第162話 魔王談義
時計台の屋上で、新たに誕生した組織。
白金家に仕える『八部衆』。
そのメンバーのレベルは以下のとおりだ。
姫賢者 シャクヤ レベル42
女剣侠 ローズ レベル44
ローズの弟子 ダチュラ レベル32
ヤマネコ女 フェーリス レベル44
大狼 ルプス レベル49
ニワトリ女 ガッルス レベル30
フクロウ男 ストリクス レベル46
魔眼の持ち主 カエノフィディア レベル45
意外なことに魔王軍では非戦闘員だったガッルスでさえ、レベル30である。魔族の基本的な戦闘能力の高さを垣間見た思いだ。
カエノフィディアは、蛇女の魔族の支配から逃れても、魔族化し、強化された肉体は全く衰えていない。ただし、当の本人は戦うことを嫌っているため、それが発揮される機会は今のところ無さそうだ。
ダチュラは、今もめきめき成長中で、魔族との戦争を乗り越え、レベルが31から32にアップしていた。ローズもすっかり元気になり、ハンターとしての護衛業務に復帰している。
また、シャクヤは前回の戦闘中、マナの枯渇とマナ・アップルによる補給を繰り返すという荒業をやってのけた影響なのか、戦争終結後、しばらく本調子でない様子だった。ところが、それから一週間経った今、ステータスを計測するとマナ総量が増大しており、レベルが1つアップしていたのだ。まるで死の淵を乗り越えるたびに戦闘力をアップさせるという、どこぞの宇宙人のようだ。さすがは”大賢者”の血縁である。
そして、フェーリス、ストリクス、ルプスに至っては言わずもがな。魔族幹部としての圧倒的な戦闘力は健在だ。
一方で、僕たち白金家には、レベル150で世界最強の嫁さんとレベル53の魔王である牡丹がいる。僕一人だけが、レベル16という貧弱なステータスだった。
そう考えると、なんだか自分自身が居たたまれなくなる。いったいどうして、世界レベルの強者たちに囲まれて、僕が当主になっているのだろうか。こんな僕でいいのだろうか。
――などと気に病んでいると、僕の気持ちを察したのか、嫁さんが横でクスクス笑い出した。
「なんか……この中で蓮くんだけがダントツで弱いよね……」
「いちいち言わんでいい」
嫁さんに悪態をついて返すと、なんだか吹っ切れた。今さら自分が弱いことを嘆いても仕方がない。それを認めた上で、僕は僕ができることをやり続けてきたのだから。
気を取り直した僕は、『八部衆』の面々に笑顔で告げた。
「ところで、みんなのステータスと健康状態を測定させてもらったよ。ローズをはじめ、フェーリス、ルプス、カエノフィディア、ガッルス、あとストリクスも、みんな完全に回復しているな。本当によかった」
これに反応したフェーリス、カエノフィディア、ローズ、ガッルス、ルプスが口々に謝意を述べた。
「ウチが生きてるのはレンのお陰ミャウ!」
「アタクシも助けていただいたそうで、ありがとうございます」
「あたしも何度感謝しても足りないな」
「ワタシ、レンさんには頭が上がりません」
「ガウガウ、ガウオア!(あの時はありがとうございました!)」
そして、ストリクスは驚いた様子で僕に問い返した。
「ご尊父、ワタクシの体が治っていたのも、あなた様のお力だったのでございますか?」
「ああ。お前の傷のほとんどは僕と百合ちゃんがやったものだったから、可哀想だと思って、気絶してる最中に治癒魔法をかけてあげたんだ」
「な、なんとご寛大な!あの時、ワタクシは敵でございましたのに!」
「いや、実はお前には助けられたんだ。なんせ、ガッルスを治療できたのは、お前の血液があったお陰なんだから」
「ど、どういうことでございましょうか?」
僕は、魔城の決戦にてガッルスを治療した際の状況を説明した。
血液が大量に流出し、全体の30%程しか残っていなかったガッルスを救うには、輸血しか方法が無かったことと、ちょうど近くにいたストリクスの血液が、その役に立ったことだ。
「……ということで、お前がいなかったら、ガッルスは死んでたんだよ。もしもそうなっていたら、牡丹がウチの娘になってくれたか、正直わからない。実は結構、感謝してるんだ」
伝えるべき内容を語り終え、僕は満足した。ところが、ここで周囲の変化に気づいた。今の話で、当人たちだけでなく、嫁さんと牡丹以外の全員が、目を大きく見開いて絶句していたのだ。
