第185話 王立図書館

僕たち一行は、そろって王立図書館に入った。


以前の職場に何の断りも無く家出したシャクヤである。図書館は相当迷惑しているに違いない。一言詫びを入れて、正式に退職と転職をさせたいと僕は考えていた。


ところが、応接室に案内され、館長が入室すると、これまた予想外の展開になった。


「これはこれは!ピアニーお嬢様!ご無沙汰しております!無事に戻られたのですね」


意外にも館長の方がシャクヤに対して低姿勢であった。


聞いてみると、館長は貴族ではなかった。よくよく考えてみれば当然のことで、いくら王立の施設だと言っても、その管理を任されるのが貴族とは限らない。


館長は、下流貴族の家柄出身だが、三男であるため、その身分を継ぐ立場にない人物だった。王立図書館の館長という公務員的な立場を得ることで生活している平民であった。ゆえに上流貴族の令嬢であるシャクヤの方が身分が上だったのだ。


「館長殿、長らく留守にしてしまい、大変にご迷惑をお掛け致しました。本日は、ご挨拶にお伺いしたのでございます」


「そうでしたか。これはご丁寧に。……ところで、後ろにいらっしゃる、そっくりなお方は、もしや……」


「はい。わたくしのイトコで王女のラクティフローラ殿下でございます」


「やっ!やはり王女殿下でしたか!ご挨拶が遅れて申し訳ありません!」


普段、王女が宮殿から外出するのは精霊神殿くらいのもので、他の施設に出入りすることは、ほとんどない。そのため、急な訪問となった王女に館長は面食らいながら挨拶した。


「頭をお上げください。館長殿。本日は、ご紹介したい方々がいらっしゃるのです」


微笑するラクティフローラが僕と嫁さんを紹介してくれた。お陰で話がスムーズに運んだ。お互いに挨拶を済ませると、館長は言った。


「なるほど。噂の『プラチナ商会』代表殿でしたか。以前に店長のイベリス殿からはご挨拶をいただきました。ちょうど通りの真向かいですので、こちらこそ、よろしくお願い致します」


「いえ、こちらこそ、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします。どうにも人気が出過ぎたようで、来店客が押し寄せそうな勢いなのです」


「そうでしたか。商売が繁盛されるのなら何よりですな」


お互いに笑顔で話せたところで本題に入った。


「ところで、大変申し訳ないのですが、ピアニーさんのことでご相談がありまして」


そう切り出して、シャクヤの退職とプラチナ商会への転職の許可を求めた。


僕としては、かなり緊張しながらの要求だった。いきなり次の勤め先の代表がやってきて、お宅の従業員をウチにください、と言うのだ。ふざけんじゃねえ、と追い返されても不思議ではないだろう。


ところが、館長は表情も変えずにニコニコしながら答えた。


「そうでしたか。ピアニーお嬢様、これまで当館でお働きいただき、誠にありがとうございました」


「はい。今までお世話になりました」


シャクヤも平然と挨拶する。

これには僕の方が唖然とした。


「あ、あの……いいんですか?僕はとても失礼なお願いをしたと思うのですが」


「いえ、とんでもない。本来、ピアニーお嬢様は勤務する必要などない身分にも関わらず、図書館で働いてみたいと自らお越しいただきまして。最初はお断りしたのですが、どうしてもと懇願され、仕方なく司書として勤めていただいた次第なのです」


