第141話 究極の治癒魔法

僕、白金蓮は、一方通行の転移魔法で嫁さんを王都に送り出した後、すぐに連絡を取ることにした。相手は”女剣侠”ローズである。


「魔法陣を掌握できたことを連合軍に伝えないと。これ以上、地下に向かうためにゴリ押しの戦闘をさせるわけにはいかない。そろそろローズの宝珠もマナがチャージされているはずだから、繋がるはずだ」


シャクヤに説明しながら、僕はローズに渡しておいた携帯端末宝珠に向けて発信した。ところが、着信を受け取ったのはダチュラだった。


なんと、ローズは宝珠のマナが再チャージされることに気づかず、自分の宝珠をダチュラに預けて戦場に行ってしまったのだ。ダチュラはすぐにそれを届けると言って通話を切った。


「ダチュラが心配だけど、今は城内との連絡手段が欲しい。無事を祈るしかないな……」


僕は、宝珠システムで、さらに城内の生体情報を検索した。


地上から地下へ向かう階段を囲み、4ヶ所で大規模な戦闘が行われている。連合軍と魔獣、および何人かの魔族が一進一退の攻防を繰り広げていた。


城の中央には、縦にも横にも大きく広がった巨大なホールがあり、ここでは、少数の人間と多数の魔獣、そして、高レベルの魔族が戦っている。明らかに戦闘のレベルが他よりも高い。


僕は、さらに詳細な検索を行った。人それぞれマナの反応には、固有の周波数のようなものがあり、かつては、それを利用して嫁さんのマナを探知する魔法を開発したことがある。それを応用し、マナの特徴を登録しておいた人物を特定するのだ。


これにより、中央のホールにいるのは、ベイローレルとローズであることがわかる。


「ローズとベイローレルが中央で戦っている。助けに行こう。……と、その前に…………」


僕は、転移魔法の魔法陣を見た。何かあった時のため、保存しておきたいとも思うが、今はこれ以上、魔獣と魔族を王都に送り込ませないことの方が重要だ。


宝珠システムで魔法陣を解析し、記録した上で、僕は魔法陣を破壊した。


「これで王都には行けなくなったけど、いいよね?」


事後承諾だが、シャクヤに確認を取ると、彼女は微笑んだ。


「はい。しばらくは二人きりでございますね」


ちょっと語弊のある言い方だな、とツッコミを入れようと思ったが、意外にもシャクヤは不安そうに僕の袖を掴んでいた。


「……もしかして、怖いのか?シャクヤ?」


「い、いえ。大丈夫でございます!しかしながら、やはり逃げ場のない地下というものは、なかなか馴染めないものでございますね。レン様は、このような状況に慣れていらっしゃるのでございますか?」


「いや、戦いなんて無縁の世界で生きてきたよ。不思議なことに、この世界に来てから、なぜか過酷な状況や悲惨な場面に遭遇しても、あまり拒絶反応が出ないんだ。人の無残な死体を見ても、吐いたりしなかった。もしかすると、この肉体は若返っただけじゃなく、極限状態における過度なストレスにも耐えられるよう最適化されてるのかもしれないね。百合ちゃんの心臓の病気が治ったみたいに」


「それを加味しましても、レン様はいつも落ち着いておられますわ」


「そう?」


「はい」


「これでもね、修羅場はいくつも越えて来てるんだよ。炎上した案件とか、顧客トラブルとか。命の危険はないけど、気持ちの上では命懸けだったこともある」


「うふふ。やはりお強いのでございますね。レン様は」


僕個人にとっては他愛のない会話なのだが、このように物事を分析しているうちにシャクヤも落ち着きを取り戻してきたようだ。


だが、二人でそうしている間にも、マップ上の生命反応は様々な動きを見せていた。そして、僕たちがいる階に魔獣の反応が次々と降りてきていることがわかった。


「わたくしたちのニオイに気づいたのかもしれません。レン様、まずは、これらのモンスターを迎撃しなければ」


「うん。多くの敵を相手にする時は、狭いところで1体ずつ仕留めるのがいい。廊下に出よう」


僕たちは廊下に出た。大広間の扉を出ると、二つの方向に伸びた廊下の、それぞれ先にある階段から、次々と魔獣が降りてくる。


僕とシャクヤは、互いに背中を預け合い、片側ずつを担当して、魔法の遠隔発動で魔獣を撃退していった。


宝珠システムには、嫁さんがチャージしてくれている大容量マナバッテリーがあり、しかも、スペアのバッテリーを多数用意しているので、いくら魔法を使っても問題は無い。


しかし、シャクヤの場合、魔導書を用いた上位魔法が得意とはいえ、何発も撃っているとマナが足りなくなってしまう。僕の渡した携帯端末宝珠と組み合わせながら戦いつつも、次第に疲れを見せはじめた。


