第107話 魔王の実験

山岳地帯の魔城にて、魔王デルフィニウムと対面を果たした白金蓮と百合華。それは満月の光が神々しい、この世界における7月15日である。


さて、幼女魔王であり、白金夫妻が『マオ』として認識していたデルフィニウムが、今までどのように過ごしてきたのか。


少し時を遡って、語らなければならないだろう。


奇しくもちょうど1ヶ月前、商業都市ベナレスへの攻撃中止命令を出したデルフィニウム。


それは白金百合華の存在を恐れてのことであり、二度とベナレスには近づきたくないと当時は考えていた。しかし、いかに歴代最強の魔王と謳われても4歳の幼少期である。しばらく時が経てば、敵に対する恐怖よりも、街で遊んだ楽しい思い出の方が優先されてしまった。


また、あの面白い街に行って遊びたい。おいしいものも食べたい。


その期待感が恐怖心を上回ってしまった。子どもの発想である。彼女はニワトリ女のガッルスに頼み、再びベナレスへ向かった。


すると、前回のように百合華の気配を感じなかった。デルフィニウムは狂喜した。理由はわからないが、あの女がこの街からいなくなったのだ、と。


そして、スタンプたち少年少女と再会し、悪い遊びや盗みを教わり、楽しく遊び回るようになった。次第に通う頻度も上がっていった。


そうして半月ほど経った頃、ラージャグリハ王国から追われて戻ってきた白金夫妻とベナレスで遭遇したのである。


最初は、百合華の気配に気づき、物陰から窺うようにひっそりとしていたが、そのうちになぜか百合華がいなくなった。


そのタイミングで白金蓮に呼ばれ、思わず近づいて、寄り添ってしまったのだ。かつて、百合華を抱きしめる蓮の姿を目撃し、憧れを抱いていたからだ。


不思議とご馳走になった食糧が、いつもよりおいしく感じられた。さらには、お腹いっぱいで動けない、とワガママを言うと、白金蓮に優しく抱きかかえられてしまった。


側近の魔族たちは、彼女の強さに恐れを抱き、そんなことをしてくれるものはいなかった。この時、彼女は物心ついて以来、初めて”抱っこ”をされたのだった。


嬉しくなり、恥ずかしくもなり、あっちこっちと、せわしない気持ちが溢れかえったが、最終的には白金蓮という男にめいっぱい甘えることにした。そして、大人に抱きかかえられたまま寝入ってしまうという、魔王としてはあまりにも情けなく、幼女としては当然すぎる幸福を味わったのだ。


ところが、デルフィニウムが天敵と恐れる存在の名前も発覚した。

『ユリカ』という名だった。

しかも、白金蓮は、その女性を”嫁”と言った。

大好きだから一緒にいる、と。


不思議なくらい気持ちが萎えた。あの天敵をそれほど大事だと言う蓮のことを一瞬、嫌いになり、彼女はその場を逃げ出した。彼女は、人間の世界でイヤなことがあると、すぐに「かえる」と言い、魔族の世界に戻る習性があった。



そして、それ以降、ベナレスに行く気が起きないでいた。


また、ちょうどこの頃から、魔城の執務が忙しくなってきた。側近であり、後見人でもある老猿『ピクテス』。ネクロマンサーのような出で立ちをしたこの魔族が、デルフィニウムに度々仕事を依頼した。


「魔王様、本日もお力をいただきたいと思います。よろしいでしょうか」


幼少であり、ほとんど知識のないデルフィニウムの世話をし、支え続けてきたのが、このピクテスである。気分を害されない限り、彼女はピクテスの言うことを何でも聞くことにしていた。


「また、あれ、やるの?」


「はい。幼いデルフィニウム様でも、魔獣を生み出せるよう、我々が研究開発した魔法装置です。ご面倒をお掛けしますが、実験にご協力ください」


「うん」


特に娯楽という娯楽もない魔城では、常に退屈しているデルフィニウムである。大抵のことは、喜んで引き受けた。


ピクテスに連れられて向かったのは、彼の研究室だ。そこには、彼の部下であり、助手の魔族が、実験の準備をしていた。


「『ヴェスパ』、準備はいいか」


「はっ、はい!ピクテス様!」


『ヴェスパ』と呼ばれた助手は、人の姿にスズメバチの特性を持った亜人タイプの男性魔族だった。


凶悪な魔族が多い中で、彼は、ひ弱そうな人相をしており、どこか頼りない印象を受ける珍しい魔族だった。


その彼は、機材を置いた机の下で、四つん這いになったまま返事をしたのだが、一向に立ち上がる気配を見せなかった。何かをしているらしく、臀部に付いたスズメバチの針が、マヌケにフリフリされる。


