第143話 地底魔城の決戦⑤
様々に情勢を変化させたホールでの戦闘は、気がつけば、女同士の一対一の闘いになっていた。
ただし、一方は男性である”闇の千里眼”スカッシュの肉体を乗っ取り、操っている女魔族カエノフィディアだ。彼女の本体は、”リュウちゃん”と呼称されていた蛇の方だった。
対する”女剣侠”ローズは、未成熟だった『魔眼』を気合いで打ち破り、毅然と剣を構えている。
彼女は、特別親しいというわけではないが、ハンターとして一目置いていたスカッシュの肉体を前にして、複雑な心境だった。
(要は、あの蛇を殺せばいいということだな。しかし、相手はスカッシュの肉体だ。どれほど動かせるのかは知らないが、生半可な戦いをすれば、こちらがやられてしまう。これは、本気で挑む以外にないぞ……)
スカッシュの肉体を奪ったカエノフィディアの本体は、彼の体に巻きついて一体となっている。命懸けの激戦になれば、蛇だけを狙って斬るのは至難の業だ。ローズは、彼ごと蛇を斬る決意を固めた。
(すまん。スカッシュ、斬らせてもらうぞ!)
彼女は、素早くカエノフィディアに突撃し、斬りかかった。
カエノフィディアは、それを優雅に舞いながら、避ける。
スカッシュの肉体で微笑みながら、カエノフィディアはローズを挑発した。
「あらあら。容赦ないのね。この体、お友達じゃなかったんだ」
「黙れ!」
「よっと……でも、この肉体、まだ慣れないわね!」
華麗に避けているはずだが、スカッシュの肉体にはかすり傷が増えていった。
カエノフィディアは、隙を見て大きく跳躍し、距離を取った。その近くには、元の肉体が上半身と下半身に分かれて転がっている。
「まず、この長い剣が邪魔ね」
カエノフィディアは、スカッシュの肉体が身に着けている剣を取り外して、放り出した。そして、元の肉体から何かを探しはじめる。傍から見ると、女性の遺体を男性がまさぐる構図であり、あまり気持ちの良いものではない。
彼女は、そこから2本の短剣を取り出した。もともと彼女が使っていた武器である。
「やっぱり、アタシはこれね」
だが、そこには既にローズが接近していた。間髪入れずに斬りつけられ、それをまた踊るように回避する。今度の舞には、短剣による防御も合わさり、ローズの攻撃を躱しつつ、時に短剣で弾いたりした。
ローズの流れるような美しい剣さばきと、カエノフィディアの流麗な舞が交差する。互いの剣閃が鮮やかな弧を描き、時折ぶつかり合う火花が、二人の舞台を彩った。
やがて、次々と攻撃を防がれるローズが次第に焦りを感じはじめたところに、カエノフィディアの短剣が反撃に出た。
「くっ……!」
喉元に突きつけられた短剣を後ろに下がって避けるローズ。
彼女らは再び距離を取った。
「はぁ……はぁ…………なんて戦いにくい相手だ。直線的な動きばかりだったトラ男の方が、この何倍も戦いやすかったぞ……」
スピードを活かした戦い方をするという点で、両者は同じタイプのアタッカーだった。ただし、近距離と中距離に強いカエノフィディアに対して、近距離戦闘のみを得意とするローズは、若干、分が悪いことになる。しかもローズは、これまでの強敵との連戦で疲労が重なっていた。
「ウフフフフフフ……あなた、だいぶ息が上がってるわね。ここまでで、かなり体力を消耗したんじゃない?その綺麗な体は、なるべく傷つけたくないの。おとなしく、アタシに体を渡しなさい」
「ハッ!誰がお前なんかに!」
