第196話 チート VS チート

空き家の中庭で対峙した少年勇者と幼女魔王。


先手を打ったのは牡丹である。


直接の重力魔法が効かないことを理解した彼女は、柳太郎に向けて、周辺に転がる石ころを浮かび上がらせ、水平方向の重力で一斉に射出した。


数十個の石の弾丸が、柳太郎に吸い込まれるような加速度で飛来する。


しかし、少年勇者は余裕の表情で剣を素早く振り払う。


「こういう攻撃が一番好きなんです!なぜって、わかりやすいから!」


なんと全ての石ころが瞬時に方向転換し、まっすぐ牡丹に向かって飛来した。


「えっ!」


一瞬だけ慌てた牡丹であるが、彼女の肉体を覆う反重力バリアが作用し、石ころは全て弾かれた。中庭に再び石ころが転がる。


「ぼくの『シフト延斬えんざん』は、空間の位置や方向を入れ替えられるんです。それにしても、重力で攻撃を跳ね返すなんて、チートもいいところですね!」


言いながら柳太郎は牡丹に向かって走った。直接攻撃に出たのだ。



――さて、ここで彼が使っている、空間に切り込みを入れるというスキル。これについて、補足説明をさせていただきたい。


彼は白金百合華のように物体を空間ごと斬ることはできない。


空間は、あくまで物質が乗っている三次元座標であり、それをズラすことだけが可能なのだ。(百合華の場合、蓮が『次元斬』と名付けたとおり、次元の先にある、人間には観測できない何かを斬っている)


ゆえに巨大な物体を移動させるためには、それだけ大きな切り込みを入れる必要がある。


また、空間に切り込みが入っていても物質の移動を妨げることはない。


これは、複数のモニターを繋ぎ合わせることによって、巨大ディスプレイを実現した様子を想像していただくと理解しやすいかもしれない。


縦横に並べられたモニター同士には微妙に隙間があり、わずかに離れている。しかし、全体画像の位置関係としてはピッタリ繋がっていて、これでサッカーの試合を観たとしても、選手やボールは全く違和感なくモニターからモニターへ移っていくはずだ。それと同じである。


柳太郎のスキルは、その一つ一つのモニターをひっくり返したり、入れ替えたりすることができるのだ。



さて、こうした特異な能力を持つ少年勇者は、空間に様々な切り込みを入れつつ、超スピードで走った。


目にも止まらぬ速度で牡丹のもとに接近した柳太郎は、本気で牡丹に剣を振り下ろす。まともに受けては怪我をすると判断した牡丹は、自分自身への重力操作と組み合わせることで、それをも越えるスピードを出して避けた。


「さすが!速いですね!」


不敵に微笑む柳太郎。


しかし、次の瞬間には、彼の姿は牡丹の目の前にあった。空間をズラして瞬間移動したのだ。


「わっ!!」


驚く牡丹。彼女に向かって柳太郎の剣が横薙ぎに払われる。しかし、そう思ったところで柳太郎は体が重くなった。


「うわっ……と!」


慌てて着地し、再び空間を斬り裂いて、牡丹の重力魔法を断絶させる柳太郎。お互いに体勢が崩れてしまったため、牡丹も後ろに下がって距離を取った。


「なるほど……常に空間に切り込みを入れていなければ、こうして重くなるのか……『シフト延斬えんざん』による空間移動では近づけないな……」


独り言で反省する柳太郎。


チート能力者同士の戦いは、あまりにも非常識すぎて、誰も立ち入ることができない。剣を抜いているベイローレルも身構えたまま動くことができなかった。


「むぅーー」


相対する牡丹は不機嫌そうに眉をしかめ、口を尖らせる。


彼女は、母親以外の存在でここまで脅威となる相手に遭遇したことがなかった。相手から発せられる気配と力量は、その攻撃をまともに食らってはいけないことを本能的に感じさせる。牡丹は、いつにない真剣な眼差しで柳太郎を睨みつけていた。


「でも、やっぱり前にホーリーさんから言われたとおりですね。勇者は魔王を討伐するため、必ず相手にとって天敵となる能力を身につけていると。あなたの能力をぼくはほぼ全て防ぐことができる。反対にあなたは、ぼくの能力を防ぐ術がない。本気を出せば、勝つのはぼくですね!」


再び柳太郎は牡丹に突撃した。空間に切り込みを入れながらの超速接近。それに負けじと避けて逃げる牡丹。たまに隙を突いてパンチを試みるが、柳太郎に簡単に避けられてしまう。


誰も見たことのないスピードバトルが何もない中庭で展開されることになった。


「なんて速さだ!!」


「すごいですわぁ。リュウタローぼっちゃん」


遠方に待機したオスマンサスとホーリーは、感嘆しながら見守るだけである。


ただ一人、戦いの渦中にあって牡丹の超重力場に晒されながらも、立っていられるのはベイローレルだけだった。しかし、両者の戦闘レベルが高すぎて、入り込む余地が無い。


(このボクが、スピードで付いて行けないなんて!)


