第140話 百合華無双

白金蓮は、王都に向かって白金百合華を転移させた。


百合華は転移が完了した直後、直ちに周辺の気配を探り、状況を把握した。


すぐ上空に逃げようとしているフクロウ男、ストリクスがいる。彼は、百合華からの腹パンと蓮が与えた真空状態のダメージにより、完全に疲弊していた。そして、精神的に完全に折れていた。


「ホ……ホゥ……ホォォォォ…………ダメです……アレはダメです!あんな人間!全てが理解を超えています!常軌を逸しています!!魔族など比ではない!アレは悪魔です!死神です!この世に生きる生命が、手を出していい相手ではなかったのですぅぅ!!」


力なくヨロヨロと飛行するストリクスに、音速を超えて跳躍してきた百合華が一撃を入れた。


「ホッぐほぁっ!!!」


腹に食らった拳は、ストリクスの意識と心を完璧に砕いた。


さらに百合華は、数キロ先にいるラクティフローラと意識が混濁しているフリージアの気配を感じ取っていた。そこに狼の魔族カニスとルプスがおり、今にも攻撃しようとしている。また、その周辺には魔獣が集まっていた。


百合華は、携帯端末宝珠から、白金蓮が用意しておいた空気を圧縮する魔法で、上空に壁を作り、それを蹴った。


空中で軌道を変えることに成功した彼女は、ラクティフローラがいる方角に真っ直ぐ飛んで行く。付近に着地した彼女は、超高速で移動し、今にもラクティフローラを殺そうとするカニスに体当たりを食らわせたのだ。


「ごめんね!ラクティちゃん!遅くなっちゃった!!」


間一髪のところで王女を救うことができた百合華は、気絶したままのストリクスを放り出す。そして、横で震えているルプスに一言命令し、おすわりをさせた。


微笑してラクティフローラの方を見ると、王女は目を丸くして口をポッカリ開けたまま、茫然自失状態になっていた。


「あれ?もしもーーし、ラクティちゃん?大丈夫?どこかショック受けた?」


顔を近づけて心配している百合華に気づき、ラクティフローラはようやく我に返った。


「はっ!!あ……あの、あの……ユリカ……さま……」


とはいえ、何を言ってよいのか、全くわからない。


ラクティフローラの意識はしっかりしていると感じた百合華は、次にフリージアを心配した。


「フリージアさん、重傷だけど、命に別状は無さそうね。ちゃんと治療すれば、腕も治ると思う」


「えっ!そのようなことまで、おわかりになるのですか?」


「うん。なんとなくだけどね。あとで蓮くんに診てもらいましょ。それよりも、今は……」


百合華は立ち上がって、全体の状況を見た。周囲では、まだ魔獣と騎士団の近衛部隊による死闘が続いている。彼らを放置することはできない。


深呼吸した百合華は、魔獣と騎士たちの位置を完全に把握し、その足で高々と跳躍した。


空中でアクロバティックな回転をしながら、彼女は、全ての魔獣に向けて拳からマナを飛ばすスキルを次々と発動する。


――マナパンチ――


単純明快なネーミングで、彼女が決めたスキル名である。


白金百合華の豪快なパワーがそのままマナの塊に乗り、弾丸以上の速さで飛来する。


物体の飛行とは異なり、マナの塊は、音速を超えても空気を圧迫せず、ソニックブームを発生させなかった。空気抵抗を一切受けないため、百合華の狙いどおりに直進させることができる。石を投げた時と比べれば、命中精度は段違いだ。