「あ……あれ?どうしたんだ?みんな?」
不思議に思って僕が尋ねると、ローズが立ち上がって訴えるように叫んだ。
「ち、血をあげるって、なんだよ!!!そんなことしていいのか!?」
「え……」
彼女のあまりの血相に僕の方が驚いてしまう。
ところが、その後もダチュラとシャクヤが口々に同様の発言をした。
「他人の血を体に入れるとか!どう考えてもヤバいヤツだよね、それ!神サマ的にも、人道的にも!罰が当たっても知らないよ!!ね、シャクヤさんもそう思うでしょ?」
「は……はい。教会に知られたら、異端審問にかけられてしまいます。悪魔の所業と言われても、致し方ございません。極刑は免れないことでしょう」
なんと、あのシャクヤまでがドン引きの様子だった。
これは只事ではない。
さらにストリクスが愕然として言った。
「ゆ……”ゆけつ”とおっしゃられましたでしょうか……魔族の中でも、そのような恐ろしい発想をした者は、おそらくおりません」
そして、黙って体を震わせていたフェーリスが、突如として噴き出す。
「プッ!ニャハハハハハハハハハハハッ!!さっすがレン、ミャウ!面白すぎてヤバいミャウ!ウチですら、ドン引きミャウよ!」
節操のない彼女は、食卓を叩きながら笑っていた。
可哀想なのは、輸血を受けた本人であるガッルスだ。彼女は、身も凍り付きそうなほど震え上がり、不安に包まれた顔をしていた。
「あ、あの……あのぅ…………ワタシは……ワタシは、大丈夫なのでしょうか?」
ここに来て僕は、ここが全く文化の異なる世界なのだということを改めて認識し、痛感した。
この世界には、”輸血”というものが存在しない。
考えてみれば当然だ。
”輸血”は近代医療であって、中世時代には考えられもしなかったはずだ。
その手段が存在しないどころか、魔族ですら恐怖するほどの非人道的な行為とみなされてしまうのだ。シャクヤに至っては、”異端審問”という言葉を使い、”悪魔の所業”とまで言った。冗談ではない。”輸血”程度のことで宗教裁判になど、かけられてたまるものか。
言いたいことは山ほどあるが、取り急ぎ、僕はガッルスの不安を取り除くことにした。
「ガッルス、安心してくれ。”輸血”は、僕たちの世界では当然のことなんだ。血液は、安全性を確かめた上で入れれば、何の問題も無いんだよ。現に今も、体はピンピンしてるだろ?」
「は、はい。体が真っ二つにされてたなんて信じられないくらい、元気です」
「それが何よりの証拠だ。それとも僕が何もせず、死んだ方が良かったか?」
「とんでもありません!命を助けていただいたご恩は、一生涯、忘れませんよ!」
「だよな。それと、強制的にとはいえ、血を分けてくれたストリクスにも感謝した方がいい。今のお前の体に流れている血は、半分近くが、ストリクスのものなんだからな。それに血液には相性がある。間違えると拒絶反応を起こして死んでしまうんだ。自分の体に適応する血を持った者が、すぐ近くにいるのは稀なことなんだよ」
「まぁ……そうなのですね。ワタシの中にストリクス様の血が……ポッ」
ガッルスは、照れた様子でストリクスに視線を向けた。魔族にも恋愛感情はあるのだろうか。興味はあるが、話が脱線しそうなので尋ねるのはやめた。
「ということで、みんな。”輸血”は普通の医療行為なんだ。もちろん知識も無しにやったら大惨事を招くから、この世界の常識は間違ってはいない。でも、だからと言って、悪魔呼ばわりはやめてほしいなぁ」
皆にそう告げながら、シャクヤと視線が合う。
彼女は恐縮して言った。
「申し訳ございません。レン様。そのようなつもりではございませんでした。レン様のご判断に間違いがあるはずは、ございませんわ」
「ありがとう。それにストリクス、魔族の中にも似たことを考えたヤツはいるんだぞ。”コウモリ野郎”のシソーラスだ。あいつは、モンスター同士を合成するマッドサイエンティストだった。”輸血”についても、ずいぶん熱心に研究していたよ」
僕からそう言われたストリクスは、頭を下げつつ言った。
「そ、そうでございましたか。ただ、あの異端児は皆から嫌われておりましたので仲間とも思っておりません」
さらにフェーリスが、勢い込んで賛同する。
「ウチ、あの”コウモリ野郎”は嫌いミャウ!死んで、せいせいしてるミャウ!」