「シャクヤ、大丈夫か?」


粗方、片付き、ひと休みできそうなところで、僕は彼女を心配して声を掛けた。彼女は上半身をフラフラさせて、僕に寄りかかってきた。僕はそれをサッと支えてあげた。


「も、申し訳ございません……さすがにあれだけ大勢の魔獣は、骨が折れますね……」


「キツかったら、あとは僕がやるよ。今の僕なら問題はない」


「い、いえ。わたくしも、まだ頑張れます!……で、ですが、その……よろしければ、レン様……マナの補充を……」


「ん?」


「以前にユリカお姉様が、レン様に抱きしめられて、マナが回復したことがございました。あれを試していただくことは可能でしょうか?」


「え…………」


かつて、僕と夫婦喧嘩中だった嫁さんが、地下遺跡でマナ切れを起こした時、僕と抱き合ったことでマナを回復させたことがあった。それをやってみてほしいと言うのだろう。


ドサクサに紛れて、何てことを言うんだ、この子は。しかも、上目使いで、しおらしくしているところが妙にかわいい。


僕は仕方なく、優しく微笑して彼女の前に立った。

シャクヤが期待の眼差しを僕に向ける。


「しょうがないな……シャクヤ……ほら……」


「レン様……」


そして、彼女の目の前にリンゴを出した。

マナ・アップルだ。


「これをお食べ。あっという間に元気になるよ」


魔法を使う者にとって、マナ切れは非常に陥りやすい上に、致命的なリスクだ。そのための対策を取らないはずはない。僕は、この戦いのために、保管しておいたマナ・アップルを全て持参してきたのだ。


マナ・アップルを眼前に出されたシャクヤは、沈んだ目でそれを見つめていた。そして、受け取ると同時にプイッと後ろを向いた。


「ありがとうございますっ!」


どうやらスネたらしい。

彼女は無言でシャクシャクとリンゴをかじっている。


たまにこういう反応をしてくるのが、たまらなくかわいいが、僕はこの子の気持ちに応えるわけにはいかないのだ。許してくれシャクヤ。


プルルルルルル♪プルルルルルル♪


そこに嫁さんからの着信が来た。

僕は、間髪入れず受け取った。


「百合ちゃん!そっちはどうなった?」


『蓮くん、フェーリスちゃんがまだ生きてる!助けてあげて!!』


他にも気になることがたくさんあるが、嫁さんが開口一番に言ってきたということは、最も急を要する事態なのだろう。僕は直ちに嫁さんに指示を出した。


「わかった!そのままフェーリスの近くに宝珠を置いてくれ。あとは僕がやる!」


『うん!』


同時に僕はシャクヤにも支援を頼んだ。


「シャクヤ、僕はしばらくこっちに集中する。魔獣が来たら頼む」


「かしこまりました!」


フェーリスの近くに置かれた携帯端末宝珠を通じて、僕は彼女の肉体状況を解析した。


貫かれた腹部もひどいが、背中の裂傷が激しい。幸いにも左の肺と心臓は無事だが、右の肺をはじめとした複数の内臓が斬り裂かれ、背骨が砕かれている。


完全に致命傷である。

攻撃を受けてから30分以上。

よくぞ今まで生きていた、と言いたい。さすがは魔族幹部だ。


『蓮くん、どう?助かりそう?』


「大丈夫だ。クラウド化に成功した『宝珠システム・バージョン5』なら、その携帯端末宝珠でも、スーパーコンピューターの恩恵を受けることができる。いよいよ僕が開発した大規模治癒魔法を試す時が来たんだ」


そして、僕はフェーリスに向かって語りかけた。


「フェーリス、意識はあるか?これから僕が行うのは、臨床試験を行っていない理論上の魔法なんだ。失敗する危険性もある。でも、このままでは、お前は死ぬ。すまないが、僕に命を預けてくれ」