無数に放たれた砲弾のような、それらのマナが、魔獣の1体1体の急所に1ミリのズレも無く命中した。そして、跡形も無く消し飛ばされてしまった。


一つ一つの攻撃が、ルプスの全力攻撃を遥かに凌駕していた。


この一連の動作だけで、まだ80体近く残存していた周辺の魔獣を、百合華は一掃してしまった。


彼女が王都に転移してきてから、ここまでが、わずか1分半の出来事だ。


「うん。これで、ひととおり片付いたかな。あとは、王都中に1体ずつ散らばっちゃってるわね。これは追いかけるのが大変だなぁ……」


華麗に着地し、独り言のように呟く百合華。


彼女の強さを目の当たりにしたラクティフローラは、目が飛び出すほどの勢いで驚愕していた。


(えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!!なんなの!!!なんなのこの強さ!!!!こ、これは!勇者様の力!?いえ!いえいえいえ!!違うわ!これは、語り継がれてきた勇者様の力を遥かに超えてるわよ!!!なんなのこの人!!!いったい何者なの!!!)


王女がすぐそばで顔面崩壊しそうなほどの驚きぶりを見せているが、百合華は涼やかな顔でルプスのことを気にしている。そして、震えたまま、おすわりしている彼に言った。


「ルプスって言ったわよね。私の言葉、わかる?王都にいる魔獣を止めなさい。魔族なら言うこと聞かせられるわよね?」


ルプスは驚いた。


以前に会った時にも、白金蓮と百合華の言葉を聞き取れたのだが、きっと何かの間違いだと思っていた。だが、面と向かって自分に話しかけられたことで、それが気のせいではなかったことに気づいた。カニスと魔王以外で、初めてコミュニケーションを取れる相手に巡り合ったのだ。


彼は、恐る恐る自分の言葉で返答した。


「ガウガウオウア(それは無理だ)」


「やっぱり、私たち、会話できるわね。で、どうして無理なの?」


「ガルルルル、アウウウオ、ガウアウア(オレは、仲間を裏切るわけにはいかない。その命令は聞けない)」


「仲間を大切にするのはいいけど、人殺しはダメでしょ。それがわからない?」


「ガウ!ガウガウガウオ!グルルルルル!ガウアウガウアッ!!(オ、オレは命じられた!その女を殺せと!殺さなければいけないんだ!!)」


震えながらもルプスは奮起し、雄叫びを上げながら立ち上がった。目の前の百合華を圧倒的な強者と理解した上で、彼は命を賭して戦うつもりなのだ。


「聞き分けの子ね。やっぱり懲らしめないとダメか……」


悲しそうな顔をした百合華は、瞬時に移動してルプスの腹にパンチをした。


ところが、それにタイミングを合わせたかのようにルプスは後ろに下がり、回避してしまった。これには百合華も感心したように驚いた。


「えっ……あなた、すごいわね!私の攻撃をまともに避けたの、あなたが初めてよ!」


大狼ルプスは全神経を百合華の未来の動きに集中している。それでも彼女の動きが速すぎるため、予測した攻撃から逃げるだけで精一杯だったが。


「そっか。あなた、私の未来を予測できるのね。攻撃が来る前に避けてるんだ」


自分の動きを一度見ただけで、そこまで見透かされたことにルプスは愕然とした。だが、それについてどうこう考える暇も無い。すぐに百合華が攻撃してくる未来を感知したのだ。


「だったら、どれくらいの速さまで耐えられるかな?」


今度の百合華は、さらに速度を上げてきた。

それを彼は全力で移動し、ギリギリのところで躱す。


しかし、躱しても躱しても百合華は攻撃をやめなかった。際限なく速度を上げてくる彼女の攻撃を、ルプスは必死になって躱しつづける。


その様子を見ているラクティフローラには、まるで二人が連続で瞬間移動を続けているように感じられた。常人の域を遥かに超えた戦いに、彼女はただ唖然とする他ない。


やがてルプスの未来予測が、百合華の速さに全く追いつかなくなった。彼が未来を理解し、行動に移すまでの刹那の間に、百合華は接近して攻撃してきたのだ。


これほど絶望的な力の差を見せつけられたことのないルプスは、死の予感すら感じ、火事場のバカぢからを出した。


今まで出したことのないような脚力で、彼は俊敏に上空へジャンプし、百合華の攻撃を回避した。


「やるじゃない!でも、次で最後よ!」


百合華も素早く跳躍した。

互いに方向転換不可能な空中戦。

もはやルプスに勝機は無い。


彼は、百合華に殺されるものと覚悟し、心の中で命を燃やすように吠えた。


(ダメだ!この人間には絶対に勝てない!!ならば、せめて死ぬ前に、命令だけは遂行しなければ!!)