「とは言っても、実は消耗してるのはアタシも一緒なのよねぇーー。肉体を乗っ取るためには、毒をほとんど使いきっちゃうから、今、ヘトヘトなのよ。ちょっと腹ごしらえさせてもらうわ。普段は誰にも見せないアタシの秘密の食事。アナタだけに公開する特別なシーンよ」
カエノフィディアは、近くに倒れている”マムシ鉄鎖”トリヤのそばに行った。そして、本体である蛇が大口を開けた。この瞬間だけ、蛇の頭が何倍にも膨れ上がったように錯覚するほどだ。
なんと、蛇はトリヤの頭を丸ごと咥え、そのまま肉体全体をあっという間に呑み込んでしまった。通常の蛇が獲物を呑み込む速度を遥かに超えている。
蛇がゴクリと呑み込む横で、スカッシュの肉体が、恍惚の表情に変わった。
「ハァァァァァァ……やっぱり人間の男はいいわねぇーー。しかも、こんなに強い肉体の男は、久しぶりよぉ。栄養満点の肉と脂が、アタシのお腹の中で踊ってるわぁーー」
カエノフィディアの食事とは、本体である蛇の食事だったのだ。これを目撃された場合、正体を知られるきっかけとなるため、彼女は他の者には見せたくない秘密の食事と言っていたのだ。
一方、知り合いが蛇に呑まれる様を目の当たりにしたローズは激しく憤った。
「くそっ!トリヤを食いやがった!!」
だが、それ以上に相手が力を回復させたことに恐れを感じた。彼女は、持参している宝珠から、【
「なるほど。トリヤがさっき言っていたとおり、毒を空気中に溶け込ませている。体力を取り戻して、再び散布を始めたのか……」
悪化する状況に、さすがの”女剣侠”も焦燥感に駆られた。
(近づけば気化した毒。目を合わせれば『魔眼』。それを突破し、攻撃しても、鮮やかに躱されてしまう技とスピード。こいつ。とんでもない強敵だぞ)
毒の存在を知ったローズは、一歩ずつ近づいてくるカエノフィディアを警戒して一歩ずつ遠ざかり、距離を縮めないようにする。それを見たカエノフィディアは、余裕の笑みを浮かべた。
「あらあらあら。どうしたのかしら?さっきみたいに飛びかかって来なさいよ。この体、目が見えなかったみたいだけど、眼球が無いわけじゃなかったから、アタシのモノになって魔族化して、少しずつ見えるようになってきたのよ。ほら、しっかり目を開けると、結構イケてる顔してるわよね」
「そうやって、また目を合わせるように仕向けてるんだな。小細工の好きなヤツだ」
「そう言うアナタは何を企んでいるのかしらね?逃げてるばかりじゃ勝てないわよ?」
「どうかな?あたしは何か切り札を持ってるかもしれないぞ?」
「フフフ、だんだんと、この体も馴染んできたわ。アナタを追い詰めるのも時間の問題ね」
互いに挑発しているが、自ら飛び込むことはしない。
カエノフィディアとしても、あえて接近戦に持ち込むメリットが無いため、中距離で毒を撒きながら、じわじわとローズを追い込む算段なのだ。そして、もちろんそのことをローズも察している。
(このままでは本当にマズい。長期戦はこちらが不利になるだけだ。ヤツがあたしの技を知らないうちに、短期決戦で勝負を決めるしかない!幸いにも、ヤツはスカッシュの肉体を奪ったが、スカッシュの戦いができるわけではない。もしもスカッシュ本人と本気でぶつかった場合は、腕の1本や2本、くれてやる覚悟がなければ、勝てなかっただろう。だが、アレは、彼の肉体を操るだけの魔族なんだ。勝機は必ずある!)
ここまで考えたところで、ローズはふと思い当った。
(……ん?腕の1本や2本、くれてやる覚悟?)
そして、ある計画を思いつき、ニヤリと笑った。
(なるほど……覚悟か。これは、あたしも腹を決める必要があるな!!)