薄っすらと目を開けたフェーリスは、それを無言で聞いている。どちらにしても、今はそれを了承と受け取る以外にない。


僕は治療を開始した。


携帯端末宝珠を遠隔操作し、必用な一連のアプリケーションを起動する。まずは、フェーリスの肉体情報の完全なる解析である。


『あ、あの、レン様!この魔族を治療できるとおっしゃいましたが、いったいどのようにされるのでしょうか?』


テレビ通話の先から、ラクティフローラが心配して質問してきた。彼女は、服がかなり汚れているが、怪我は全く無さそうだった。


「ラクティか!よかった!無事だったんだな!」


『はい!お姉様のお陰でございます!ですが、今はこの猫の魔族のことです!このような状態では、無理に治癒魔法をかけると、かえって苦痛を与えてしまいます!』


「大丈夫だ!そのまま見ててくれ!まずは修復魔法を応用して、フェーリスの肉体の正常時の情報を取り出すんだ」


『え……』


僕が最初に実行した魔法は、地の上位魔法【破砕修復デフラグメンテーション】を加工した、過去解析魔法である。


修復魔法とは、過去に存在していた、”あるべき姿”に戻す魔法だ。


この世界に存在する未知の物質『マナ』は、過去の情報を記憶する性質があるようで、修復魔法はそれを解析して、物体が破壊される前の状態を導き出し、その形状まで分子レベルで復元する高度な魔法だった。


僕は、その過去の”あるべき姿”を解析する部分だけを実行する魔法を開発した。


生きた生物に対して、これを実行すると、膨大な情報量が出力される。しかし、バージョン4でデータベースの構築に成功している宝珠システムは、これを容易に保存し、整理整頓することができた。


わかりやすいように、フェーリスの真上にその情報が映るようにした。


『こ……これは……健康時の体の状態でございますか?』


ラクティフローラの驚く声が聞こえる。


「そうだ。この情報をもとにフェーリスの肉体を細胞単位で復元していく」


『さ、さいぼう……とは?』


「生物の体を構成している、最も小さい生命のことだ。僕たちの体は、何十兆個という細胞が寄り集まって出来ている」


『そんなことまでご存じなのですか……』


「ラクティ、生きた人間に修復魔法をかけたら、どうなるか、わかるかい?」


『それは、決してやってはいけない殺人行為です。生きた生命を修復すると、肉体全体が変色して死んでしまいます。そして、血液が逆流して、心臓が圧迫され、破裂してしまうのです』


「そのとおりだ。修復魔法は、分子レベルで元の位置に戻し、復元してしまう。だから、割れたガラスなども亀裂を残さず元どおりに修復することができる。ところが生物はそうはいかない。なぜなら、細胞単位で常に代謝が行われているからだ。生物に修復魔法をかけると、代謝を逆行させてしまうため、細胞の一つ一つが破壊されてしまう。肉体が変色するのは、そのためだ。血液についても同じだ。元の位置に戻ろうとするので、血は逆流してしまう」


『はい。ですから、生物を修復することはできません』


「そこで、僕は新しい方法を考案した。修復魔法を細胞単位で”元の位置に戻す”ことのみに使い、治癒魔法を併用して細胞分裂と自然治癒を促す。そうして、損傷した肉体を少しずつ再構成するんだ」


僕が説明している間にも、フェーリスの体がわずかに宙に浮かび上がり、周囲が柔らかく発光した。


「とはいえ、その前にやることは多い。フェーリスの周りにいる人たち、全員、少し離れてくれ」


嫁さんとラクティフローラ、およびルプスがフェーリスから離れる。すると、周辺の気温が一時的に少し高くなった。


「まずは、火と風の魔法の連携で、周辺の空気を殺菌消毒した。空気の壁で囲んだから、手術が完了するまで、誰も近寄れない」


『は……はぁ……』


「次に空気を圧縮して固める魔法を応用し、損傷部分を止血。さらに途絶えている血液を循環させる」


空気を固める魔法で出血箇所を止血し、さらに空気で出来た透明のチューブを作成。ところどころ切断されている血管に接続した。これで、血流だけが正常に通うことになる。


『……ん……んぐぅぅ…………』


フェーリスが小さく呻いた。

麻痺していた神経が回復し、かえって痛みを伴うようになったようだ。


「痛み止めが必要だな。水の上位魔法、【治癒の甘露ヒーリング・ドロップ】には、苦痛を軽減する効果がある。それのみを抽出した魔法を行う」


淡い光に包まれたフェーリスは、穏やかな表情になった。


「次は、水の魔法で血液を操作し、内出血して溜まった血を体外に排出する」


フェーリスの体内から出てきた血が上空に集められて塊になった。


「さて、ここからようやく治療開始だ。最初に砕けた骨の破片や異物を除去する。その際、これらが突き刺さっていた内臓の傷が開いてしまうので、同時に細胞レベルで修復と治癒を施す」