「そ、そうか……」
これには苦笑せざるを得ない。
あの非人道的な人体実験を繰り返していたマッドサイエンティストが、魔族からも嫌われていたのは面白い事実ではある。だが、皮肉なことに、この世界において、僕と思考回路が最も似ているのがシソーラスでもあったのだ。
僕たちが初めて遭遇し、戦った魔族であり、友人リーフのカタキとも呼べる存在だが、彼の研究結果を入手しなければ、僕の【
「しかしながら……やはり、あなた様は魔王様のご尊父でございますな。”輸血”という、神をも恐れぬ所業を、極限の状況下で何のためらいも無く実行されたのでございますから。そして、それにより、瀕死の魔族をも救ってしまう英知の極致。もはやその威容は、大魔王様すら超えていると思われますぞ」
ストリクスが嘆息しながら僕の目を見て言った。
僕は呆れて苦笑いした。
「いやいや……だから”輸血”程度のことで大魔王とか……」
「そうミャウね!レンは魔王様のパパなんだから、大魔王様ミャウ!そうじゃなかったら、もっと上の存在ミャウ!」
さらにフェーリスまでもが、意外と真剣そうな眼差しで話に乗ってきた。ローズはこれを聞いて、笑いを堪えるように下を向いている。
「待て待て待て……なんでそうなるんだよ。僕はレベル16のただの人間だ」
僕の嘆きの言葉に対し、今度はダチュラが笑いながら後押しする。
「ただの人間が魔族を懲らしめたり、命を救うことができるわけないでしょう……よくわかんない”システム”ってものを作っちゃってさ。いいんじゃない?何をやらせても、何でもアリのレンは、”大魔王を超えた魔王”ってことで」
「いや、それ、”なに魔王”だよ……」
そして、ついには嫁さんがニヤニヤしながら提案した。
「じゃ、”超魔王”だね!」
「はぁ!?」
「今日から蓮くんの二つ名は、”超魔王”!」
「やめろよ!だいたいなんだ、そのひどいセンスは!強そうとか怖そうとかを通り越して、痛々しいわ!!絶対バカにされてるヤツだわ!中二病男子でも名乗らんわ、そんなの!!」
思わず立ち上がり、僕が必死にツッコミを入れている横で、ストリクスは身を震わせて感動していた。
「”超魔王”様……なんと素晴らしきご尊名でございましょうか……」
「やめて!!本気でやめてストリクス!」
いくら制止しても彼は酔いしれたように、うわの空である。他に味方を得るため、僕はカエノフィディアに助けを求めた。
「カエノフィディアもそう思うだろ?”超魔王”なんて、変だよな?」
しかし、彼女もまた、ウットリした表情で僕に言った。
「旦那様は魔族も人間も束ねられる偉大なお方ですので、”魔王”たるに、ふさわしき方であると確信しております」
「うん、そういうことは聞いてないんだよ……シャクヤ、君もおかしいと思うよね?僕が”魔王”だなんて……」
仕方なく、最後の頼みの綱であるシャクヤに話を振る。真面目な彼女は、口元を微妙にピクピクさせながら真剣な顔で答えた。
「いかなる二つ名を名乗られようと、レン様の偉大さが変わるわけではございません。仮に、ちょうま……ちょうまっ……」
「シャ、シャクヤ……?」
「い、いえ……申し訳ございません。ですが、わたくしの想いは、全く変わることはございません。たとえレン様が、ちょうまっ……ちょ…ちょうっ……」
「笑ってんじゃないか!もうその時点でダメだよね!」
諦め気分で『八部衆』を見渡す。ローズに至っては、笑いを堪えきれずに腹を押さえ、下を向いて震えていた。
「ローズも笑いすぎだ!!」
埒が明かないと感じ、僕は話を切り上げることにして叫んだ。
「もういい!!とにかく”超魔王”はナシだ!!絶対だぞ!!」
言いながら座り直し、僕はふてくされた。
嫁さんが笑いながらご機嫌を取ろうとしてくる。
「はいはい。ごめんね。”超魔王”様」
「百合ちゃん、次言ったら怒るよ」
「はーーい」
「……ったくもう。こんな冗談は置いといて、せっかく魔族を仲間に引き入れたんだ。僕には聞きたいことが山ほどあるんだよ」
僕が愚痴をこぼすと、ストリクスが急に改まって居住まいを正した。
「はっ!超魔……いえ、ご尊父、いかなることでございましょうか?」
彼のお陰で、少しだけ真面目な空気に変わった。
せっかくなので、ここから魔族に関する質問会にさせてもらった。