必死の思いと、何もかもをかなぐり捨てる覚悟でルプスは足に力を込めた。

この時、不思議なことが起こった。

彼は、今まで出したこともない力を発揮したのだ。


ズギュン!!


空中を上に向かって蹴ったルプスは、なんとその勢いで下に向かって加速したのだ。まるで、地面の代わりに空気を蹴ってジャンプしたかのようだ。


「えっ!!」


予想外の動きを見せたルプスに驚愕する百合華。

しかも、彼が向かった先は、ラクティフローラだった。


(何、今の!?空気を蹴ってジャンプした!?あんなことできるの?ダメ!今から蓮くんの空気の壁を作っても、あの速さじゃ間に合わない!)


達人の領域の戦いである。ルプスがラクティフローラに辿り着くまで、零コンマ何秒という世界だ。白金蓮の魔法を発動している暇など全く無かった。


ゆえに百合華は、ほんの少し全力を出した。

超高速の『マナパンチ』をルプスに向かって放ったのだ。


ドゴッ!!!


音速を遥かに超える速度で飛来したマナの塊をルプスはまともに食らった。その勢いで、隣の建物にめり込んでしまう。骨は数ヶ所に渡って砕け、血を吐き出して気絶してしまった。


「怖がらせて、ごめんね。ラクティちゃん!ちょっと遊びすぎちゃったみたい!」


優雅に降りてきた百合華が謝罪するが、戦いの速度に全くついていけなかったラクティフローラは、何がどうなったのか、ほとんど理解していない。


ただ、化け物級の強さを持っていた大狼が、不思議な力で、あっさり敗北してしまったことだけが、目に見える結果となって映った。


「ユ……ユリカ……様……あなたは、いったい…………」


「私?私は、ラクティちゃんがこの世界に召喚した勇者でしょ?」


「えっ!?勇者!?」


「蓮くんがいつも言うの。私が勇者で、自分は従者なんだって」


「し、しかし、わたくしはベイローレルから聞きました。ユリカ様はレベルが15しかないと……」


「あぁ、それ間違いなの。蓮くんがちゃんと測ってくれたんだけど、私のレベルは、150なのよ」


「ひゃっ!ひゃひゃひゃひゃひゃ……150ぅぅぅぅ!?」


「騎士団の人たちは、誰一人信じてくれなかったけどね」


「わ、わたくしは、ユリカ様を勇者として、この世界に呼び出したということでしょうか?」


「うん。そういうことみたいよ」


「で、では、レン様は……レン様はどうしてご一緒に?」


「なぁーーんかね、よくわかんないけど、蓮くんってば、可哀想なことに、私について来ちゃったみたいなのっ。だって、あの人、レベル16しかないしぃ」


気さくに笑いながら、そう説明する百合華。

この瞬間、ラクティフローラの中で、何かが音を立てて崩れた。


彼女は体を震わせて黙考した。


(そんな……私は勘違いをしていたというの……?勇者様が女性だった前例なんて、今まで無かったから、考えもしなかった。私は……私は、この世界で初めて、女性の勇者を召喚してしまったんだわ!それもレベル150!!伝説の勇者様を遥かに超える、神のごとき強さの女性勇者!!いえ、違う。この方こそが女神だわ!!私は!この世界に、戦いの女神を召喚してしまったんだわ!!!」


女性であるという理由だけで、政治にも参加できず、騎士団から情報すらもらえなかった彼女は、この時、自分の胸の中に全く新しい希望の火が灯されたことを知った。


座り込んだまま、目をキラキラさせている彼女の肩を、百合華は優しく持ち上げて、立ち上がらせた。まるで子どもを扱うように軽々と自分を引き上げた百合華の逞しさに、ラクティフローラは感激した。


