第184話 クシャトリヤ家
僕たちは神官長に挨拶し、精霊神殿を出た。
王女の侍女2名が馬車を待機させて待ってくれている。馬車に乗る前に、僕はもう一度、神殿を振り返り、最上階に目を向けた。
もしも『勇者召喚の儀』が何のイレギュラーもなく完了していた場合、本来であれば、僕たちの旅のスタート地点は、ここだったはずなのだ。
そう考えると、不思議な感覚になる。
「厄介な問題だな……勇者召喚の術式の解析と、僕たちの召喚時に起こった、いくつかのイレギュラー。これらの謎を全て解明しない限り、僕たちが安全に地球に帰る方法は見つからないわけだ」
独り呟きながら、僕は馬車に乗った。
「なんだか、わかったような、わからないような話だったね」
嫁さんが馬車の中で感想を述べた。
確かにそのとおりだ。僕も相槌を打つ。
「結局、なぜ僕たちは二人一緒に召喚されたのか。なぜこの地に召喚されなかったのか。そうしたイレギュラーの部分については全てが不明だった」
「そだね」
「でも、実際に使われた召喚術式を記録できたのが最大の収穫だ。これによって、時間さえ掛ければ、術式の内容そのものを完全解析することが可能になるんだから」
「そっか。じゃあ、あとは蓮くんに頑張ってもらえばいいんだね」
「先は長そうだけどね……」
この帰り道、僕たち一行は、『プラチナ商会マガダ支店』の店舗にも立ち寄った。魔法の宝珠が精霊神殿の認可を得たことを報告し、その許可証を置くためである。また、是非とも店舗を見てみたいというラクティフローラの要望に応える意味もあった。
ところが、まだオープン前だというのに店舗の前は人だかりが出来ていた。
「参ったな……これでは正面から入れない。裏の方から入ろう」
王女の侍女たちは馬車に残し、僕たちは裏口から店舗に入った。僕が連れている女性3人は、いずれも素早い動きを可能とする猛者なので、まったく問題なかった。
「あ、旦那!すみません!とんでもない人気で、まだ開店してもいないのに人が押し寄せて来てまして」
迎えてくれた店長のイベリスが困った顔をしている。僕は、魔法の認可の話をした後、彼に確認を取った。
「これで、明日からでも店を開けることができる。準備はどうだ?」
「大丈夫です。なんなら、今からでも行けるくらいですぜ!」
「それはやめた方がいいだろうな。今、開店したら、知らなかった人たちが不公平になる。僕から皆さんに挨拶して今日はお帰り願おう」
僕は店舗の正面に出て、人だかりに向かって大声で告げた。
「皆様!大変にお待たせしております!本日、精霊神殿より魔法の宝珠が正式に認可されました!従いまして、明日の朝9時より開店させていただきます!どうか、本日のところは、お引き取りください!」
開店日時を明確にしたため、納得してくれた人々は安心して帰って行った。それにしても店が開いていないのに人が押し掛けるとは、人気が出過ぎるのも考えものだ。
ホッとした僕は店長に命じた。
「よし……イベリス、明日は、お客が大挙して押し寄せる可能性がある。混乱が起きないように改めて策を練ろう。まずは整理券を用意する。人員も増やす必要があるな」
「はい!」
指示を与えたところで、僕は背後に二人の人物が立っていることに気づいた。貴族と思わしき夫婦である。この二人だけは、まだ帰っていなかったのだ。
「あ、あの……本日は開店しませんので」
僕は振り返って、帰ってもらおうとした。ところが、目の前の紳士貴族は、丁重に挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります。レン・シロガネ殿ですね。私は、クシャトリヤ家の当主、『エゾギ』と申します。ピアニーの父でございます」
「「えっ!!!」」
嫁さんと一緒に僕は驚きの声を上げた。なんと、シャクヤの両親が自ら挨拶に来たのだ。よく見ると後ろに使用人らしき人も控えている。
僕と嫁さんは、同時にシャクヤの顔を見た。今になって気づいたが、彼女は、両親の姿を目撃した直後から青ざめていた。そして、彼女の代わりにラクティフローラが明るい声で応対した。