一大決心をしたローズは、カエノフィディアに向かって走り出した。
毒が散布されている地点の前から息を止め、いっきに距離を詰める。これまでにない直線的な動きで、ローズはカエノフィディアの眼前に迫った。
「あら。そんな無鉄砲な突撃をしてくるの?ヤケになっちゃ、おしまいじゃない」
ヒラリと躱したカエノフィディアは、攻撃直後のローズに短剣を突き出した。
短剣がローズの胴体を正確に狙う。
ところが、ローズはそれを避けようとも防ごうともせず、ただ両手を広げた。カエノフィディアの短剣がローズの胸に真正面から突き立てられる。
「えっ!!!」
慌てたのはカエノフィディアの方だった。
ローズの肉体を奪いたいと考えている彼女にとって、ローズを殺すことは本意ではないのだ。致命傷を与えるわけにはいかないと考えたカエノフィディアは、すんでのところで短剣を止めた。
なんとか、ローズの胸を突き刺さずに済んだものの、その硬直は、今までの舞を踊るような優雅な動きとは程遠いものだ。
ローズの狙いはこれだった。
自ら殺される状況を作ることによって、自分の肉体を渇望している相手を怯ませること。一歩誤れば、この一手で本当に死んでいたかもしれないのだが、そこをあえて実行してしまう、まさに命を賭した捨て身の戦法だった。
「…………っ!!!」
呼吸を止めているため、掛け声も出さずにローズは、渾身の攻撃を放った。
【
――紅蓮三連剣舞――
ようやく訪れた敵の隙を完全に突き、必殺スキルを見舞った。
スカッシュの肉体は、左腕を切断され、さらに背中を2ヶ所、薄く斬られた。そして、それらはカエノフィディアの本体である蛇ごと斬っており、長い胴体の3ヶ所から血が噴出した。
「ぎっ!ぎぃぃやぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
悲鳴を上げ、たまらず離れて距離を取るカエノフィディアと、同じく気化した毒を吸わないように遠ざかるローズ。
二人は毒霧の地帯を挟んで対峙する。
スカッシュの肉体で目を血走らせるカエノフィディアは、憎らしそうに叫んだ。
「っざっっっけんじゃないわよっ!!!アンタの体を傷つけたくなくて、こっちが気を使ってやってんのに、それを逆手にとって不意打ちしてくるなんて!!!よくも!よくもアタシに傷をつけてくれたわね!!!ぶっ殺してやるわ!!!」
「フッ……最初からそのつもりなら、やられずに済んだかもな」
不敵に笑うローズに、カエノフィディアはさらに狂気じみた金切り声を上げる。
「それに今、目の前で見て、よくわかったんだけど!アンタ、子ども産んでるでしょ!!胸から母乳の匂いがしたわ!!!」
「え…………」
内心、自分でも気にしていることを魔族の口から言われ、ローズは急に恥ずかしくなった。魔族には、そんな匂いまでわかってしまうのか、と。
だが、カエノフィディアの罵倒はまだ収まらなかった。
「なによ!!いっきに興味が失せたわ!!!せっかく綺麗で逞しい、最高の体だと思ってたのに!!子どもを産んでたら、新鮮さが損なわれるじゃない!!!アタシが使うには適さないわ!!!もういい!アンタを殺した後、もっといい体を探してやるんだから!!」
この言い分に、今度は”女剣侠”ローズがブチギレた。
「っっってんめぇっ!!!勝手なこと言ってんじゃねぇぞ、コラァ!!!子どもを産んで何が悪いんだ!!女の価値が、それで決まるわけねぇだろうがっ!アァッ!?だいたい、そんなセリフをスカッシュの顔と声で言うんじゃねぇ!!気色悪いんだよ!蛇女!!」
かつて、白金蓮が彼女を評して、丸くなった元ヤンキーと言ったが、まさしくそのとおりだった。一児の母となり、今でこそ落ち着いているが、これが彼女の本気で怒った姿であり、元来の戦闘スタイルなのだ。
ローズは今、我を忘れることなく、むしろ、怒りによって全身を一時的に覚醒状態に持っていった。研ぎ澄まされた戦闘本能が、消耗している肉体を活性化し、強制的に全力を出させた。
一方、憎しみの収まらないカエノフィディアもまた、ローズを殺すために全身全霊で攻撃しようとしている。防戦のみだった今までと違い、突撃するような構えを取った。
遠く距離を取ったままの両者が、臨戦態勢で身構える。
「アタシの毒と魔眼!そして、短剣による舞!全てを組み合わせて攻撃すれば、アンタを斬り刻むことなんか簡単なのよ!!泣いて叫んで、のた打ち回るまで、アンタの全身を斬り続けてやるわ!!!」
カエノフィディアは、片腕になったスカッシュの肉体で突撃した。まるで水平方向に跳躍するような、しなやかでバネのある動きである。
さらには、本体の蛇から、毒素を惜しげも無く前方に噴射した。無色で無臭だった今までの毒と違い、濃度が高いため、色が識別できるほどだ。
その毒の霧ととともにカエノフィディアがローズに急接近する。
「……本気で殺す時ってのはな、黙って殺るもんだ」
落ち着いた声でそれだけ言ったローズは、右手に持った剣で、ある物を引っ掛け、持ち上げた。
それは、”マムシ鉄鎖”トリヤが使っていた鎖だ。彼の遺体は食われてしまったが、鎖は手つかずのままだった。
器用に剣の先端でそれを持ったローズは、剣を横に振るって、鎖を鋭く投げた。
猛スピードで射出された楔が、カエノフィディアの脳天に向かう。
しかし、本家の鎖使いの攻撃すら、華麗に避けるカエノフィディアである。付け焼刃で投げられた鎖を回避することなど、造作もないことだ。
綺麗に直進した鎖は、あっさり彼女に避けられてしまった。
「今さら、こんな物、投げたって、アタシに当たるわけないでしょうがっ!!!」
全く勢いを止めることなく、カエノフィディアはローズに突撃する。
だが、鎖の効果は、この後に現れた。
ビュウゥゥゥゥゥンンン!!!