歯噛みしながら、なんとか目で追いかける彼であった。


だが、やがて魔王と勇者の追いかけっこにも変化が生まれた。


牡丹に最接近した柳太郎が牡丹に剣を振り下ろす。それをギリギリのところで牡丹は避けた。


ところが、その瞬間、牡丹はいつの間にか柳太郎が背後にいることに気づいた。いや、正確には、牡丹が柳太郎の眼前に瞬間移動させられたのだ。


「なんで!?」


「これだけ切り込みを入れたんです!あなたを空間移動させても、まだ切り込みが残ってるんですよ!!」


説明されても理解不能な牡丹に向け、柳太郎の剣が容赦なく突き立てられる。狙いは彼女の心臓だ。牡丹の反重力バリアをも空間ごと突き抜け、それは正確に的を貫いた。


「わっ!!」


ところが、そう思われた瞬間、驚いて後ろに下がったのは柳太郎本人だった。彼が再び牡丹の姿を確認すると、目の前にはベイローレルが立っていた。


王国の勇者が剣を突き出したため、帝国の勇者は避ける以外なかったのだ。


「同じ手は通用しないぞ。キミの動作は単純でパターン化している。何度も見ていれば、見切るのは簡単だ」


それはまさに実戦経験の差であった。単純なスピード勝負では踏み込めないものの、ベイローレルは柳太郎の動きを観察することで、攻撃のタイミングを予測したのだ。数分前に自分を死に追いやった、相手を瞬間移動させる攻撃を。


彼はすぐに牡丹の容体を心配した。彼女は背中を斬られ、血が溢れ出ている。かつては自分が本気の剣技をぶつけても軽傷しか与えられなかった強靭な肉体に、掠っただけの攻撃が流血までさせているのだ。


この実力差に歯がゆい気持ちになると同時に、自分のために駆けつけてくれて怪我をした幼女に対し、彼は本気で申し訳ないと思った。


「だ、大丈夫かい?ボタンちゃん?」


「うん……いたく……ない。……がまん」


目に涙を浮かべながら、唇を噛んで、必死に痛みに耐える牡丹。致命傷ではないようで、ベイローレルは心からホッとした。


これを見て、少年勇者は愕然として叫んだ。


「なっ!なんで!なんであなたが魔王を助けるんですか!!おかしいじゃないですか!こっちの国で勇者と呼ばれてるんですよね!」


「キミは知らないのだろう。魔王は、本当は人間なんだぞ」


「何を言ってるんですか!魔王は魔王でしょ!?」


「この子が本当は魔王じゃないってことは、おそらく異世界から来たキミの方が理解しやすいと思うんだがな」


「ああ、もう!なんなんですか!さっさとこんなゲームはクリアして、家に帰らなきゃいけないのに!なんでNPCのあなたが、こんな邪魔をするんです!さっさと終わらせてくださいよ!!」


ベイローレルの冷静な言葉に耳を傾けず、次第にイライラしはじめる柳太郎。


彼は、この世界をゲームの世界だと誤認していた。勉強が好きな彼は、小学生とは思えないほど頭脳を優秀に鍛えてきたのだが、人生経験が浅いため、異世界の現実を正しく認識することができなかったのだ。


「だったら、いいですよ!!もう一度、殺してあげます!!心臓だけじゃなくて、生き返らなくなるまで、全身を斬り刻めば、死にますよね!!」


奇しくも共闘することになった幼女魔王と王国の勇者に向け、目を燃え上がらせる帝国の勇者は本気で突撃しようと身構えた。ベイローレルを守るべく、牡丹も本気を出す。


凄まじい殺気のぶつかり合いが、周囲の空気すら震わせた。


「ちょっ、ちょっと待て!リュウタ!こんなところで勇者と魔王が本気を出したら、街はどうなるんだ!!!」


ここに来て、あまりにも異常な事態であることに気づいたオスマンサスは、動揺して叫んだ。しかし、柳太郎の耳には入らない。


勇者と魔王のタッグ。そこに飛び込む異世界からの勇者。

両者が最大限の攻撃でぶつかり合おうとする瞬間だった。


ピッシャァァァァッ!!!!