「伯父様、伯母様、ごきげんよう」
優雅に王女らしく挨拶するラクティフローラに、シャクヤの両親は慌てた。
「こ、これは王女殿下!こちらに足をお運びでしたか!」
「ええ。こちらにいらっしゃるレン様とユリカ様は、私にとって、とても大切な方々なのです。ピアニーもこの方たちのために奔走していたのですよ」
「そうでしたか!」
「ほら、ピアニー、何やってるの。お父様とお母様を前にして、ご挨拶もしないなんて、親不孝もいいところね」
王女に背中を押され、前に出てきたシャクヤは、非常に気まずそうな顔で両親に挨拶した。
「お、お父様、お母様……そ、その……申し訳ございません。ご迷惑とご心配を……お掛けしました」
「…………」
「ピアニー……」
エゾギと名乗ったシャクヤの父君は無言で娘を見つめ、母君はその名を口にしたまま固まった。どうやら様々な思いがそれぞれにあるようだ。
突然のことでこれまで硬直していた僕と嫁さんだったが、ここでハッとしてすぐに挨拶した。
「あの、すみません。クシャトリヤ家のご当主、私は蓮・白金です。こちらにいるのが妻の百合華です。長い間、お嬢さんをお預かりしておりました。誠に申し訳ありません」
自己紹介する間に嫁さんが僕の横に並んだので、二人で一緒におじぎをした。すると、シャクヤの両親はこれにも慌てた。
「いえ、おもてをお上げください。シロガネ当主。私は、御礼に参ったのです」
「「え?」」
予想外の言葉にキョトンとする僕たち夫婦。そこに王女が微笑しながらアドバイスをくれた。
「立ち話もいかがなものかと思いますので、どこかのお部屋をご用意いただけますか。お兄様?」
そのとおりだと思ったので、店舗の奥にある応接室にクシャトリヤ夫妻を通した。ラクティフローラを交えた上での親子の対面である。シャクヤの父君は、ソファに座ると、姿勢を正して僕に礼を述べた。
「あの祝賀会でのご立派なお振る舞い、感服しました。その若さで、よくぞ商会を立ち上げ、王室御用達にまで登りつめたものです。貴殿の前に我が娘が飛び出し、王子殿下に向かって無礼を働いた時には肝を冷やしましたが、その後のレン殿の処遇と行動には、驚かされました」
「ああ、いえ、その……」
「よもや家出をした娘が、あなたのような方のもとにいたとは。ずっと心配しておりましたが、本当に心から安堵しました。この愚かな娘を預かっていただき、感謝に堪えません」
過分な評価に僕も嫁さんも困惑した。
家を飛び出した自分の娘が、どこぞの馬の骨のもとで厄介になっていたのだ。僕も今は父親になっている身である。普通なら、心中穏やかではないだろうと推測するのだが、思いがけず、褒めちぎられてしまった。
「いえ、こちらこそ、娘さんには何度も助けていただきました。彼女がいなければ、僕たちの今の成功はありえません。素晴らしいご息女をお持ちですね」
僕はシャクヤを賛嘆することで返した。これは僕の本心でもあり、事実でもある。実際に彼女の手助けなしには成功しなかったし、彼女から魔法理論を学ばなければ、僕の宝珠システムは存在しなかったはずだ。
これにエゾギさんは表情を和らげた。
「国王陛下のご信頼厚いシロガネ殿からそのように言っていただき、恐縮の至りです。この娘は、我が父の能力を色濃く受け継いでおりまして、一家の中で最も魔法の才に長けておりました。ところが、我が母に似てしまったのか、それ以外は何から何まで、どこかヌケておりまして。そんな娘が急に一人で旅に出てしまったのです。今頃は、賊にでも襲われているのではないかと思うと、気が気ではありませんでした」
安心してこれまでの心労を語る父君。
僕と嫁さんは、これを聞いて苦笑いしそうになるのを必死に堪えた。まさにその現場に遭遇して嫁さんが助けたのが、彼女との始まりだったからだ。
そこからは、互いに打ち解けて、当たり障りない話を繰り返した。母君の名は『ネリネ』さんとのことだ。こちらのことは、かなり信用してもらえているようで、不信感のようなものは感じられない。
