第195話 宿敵

「あれ!?こ、これって、もしかして撫子ちゃんのじゃない?」


ベイローレルを手助けした人物が嫁さんではないことが判明し、再度、魔族事件の現場が気になって僕は戻ろうと考えた。


ところが、嫁さんは、我が商会の店舗で何かが落ちているのを拾い上げたのだ。しかも、かなり仰天した声を上げている。


なんと、それはスマホだった。

僕が作ったまがい物ではない、現代日本でよく見知った本物である。


「えっ!もしかして召喚された時に持ってたのか?こっちの世界でお目にかかれるとは思ってもみなかったな!ここでは充電もできないだろうから、使えないはずだけど」


「うん。何の反応もないよ。でも、きっと大事な物だよね?」


「たぶん」


「じゃ、私、ちょっと追いかけて渡してくるよ。今なら気配を辿れそうだし、今日はカロリーいっぱい取っちゃったから、ひとっ走り行ってくる」


「そうだね。お願い」


「りょ!」


嫁さんは、第二王子と取り巻きの女学生が乗った馬車を追いかけて行った。


僕は店長のイベリス、シャクヤ、ラクティフローラにもう一度出掛けてくる旨を伝え、魔族とベイローレルが戦った現場に向かった。牡丹は僕から離れなかったので、彼女も連れて行くことにした。


現場に近づくとルプスがやって来た。牡丹が彼の頭を撫でてあげる。


「ルプス、いいこ、いいこ」


「ご苦労だったな。遺体のニオイは覚えたか?」


「ガウア!(はい!)」


「既に死んでいる人や魔族でも、お前の【餓狼追尾ハングリー・チェイサー】は過去24時間を追跡できるんだよな?」


「バウアウア!(大丈夫です!)」


「素晴らしい能力だ。しばらく僕に付いて来い」


「ガウア!(はい!)」


最強の番犬と幼女魔王を連れ、僕は現場に到着した。


周辺情報を広範囲で検索してみたが、高レベルの存在は発見できない。ベイローレルを手助けした人物も既にいないようだ。


騎士に尋ねてみると、ベイローレルは既に帰宅したという。彼に持たせた携帯端末宝珠を検索すると、少し離れた屋敷にいた。彼の自宅の位置は知っているが、そことは別の場所だ。


「あいつ……どこに立ち寄ってるんだ?電話してもいいけど、とりあえずメッセージを送るか……」


彼と話をしたかったので連絡しようとした。

その矢先だった。


「えっ!なに!?だれ!?」


いきなり牡丹が叫び声を上げたのだ。

彼女のこのような反応は珍しいため、僕も驚いた。


「どうした?牡丹?」


「だめ!ベイベイ!あぶない!」


「えっ!?」


さらに牡丹は予想外の行動に出た。

彼女は急に走り出し、大通りに面した建物をジャンプして飛び越えて行ったのだ。


尋常でない速度でもあり、非常識な光景でもあるため、誰かに認知されて騒ぎになることはなかった。幾人かの目撃者が、目の錯覚と思い込んだくらいだ。


これに慌てた僕は、すぐにルプスに向かって叫んだ。


「ルプス!!牡丹を追いかけ――」


ところが、さらなるイレギュラーによって言葉が中断される。


ピーーッ!!

 ピーーーーッ!!!


僕の『宝珠システム』が緊急アラームを鳴らしたのだ。


周囲の人々がギョッとする。僕は慌ててアラームを止め、通知内容を確認した。


なんとベイローレルの生命反応が途絶えようとしているのだ。


「なんだって!!!あいつがやられただと!?」


僕は、仲間たちに渡している携帯端末宝珠に、一つの機能を付与している。それは、所持者に対して常にヘルスチェックを行う機能だ。もしも、その身の危険が感知された場合、直ちに僕に知らせが届くようにしておいたのだ。