彼らの中間に突如として、雷が落ちたのだ。



――そして、それを行ったのは、僕、白金蓮だった。


ルプスの背中に乗り、急いで牡丹を追いかけてきたのだが、既に戦いは始まっており、今にも街を巻き込んだ全面戦争の様相を呈していた。


驚いた少年は、ぼくの方に振り返る。


先程から聞こえてきた声から察するに、彼は異世界から召喚された勇者であるようだ。まさか1日で2人も遭遇するとは考えもしなかった。


「まぁ、あのお方はぁ!」


「『プラチナ商会』の代表だと?」


しかも、店舗で挨拶されたオスマンサスとホーリーもいる。彼らも関係者であるようだ。


僕はまず、少年に向かって叫んだ。


「君は日本人だろう!僕もそうだ!そして、この子もそうなんだ!」


「えっ!?」


攻撃態勢を解いた少年の横を素通りし、ルプスはすぐに僕を牡丹とベイローレルのそばに運んでくれた。降り立った僕にベイローレルが説明する。


「レンさん、彼は帝国から来た勇者で、リュウタロウと名乗りました。デルフィニウムを『重圧の魔王』と呼称し、ボタンちゃんを討伐するつもりなんです」


「なんだって?」


僕の反応に呼応するように少年が自己紹介した。


「そうです。ぼくは柳太郎と言います。オジサンは誰ですか?確かに日本人みたいですが、めちゃくちゃ弱そうですね」


ほっとけ!あと、オジサンとか言うな!


と思うが、子ども相手に大人げない態度を取るのもどうか。こちらは大人の対応をした。


「僕は白金蓮。訳あって弱いまま召喚された日本人だ。いいか、よく聞いてくれ。この世界では、勇者は地球から召喚された者だが、魔王もまた地球から召喚された人間なんだ」


「えっ…………」


僕の説明に柳太郎少年は目を丸くした。

牡丹と僕の顔を交互に見ながら、非常に動揺している。

彼は震える声で言った。


「……嘘ですよね?だって魔王を倒さないと帰れないんですよ?ぼくはどうしたらいいんですか?」


「それを今、僕も研究している。よかったら協力しないか?」


「研究って、どれくらい掛かるんです?すぐに帰れますか?」


「まだわからない。だけど、殺し合いをするより、ずっと安全だろ?」


「……イヤですよ。ぼくは今すぐにでも帰りたいんです」


「気持ちはわかるが、魔王だって同じ人間なんだ」


「それもおかしいですよ!だったら誰が魔王を呼び出したんですか!」


次第に癇癪を起すように柳太郎は声を荒げた。


我慢に我慢を重ねて旅をし、ようやくゴールに辿り着いたと思ったところで、予想外の真実を突き付けられたのだ。小学生の精神で受け止めきれる現実ではないのかもしれない。


可哀想だとは思うが、説得を試みる以外に道はない。


「それについても一緒に調べている。魔王召喚の秘密を暴き出し、この子も一緒に地球へ連れ帰るつもりなんだ」


「そんなの待っていられませんよ!こんなバカバカしいゲームの世界で、どうしてぼくが我慢しなきゃいけないんですか!!」


「ゲーム……だって?」


彼の言葉を聞いて、僕は嫌な想像をした。先程からずっと気になっていたことでもある。少し厳しい目つきになり、僕は彼に近づいて行った。


「もしかして、君はこの世界をゲームの世界だと思っているのか?」


「そうでしょ!こんなバカげた世界。ゲームで作られたのとそっくりじゃないですか!」


「まさかと思っていたが、ベイローレルの心臓を剣で貫いたのは君か?」


「だったら何なんですか!NPCの分際で魔王討伐を邪魔してくるんです!魔族でもないのに!意味わかんないですよ!」


「ふざけてんじゃないぞっ!!!!」


僕は、思わず本気で怒鳴ってしまった。

本当に今の今まで出したこともないような声で。


ビクッと震えた柳太郎に僕は迫った。


「これがバーチャルだと本気で思っているのか!!後ろにいるオスマンサスさんとホーリーさんもNPCだと思ってるのか!!!一緒に旅をしてきたんじゃないのか!!!生きた人間だとは思わなかったのか!!!」