だが、シャクヤに目を向けると、彼女は困惑した様子で両親を見つめている。おそらく今後のことを心配しているのだろう。僕たちにとっても彼女の存在は必要不可欠だ。これからも仲間でいてほしいと思う。
そう考えているうち、エゾギさんの話が本題に入った。
「ということで、シロガネ殿、娘は家に戻らせようと思います。これまで大変にお世話になりました」
これに僕が答える暇も無く、シャクヤが立ち上がった。
「お父様!お母様!わたくし、家に帰る気はございません!お慕いするレン様に一生涯、付いて行く覚悟なのでございます!!」
いや、待ってくれ。言い方。
マジで言い方。
それでは、僕に嫁ぐみたいじゃないか。
「……本気なのか?」
思いの外、娘の言葉を真剣に受け止め、真顔で問い返すエゾギさん。
そして、答える娘。
「はい」
なんだか言葉を挟むのも躊躇するような厳粛な空気で、親子は見つめ合った。僕だけでなく、嫁さんまでもが緊張した顔つきで押し黙っている。そして、次に口を開いたのは、シャクヤの母君、ネリネさんだった。
「あなた、ピアニーがここまで言う殿方が今までいましたかしら?この子は、一度言い出したら聞かない子。言うとおりにさせてあげたら、いかがでしょう?この子も立派な大人なのです。女の一人旅なら反対しましたが、シロガネ様のもとでなら、安心ではありませんか?」
この助言にエゾギさんは納得した様子を見せ、真面目な表情で僕を見つめてきた。その目を見ると、僕も緊張感が高まる。
これは何だろうか。一瞬、嫁さんの実家に結婚報告に行った時を思い出すが、嫁さんは母子家庭であり、父親がいなかった。したがって、僕は男性に対して「娘さんをください」的な挨拶をしたことがない。
ていうか、シャクヤを嫁にもらうわけではないのだ。なんでこんな空気になるんだ。どうしてこうなった。
「シロガネ殿、不躾ながら、これからも娘のことをお願いしても、よろしいでしょうか?」
重い口調ながら、懇願するような言い方だった。
僕は真面目に回答した。
「エゾギ殿、娘さんは、僕たちにとっても大切な仲間です。彼女なしでは、今後の仕事に支障が出てしまいます。どうか、これからも娘さんをお預かりすること、お許しいただきたいと思います」
そう言って、深々と頭を下げた。
すると、父君も頭を下げた。
「ありがたきお言葉。ふつつかな娘ですが、末永く、よろしくお願い致します」
なんだか本当に娘さんをもらったような感じになってしまった。シャクヤを見ると、ウットリした笑顔を僕に向けていた。
「……ところで、シロガネ殿、娘はやはり第二夫人になるのでしょうか」
案の定、父君は真顔で質問してきた。
これに僕は慌てて即答する。
「いやいや!違うんですよ、お父さん!」
そこから僕は、自分の国には一夫多妻制という概念がないことを説明し、嫁さん以外の女性を娶る気も愛する気もない、という固い意志を表明した。これを複数の人が聞いている中で、あえて口にするのは非常に気恥ずかしかった。
「なるほど!いやはや、これは大変、失礼を致しました。私の勘違いでしたな!」
ここで初めてエゾギさんが大きな声で気さくに笑った。
すると、ネリネさんも笑顔になる。
「あなたの早とちりでしたね」
「お前もそうだったろうがっ」
「まぁ、そうですけど」
なんとか話をこじらせず、和やかに解決することができた。そう思ったのも束の間、シャクヤは真剣な表情で両親に決意を述べた。
「お父様、お母様、親不孝な娘をお許しください。わたくしは、お爺様をお救いするまで、家に帰る気はございません」
これに両親は顔色を変えた。
「ピアニー!父上は死んだのだ!そう思いなさいと何度言ったらわかるんだ!!」
予想外にもエゾギさんが声を荒げた。彼とシャクヤ以外の面々が驚いて固まった。そして、しばらく沈黙した後、エゾギさんはハッとして気まずそうに謝罪した。
「申し訳ありません。王女殿下とシロガネ殿がいらっしゃる前で……」
生きているはずの父親を死んだものと考える。これには、いったいどういう理由があるのだろうか。聞いてみたいと思うが、家庭の問題に口を挟むのは気が引ける。そう思い、僕が躊躇しているところに嫁さんが口を開いた。