「何をやっている!早くしろ!魔王様をお待たせする気か!」


「す、す、す、すいません!ペンを一つ落としてしまって……えーーと……えーーと……」


「ペンの一本くらい、替えのものを使えばいいだろう!早くしろ!融通の利かないヤツめ!」


「す、すいません!すいません!」


ピクテスから怒鳴られ、謝りながらやっと立ち上がったヴェスパ。


そのすぐそばにペンが転がっているのをデルフィニウムは遠くから発見した。重力操作で、それを自分のもとに引き寄せ、手に取ったペンをヴェスパに渡してあげた。


「はい、これ」


「あっ!ありがとうございます!ほんとにすいません!魔王様!!」


「いいから早くしろ!ヴェスパ!」


「は!はい!!」


感激した様子でペンを受け取るヴェスパだったが、それをさらにピクテスから叱られ、慌てて機材を動かしはじめる。ようやく実験を開始できると安堵したところで、ピクテスはデルフィニウムに満面の笑みで語った。


「ああ、それにしても、お優しゅうございます。魔王様!あのように雑務しか能の無い者にも、分け隔てなく接してくださる!さすがは、誰からも愛される我らが魔王様でございます!」


年老いた猿、もっと具体的に形容するとオランウータンのような顔を持つピクテスが、ニコニコ近づいてくる様は、本人の意思とは関係なく、とても不気味なものがあった。そんなホラーのような表情が自分に接近してくると、デルフィニウムは無表情のまま、必ず言うのだった。


「ピクテス」


「はい!なんでございましょう!」


「かおがこわい」


「は!申し訳ありません!このとおり!後ろに下がります!!」


ちょうどこの時、ヴェスパが3個のリングを持ってきた。リングには、それぞれ宝珠が1つずつハメ込まれている。


「ま、魔王様、失礼しますね」


緊張した手つきで、デルフィニウムの両腕と首に、そのリングを取り付けるヴェスパ。リングは、一見、金属製のようだが、伸縮性のある素材で出来ており、彼女にピッタリ装着された。身に着けてみると、それは腕輪とチョーカーのように見える。


デルフィニウムは、これの内容を以前に説明されていたが、よく覚えていなかったので、また聞いた。


「これ、なんだっけ」


それにピクテスが誇らしげに答える。


「これは、人間が宝珠と呼んでいるものでございます。この中に魔法を込めることで、いつでもその魔法を発動させることができる道具なのですが、我々魔族が応用すれば、様々な機能を持たせることができる便利な機械となるのです」


「ふーーん」


「これを使い、先代魔王様の術式を再現することに成功しました。幼いデルフィニウム様は、他者にマナを供給することが、まだできませんが、この装置を使えば、それが可能となるのです。あなた様の高貴なるマナを分け与えることで、新たに魔族を誕生させることも、モンスターを魔獣に進化させることも可能になりましょう!」


「まじゅう?」


「はい!魔族が何人集まろうとも、人やモンスターにマナを分け与えることができるのは、『魔王』となった方だけでございます。否、他者にマナを分け与え、新しい魔族や魔獣を生み出せるお方こそが、『魔王』と称賛され、尊ばれるのでございます」