なんと、鎖に纏わりついた突風によって、毒霧が散乱し、鎖と共に飛んで行ってしまったのだ。
「えっ!?毒が!?」
ローズは、【
周囲から毒の消えたカエノフィディアに、同じく追い風で加速したローズが突進した。
この時、風を巻き込んで高速飛行した鎖の後には、一時的に空気圧の低い空間が出来上がることになった。そこに同じ方向から飛び込んだ場合、空気抵抗が弱くなるため、さらなる加速を伴うことになる。
スリップストリームという現象である。
そんな理屈は知らないローズだが、今までの戦いの経験から、そうなることを予測していた。グンッと急加速したローズは、カエノフィディアの懐に入り込んで、瞬時のうちに連撃を食らわせた。
――紅蓮八連剣舞――
魔法によって加速した状態で放つ、ローズ最強の連続攻撃である。
カエノフィディアは、これを踊るように躱そうとするが、間に合わなかった。
ズバズバッッ!ズバズバズバァッッ!!!
8連撃のうち、5つの剣撃をまともに受けることになったカエノフィディア。それは、余すことなく本体を直撃し、蛇から大量の血しぶきが上がった。
「あぎゃっ!!うぎぃぃやぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
地面に落ちた蛇が、のた打ち回り、スカッシュの肉体が彼女の悔しさを代弁する。
「なんで……なんで……!!いくら速いと言っても、このアタシが……避けきれないなんて……」
「お前は、スカッシュの肉体に慣れてないから、わからなかったんだろう。人は片腕だけでも失えば、バランスが悪くなり、動きが鈍るものだ。舞を踊ることが難しくなるのは当然だ。借り物の体で、我が物顔をしているから、こういう時に足元をすくわれるんだ」
蛇女の敗北の原因を語りながら、ローズは彼女に近づいた。
そして、何も言わずに蛇の頭部に剣を突き刺した。
ジタバタしていた蛇は、ピクピクと痙攣し、やがて動かなくなった。
カエノフィディアの本体は、完全にトドメを刺されたのだ。それと同時にスカッシュの肉体は、文字どおり糸が切れた操り人形のように力が抜け、仰向けに倒れた。
勝利したローズもまた、疲弊して膝をつく。
「ふぅーーーー。今回は本当に危なかった……レン……君がくれた魔法は、あたしとの相性が最高に抜群だぞ……」
白金蓮からプレゼントされて以来、肌身離さず持っている宝珠を握りしめ、感慨にふけるローズ。だが、すぐにスカッシュを心配して彼の体を診た。
「さて、本体の蛇を倒したら、スカッシュはどうなるんだろうか……」
彼の呼吸音と心臓の鼓動を聞き、安堵するローズ。
「どうやら、死んではいないようだな……左腕のことは、あとで謝ろう……」
疲労困憊の彼女は、その場にヘタリと座り込んだ。
ちょうど、その時だった。
「ローズさん!!ローズさぁぁん!!!」
ダチュラが上の階からホールに入って来たのだ。弟子の安全を思うと叱りたいところだが、疲れきったところに聞こえた彼女の声には、さすがの”女剣侠”も喜んでしまった。
「ダチュラか……いいところに来てくれた……蛇の本体は倒したんだが、さすがにもう限界みたいだ……」
下のホールまで飛び降りてきたダチュラに手を取ってもらい、立ち上がるローズ。ダチュラは、彼女に携帯端末宝珠を見せた。
「ローズさん。この宝珠、マナがチャージされて、また連絡が取れるんです。レンが話があるみたいで、急いで持ってきました」
それを聞いたローズは目を丸くし、苦笑した。
「あはははは……そうか。マナは再チャージされるのか。あたしとしたことが、レンの宝珠が規格外すぎて、そんな常識的なことも忘れていたんだな……」
言いながら宝珠を見つめると、ローズは自分が妙な感情を抱いていることに気づいた。
(なんだか、ヤバいな……今、あたしは無性にレンの声を聞きたいと思ってる……疲れすぎて、どうかしちまったんだな。ったく、変なことを考えるんじゃないよ。しっかりしろ、あたし!)