「まずは、魔族の生態についてだ。どれくらいの人口があって、普段はどんな生活をしているんだ?」
「魔族の人数は極めて少なく、魔王様がご降臨あそばされるまでは団結することもほとんどございませんので、『環聖峰中立地帯』の奥地にて、密かに隠れ住んでいるのが通常でございます」
「少ないっていうのは、具体的にどれくらいだ?まさかと思うが、100人とか1000人ってレベルなのか?」
「はい。ワタクシが知り合っただけでも50人に及びません。今まで調査したこともございませんが、全世界の魔族人口は、数百人が限度だと思われます」
「そんなもんなのか……」
予想外の事実が判明したが、納得することも多い。この世界では、魔族という存在が、異様なまでに人間を恐れている。個々の強さでは人間の平均値より遥かに上であるにも関わらずだ。それは、彼らの個体数の少なさに起因しているということなのであろう。
「みんな、頑丈そうだが、寿命はどれくらいなんだ?」
「魔族によって千差万別だと思われますが、ほとんどの者は数百年、生き長らえます。ワタクシめは、数えるのを忘れてしまいましたが、かれこれ150年以上は生きております」
「えっ!そんなに!?」
「めっちゃ、おじいちゃんじゃん!!」
僕が驚く横から、嫁さんも驚愕して叫んだ。
シャクヤもローズもダチュラも、同様にそれぞれの反応で声を上げていた。
僕はさらに他の魔族にも年齢を尋ねた。ガッルスは90年以上、フェーリスは50年以上、ルプスは10年以上、生きていた。それぞれ、数えるのは諦めており、概算でしか年齢を出せない。ただし、ルプスは比較的若いが、ただ単に数字を知らなかっただけである。
感心したようにローズが発言した。
「ある意味、羨ましいな……肉体が強化され、いつまでも若々しく長生きできる……カエノフィディアがいい例だ。世の中の金持ちが、大抵の場合、不老不死に憧れるのを考えると、魔族の世界はユートピアじゃないか」
昨日まで魔族に敵対心を見せていたとは思えないほど柔軟な方向転換である。そんな彼女にフェーリスが、ぶっきらぼうに答えた。
「んーー、でも人間が魔族になったら、人間の時の記憶は無くなっちゃうミャウよ?」
「え、そうなのか?」
「魔王様のしもべとして、生まれ変わることになるミャウ。人間が人間のまま、長生きすることはできないミャウ」
この説明に僕は食いついて質問した。
「ちょっと待て。フェーリス。そもそも魔族は、どういうふうに誕生するんだ?」
「魔族はみんな、魔王様からマナを分けていただいて、誕生するミャウよ」
「そういえば、前に文献で読んだことがある。人間やモンスターが魔王からマナを注入されて進化した姿。それが魔族だと……」
僕の呟きにストリクスが流暢な解説をしてくれた。
「おっしゃるとおりでございます。彼女は人間から誕生した魔族ですので、ヒトに近い姿をしております。これをワタクシどもは『亜人』タイプと呼んでおります。ワタクシとガッルス、ルプス殿は、『人獣』タイプです。モンスターから誕生した魔族なのでございます」
「なるほど。それでこんなに個性豊かなメンバーがそろうのか……」
隣では嫁さんが、しみじみと感心している。
「それにしても、みんな長生きってのは、すごいよねーー。なのに、どうして人数が増えないんだろ?」
彼女の疑問は僕も同じである。
これについても具体的に尋ねてみた。
「魔族はどうやって増えるんだ?子どもを産んだりしないのか?」
すると、ストリクスをはじめ、魔族メンバーは一様に互いの顔を見合って困惑した様子を見せた。そして、意を決したようにストリクスは回答した。
「……恐れながら、ワタクシども魔族は、交配というものを行いません。自らの肉体を苗床として子孫を産み出すという人間や動物のプロセスを、どことなく見下している部分もございます」
「「えっ!!」」
これには僕たち人間サイドが全員同時に驚愕した。
魔族の人口が少ないのは、完全にそれが原因なのだ。
彼らの顔を見るうち、なんとなく目が合ったフェーリスにも僕は尋ねてみた。
「フェーリスもそうなのか?」
「そうミャウ。ウチは、よく猫ちゃんを通じて人間を観察してるミャウけど、人間同士が夜な夜な絡み合う姿は滑稽で面白かったミャウねーー。国王とか、大臣とか、神官長とか、どんなに偉そうにふんぞり返っているヤツでも、夜になったらほとんど動物と変わらないミャウ。人間のそういうとこもウチは好きミャウよ」