「「え……」」


館長からの説明に、僕と嫁さんは共に驚いてシャクヤを見た。


確かに言われてみればそのとおりだ。貴族令嬢たるシャクヤが、どうして王立図書館で働く必要があるのかと疑問には思っていたが、なんと本人のたっての希望だったのだ。


「わたくし、祖父がいなくなってからは、学ぶべき師を失ってしまいましたので、こちらで読書に励む傍ら、仕事にも携わってみたいと考えたのでございます」


シャクヤの言葉に嫁さんが感心して、ため息をついた。


「偉いわねぇーー。シャクヤちゃん。その歳で自分から働きたいなんて。しかも図書館で勉強とか。私、そんな女の子じゃなかったわよ」


「祖父から言われていたのです。”勤労”を知らない人間は、ろくな人間にならないと」


「おじいさんも本当に偉いわねぇーー」


彼女たちが話をしている間、館長は僕に説明を続けた。


「そういうことですので、ピアニーお嬢様の新しい門出を祝福させていただきます。クシャトリヤ家のご令嬢でありながら、当館では細かい作業もキッチリこなしていただき、本当に助かりました。このお方のような貴族令嬢は、そうはいらっしゃらないことでしょう」


これには僕も笑顔になった。


「ええ。本当にそのとおりだと思います」



その後、シャクヤからの願いを館長が聞き入れ、王立図書館の中を見学させてもらうことになった。夕暮れも近いので短時間の滞在となるが、種々様々な本が壁の本棚いっぱいに並んでいる光景には、僕もウキウキした。


そして、ここでも僕は『宝珠システム』を起動し、数十万冊あるという王国の知識の集合体を全てスキャンしてしまった。


「まっ!……まさか、お兄様!ここでも”すきゃん”されてしまったのですか!?この膨大な書物を全部!!」


「しっ」


横にいるラクティフローラが愕然としている。すぐ後ろには案内役を引き受けてくれた館長がいるので、僕は人差し指を口に当てて、彼女に静かにするよう促した。


これにより、僕は王国が所有する知識のほとんどを手に入れたことになる。僕の『宝珠システム』のデータベースは、一大百科事典となったのだ。


「これで、いつでもどこでも情報を引き出せる。なんだか楽しくなってきたな」


「蓮くん、それ、”何ペディア”よ」


嫁さんも横で苦笑していた。



とはいえ、黙って情報の全てをコピーさせてもらったのだから、王立図書館にも悪い気がする。僕は、帰る前に館長に一つの宝珠をプレゼントした。


「これは、【解析サーチ】の宝珠の自動筆記だけを拡張し、応用した魔法の宝珠です。”複写宝珠”と名付けました。このように、紙に書いてある文字をペンが自動的になぞり、別の紙に写し取ってくれるのです。僕たちの国では”コピー”と呼んでいます」


そう説明したとおり、コピー機の役割を持つ宝珠だった。正直言って、自動筆記の仕組みを持った魔法が存在するのだから、この世界の人たちでも、ちょっと工夫すれば、これくらい開発できたのではないかと不思議に思う。


案の定、館長はこの魔法に度肝を抜かれて喜んでいた。



挨拶を済ませた僕たちは、王女の馬車に乗って屋敷に戻った。

その帰り道、嫁さんが楽しそうに言った。


「今日はシャクヤちゃんのことも、いっぱい知れて良かったね」


「そうだね。シャクヤが貴族のご令嬢だってことを改めて認識したよ。……ところで、前々から思ってたんだけど、シャクヤの言葉遣いが丁寧すぎるのも、やっぱり”大賢者”さんの影響なのかな?」


僕の問いかけにシャクヤは嬉しそうに答えた。


「はい。かつて勇者様と旅をした祖父は、その偉大なるお考えにいたく感銘したそうでございます。特に、全ての人は本来、平等なのだという思想は、今のわたくしどもの社会には存在しない考え方でございました。祖父は、貴族の身分を得た後も、その思想を大事にし、わたくしにはよく語って聞かせてくれました」


「へぇーー、50年前の勇者は立派なヤツだったんだね」


「うふふ、歴代の勇者様は、いずれも偉大なお方でございますわ。もちろんレン様とユリカお姉様は、その中でも最上位であると確信致しますが」


「あはは……ありがとう」


そんな話をしているうちに、ふと疑問を浮かんだ。


「あれ、そういえば、シャクヤのお父さんは意外と若かったね。40歳くらいに見えたけど、50年前に活躍した”大賢者”さんは、その後10年くらい子どもが出来なかったのかな?こっちの世界だと遅めな感じだね」


