穏やかな街道を進んで行った。なんだか男女の友達でドライブ旅行しているように感じてしまう。


いくつかの小国家を通り過ぎ、北東へ進むと、次第に気温が下がってきた。


最後に通過する小国で一泊し、そこで防寒着を購入した。



いよいよ帝国の関所が見えた。


ここでもベイローレルが王室の令状を見せる。ラージャグリハの国王からイマーラヤの皇帝への親書を届ける旨を告げ、関所を通過した。


僕のクルマはかなり怪しまれてしまったが、『プラチナ商会』の名を告げると納得してくれた。なんと既にこちらの国にまで噂は届いているというのだ。



僕たちは、ついに帝国に入国した。


ここまで来ると、町並みや人々の服装もかなり変わる。僕たちがこれまで接してきた地域と違い、女性は髪を隠せ、という考え方はない。しかし、気温が低いため、必然的に男女を問わず、外出時は帽子を被っている。


関所のある最初の町は平和な雰囲気だった。町を往来する人々は歩き方がしっかりしていて、どことなく王国と比べておとなしい印象を受けた。


先を急ぐので、僕たちはすぐに最初の町を出発した。



ところが、町を出ると愕然とした。ある程度、進んだところから、地面が白くなりはじめ、さらに進むと、そこから先は一面の雪景色だったのだ。


まだ10月の初旬である。いくら雪国と言っても早いのではないだろうか。既に外気温は氷点下だ。砂漠の王国から1日跨いだだけで、この気候の変化。身体的にはギャップが辛い。既に車内の空調は暖房に切り替わっている。


小高い丘に差し掛かったので、一度クルマから降り、辺りの様子を見渡してみた。寒いので防寒着を羽織った。吐く息が白い。


「シャクヤから聞いてたけど、本当に雪が積もってるな……」


隣に立ったラクティフローラとベイローレルが教えてくれる。


「この時期としては早すぎると思いますわ」


「以前に来た時は、秋は秋らしかったんですけどね」


「てことは、異常気象か……」


帝国で何かが起こっているとは考えていたが、これもその一つということだろうか。雪が降る前に事を済ませる計画であったのに入国直後にそれは破綻してしまった。


ところで、ふと前を見ると、カエノフィディアが茫然と雪原を眺めていた。その表情に不思議な哀愁を感じ、僕は思わず声を掛けた。


「カエノフィディア、どうかしたか?」


「いえ、アタクシ……本当に生まれて初めて、このような景色を観た気が致しまして」


「なるほど……こっちには来たことがないってことか。それが判明したことも一つの収穫だな。ルプスとガッルスは寒くないか?」


「ガウオン!(問題ありません!)」


「ワタシ、寒さには強いんです。暑い王国の方が辛かったくらいで」


「ははは。そうだったか」


狼とニワトリの魔族はそれぞれ寒冷地にも耐性があるようだ。僕たちがそんな真面目な会話をしている間、少し離れて嫁さんと牡丹はキャッキャとはしゃいでいた。


「きゃああぁぁぁ!雪だよ!牡丹!」


「ゆき!ゆき!ゆきぃぃ!!」


なんと二人は防寒着も着ずに、いつもの服装で雪の中を走り回っていた。嫁さんなどは二の腕と太ももを出した戦闘スタイルである。この母子は誰も踏んでいない雪の上にダイブしたり、凄まじい剛速球の雪合戦を始めたり、やりたい放題だった。


「何してんだ二人とも!!上着を着なさい!!!」


つい声を荒げて注意した。

しかし、我が妻子は平然と答える。


「えぇーー、大丈夫だよ。ね、牡丹?」


「うん!へいき!」


世界最強の嫁さんは別格として、すっかり忘れていたが、我が娘もまた、氷づけにしても全くダメージを受けない強靭な肉体を持っているのだった。


小学生の頃、冬でも半袖という友達がいた気がするが、雪国でそんな非常識な格好をされてはたまらない。


「どこの世界に娘に上着を着せない母親がいるんだ!見てるこっちが寒いわ!!」


とりあえず見た目の問題として、この二人には防寒着を着てもらった。最初は不満そうな顔をしていた牡丹だったが、なんやかんやでモフモフの服を面白がり、気に入ってくれた。分厚い服を着て手袋をした愛娘は、想像以上にかわいかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る