ほんのり頬を赤くした彼女は、軽口を叩くことにした。
「どれ……しょうがないな。あの男が、どうしてもあたしの声を聞きたいって言うなら、連絡してやるか」
そうして、ニヤニヤしながら宝珠に手を伸ばした時である。
突如、ローズは背中にゾクッとする気配を感じた。
慌てて後ろを振り返る。
カエノフィディアは完全に死亡し、トリュポクシルは首が切断されたままだ。スカッシュも意識は無く、他の魔獣も気配が全く無い。
だが、その魔獣の死骸の山から、息を吹き返した者がいた。
頭から足の先まで血だらけにし、呼吸もままならないほどのダメージを受けながら、ヨロヨロと起き上がった者。
それは、トラ男のティグリスだった。
「ハァ……ハァ…………ゼハァァ…………………オレは…………まだやれる………………やれるぜぇ…………リベンジするまではなぁ…………」
足をガクガクさせながらも、歪んだ笑顔で立った彼の形相には、ローズさえも恐怖を感じるほどの狂気があった。
「なっ……!あいつは!!!」
ローズは、彼のドス黒い執念に震えた。
その声にティグリスが反応する。
彼はローズの顔を見るなり、吠えるように叫んだ。
「おんなぁぁっ!!!!お前に【
ティグリスの極秘能力。
自身が負けを認めた者を相手した場合のみ発現し、パワーとスピードを倍化させる強化魔法。それを発動したのだ。
彼は、すぐ近くに落ちていたトリュポクシルの刀を拾っていた。様々な戦闘のドサクサで、いつの間にかティグリスの手元にまで転がっていたのである。
瀕死の状態であるにも関わらず、【
体力を限界まで消耗しているローズが、これに対応して行えた動作は、わずかに一つだけだった。
「ダチュラ!危ないっ!!」
ローズは、ダチュラを庇うため、右手で彼女を思いっきり押しのけた。
「えっ!?」
まだ事態を理解できていないダチュラは、それに疑問符しか返せない。
だが、その次の瞬間には、信じられないスピードで飛来した刀が、凄まじい縦回転を伴って目の前を通り過ぎていった。
ブッシュゥゥァァァッ!!!
「っがぁぁぁぁっっっっ!!!」
ローズの絶叫がコダマした。
刀は、ローズの右腕を切断していったのだ。
彼女の血しぶきを浴びながら、ダチュラは驚愕して叫んだ。
「ローズさんっ!!!」
「いいから逃げろっ!!ダチュラ!!!」
それがローズの最期の言葉となった。
ティグリスが、とてつもないスピードで体当たりを食らわしたのだ。
パワーもスピードも2倍。
しかも捨て身の攻撃。
それを真正面から受けたローズは、体全体から奇怪な軋む音を発生させ、吹っ飛ばされた。そのままの勢いで、ホールの壁に激突するローズ。
ダチュラが認識できたのは、そのぶっ飛んだ後の彼女である。
しかも、体がピクリとも動いていない。
「や……やだ…………やだやだやだ!!ローズさん!ローズさん!!ローズさぁぁん!!!」
声と体を震わせてローズのもとに駆け寄るダチュラ。彼女のことは目に入っているティグリスだが、フラフラしながらボンヤリその様子を見ているだけで、関心はない。
「ちがう…………リベンジ……するのは…………こいつじゃ……ねぇ……」
ダチュラもまた、ティグリスのことを無視して、ただ一心に助けを求めた。
白金蓮に連絡を入れたのである。
通話が開始されると、相手の声も聞かずに彼女は叫んだ。
「レン!!ローズさんが!!!ローズさんがっっっ!!!」
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