この質問にシャクヤとラクティフローラが共にクスッと笑った。


「実は、それには深いワケがございまして、祖母のことが好きだった祖父は、振り向いてもらうまで10年近くを要したそうなのでございます」


「えっ!10年……」


10年も片想いを続け、ようやく振り向いてもらったという事実には、草食系の僕としては尊敬せざるを得ない。普通は途中で諦めるものだろう。というか、僕の場合、一度断られた相手に再アタックする勇気を持てる気がしない。


「50年前、勇者様の旅路に同行した祖父と祖母ですが、女性剣士だった祖母は当時、勇者様とお付き合いをされておりまして、勇者様が元の世界に戻られたらしいとわかった後も、その想いを捨てきれずに待ち続けていたそうなのです。祖母のことをずっと好きだった祖父は、それから振り向いてもらうまでに何度もアタックしたと聞き及んでおります」


「「へぇーー」」


僕と嫁さんは興味深くシャクヤの話を聞いた。


勇者と女剣士の恋愛。なんだか異世界ファンタジーによくありそうな展開だ。50年前に召喚された勇者もそんな普通の旅をして元の世界に帰ったのだろうか。だとすれば、僕とは違って、ずいぶんと平穏な旅だったように思う。非常に羨ましい。


ところが、これにラクティフローラがダメ出しをした。


「違う違う。ピアニー。やっぱりあなたも勘違いしてるわね」


「え?どういうことですか?ラクティフローラ」


「今は亡きお婆様は、勇者様とお付き合いしていたわけじゃないの。片想いだったのよ。お爺様がおっしゃってたわ。”あいつは勝手な思い込みで自分が勇者様の恋人なのだと信じ切っていた。だから、本当に苦労した”って」


「えぇっ!!で、ですが、お婆様からは……」


「だから、お婆様が語っていたのは、本人の思い込みなの。王家の遠戚で騎士の家系に生まれたものだから、世間知らずで天然だったって、お爺様がよく苦労話を聞かせてくれたじゃない」


「そんな!!」


「まったく!挙句の果ては、お婆様の冒険者名、”シャクヤ”まで名乗っちゃって!あなたとお婆様は本当にそっくりだわ!」


なんだか二人の話を聞いていて、様々な事柄が一つに結び付いた気がした。僕と嫁さんは互いに苦笑しながら見つめ合った。そして、小声で囁き合った。


「蓮くん、この二人のルーツがやっとわかったね」


「うん……思い込みの激しいところとか、それで突っ走っちゃうところとか、完全に、おばあさんゆずりだったんだな……」


「で、魔法の才能は、おじいさんから受け継いでいるんだ……」


「なんて、そっくりなイトコなんだ……」




「パパ!ママ!」


王女の屋敷に帰ると、牡丹が僕たちのことを待ちわびていた。夕食の準備ができるまで、僕たちのために用意されている、元王妃の部屋で休憩することにした。


そこで、『勇者召喚の儀』について、今日一日でわかったことを嫁さんとまとめあった。


「結局のところ、私が『破滅の魔神王』ってヤツをやっつけるしかないってことになるよね?」


「うん。だけど、そいつも魔王として召喚された地球人であるはずだ。同じ人間同士で殺し合いをしなければならないなんて辛すぎるし、百合ちゃんにそんなことをさせたくないよ」