「あの、すみません。シャクヤちゃん……じゃなくて、ピアニーちゃんのおじいさんのことは、私もよく聞いています。お父さんはおじいさんを助けたくはないんですか?」
さすが嫁さんだ。こういう時によくぞズケズケと聞けるものだ。感心する僕と彼女の顔を交互に見ながら、エゾギさんはラクティフローラに確認を取った。
「王女殿下のいらっしゃるところで申し上げにくいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ。構いません。わたくしも今は、ピアニーと同じ想いなのです」
「そ、そうですか。では……」
と言って、エゾギさんは自分の心中を語った。
シャクヤの祖父、”大賢者”こと、ヤグルマギ・クシャトリヤは、一介の旅の魔導師だった身の上から、勇者を召喚し、共に旅をして魔王討伐を果たした功績により、貴族の身分を与えられた人物である。それが約50年前のことだ。
その長男であるエゾギさんも当然のことながら、父であるヤグルマギを尊敬している。
ところが、5年前に『勇者召喚の儀』を禁術とするよう国王に進言したことで怒りを買い、ヤグルマギは幽閉されてしまった。そして、それと同時にクシャトリヤ家の貴族の地位も剥奪されることになった。国王の怒りがそれだけ凄まじかったということだ。
ただし、長年に渡り、魔法研究の大家として活躍してきた”大賢者”を慕う者は多く、この時、クシャトリヤ家の取り潰しを撤回するよう、国王に懇願した者が多数現れた。そのお陰で、クシャトリヤ家の存続だけは許されたのだ。
「これ以上、国王陛下を刺激するわけには参りません。当家では、我が父は死んだものとして考えるように言い渡しているのです。まして行方を探すなど、言語道断です」
そう説明されて納得した。クシャトリヤ家は、なんと肩身が狭く、息苦しい立場にあるのだろうか。
これが身分制度の弊害であろう。王国に生まれた以上、全ては”家”によって定められている。彼らは、自分の上司も仕えるべき主君も自ら選ぶことはできないのだ。僕たち現代人のように、”職場が気に入らなかったら辞めればいい”などと軽々しく言うことはできないのである。
貴族と言えども例外ではなく、常に国王の顔色を窺っていなければならない。なんと窮屈な境遇であることか。
だからこそ、シャクヤは家族にすら秘密で”大賢者”救出の旅に出たのだ。そして、国王の怒りがそれだけ強いということは、僕たちが”大賢者”に会うことの困難さを改めて突き付けられたと言ってもいいだろう。
どうやら想像よりも重い話だったようで、僕以上に嫁さんの方が愕然としている。こんな難しい話では、どうにもならないと思っているのだろう。僕に助けを求めるような視線を送ってきた。
しかし、この時、微笑を浮かべて発言した者がいた。ラクティフローラだ。
「伯父様、実は、こちらのレン様もお爺様に会いたがっておられるのです。そして、そのために尽力してくださっているのですよ」
「なっ……!そ、それは誠ですか!」
驚いて尋ねてくるエゾギさん対し、僕もまた微笑して答えた。
「はい。実はここだけの話、その旨を昨日、国王陛下にお願いしてしまったばかりなのです。”考えておこう”とのお言葉をいただきました」
「なんと!!」
「まだ先の見通しは不確かですが、僕にとっても”大賢者”さんの救出は至上命題なのです。娘さんの目的が表に出ないようにも気を配りますので、どうか、この件、任せていただけませんでしょうか」
僕の言葉が相当に意外だったようで、エゾギさんは興奮して立ち上がり、目を丸くして固まっていた。そして、声を震わせた。
「父を……助けてくださるのですか」
「はい」
彼を安堵させるため、僕はキッパリと返答した。
しかし、内心では、問題の大きさに眩暈がするような気持ちもある。
「……よもや、我が国で、このようなお方に出会えるとは思ってもみませんでした。シロガネ殿、どうかよろしくお願い致します」
