第106話 八部衆のいざない

時を少し遡る。

王都マガダで騎士団に追われ、魔族フェーリスと初めて会話した時のこと。


彼女から魔王へ、僕たち夫婦の存在が報告されるのを阻止するため、僕が提案した内容――


――それは、”サプライズ”だった。


「”サプライズ”?なんニャン?それ?」


「人に対して、嬉しいことや面白いことを、当日まで隠しておいて、それを見せたい場面で、急に見せることだ。やられた側の驚く顔と反応は、たまらなく面白いぞ」


「そ!それは面白そうニャンね!で、何をどう驚かせるニャン?」


「さっきお前が言ってくれた誘い。魔族の仲間になること。僕はその勧誘を受け入れるよ。ぜひとも『八部衆』に加えてくれ」


「ほ!本当かニャン!?でも、さっきは断ったのに、なんで気が変わったニャン?」


「お前が話の通じるヤツだとわかったからな」


「そのとおりニャン!ウチは話のわかる女ニャン!」


「そして、僕を仲間に加えるとしたら、魔王様や仲間に紹介する必要があるだろ?」


「そうニャン。魔王様の城まで来てもらうニャン」


「それは、どの辺なんだ?」


「さすがに、おいそれとは言えないニャン。でも、ベナレスまで来てくれれば、ウチが案内するニャン」


「それなら、ちょうどいい。僕も今、この国から逃げるとしたら、ベナレスだと思ってたんだ」


「じゃ、ウチは新しく仲間に入れたいヤツがいる、とみんなに言うニャン」


「そうだ。そして、それが僕という”人間”であることは、当日まで隠しておくんだ」


「なるほどニャン!それが”サプライズ”というヤツニャンね!」


「僕のような”人間”が『八部衆』に加わる。それは、お前の仲間にとっても、そして魔王様にとっても驚愕の事実だろう。当日になって、それが初めて知らされる。やって来たのが”人間”だと知った時の、みんなの顔はどんな感じだろうな?」


「ヤバいニャン!想像しただけで興奮してきたニャン!!」


「もちろん、僕だけでなく、百合ちゃんのことも内緒にしておいてくれ。彼女のことが他の魔族に知られたら、僕のことまで気づかれてしまうからな」


「確かにそのとおりニャン!ところで、ユリカは『八部衆』に入らないのかニャン?」


「うん。彼女は、そういうガラじゃない」


「わかったニャン。レンが来てくれるだけでも嬉しいニャン♪あともう一つ、念のために聞きたいニャンけど……」


「なんだ?」


「紹介されたのが”人間”とわかったら、レンは殺される可能性もあるニャン。ウチは、その場合も含めて、楽しみニャン♪それでも、いいのかニャン?」


「問題ない。そこから先は自己責任だ。むしろ、それで魔王様とお仲間たちが、どんなリアクションをし、どんなふうにザワつくのか、当日になるまで僕たちにもわからない。これは、見物じゃないか?」


「……ンンンンン♪面白いニャン!気に入ったニャン!!そういうことなら、キミたちのことはしばらく黙っておくニャン!」


「詳細はベナレスで決めよう」


「わかったニャン!じゃあ、キミたちがベナレスに着いたら、またこっちから伺うニャン!」


「よろしくな」


「うんニャン!」


――これが、僕とフェーリスの間で交わした約束である。


面白いことが大好きというフェーリスは、あっさり僕の提案を受け入れ、僕と嫁さんの存在が魔王に知られることを防いでいた。


提案した時点では、苦し紛れの時間稼ぎのつもりだったが、あとでポジティブに考え直した結果、むしろこれは、魔族の拠点を突き止め、さらに魔王と集結した幹部を一網打尽にする最大の好機であることに気づいた。


世界最強たる嫁さんの力をもってすれば、『八部衆』を壊滅させ、魔王を生け捕りにすることも容易いだろう。そして、僕たちは王国に対し、魔王の身柄を差し出すことを交渉の材料とする。