「もしかすると、”大賢者”さんが『勇者召喚の儀』を禁止にしようとしたのも、そのせいかもね」


「そうだね。その可能性は十分あると思う。やっぱり術式そのものを解析して、元の世界に戻る方法を探すのが一番いい気がする」


「わかった。そこは蓮くんに頑張ってもらうしかないね」


「あとは、こっちの世界の人たちが知らず、僕たちの側からしかわからないことがある。この世界は、僕たちがやっていたゲーム『ワイルド・ヘヴン』と酷似している点が多い」


「そうだったね。魔法も似てるのがあるし、なんとなく世界の雰囲気も似てるとこがあるよ」


「主人公の設定年齢が17歳ってこととかね」


「てことは、ゲームの中の強さを元にして、私たちが呼び出されたってことでいいのかな?」


「だね。百合ちゃんはレベル150でカンストしてたし」


「もしも他に召喚されている人がいたら、同じことを聞けるのにねぇーー」


「ははは。牡丹に聞いてもわからないだろうしな……」


ここまで話し、他に召喚者がいた場合のことが言及されると、僕は2点ほど思いついた。


「……待てよ。牡丹が『破滅の魔神王』でないのなら、この子は別の魔王だ。だとすれば、この子を倒すために召喚された勇者がいてもおかしくないよね?」


「あっ、そういえば、そだね」


「その場合、こことは別の地で、『勇者召喚の儀』が行われている可能性が考えられる」


「そうだよ。そのとおりだよ」


「ということは、僕たちが二人同時に召喚されたことも説明がつきそうだ」


「……え、どんな?」


「『破滅の魔神王』を倒すための『勇者召喚の儀』が、あの日、別の場所でも同時に行われた。その結果、『勇者召喚の儀』も魔法である以上、連携魔法になった可能性がある。それが原因となって、様々なイレギュラーを起こしたのだとすれば……」


「そっか!それで私たちは、あの高い山の中に出現して、しかも二人同時だったんだ!」


ベッドの上で互いに座りながら話していた僕たちだったが、ここで興奮した嫁さんが立ち上がった。


「すごいね、蓮くん!やっぱり頭いい!なんだか、ちょっと見えてきたよ!」


「あくまで可能性の一つだよ。あとでラクティとシャクヤにも、この見解を聞いてもらおう」


僕は冷静に分析しながら語っているのだが、嫁さんは妙なテンションで顔を近づけてきた。


「でもさ!てことは、やっぱり私たちって、二人で一人の勇者なんじゃない?」


「え?」


「蓮くんも言ってくれたじゃん。ガヤ村で。私たちは”一心同体”だって」


「な、なんでそれを今言うんだよ。恥ずかしい……」


「だって、そうでしょ!私は『ワイルド・ヘヴン』で蓮くんのキャラと2アカプレイしてたんだよ。蓮くんのモノは全部、私のモノ。私のモノは全部、私のモノだったんだから」


「どこのジャイアンかな……」


「だから、蓮くんが本来持つはずだった”勇者”の強さを私がもらっちゃったんだよ!それで、わたしだけが異常に強い”勇者”になっちゃった。そういうことじゃない?」


彼女の熱心な解説を聞いて、僕は目から鱗が落ちた気分になった。思わず感嘆のため息を漏らす。


「……なるほど。めちゃくちゃ一理あるね」


「でしょぉ?」


「……え、てことは何だ?百合ちゃんが『ワイルド・ヘヴン』でやってたみたいに、僕は君に全てを奪われて絞りカス状態で召喚されたのか?」


「ぷっ……だったらごめんね」


「笑いながら言ってんじゃないよ、こらぁ!!」


なんと嫁さんと相談しているうちに非常に有力な仮説が生まれた。それは僕にとって、あまりにも悲しすぎる仮説だった。


この説に基づいて調査をするなら、まずは他の土地でも『勇者召喚の儀』が行われた可能性を調べる必要があるだろう。


一つの光明が見えたところで、夕食の時間となり、皆で食事を取った。



食後にラクティフローラと語り合いたいと思っていたところ、夜遅くに来客があった。一人の文官が訪問したのだ。それは、ラクティフローラが語ってくれていた”紋章官”という役職の人だった。

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