一度に説明されても全てを理解できないデルフィニウムは、不思議そうな表情でそれを聞く。そして、とりあえず、こう答えた。


「……わかった。やって」


「は!ヴェスパ!始めろ!」


「はい!!」


ヴェスパが機材の宝珠を発動させる。

すると、デルフィニウムが身に着けた宝珠が3つとも光った。


研究室には、檻に入ったモンスターが10体用意されていた。そのモンスターにも、それぞれ宝珠付きの首輪が取り付けられている。そのうちの1体の宝珠が光った。


「ガッ!ガルルオォォォォォォ!!!」


ライオンのようなモンスターが呻き声を上げる。宝珠を通じ、デルフィニウムから流れ込んだマナが、モンスターの肉体に注入されているのだ。


その影響で肉体が急激に変化を始めた。やがて、体は2倍くらいに大きくなり、凶悪な形状へと変化した。マナの注入が完了すると、漆黒のライオンモンスターが誕生した。


「おぉ……」


感嘆するヴェスパだったが、ピクテスは表情を緩めない。


「まだだ。問題はここからだ」


漆黒のモンスターは、最初こそ雄叫びを上げていたが、その声は、次第に弱々しいものへと変わっていき、最後にはグッタリした。


「ガッ!アッ…………!」


そのままピクピク痙攣し、全く動かなくなる漆黒モンスター。


「ダメか……今のはマナを注ぎ込み過ぎたのだな。モンスターの肉体が耐えきれなかったのだ」


ピクテスが残念そうに呟くと、デルフィニウムが寂しそうな声で尋ねた。


「このこ……しんじゃった?」


「は!ですが、ご安心ください!まだ実験体はありますので!」


「……かわいそう」


「あっ、いえ!大丈夫です!あのモンスターは、ただ眠っただけでございます!」


「そうなの?」


「はい!」


もちろんこれは嘘である。モンスターに対して優しいデルフィニウムを実験に付き合わせるため、ピクテスは嘘の報告をした。横では、ヴェスパが呆れている。


(嘘つけ。よく言うよ。このおっさん。さんざんモンスターを実験材料にしてきておいて。お優しい魔王様に怒られたくないもんだから、出まかせを言ってんだ……)


と、腹の中では思うのだが、上司が怖いので、発言することはありえなかった。一方でピクテスは、実験を継続する。


「では、次の実験を開始してよろしいでしょうか」


「うん」


魔王の許可を得たピクテスは、そこから立て続けに4体のモンスターにマナを注ぐ実験を行った。そして、ついに5体目にして、魔獣化したモンスターが息絶えず、元気に雄叫びを上げ続けた。


「グゥゥゥアアアアアァァァァァン!!!!!」


それは、パンダのモンスターだった。魔獣化し、白い毛が灰色になってしまったため、黒と灰色という、かわいくない配色になった、パンダのモンスター。


目は赤く不気味に光っており、狂暴化していることが見て取れる。体長は約4メートルまで巨大化しており、窮屈になった檻が今にも壊されそうだった。


「魔王様、マナの注入は全て成功でございます。本日は、5体のモンスターにマナを与えていただきました。そのうち、4体は肉体が耐えきれずに眠ってしまいましたが、1体は大成功です。見事、魔獣に進化しました!」


「…………」


デルフィニウムは、黙ってパンダ魔獣に近づいた。

すると、パンダの巨体が檻を破壊してしまった。


「グルルルルル……」


巨大な魔獣と対峙する小さな幼女魔王。

その、あまりにも絶望的な体格差に愕然として、心配の声を上げるヴェスパ。


「あっ!デルフィニウム様!そいつは今、気が立っておりますので!」


しかし、その声も虚しく、パンダはデルフィニウムの前に”おすわり”した。デルフィニウムは、地面まで下げられたパンダの頭を平然と撫でる。


「いいこ、いいこ」


「す……すげぇ……」


感嘆するヴェスパにピクテスは告げた。


「魔王様から生み出された魔獣である。魔王様に逆らうことは絶対にない。あの『シソーラス』が行っていた、モンスター合成などという、まがい物とは違うのだ」


「なるほど……」


「しかし、あのコウモリ男の研究成果には、興味深いモノが数多くあった。アレが無ければ、宝珠を使ったマナ抽出も難しかっただろう。あやつの研究は、全て持ち帰ったのだな?」


「ええ。それは、もちろんです。アイツの実験室は燃やされていましたが、鉄の扉がしっかり閉められてたんで、隣の研究室は無事でした。人間と戦闘があったのか、かなり荒らされていましたが」


「お前を偵察に送り込んでよかった。よもや、あの秘密主義のシソーラスが人間に住み家を発見され、しかも倒されてしまうとは、ワタシも考えていなかった。危うく、あやつの研究が人間に奪われてしまうところだったぞ」


「あん時は本当にビックリしましたよ。こっそりシソーラスさんを偵察に行ったら、本人がやられてたんですから。人間に生け捕りにされそうだったんで、オレがトドメを刺しましたが」


「それでいい。融通の利かないお前にしては、素晴らしい機転だったぞ」


そう。地下遺跡において、白金夫妻が初めて戦った魔族『シソーラス』。最終的に彼を殺害したのは、この冴えないスズメバチ男、『ヴェスパ』だったのだ。


老猿『ピクテス』の助手を務めながら、陰では暗殺者としても活躍する魔族である。尻の上に付いた蜂の腹部から、鋭い針を発射することができる彼は、遠隔からの攻撃を可能とするスナイパーなのだ。


ただし、接近戦は得意でないため、彼の戦法は一撃離脱を旨とする。白金夫妻と無駄な争いをする気は毛頭なかった。


ところで、いくら気配感知が鈍る地下だったとはいえ、彼がどうやって白金百合華の察知能力に気づかれることなく狙撃でき、逃げ切ることができたのか。それが判明するのは、もう少し先のことになる。