世界を平和にすることで信頼を回復し、僕たちが地球に帰るための研究を王国に協力させるという、一挙両得の作戦として、僕と嫁さんは約束の日を待ちわびていたのだ。


そして、ついにその日がやって来た。


「魔王様に新しい仲間のことを言ったニャンけど、側近の『ピクテス』様が、今は忙しい、って言って、聞いてくれなかったニャン。で、ようやく招集がかかったのに、ウチら『八部衆』は、普段は自分のナワバリにいるから、集まりが悪いニャン。それで、こんなに時間が経ってしまったニャン」


約束してから半月以上の時間を要した理由をフェーリスは語った。


「いや、いいよ。こっちも忙しかったから。それよりお前、ティグリスを逃がしただろう」


「そうニャン。でも、アイツを封印したのはレンだから、お互い様ニャン。それにしても、あのおバカな部隊長は、チョロかったニャン」


「あぁ……それで、僕のことはティグリスにバレてないよな?」


「そこは大丈夫ニャン。アイツもバカだから、誰に殴られたのかも覚えてないニャン」


「お前、仲間に対して結構、口悪いんだな……」


こうした会話をしながら猫に誘導され、僕は街の外の林まで連れて来られた。


すると、そこには、人の3倍くらいの体積がありそうな、大きなニワトリがいた。メスなのか、トサカは小さい。それが人間の言葉をしゃべった。


「どうも。『ガッルス』と言います。今日は、『八部衆』のフェーリス様から、お客さんを乗せるように言われ……えっ!!に、人間!?」


暗がりから姿を見せた僕を見て、愕然とするニワトリ女。というか、愕然としたいのは、むしろこっちの方だ。初見のインパクトが凄すぎるぞ、この魔族。


「ど……どどど……どういうことですか?フェーリス様?」


「どうもこうも、彼が今回のお客さんニャン。城まで乗せてってくれニャン」


「で……ですが、人間ですよ?どうして、こんな街に近いところで待ち合わせなんだろうと思っていたら、本当に人間がやって来るなんて!」


「いいから運ぶニャン。言うこと聞かないと喰っちゃうニャンよ」


「わ、わかりましたよ!これはフェーリス様の命令でやることなんですからね!ワタシが勝手にやったことじゃないんですからね!頼みますよ!」


「大丈夫ニャン!ウチに任せておけニャン!」


「もう……!」


小さいのに偉そうな猫と脅える巨大なニワトリの会話。最初のインパクトこそ恐怖を感じたが、もはや滑稽でしかない。


「じゃ……じゃあ、お乗りください……本当は人間なんて、乗せなくないんですけど……」


こちらに背を向ける『ガッルス』と名乗った魔族。

しかし、それを見て、今度は僕の方が唖然とする。


これ、乗れるのか?

鳥の背中に乗って飛ぶのか?

そんなのファンタジーでしか存在しないことだろう。

てか、こんな巨体が普通に飛べるのか?物理的におかしくないか?


「あ……えーーと……」


「ほら、何やってるんですか?早くしてくださいよ。他の人間に見つかったらどうするんですか」


「レン、早く乗るニャン。猫ちゃんは空を飛ぶと怖くて震えちゃうから、ここに置いてくしかないニャン。あとは、このガッルスに任せるニャン」


たじろぐ僕を急かすガッルスとフェーリス。

すると、そこにもう一つの声が僕の耳元で囁いた。


「蓮くん、行くしかないよ。早くしよ」


ウチの嫁さんである。

もちろん最初から僕一人で魔族の拠点に乗り込むつもりは微塵もない。彼女は、気配を完全に消して、常に僕の隣にいたのだ。


そして、フェーリスは、嫁さんのこの特技をまだ知らない。嫁さんが突然、消えたり現れたりするのは、超スピードのせいだと思っているのだ。


僕は、気配の無い嫁さんに手を取られ、一緒にガッルスの背中に乗った。

フワフワの羽が気持ちいい。


「あれ……?お客さん、人間にしては意外と重いですねぇ」


ガッルスが変な声を出した。

僕だけでなく嫁さんの体重も加わるので、気配を消していても、重さだけは伝わるのだ。


「あ、あぁ……最近、うまいもん食べ過ぎて太ったかな……ははははは……」


「まぁ、魔族の皆様と比べたら、全然軽いです。これくらい、ワタシには全く問題ありませんよ。では、行きましょう」


「”重い”って言われた……」


横から嫁さんの呟きがボソッと聞こえた。


いや、二人分の体重だから重くて当然だよ?これから大事な戦いなのに、どうでもいいことで落ち込まないでくれよ?