なんと仲間想いの僕であろうか。

誰も褒めてくれないので、自分で褒めてみた。


この機能が、まさかベイローレルのために最初に役立つとは想像していなかったが。


僕はすぐにヘルスチェックの詳細内容を確認する。

なんということだろうか。

彼は心臓を一突きにされ、命を落とそうとしていた。


だが、今の僕には、これくらいのことで狼狽える必要のないほどの技術がある。直ちに遠隔で【世界樹の葉ユグドラシル・リーフ】を発動した。


そして、システムに命令を与えながら、大通りの脇にある小道に入り、ルプスに命じる。


「僕を乗せて牡丹を追いかけるんだ!」


「ガルルア!!(了解しました!!)」


彼は狼の姿のまま僕を背中に乗せ、高々と跳躍して建物の屋根に乗った。さらに僕は嫁さんに連絡を取る。既に異変を感知していた嫁さんはワンコールで電話に出た。


「百合ちゃん!牡丹が!」


「うん!気配をいきなり解放したからビックリしたよ!すぐに行くね!」




――さて、突如として単独行動を開始した牡丹の移動先。それはベイローレルと戦っていた少年勇者、柳太郎のもとであった。


彼は、ベイローレルを瞬殺した後、そのまま立ち去ろうとしたのだが、オスマンサスとホーリーに呼び止められて、叱責を受けていた。


「なにも殺すことないだろうがっ!!リュウタ!」


「そ、そうでぇ、ございますよぉ!ぼっちゃん!」


「オ、オスマンさんだって、決闘で本気の殺し合いしてたじゃないですか!」


「その決着が既についてるんだ!ここでお前が殺したら、俺の面目丸つぶれじゃねぇか!!」


「そんな問題ではぁ!ありません!!勇者様がぁ、人を殺すなんてぇ、見損ないましたわぁ!」


二人とも血相を変えているので、柳太郎は口答えしながらも内心では反省している。ところが、ここで彼は急に愕然として振り返った。


「なっ!!なんですか!これは!!!何かが近づいてくる!!」


「は?どうしたんだリュウタ?」


何も感じないオスマンサスは呆気に取られている。ホーリーも不思議そうな目で少年勇者を見た。その彼は、ずっと一方向を見続けたまま叫んだ。


「お二人は、わからないんですか!?あっちから!何かが来るんです!ぼくには、よくわかるんです!!!」


いつになく狼狽する彼の様子にオスマンサスとホーリーも身構える。しかし、そんな彼らは、警戒する方角とは別の場所で信じられない現象が起こるのを目の当たりにした。


遺体となったはずのベイローレルの肉体が、不思議な色で光り輝いたのだ。


「えっ!な、何事ですか?」


ベイローレルの肉体は、【世界樹の葉ユグドラシル・リーフ】によって、急速に修繕されている。心臓の鼓動を失った身体のために人工血液ポンプが血流を作り、肉体が壊死することを防いでいる。その間に心臓そのものが修復される。


最後の心臓マッサージによって、彼は心拍を取り戻した。


「がっ!……はっ!」


呼吸まで再開し、息を吹き返したベイローレルを見て、3人は天地がひっくり返るほど驚愕した。いや、戦慄した。


「いっ!生き返っただとぉ!!!」


「なんですか、これは!?魔法ですか?魔族の仕業ですか!?」


「き、斬られた心臓をぉ、治せる魔法などぉ、あるわけがぁ、ございません!」


「…………やれやれ……レンさん……まさか本当に命まで助けられてしまうとは……これでは、もうあの人に頭が上がらないじゃないか。ちくしょうっ」


起き上がったベイローレルは、なぜだか悔しそうに立ち上がる。これを見た柳太郎は、一つの結論を導き出し、吠えるように告げた。


「死んだ人が生き返るなんて!!あ、あなたも魔族だったんですね!?1日に2度もこんなことに遭遇するなんて!どうなってるんですか!この街は!!」


「……勘違いするな。ボクは人間だ。気配でわかるだろう」


「え?……違うんですか?人間のまま?生き返ったんですか?」


「違う。死ぬ前に治療してもらったんだ。本当に悔しいけど……」


「なんなんですか!あなたは!!この世界には蘇生魔法は無いって聞いてるのにっ!!」


力の上では圧倒的な柳太郎であるが、あまりに常識外れの現象だったため、今はベイローレルに畏怖している。彼に近づこうとする者は、3人の中には誰もいない。


そして、ここでさらなる驚愕の事実が柳太郎の身に迫った。


彼が警戒していた気配。つまり白金牡丹が上空から舞い降りてきたのだ。


「えっ!ボタンちゃん!?」


音も無く華麗に降り立った牡丹を見て、慌てるベイローレル。彼女と柳太郎を出会わせたくなくて、彼は戦っていたのだ。それなのに、彼女の方から来てしまった。これでは、デルフィニウムの存在を隠し通すことは不可能に近い。


「ベイベイ!いじめる!だめ!!」


「………………」


叫ぶ牡丹に対し、柳太郎は目を丸くして身構えた。


『重圧の魔王』デルフィニウムこと白金牡丹。そして、彼女を討伐するために召喚された勇者、柳太郎。この二人は、互いに引かれ合う運命にあり、互いにその存在を感じ取ることができるのだ。


柳太郎がベイローレルを倒すため、一瞬だけ本気を出した気配。その刹那の存在感を牡丹は鋭く感知した。白金百合華でさえ、感知しなかった気配をだ。


それは、宿敵であることを運命づけられた者同士のみが持つ、特別な感応力だった。


牡丹は柳太郎の気配を感じ取ったことで、すぐ近くにいるベイローレルの危機も同時に感知できた。そして、急いでここまでやって来たのだ。彼女は、母親と一緒にデートし、楽しい思い出を作れたことで、彼のことをとても気に入っていたのである。