そして、いきなり抱きついた。


「お姉様……」


「…………え?」


「お姉様と……お呼びしてもよろしいでしょうか?」


「えぇぇぇ?どうしちゃったの?ラクティちゃん?」


「今まで全く気づくことができず、申し訳ございませんでした!お姉様!ようやく、わたくしは、自分が求めるべき真実の愛に気づきましたわ!ユリカお姉様こそが、わたくしの勇者様!世界最強の、わたくしの女神様でございます!!」


「ちょ!ちょっと待って!私、そういう方向性ないから!どう転んでも、蓮くん一筋だから!!」


「お姉様ぁぁっっ!!!」


「ちょっとぉぉぉぉっっっっ!!!」


ガッチリとしがみついてくるラクティフローラに、タジタジになってしまう百合華。いかに世界最強の勇者といえども、この展開は全く予想外だった。


だが、ここで百合華は再び真剣な表情になり、後ろを見た。

ルプスが意識を取り戻し、立ち上がろうとしているのだ。


「すごいわね。あなた……さっきのは、殺しちゃったかもって心配するくらいの一発だったのに、まだ立ち上がるんだ」


その様子を見て、再び脅え出したラクティフローラを自分の背後に隠れさせ、百合華は優しく言う。


「ラクティちゃん、心配しなくていいわよ。あなたには、指一本触れさせないから」


「は……はい」


頬を紅潮させ、目をハートマークにするラクティフローラ。


そして、瓦礫の中から、ルプスが血だらけの状態で、フラフラになりながら立った。体は既にボロボロのはずなのだが、それでも目だけは死んでいない。


「ガルルア……ガルグルルガウア……(オレは……負けるわけにはいかない……)」


「どうして?どうして、そこまで頑張るの?」


「ガオガウガ(仲間を守るためだ)」


「やっぱりそういう感じなんだ……」


ルプスの返答を聞いて、百合華はある確信を得た。

そして、説得を試みることにした。


ここからは、狼言葉を抜きにして、彼女とルプスにだけ通じている会話を記載しよう。


「あなたからは、邪悪な気配が全然しない。すごく純粋な思いで戦っているでしょ。フリージアさんだって、本当は殺せるはずだったのに手加減したわね」


「標的以外は、関係ないからだ」


「だったら、誰も殺しちゃいけないでしょ!殺せ、と言われたから殺すってのは、自分で何も考えていない分、余計にタチが悪いわ!」


「お前たち人間が、オレたちを殺しに来るから、戦ってるんだ!」


「それはいつ?誰が言ったの?」


「カニスだ!オレの親友のカニスが、全部教えてくれた!お前たち人間が、魔族を滅ぼしに来ると!」


「そうじゃないでしょ!今回だって、あなたたちが攻めてきたから、人間が戦ってるんじゃない!違う?」


「………………」


百合華に指摘されて、ルプスは周囲を見渡した。激しい戦闘が行われたため、破壊され、煙がくすぶる家々が数えきれないほど散見される。


「あなたたちが何もしなければ、人間も魔族に何もしないのよ。それが、わからないはずないでしょ?」


「でも、カニスが言った。人間は殺さなければならないと」


「それ、カニスに騙されてるとは、思わなかったの?」


「なに!?」


これを言われて、ルプスは沈黙した。

今までのことを必死に思い出しているようだ。


「どう?何か思い当る節はある?」


「わからない……あいつはいいヤツだ。狼以外とは言葉の通じないオレの面倒をあいつはいつも見てくれた」


「あなたとコミュニケーションを取れるのは、彼だけ。だったら、あなたを騙すのも簡単じゃない?」


「わからない……わからない…………だが、あいつを見ていて、時々思ってたことはある。殺さなくてもいい相手を、あいつはよく殺してた」