ガッルスは翼を大きく広げ、羽ばたいた。

そして、あっという間に大空に舞い上がり、闇夜を飛翔した。


満月に照らされた夜の森が一望できる。その向こうには岩山の山岳地帯が広がっていた。絶景であった。


「わぁ、飛んだぁ……すごい……!」


興奮を抑えながら、僕に囁く嫁さん。

まさか、魔族によって、こんな感動的な場面を味わうことになるとは思わなかった。


だが、気持ちよくいられたのは最初の一瞬だけだった。高いところが苦手な僕としては、この状況は、恐怖でしかない。なにせ、ニワトリの背中以外に持つところがなく、強烈な向かい風に煽られて空を飛んでいるのだ。よほど好きでない限り、常人なら誰でも恐慌状態になるではないだろうか。


「ヤ……ヤバい……ヤバいヤバいヤバい……これはヤバい」


「お客さん、大丈夫ですか……?」


顔面真っ青でガクブル状態の僕は、ニワトリ魔族から心配されてしまった。


「だ……大丈夫だ……は……早く目的地に行ってくれ」


「すぐそこですから、辛抱しててくださいねぇ。まったく……なんでこんな人間がお城に呼ばれるんだか……」


僕が、ひ弱な状態を見せたため、呆れてしまうガッルス。

ほんと、こんな場面はフェーリスに見られなくてよかった。

だが、本当に怖い。

僕は絶え間なくガクガクと震えていた。


そこにふわっと柔らかい感触が僕の体を包み込んだ。

嫁さんが僕を後ろから抱きかかえたのだ。


「私が支えてあげるから、大丈夫だよ」


密着した彼女の温もりと柔らかい胸、そして、ガッチリした体幹による確かな安定感が、震えた僕を身も心も安心させた。


これはヤバい。

”吊り橋効果”というのを聞いたことがある。

今さらであるが、長年連れ添った嫁さんからこんなことをされ、安心してしまった僕は、ますます彼女を好きになりそうだ。


「これは……ヤバいな……」


先程と全く同じセリフを、僕は真逆の心境で呟いた。

嫁さんも感慨深そうに囁く。


「満月がヤバいねぇ……」


「そうだね。満月もヤバい」


僕の様子を不思議そうに窺うガッルスだったが、特に追及することなく、目的地まで運んでくれた。


それは、森を抜けた先の岩山が並ぶ地帯。


日中に”魔族の拠点らしき場所”として調査対象に上がった地点だった。やはり、ギルド本部の予想は的中していたのだ。


距離も離れていなかったため、ニワトリによるフライト時間は、ほんの十分程度だった。ただし、ガッルスが”城”と呼んでいる場所に向かうのかと思ったが、何もない森に降ろされた。


「すみませんが、ここからは歩いて行っていただきます。フェーリス様のご命令なので」


「え?そうなのか?」


と、僕が疑問の声を投げかけると、少し離れた位置から、フェーリスの声が聞こえた。


「レン!!会いたかったニャン!!!」


その方角を向くと、木の上から素早い身のこなしで降りた女の子が、こちらに向かって走ってきた。


思ってたよりも顔が人間に近い。手と足は、猫のように毛が生えており、尻尾もあるが、顔はかわいい女の子。何も知らずに会ったら、猫耳を付けた人間の女性だと勘違いしたかもしれない。


服装は、動きやすさを重視しているのか、タンクトップとショートパンツのような組み合わせにタイツを穿いている。まるでコスプレ系の店で働いている女の子に見えた。それが、魔族フェーリスの本体だった。


「フェーリスか!」


いきなり本人が登場するとは思わなかったので、少し驚きながら名前を叫ぶ僕。不思議な感覚である。今まで声だけしか知らなかった相手と初めて会うわけで、まるでオフ会のような感覚だ。しかも、予想外にかわいい。