言葉も出ずに少年は脅えた目で僕を見た。

そこに僕は最後の一言をぶつけた。


「君は、人を一人、殺すところだったんだぞ!!!」


思えば、他人様の子どもをここまで本気で叱りつけたことはない。だが、どうしても言葉を止めることができなかった。同じ日本人同士、間違った考えで間違った行動を起こす子どもがいれば、誰かが明確に言ってあげなければなるまい。


僕から雷を落とされるように叱責された柳太郎は、涙目でヨロヨロと後ろに下がった。しばらくの間、下を向いて体を震わせている。


今まで彼を最強の敵と見なして対峙していたベイローレルは、その少年を言葉と声のみで委縮させた僕の姿に唖然としていた。


子どもなりに反省してくれれば、それでよいと僕は念願し、柳太郎少年を見守る。ところが、硬直していた彼は、いきなり涙声で憤激した。


「……な、なんでそんなに怒るんですか!!」


なんと逆ギレされてしまった。

まったく。あまり言いたくない言葉だが、最近の子どもはどうなっているんだ。


彼から発せられる凄まじい気迫に、今度は僕が圧倒され、後ろに下がった。少年勇者は、僕に向かって、号泣しながら絶叫した。


「どうして頑張って努力してきたのに、怒られなきゃいけないんですか!!!もうこんな世界、イヤなんです!!勝手に呼び出されて、見ず知らずの人たちに囲まれて!!ネットもテレビも学校も無くて!!!元の世界に帰りたかったら、魔王を倒せって!!なんでこんなワケのわからないゲームに強制参加させられなきゃいけないんですかっ!!!!ぼくが何をしたっていうんですかっ!!!!」


後で聞いたところによると、彼はこの世界に召喚されてから1年以上が経過していた。牡丹が召喚された時期と非常に近い。それだけの間、小学3年生が魔王を倒そうと必死に努力してきたのである。


子どもの頃の1年は、それはそれは長く感じたことを僕も覚えている。彼の1年間もまた、大人の体感する1年とは大きく異なっていたに違いない。


その間、真面目に魔王討伐だけを目的として取り込んできた彼である。それだけに、今まで抑え込んできたフラストレーションが、ここでいっきに爆発してしまったのだ。


「レンさん!彼は”くうかん”というものを斬るそうです!ボタンちゃんの魔法も彼には効きません!!」


再び本気を出そうとしている少年勇者を警戒し、ベイローレルが僕にアドバイスをくれた。


空間を斬る。


まさかウチの嫁さんのような『次元斬』ではないだろうが、合点はいく。”一般相対性理論”に基づけば、重力は、物体の質量によって空間に生じる”歪み”であるとされている。


その”歪み”をコントロールするのが牡丹の重力魔法の本質なのではないか。ということを僕も以前から考察していた。


空間を切り込みを与えることで、空間と空間に隙間を作り、空間の”歪み”を通過しないようにする。そうすれば牡丹の魔法は届かない。なるほど。原理としては理に適っている。


「さらには、瞬間的に物の位置や方向を入れ替えるんです!!」


これまたベイローレルの追加説明で納得した。切り込みを入れた空間を入れ替えたり、方向転換させたりできるのだろう。


それにしても、これが異世界から召喚された、ちゃんとした『勇者』の能力なのか。チートにも程がある。


僕の『宝珠システム』でレーダー検索による自動迎撃態勢を整えているが、どこまで通用するのか計り知れない。


「うあああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」


涙を流しながら、ほとんど癇癪と言ってよい怒りの感情をぶちまけ、柳太郎が全身全霊の攻撃を繰り出そうとする。既に彼は空間の切り込みをこの場に数多く作り上げており、それを使って最大奥義を放つことができるのだ。


「もう何もかも、どうだっていい!!全部斬ってやる!!!この場にある全てを一瞬で斬ってやる!!!」


血走った眼で吠える柳太郎。

僕と牡丹、そして、ベイローレルは悲壮感を抱きつつ、身構えた。


しかし、その瞬間である。

全ては終わったのだ。



ゴチンッ!!!



柳太郎は、突如として脳天に襲い来た衝撃により、舌を噛んでしまった。


「…………っ!!」


彼に炸裂したゲンコツは頭を腫れ上がらせ、コブが出来る。


今までも泣いていたが、これまでとは全く異なる、痛みと悲しみの涙を流し、少年は恐る恐る、無言で頭を押さえながら後ろを向いた。


「コラ!!人の娘に何してんの!!!」


彼の背後には、立腹したウチの嫁さんが立っていた。

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