「じゃあ、ちょっと確認してみましょ。彼はまだ生きてるわ。起こして質問してみるの。私とあなたが会話できるのは内緒でね」


「……わかった」


ルプスは、百合華に言われたとおり、気絶しているカニスを連れてきた。その頬をペチペチと何度か叩き、彼が目を覚ますのを待つ。


「……ん……うーーん」


カニスが目を開けた。

そして、百合華の存在に気づき、ビックリして起き上がって、身構えた。


「あっ!なんだ、おめぇは…………あ、あの時の女か」


「カニスって言ったわよね。私は百合華。あなた、ルプスを騙して人間を襲わせるように仕向けたでしょ?」


「はぁ?いきなり何言ってんだ?……フッ、まぁ、別におめぇにバレたって、意味ねぇけどなぁ。そうだよ。こいつは、オレの言うことだけ聞いてくれる、便利なヤツなんだ。なんでもホイホイ信じてくれるから、扱いやすいのなんのって、それで最強の戦闘能力を持ってるんだぜ。こんな最高の親友はいないだろう!」


百合華の推測は完全に当たっていた。

カニスは、ずっとルプスを騙していたのだ。


狼の言葉以外は通じないルプスの通訳を務めることで、魔族の仲間には、ルプスが残忍な戦闘マシーンであるかのように印象付け、心優しいルプスには、人間を殺さなければ魔族に未来は無いと信じ込ませていた。


そうして、ルプスが自分にだけ都合良く動くように仕立て上げていたのだ。


百合華は、横で聞いているルプスが理解しやすいよう、もう一度尋ねた。


「なるほど。確認するわね。あなたはルプスを騙して、いいように利用していた。間違いないわね?」


「ああ、そうだよ!だから、何だってんだ!!」


言い終わるや否や、カニスは会話中に伸ばしていた自分の影に瞬間移動し、百合華の背後に回り込んだ。ところが、爪を突き立てようとした右手を、振り向きもしない百合華に掴まれてしまった。


「えっ!!!」


「瞬間移動する能力か……確かにすごいけど、私には何の意味もないわね」


捕えられた右手を捻られ、空中を回転して地面に叩きつけられるカニス。

そこにルプスが近づいてきた。


「ル……ルプス……こいつもやべぇ……こいつもお前の標的だ……やっつけてくれ……」


それを無言で見続けるルプス。

百合華は優しい声で彼に言った。


「どう?ルプス、今のやり取り、わかった?私の言葉をカニスは全く否定しなかった。それが彼の正体よ」


「はぁ……?何言ってんだ?この女?おい、ルプス、この女を殺せ。こいつは勇者だ。こいつを殺せば褒美がたっぷりもらえるぞ」


カニスは、いつもどおりにルプスに指令を与えるが、ルプスは黙り込んだままだった。そして、ようやく口を開き、狼言葉で言った。


「……カニス、お前、オレを騙してたんだな」


「は?何言ってんだよ。ルプス。んなわけねぇだろうがっ」


「お前はオレに罪のない命をたくさん奪わせた。オレは、本当は殺すのは好きじゃないんだ」


「ちょっ、ちょっと待て。急にどうしたんだルプス!オレとお前の仲だろうが!」


動揺するカニスに百合華が横から説明した。


「ルプスにはね、私の言葉が通じるの。だから、さっきの私とあなたの会話は、ほとんど理解できたのよ」


「はぁぁぁっ!?何してくれてんだ、このクソ女!!!」


百合華を罵るカニスだが、その瞬間、ルプスに襟首を掴まれ、空中に持ち上げられた。ルプスは、憤怒の表情でカニスに告げる。


「あの王女が脅えているのを見て、変だと思ったんだ。アレは、オレたちを殺しに来る者の目じゃない。仕方なく戦っていた者の目だった」


「ま、待てよ。ルプス。森の中で、ずっと自分のことを、ただの狼だと思ってたお前を連れ出してやったのは誰だ?魔族の仲間に引き合わせ、いろんな遊びを教えてやったのは誰だ?人間を殺して食うと、うまいってことを実演してみせたのは誰だ?えぇ?」