僕はシステムに命令を与え、それらを一つ一つ丁寧に行った。重傷者に治癒魔法をかけてはならない最大の理由が、この場面だからだ。


内臓を激しく損傷したり、折れた骨が内臓に刺さったりしている場合、外科手術なしに自然治癒力を高めても、患者に苦痛を与えるだけなのだ。


骨の破片をゆっくり操作して、外に取り出し、一箇所に集める。破片が刺さっていた箇所から出血するので、それを空気の壁で止血し、細胞単位の修復魔法と治癒魔法をかける。


肉眼では文字を読み取れないほどの小さな魔法陣が多数出現した。


修復魔法で細胞を元の位置に戻し、治癒魔法で代謝を促進して、細胞の復元を助ける。細かい魔法陣が散りばめられて発動する様は、まるで細胞一つ一つがキラキラと発光しているようだった。


「ふぅ……破片の除去と傷の回復は成功した。次は、骨の修復だ」


背骨が傷つけられた状態で、よく生きていたものだと称えたい。

僕は、その修復にあたった。


骨もまた、ただの物体ではないため、修復魔法を”元の位置に戻す”ことのみに使用し、治癒魔法によって復元の手助けをする。


体内にあった破片は全て集めたが、わずかに体外に出てしまった破片もあるようだ。そこは、治癒魔法によって骨を生成するための破骨細胞と骨芽細胞を刺激し、復元を促進した。


切断され、折られていた背骨と肋骨が、見事にくっついた。


「よし……あとは、順番に傷口を治療するだけだ」


僕は、貫かれた腹部と損傷した内臓を一箇所ずつ慎重に治療した。


これもまた、細胞単位の修復と治癒だ。攻撃された時の衝撃によって、失われた細胞も多いため、そこは治癒魔法による細胞分裂の促進で、新しい細胞を生成させる。


みるみるうちに傷口が塞がってきた。


「さっき取り出した血液の滅菌が完了したから、これも輸血しよう」


毒を検知する魔法を応用し、異物を除去したフェーリス自身の血液。拒絶反応の可能性がゼロである、この最も安全な血液を再利用し、輸血しながら、血管の修復も行った。


これで、体内の傷はほとんど修繕できたことになる。


『……ん?…………うーーん…………あれ?なんだか……全然痛くないニャ……』


フェーリスがハッキリと意識を取り戻した。


『やったぁ!!!フェーリスちゃんが生き返った!!!』


『すっ!!すごいですわ!!!すご過ぎますわ!!!』


嫁さんとラクティフローラの感激した声が聞こえてくる。

二人とも涙ぐんでいるようだ。


「フェーリス、まだ完全に終わったわけじゃない。そのまましばらく動くな。背中はパックリ開いたままなんだから」


『わかったニャ。まさか人間のレンに助けてもらえるニャんて、夢みたいニャ』


「お前は頑張った。助けるのは当然だ。それに申し訳ないんだが、人に試す前に魔族の体で臨床実験ができた。逆に礼を言いたいくらいさ」


『よくわかんないけど、助けられたウチがお礼を言われるって、レンはやっぱり面白いニャ……』


こうして、僕が常々考案していた究極の治癒魔法は、ついに完成し、成功した。


生命の構造は複雑である。

この世にどんな重傷も治せる、都合のいい完全回復魔法など、存在するはずがない。


そう結論付けた僕が、試行錯誤を重ねて辿り着いた終着点。


それは、宝珠システムの高度な演算能力を駆使した、魔法による外科手術だったのだ。


『グスッ……蓮くん、やったね。本当に出来ちゃったね。致命傷でも治せる最強の回復魔法……』


感動して涙ぐんでいる嫁さんの声が聞こえたので、僕は謙虚に答えた。


「回復魔法と言うより、手術だけどね。実はこれ、あの”コウモリ野郎”のシソーラスが遺した研究成果が大いに役立ってるんだ。あいつのやったことは許されないことだけど、お陰で人体構造を緻密に把握することができた。医学を学んでいない僕が、ここまでできたのは、いろいろな偶然が積み重なった結果なんだよ」