ところが、そんなことを考えていると、フェーリスは僕に向かってジャンプした。なんだか、最近こういう展開が多い気がする。気配を消している手前、嫁さんは『ラブコメ殺し』を発動しない。


しかし、僕は、敵地に赴いた警戒心から、既に空気を圧縮した壁を目の前に形成していた。その壁に阻まれて、空中でビタッと貼り付くフェーリス。


「ちょっと……レン……これはなんニャン……ひどいニャン」


「あっ……すまん。ちょっと警戒してたもんで」


「ご挨拶したいだけニャン。どけてくれニャン!」


「わかった。わかったから睨むな」


僕は、空気の壁を解除した。

その瞬間、明るい笑顔で僕にダイブするフェーリス。


彼女は、僕の上半身を包み込むように全身で抱きしめた。その腕で僕の頭を、足で僕の胸から背中をホールドする。大人を抱っこしたような状態になった。結果として、フェーリスのあまり大きくない胸が僕の顔に押し付けられた。


「……むぅ!」


「レーーン!!会いたかったニャン♪やっと本体で会えたニャン♪いつもは隣にユリカがいるから、恐ろしくて近づけなかったニャン♪」


僕は、フェーリスを降ろしたいと思い、彼女の背中を軽く叩く。

しかし、気にすることなくフェーリスはしゃべり続けた。


「今日の気分は、レンと初めて会った日と同じ”ニャン”の気分なんだニャン!ウチがこんなに上機嫌な日は、なかなか無いニャン♪」


「わ……わかったから、もういいだろ」


「ンンンンン……しょうがないニャンねぇ……もしかしたら、これがレンと最後になるかもしれニャいから、今のうちにスキンシップしておきたかったニャン」


そう言って、残念そうに離れるフェーリス。


「あははは……こっちも殺されるつもりはないさ」


言いながらも既に僕はフェーリスのステータスを測定している。彼女はレベル44。ローズと同じ戦闘能力を持っている。やはり魔王直属の幹部だという事実は伊達じゃない。そんなフェーリスは、機嫌よく僕の手を取った。


「ガッルスに乗ったままでは他の仲間に見つかっちゃうから、ここからはウチが案内するニャン♪」


「そうか……ありがとな」


「それにここから先は、猫ちゃんたちが脅えて近づいてくれないニャン。だから、どうしてもウチが直接出向くしかなかったニャン」


「へぇ……」


魔族に気に入られてしまい、手を繋いで本拠地に向かうことになった僕。その反対の手は、気配を消している嫁さんが握っている。僕は今、二人の女性と手を繋いでいるのだ。


それにしても、先程のフェーリスとのやり取りを、嫁さんがどう受け止めたのかが心配だ。顔だけ見れば、かわいいルックスの女の子に僕が抱きつかれたのだ。その心中が穏やかであるとは到底思えない。


ところが、僕の耳に入ってきた小さな囁き声は、その予想とは違うものだった。


「蓮くん、いいなぁ……私もフェーリスちゃん、抱きたかったなぁ……」


助かった。

彼女は、フェーリスを猫だと認識している。女の子とは見ていなかった。


僕は猫好きではないが、嫁さんは大の猫好きである。結婚前、彼女の家に行った時は、驚いたものだ。寂しがり屋のくせに万年引きこもり状態だった彼女は、猫を10匹も飼っていたのだ。正直、嫌いというほどでもないが、決して猫が好きではない僕は、ドン引きしたものだ。


ちなみにその猫たちは、何匹か亡くなってしまったが、今でも彼女の実家で義母が面倒を見ており、時折、嫁さんもその顔を見に行っている。


それほど猫好きの嫁さんは、僕がフェーリスに抱きつかれても全く気にしないどころか、逆に羨ましがっているのだ。やはりこの子も変わった女の子である。


嫁さんのヤキモチモードの心配が無くなり、その点で安心したところで、僕たちは、岩山に開けられた無数の空洞を発見した。上部に見える空洞からは、松明の明かりであろうか、ゆらゆらした光が漏れ出ている。