「ともあれ、このことは他言無用だぞ。あやつの研究は貴重なものだ。特に『八部衆』に知られてはならない」


「へい。大丈夫ですよ」


小声でそう話す2人の魔族のところに、もう一つの声が聞こえた。


「ホウホウホウ。ついに魔獣を生み出すことに成功されたのでございますね。おめでとうございます。魔王様」


岩山の空洞に作られたピクテスの研究室に、空から現れ、入ってきたのは、学者風の服装をしたフクロウの魔族『ストリクス』である。ピクテスは、やって来たフクロウ男に告げた。


「ちょうどよいところに来てくれた。ストリクスよ。この魔獣の運用実験を手伝ってもらえるだろうか。我々魔族の命令にどこまで忠実に従うのか。試してもらいたいのだ」


「なんと。そのような興味深い指令、ワタクシめが請け負ってよろしいのでしょうか」


「むしろ、細かい性格のそなた以上に適任者はいないと思われるが」


「ええ。そのとおりだと思います。では、喜んでお引き受けしましょう」


フクロウ男が命令を快諾したので、ピクテスはデルフィニウムに伺いを立てた。


「魔王様、この魔獣をストリクスにお貸しいただけますでしょうか」


「うん」


返事をしたデルフィニウムは、撫でていたパンダ魔獣に語りかけた。


「これから、ストリクスの、いうこと、きいて、ね?」


「グルルルル」


凶悪そうな顔つきだが、その言葉を素直に聞き入れるパンダ。

魔獣はストリクスのもとに歩いた。


「ワタクシがストリクスだ。これからしばらくオマエの主となる。よいかな?」


「グル……」


「ふむ。いい子だ。それでは、これからワタクシのナワバリであるシュラーヴァスティー周辺の森に行こうではないか。その俊足、見せてみよ」


ストリクスは岩山の空洞から飛び立った。

それを追いかける魔獣。


そこは岩山の中腹であり、地上から20メートルほどの高さにある。しかし、その高さを悠々と飛び下り、パンダ魔獣はストリクスを追って森の中を駆け抜けて行った。



この後、ストリクスは、とある村の周辺で、魔獣に人やモンスターを襲わせるのだが、そこにたまたま居合わせた”女剣侠”ローズにより、魔獣を撃破されることになる。その件については、彼女自身が白金夫妻に語ったとおりだ。


これによって、魔獣は、たとえ命に危険が及んでも、魔族の命令を実行しつづけることが証明されたのである。



さて、ストリクスと魔獣が去るのを見届けたデルフィニウムは、急にふらっとして、近くの機材に腰掛けた。


「……つかれた」


「ありがとうございました。デルフィニウム様。5体ものモンスターにマナを注入していただいたのです。さぞ、お疲れでございましょう。お部屋でお休みください」


ピクテスからそう言われた彼女は、マナが底を突きはじめ、歩く気力も無くなったので、抱っこしてほしいという意味を込めて両手を前に出した。


「ん……」


しかし、彼女を抱きかかえるという考えを持たないピクテスは、侍女の魔族を呼び、輿を担いで来させた。


「魔王様、失礼致します」


「………………」


不満そうな顔で無言の魔王に侍女が呼びかけ、抱き上げて輿に乗せる。4人の魔族が担ぐ輿に揺られて、デルフィニウムは部屋に戻った。これが、彼女に対する魔族たちの接し方であった。



その後も、老猿ピクテスは、事あるごとにデルフィニウムに協力を求め、魔獣生成の実験を続けた。そして、マナの注入を段階的に行い、少しずつ魔獣化させていく、という手法が、最も効率が良いという結論に至った。


実験に付き合うと力尽きてしまうため、デルフィニウムはベナレスの街に遊びに行くことがなくなった。だが、ピクテスから呼ばれない日があったため、久しぶりに出掛けてみることにした。


7月14日のことである。


ガッルスに乗ってベナレスに行ってみると、この日は白金百合華の気配を感じなかった。しかし、その代わりにスタンプたちの気配も捉えられない。ちょうどこの日、白金夫妻とともに少年少女はガヤ村まで日帰り旅行に行っていたのだ。


白金蓮にも会いたかったが、百合華が常に一緒にいるとのだしたら、それは叶わない夢とも言える。しばらく街を散策してみたが、誰一人知り合いに会えないという、とても寂しい一日に終わってしまった。