感激しているエゾギさんが手を差出したので、僕は握手をした。彼は、両手で僕の手を握りしめた。僕もその上に左手をそっと添えた。
こうして、シャクヤの両親は安心して帰宅することになった。
「ピアニー、シロガネ殿のおっしゃることをよく聞いて、立派に務めを果たすのだぞ。女をここまで良い待遇で働かせてくださるお方は、そうはいないだろう」
「はい。お父様。それは、わたくしが一番理解しておりますので」
「ピアニー、とにかく体に気をつけてね」
「はい。お母様もお元気で」
シャクヤに別れの言葉を送った両親を、僕たちは店舗の正面まで見送った。そこでも丁重に挨拶してくれる二人に対し、僕はつい素朴な疑問をぶつけてしまった。
「あの、ご当主、僕は一介の商人に過ぎません。クシャトリヤ家は由緒あるお家柄です。なにもそこまで丁寧にされなくてもよろしいのでは……」
恐縮しながら言ったのだが、これにも父君は意外そうな顔で真面目に答えた。
「何をおっしゃいますか。『プラチナ商会』は国王陛下より『エンブレム』の所有を許可されたのです。もはや当家と同等のお立場ではありませんか」
「えっ!そうなんですか!?」
予想外の言葉に驚愕した僕は、思わずラクティフローラを見た。彼女は微笑して解説してくれた。
「我が国における『エンブレム』は、国王陛下より特別に許された家にしか、所有することが認められません。貴族の中でも下流のお家柄は、ほとんど持っておりません。つまり、『エンブレム』を所有するということは、間違いなく上流貴族と同等のお立場を得ることになるのですわ」
愕然とする僕に、エゾギさんがさらに語る。
「おそらくこの国で、『エンブレム』を持つ商会に弓引く者は存在しないでしょう。いれば、それは謀反と等しきことになります」
そう言い残し、馬車に乗って帰って行った。
シャクヤの両親がいなくなると、嫁さんが呟いた。
「なんか……『エンブレム』ってカッコいいイメージしかなかったんだけど、そんなすごいモノだったんだねぇーー」
「僕たちは想像を絶する身分を手に入れてたんだな……」
一方、シャクヤは馬車の去って行った方面をいつまでも見つめている。彼女に嫁さんが声を掛けた。
「ところでシャクヤちゃんとお母さんって、あまり似てなかったわね。どちらかと言うと、お父さん似かな?」
「はい。ネリネ母様は、実母ではありませんので」
「えっ!……え、え?どういうこと?」
理解不能で驚いている嫁さんの横で僕は一人納得した。
「そうか。ネリネさんは正妻なのか」
「はい。わたくしの母は、第二夫人になります」
「蓮くん、ちょっと待って。意味わかんない」
「つまり、お殿様に対する正室と側室みたいな関係だね。公の場には、第一夫人が出てくるんだ」
「あ、そっか。そうなんだぁーー。なんか貴族の家って大変だね」
貴族の家庭環境に若干の同情を禁じ得ない嫁さんだったが、シャクヤは平然と微笑した。
「母も実母も、わたくしをとても大事にしてくださいますので、わたくしにとりましては、どちらも大好きな母ですわ」
「……そういえば、シャクヤちゃんの家はうまくいってるって前に言ってたわね」
一夫多妻制の家庭で、家族が円満に暮らしているという事実に嫁さんは愕然としていた。
さて、気づけば、日が傾き始めている。そろそろ王女の屋敷に戻る頃合いだが、最後に気にかかっていたことを片付けようと思った。僕はシャクヤに笑顔を向けた。
「では、ピアニーお嬢さん、今、真向かいにあるのは、王立図書館だ。君の本来の勤め先じゃないか?」
あえて本名で呼ばれたシャクヤは、照れながら答えた。
「はい。いつか、レン様をご案内して差し上げたいと念願していた場所です。きっと気に入ってくださいますわ」
「うん。それもそうなんだけど、こんな真向かいに店を構えて、無断で君を働かせては、喧嘩を売ってるみたいだと思うんだよ。正式に挨拶しておきたいんだ」
「まぁ!そのとおりでございますね。わたくしもウッカリしておりました」
こうして僕たちは王立図書館に向かった。
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