そんな牡丹と対峙した柳太郎は、これまでにない真剣な眼差しで、彼女を睨みつけた。


「ぼくには、わかります。あなたが『重圧の魔王』デルフィニウムですね。あなたを倒せば、ぼくは元の世界に帰れるんだ」


「わたし、ぼたん!おまえ、だれ!!」


「え……ぼたん?あなたはデルフィニウムでしょ?」


「うん!わたし、まおう!でるふ……でるふ……ぅいにんむっ!!」


柳太郎に促され、牡丹は魔王としての自己紹介までした。しかし、今でもやはりデルフィニウムを発音することができなかった。頑張ったが噛んでしまった。


そのあまりの微笑ましさに、ほんの一瞬、本当にわずかな一瞬だが、場がほっこりした。


しかし、柳太郎はすぐに真面目な顔つきに戻った。


「やっぱりそうなんですね。ぼくは勇者、柳太郎。ここより北にある帝国からやって来た、あなたを倒すための勇者です」


「……ゆうしゃ?……ゆうしゃは、ママ」


「…………え?」


「ゆうしゃは、ママ。しらないの?」


牡丹にとっては、『勇者』とは母である百合華を意味している。ゆえに二人の会話は噛み合わず、両者とも首を傾げてしまった。


念願の魔王と対峙し、緊迫した場面であるにも関わらず、不思議そうな表情でホーリーの顔を見る柳太郎。助けを求められたホーリーも困惑してしまった。


「よっ!よくぅ、わかりませんわぁ。魔王の母親がぁ、勇者様であるなどぉ……」


彼女の動揺を見て、考えても仕方がないと判断した柳太郎は、剣を牡丹に向け、臨戦態勢を取った。


「と!とにかく!魔王デルフィニウム!!思ってたより、かわいくてビックリしたけど、お前は悪い魔王なんだ!今、ここで仕留めてやる!!」


「おまえ、きらい!!」


叫ぶと同時に牡丹は本気を出した。帽子を外し、隠していた小さな角を頭からニョキっと出す。これまで抑えていたレベル53の気配が解放された。


まるでこの場の空気全体が重くなったように感じられる。今まで茫然としていたオスマンサスは、これを体感して叫び声を上げた。


「なんてこった!!この鬼気迫る気配!見た目で疑っちまったが、本当の本当に魔王じゃねぇか!!!」


そして、次の瞬間には、オスマンサスとホーリーは急に体が重くなり、地面に倒れ伏した。


「ぐっあああぁぁぁぁぁっっ!!!なんだっ!こっ、これはぁぁぁっ!?」


「あっふぅぅぅぅん!!!」


なぜかホーリーについては声が色っぽい。3倍の重力で押し潰された二人は、身動きすらできずにもがいた。しかし、柳太郎は一人、平然と立っていた。


(あの少年!ボタンちゃんの【わがまま重力セルフィッシュ・グラビティ】が効かないのか!?)


牡丹だけでなく、後ろで見守っているベイローレルも驚く。

超重力攻撃を防いだ柳太郎は、牡丹を睨んだまま微笑した。


「やっぱりそうだ。デルフィニウムの前では、なぜか体が重くなる。帝国で捕まえた魔族から聞いていたんです。こっちにはホーリーさんがいますからね。尋問が楽なんですよ」


(知っていたからと言って、対処できる能力ではないだろう!)


勝ち誇る少年にベイローレルは無言でツッコむ。柳太郎は、剣を振り上げながら解説した。


「昔、アインシュタインという人が”相対性理論”というとても有名な理論を発表しました。僕もまだ原理は理解できないんですけど、その人によると、”重力”とは空間の”歪み”らしんです。だから、あらかじめ考えていました。もしも重力を操る能力を使われたら、目の前の空間を斬って隙間を作れば、届かないんじゃないか、と」


言いながら、彼は剣を大きく振るい、自分の目の前をゴルフスイングのように下から横へ振り払った。すると、うつ伏せていたオスマンサスとホーリーの体が軽くなり、ゆっくりと起き上がった。


「今、周りの空間を斬って、僕の後ろに空間の歪みが届かないようにしました。お二人とも下がっててください」


柳太郎に促され、二人の従者は後方に下がった。ベイローレルはその様子を見て愕然としている。


(なんだ!?この少年は何を言ってるんだ!?まるでレンさんを相手にしているみたいだ!!)


そんな彼よりも前に牡丹は立った。


「ベイベイ!わたしが、まもる!」


重力操作という万能の魔法を使う魔王と、空間を斬って超常現象を引き起こす無敵の勇者。両者が本気で睨み合った。

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