人間の街に自分の居場所を求めること自体、愚かな考えだったのかもしれない。デルフィニウムは、それを言語化する知識を持たないが、そんな感情を抱いて魔城に戻った。



そして、翌日、7月15日。


フェーリスからの紹介で、新しい仲間が連れて来られる日となった。新しい仲間が来るというのは、日々、退屈しているデルフィニウムにとって、ウキウキしたイベントである。


日没後の予定時刻。ピクテスとともに会議室に向かうと、既に八部衆が勢ぞろいしていた。


「魔王様!今、ガッルスに乗って仲間が向かってるところですニャン。ウチ、これから迎えに行ってきますニャン!」


挨拶したフェーリスは、すぐに岩山を飛び下りて行った。

来客を待つ間、久しぶりに集った八部衆の雑談が交わされる。


「それにしてもティグリス、アンタが定刻どおりに来るなんて殊勝なこともあるもんね」


トラ男に皮肉を言うのは、彼と仲の悪い蛇女『カエノフィディア』だ。


「うるせぇ!魔王様に失礼できるわけねぇだろうが!」


「ホウホウホウ。ティグリス殿は、一度人間に捕まってしまったため、少し丸くなられたのですよ」


「ありゃりゃ、ティグリスのアニキでも、そんなことがあるんですかい。そりゃあ、ちょっとおマヌケなことで」


「如何様にして帰って来られたのでござるか?」


「フェ、フェーリスが……力を……貸した……と聞いた」


「ガルルルオオオオッ!!!」


それぞれ独特の話し方で、ティグリスの不始末を話題にする。当の本人は不満そうに悪態をつくが、以前と比べて態度がしおらしい。


「……ちっ!あんな、しょんべん女に借りを作るなんざ、ごめんだったけどよ、助けられちまったのは事実だ……」


そして、当然のごとく、話題は今日の議題に変わった。


「ピクテス様、これから来る新しい仲間ってのは、どんなヤツなんですかい?」


「それが、わからんのだ。フェーリスは魔王様に直談判し、面白い者を見つけたから連れて来たいと言って、承諾を得てしまったのだ」


「……アイツのやりそうなことね……なんだか悪い予感しかしないんだけど」


「拙者も同感でござる」


「ロ……ロクでもない魔族だったら……やだな……」


「魔王様は、どんな者か、ご存じないのでしょうか?」


「さぷらいず」


ストリクスから振られた質問にデルフィニウムは楽しそうに答えたが、理解不能な面々は首を傾げた。


「「……え?」」


「さぷらいず、なの」


「「は……はぁ……」」


単語の意味もわからず、リアクションに困る八部衆とピクテス。主君からこのように自信満々で楽しそうに言われてしまうと、これ以上、質問するのは失礼な気がしてしまい、全員、追及するのをやめた。


「……ま、まぁ、どうせすぐにわかることなんだしね!」


「ふむ。そうですな」


「お……おとなしく……待てば……いい」


と、ここでフェーリスが戻ってきた気配をデルフィニウムは、いち早く感じた。そして、魔城に入ったもう一つの気配も感じ取った彼女は、それが記憶に新しい、とても好きな人物であることに気づいた。表情がパァッと明るくなる。


「レン!」


何がどうなって、白金蓮が魔族のもとに来ることになったのか、そんな理屈は4歳の彼女にはどうでもいいことだった。ただ、とにかく彼に再び会えることに歓喜した。


一方、今まで見たこともないような笑顔を見せる魔王に、一同は驚いた。


これから来る者に対しては、そう簡単に無礼を働けない、という気持ちになる。

いったい、どんな魔族がやって来るのか。


緊張の面持ちで、待ち構える彼らのもとに、まもなくフェーリスが来客を伴ってやって来た。


「お待たせしましたニャン!魔王様♪これが、ウチが連れてきた新しい仲間候補、人間たちから”ニセ勇者”と呼ばれて、敵対することになったハンター、『レン』ニャン♪」


「「なっ…………!!!」」


てっきり魔族が来るものだと考えていた面々は、一様に衝撃を受けた。予想外すぎる事態に愕然とし、怒りを通り越して唖然とする一同。そこに主君たる魔王デルフィニウムが歓喜の声で、人間に呼びかけた。


「レン!!!」


「マオ……!」


奇妙な呼び方で、魔王に返事をする来訪者。


そして、さらに予想外の出来事が、畳み掛けるように起こった。デルフィニウムが、椅子から跳び上がり、長いテーブルを越えて、白金蓮の胸に抱きついたのだ。


「レーーン!!!」


全員の顔が凍りついた。

魔王がこれほど懐く相手など、これまで存在した例が無い。


人間が来た、という事実だけでも驚天動地の出来事なのに、さらには魔王自ら、その人間に抱きかかえられてしまったのだ。一瞬にして立場が逆転してしまったような印象を受ける。


この人間は、いったい何者なのか。

会議室に緊張が走る。


予測不能の重大会議が今、始まろうとしていた。

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