『そうなんだ。でも、あいつの悪行を人のために使ったのは蓮くんだよ』


「それと、一つだけ問題がある。この魔法手術を実行しているのは百合ちゃんのマナなんだけど、無数の細かい魔法を連続発動してるから、消費が激しいんだ。既に携帯端末のマナを半分以上使ってしまった。ちょっとチャージしてくれないか?」


『りょ!』


いかにクラウド化されたと言っても、魔法を発動するためのマナは携帯端末宝珠から使用されるのだ。嫁さんがマナを注入してくれたことで、携帯端末宝珠が再びフルチャージされた。



さて、フェーリスが元気を取り戻しつつあるのを見届けたウチの嫁さんは、決意を固めた目つきで立ち上がった。


『よし!私も頑張らないと!ね、ルプス、さっきあなたがやっていた、空中でジャンプするような移動手段。あれ、どうやるの?』


嫁さんは、ルプスが空中で空気を蹴るように方向転換したことを尋ねた。

ルプスは困ったように答えた。


『ガウグルル、ガウアウア(夢中だったから、オレもよくわかりません)』


『そっか……うーーん……あの時の感じ……確か足にマナを集中させて、こんなふうにやってたわよね?』


嫁さんは、空中に跳び上がり、記憶を頼りにルプスの動きを再現してみせた。すると、足からマナを放出し、その勢いで空中をジャンプするように方向転換した。


『あっ!できた!これだ!!』


『ガウアアアアアアアアアッ!?(ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)』


嫁さんが何かを始めたので、疑問に感じていると、彼女の方が僕に注文してきた。


『蓮くん!ちょっと地図を表示させて!』


「あ、あぁ……」


地図情報を彼女の前に表示させると、嫁さんはラクティフローラに聞いた。


『ラクティちゃん、地図のこの場所、ここからだとどっちの方向になる?』


『え、えっと……こちらの方角になりますわ』


『あっちね……蓮くん、ちょっと待っててね!私、これからそっちに向かうから!』


「えっ!?来れるの!?」


僕が聞き返す間にも嫁さんは気絶しているストリクスを持ち上げていた。


『こら!起きなさい!フクロウ博士!』


顔を何度もビンタされ、無理やり叩き起こされる可哀想なストリクス。彼は、嫁さんの顔を見るなり、震え出した。


『ホ……ホウォォォォ…………な…………なんでございましょうか……?』


『あなた、空を飛べるなら、魔族の城の場所もわかるわよね?』


『は……はぁ…………』


『ついて来なさい!!』


『え?』


『ラクティちゃん、その宝珠は置いていくから、蓮くんとよく連絡取っておいて!じゃあね!私、ちょっと行ってくる!!』


『え……お姉様、どちらまで?』


ストリクスもラクティフローラも、よく意図を理解できないまま、嫁さんは、空中に跳び上がった。そして、右手にストリクスを抱えたまま、足にマナを込めて、後方に蹴り出した。


ギュゥゥオオオォォォォッン!!!


音速を遥かに超えたスピードで、しかも衝撃波を発することもなく、嫁さんは飛んで行った。向かった先は、ラクティフローラに指差された方向だ。


『そ、空をお飛びになった!!!』


嫁さんは気づいたのだ。自分自身の行動に関しては、不思議と空気抵抗を受けず、ソニックブームを発声させることなく移動できることに。


そして、ルプスが無我夢中で発揮した技を参考にし、足からマナを放出することで、空中で瞬時に加速するスキルをあみ出した。


ついにウチの嫁さんは、音速を超えて空を飛行する術を身につけてしまったのだ。


ちなみに不憫なことだが、悲鳴と絶叫を上げるストリクスの声は、音速を超えている嫁さんの耳には一切届くことはない。


「百合ちゃん……ここまで自力で来るつもりなのか……」


感動するような呆れるような、不思議な気持ちで僕は、通信先の光景を見た。


王都から魔城までの距離は1200キロ以上。東京から北海道の北端までを直進するくらいの距離だ。だが、もしも音速の2倍、マッハ2の速度を出すことができれば、30分で到着することができるだろう。


僕はただただ、彼女が方向音痴をこじらせず、無事に着いてくれることを祈るばかりだった。

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