「いやいやいや……そこはプライバシーだから可哀想だよ」
「でも、興味が無いだけで、できないわけじゃないミャウ。ウチは昔、面白半分でオス猫ちゃんと交尾してみたことがあるミャウ」
「「は?」」
これまた予想外の告白に、僕たち人間側は素っ頓狂な声を上げて唖然としてしまった。嫁さんが苦笑しながら彼女を諭す。
「フェーリスちゃん、そんなことはカミングアウトしなくてもいいのよ。しかも、みんなの前で……」
「なんでミャウ?人間は、なんでか交尾を恥ずかしがるミャウね。猫ちゃんは、気分が盛り上がったら、どこでもするミャウ。みんなも堂々とすればいいミャウ」
「いやいや。それは、そういうんじゃないのよ……」
考え方のあまりの落差に嫁さんも弱り気味である。すると、何かを思いついたらしいフェーリスは、突然立ち上がって尻尾を振りながら僕に笑顔を向けた。
「そういえば、ウチ、人間としたことはなかったミャウ!レンとなら、交尾してもいいかもミャウね♪どうミャウ?レン?ウチと交尾するかミャウ?」
「「はぁ!?」」
人間サイドが一斉に驚くと同時に、妙に殺気立った。不思議なことに嫁さんよりも早く、ローズが真っ先に立ち上がり、フェーリスを睨みつけた。
「フェーリス、やはり君とは決着をつけなければならないようだな」
「どうしたんミャウ?ローズ?」
さらにはシャクヤも立ち上がり、死んだような目をフェーリスに向けた。
「フェーリス様、今のお発言は、わたくしも看過できませんわ」
「シャクヤもミャウ?いいミャウよ!よくわかんニャいけど、売られた喧嘩なら、まとめて買うミャウ!」
一触即発の空気に一変してしまった彼女たちを止めようと、僕は声を出そうとした。ところが、それよりも前に、決意を込めた様子で必死に発言した人物がいた。
「あ、あの……!」
控えめな声で叫んだのは、予想外にもカエノフィディアだった。何を思ったのか、彼女も立ち上がり、頬を紅潮させて宣言したのだ。
「だ、旦那様との、よ、夜伽が必要なのでございましたら、アタクシも精一杯、頑張らせていただきます!記憶がありませんので、過去に経験があったのかもわかりませんが!」
「「………………」」
頭から湯気が出そうなのに表情だけはキリッとしているカエノフィディア。
これには全員が呆気に取られた。
だが、それも束の間、今度はテーブルが激しく叩かれた。
バンッ!!
叩いたのは嫁さんである。
彼女は静かに、重苦しく、真っ黒なオーラをその身に纏って立ち上がった。そして、この世の恐怖を全てかき集めたかのような、もの凄い形相で4人の女性陣を睨みつけた。
「……フェーリスちゃん、カエノちゃん、蓮くんはね、私だけのものなの。次に同じこと言ったら……ゆ・る・さ・な・い、からね」
レベル150の気配を全面に押し出し、威嚇する様相は、地獄の使者か、あるいは破壊神か。いずれにしても、かつてその力を暴発させそうになった時のごとき危険すぎる気配は、並み居る面々を震撼させた。時計台の塔すらも、まるで脅えているかのように物理的に振動している。
まったく何をやっているんだ、この嫁さんは。人のことを”超魔王”とか言っといて、自分が一番危険な存在じゃないか。
僕は慌てて彼女を制止した。
「百合ちゃん、百合ちゃん、牡丹が怖がってるよ!」
ハッとした嫁さんが僕に振り返った。
牡丹は、嫁さんの気配に圧倒され、僕の胸にしがみついて震えていたのだ。
「あっ!ご、ごめんね!牡丹!ママ、ちょっとムキになっちゃったね。ごめんね」
嫁さんは動揺して牡丹に謝った。しかし、彼女の強さに恐怖してしまった牡丹は、僕に抱きついたまま泣いていた。
「ママ、こわい。ママ、きらい」
「ええぇぇ!ごめんね!ほんとにごめんね!ママが悪かったから許して!牡丹!」
ここに集った『八部衆』は、改めて嫁さんの異常な強さを体感することになった。魔王以上に、世界最強の勇者たる嫁さんこそ、絶対に逆らってはいけない存在であることが、自然のうちに『八部衆』の共通理念とされた。
そして、それでいて、この勇者は、娘である魔王に弱いのであった。
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