「オレは人間を殺したかったわけじゃない。空腹を満たすため以外で、オレは命を奪ったことはなかった。森に生きる者なら、命の尊さを知ってるはずだ」


実は博愛主義者だったルプスの心情を聞き、カニスは急に逆ギレして本性を現した。


「狼のクセに何言ってんだ、てめぇは!!!青臭ぇこと言ってんじゃねぇよ!!!言葉もしゃべれねぇお前の面倒を見てやった恩も忘れやがって!!お前の力を利用して何が悪いんだ!!騙される方が悪いんだよ!世の中、そうやって出来上がってんだろうが!!」


ついに本音をぶつけられたルプスは怒り心頭で拳を振り上げた。しかし、それが振り下ろされる前にカニスは瞬間移動で逃げる。


状況が完全に不利になったことを悟ったカニスは、目的を逃走に切り替え、影を遠くへ伸ばすことに集中していた。持ち前のスピードと瞬間移動の組み合わせで、王都から逃げる算段だ。


(こうなったら、仕方ねぇ!!瞬間移動を繰り返して、ここから逃げ出し、再起を図ることにするぜ!)


だが、いかに彼が瞬時に移動できようと、その移動先をあらかじめ知られていては何の意味も無い。カニスが次に瞬間移動した目の前には、既にルプスが立っていた。


(しまった!いつも一緒にいたから、オレのニオイなんて、バレバレだった!未来を先読みされたら、瞬間移動の意味がねぇ!!)


「ガルルルアッッッッ!!!!」


怒りを込めたルプスの渾身の一撃がカニスに炸裂した。


ゴギュッゥゥン!!!


なんと、上から叩きつけられたことで、カニスの頭が胴体の中に完全にめり込み、まるで首なし死体のようになってしまった。


首の骨と頭蓋骨は砕け、脳を破壊され、鎖骨がグニャリと変形したため両腕は上に上がり、奇妙な形のバンザイになった。これまで幾度となくタフさを見せてきたカニスだったが、この瞬間、即死した。


「ルプス……殺さなくてもよかったのに……」


呆れる百合華に、ルプスは驚いた様子で言った。


「あなたは、こんなヤツでも殺すな、と言うのですか?」


「うん。殺すのはよくないわ」


これを聞いて、ルプスは自ら、おすわりをした。


「オレは、あなたに従います。どうかご命令を」


「じゃあ、まずは王都中に散らばってる魔獣を止めて、あの魔法陣のところに集めて」


「はい」


ルプスは天を仰いで遠吠えをした。


すると、王都全域で散り散りになって暴れていた、魔獣たちが一斉に動きを止めた。また、戦闘不能になりながら、かろうじて生き残っていた魔獣もヨロヨロと起き上がった。それらは、ゆっくりと魔法陣のある屋敷に向かって進みはじめた。


「私たちも、あの魔法陣のところに行くわよ。実は、まだ助けたい子がいるの。まだギリギリで気配が残ってる。あなたはフリージアさんを抱いて連れてきて。大怪我してるから、優しくね」


百合華は、ラクティフローラを片手で抱っこし、さらにもう一方の手で気絶しているストリクスを掴んだ。ルプスは気を失っているフリージアをそっと抱きかかえる。二人は、一緒に転移魔法の魔法陣の場所まで走った。


屋敷の魔法陣まで戻ると、うつ伏せで倒れている猫耳魔族フェーリスがいた。背中の裂傷が激しく、虫の息だが、魔族の凄まじい生命力で、なんとか命を繋いでいた。


「ごめんね。フェーリスちゃん。あなたの体力がまだありそうだったから、人を助けるのを優先しちゃった」


彼女に近寄った百合華は、携帯端末宝珠で白金蓮に連絡を入れた。

ワンコールで蓮が応答する。


『百合ちゃん!そっちはどうなった?』


「蓮くん、フェーリスちゃんがまだ生きてる!助けてあげて!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る