「ここニャン♪」


上機嫌で手を繋ぐフェーリスと一緒に岩山の空洞に入る。


本当に不思議な気分なのだが、まるで彼女と夢の国にデートに来て、こういうアトラクションに参加するように錯覚してしまう。しかし、これは、敵の本拠地に命懸けで飛び込む行為なのだ。僕は、全身に緊張感と闘争心を漲らせた。


嫁さんも僕と握った手にギュッと力を込める。あらかじめ相談しておいたことだが、ここから先は、嫁さんは一切物音を立てないことにしている。万が一、わずかな音にも気づける能力者がいた場合、こちらの作戦がバレてしまうからだ。


空洞の中は、様々な装飾が施されており、さながら宮殿に来たような印象を受けた。空洞から空洞へ縦横に繋がっており、迷宮のようになっている。


どうやら岩山をくり抜いて、本当に城にしてしまったようだ。しかも、いかにもラスボスが住んでいそうな城を。こんな力任せの建築技術は、人間には不可能であろう。


「いつも時間にルーズなティグリスですら、今日はもう来てるニャン。さ、魔王デルフィニウム様がお待ちかねニャン。急ぐニャンよ」


「『デルフィニウム』か……魔王様って、どんな方なんだ?やっぱり怖いのか?」


ここまで来て、僕はようやく魔王の名前を知ることになった。いよいよと思うと、僕はつい、これまで聞いてこなかった魔王の印象を尋ねた。


「とんでもないニャン!すっごく強くて、すっごく優しくて、すっごくかわいい、デルフィニウム様は、ウチの飼い主みたいな方ニャン」


「え…………かわいい?」


「会えば、わかるニャン♪」


予想外の回答に僕は少し困惑した。


最近は魔王が女性であるパターンも存在するが、それは作品世界のことであって、実際に人間社会に攻め込むような凶悪な魔王が女性であるとは想像していなかったのだ。


だが、その場合でも狼狽えることはないだろう。なにせ、こちらにいる世界最強の勇者もまた、ウチの嫁さんという女性なのだ。


ほとんど扉のない魔城の中を歩き、いくつかの階段を登り、僕たちは、とある一室へと向かった。この時、僕はあまり気に留めなかったが、よく考えると、他の魔族やモンスターには一度も遭遇しなかった。


向かった先は、一際広い空洞で、飾り付けも豪勢であり、多くの松明で煌々と照らされた部屋だった。


その中央には、大きな長方形のテーブルが置かれ、並んだ椅子には、9体の人影が座っている。いや、遠くからでもわかるが、人影とは思えない異様な形状のモノも座っていた。


「お待たせしましたニャン!魔王様♪これが、ウチが連れてきた新しい仲間候補、人間たちから”ニセ勇者”と呼ばれて、敵対することになったハンター、『レン』ニャン♪」


「「なっ…………!!!」」


居並ぶ面々が一斉に驚愕の表情で僕を見た。


それは、カメレオン、カブトムシ、トラ男、フクロウ、一見普通の美女に見える蛇っぽい女、狼男、巨大な狼、そして、老獪な顔をした猿のような老人だった。


僕とフェーリスが狙ったとおり、彼らは全員、待っていた仲間候補が人間であることを知り、愕然としている。その反応を見たフェーリスが、ニヤニヤしているのがわかる。


だが、それよりも何よりも――

――こうした異様な光景やバラエティ豊かな面々に驚いたり、恐れたりするよりも遥かに僕に衝撃を与えたものがあった。それは、隣で僕の手を握り締めている嫁さんも同じはずだ。


僕から見た真正面の位置。

長方形のテーブルの短辺。

この場における最も上座と思われる席。


最も荘厳な飾り付けがされ、最も背の高い豪華な椅子に座っている一人の小さな人物。いや、女の子。その存在に僕は釘付けになったのだ。


「レン!!!」


真っ先に僕の名を呼んだのは彼女だった。

僕もまた、彼女の名を呼んだ。


「マオ……!」


僕は、この一瞬で悟った。

全ての状況が物語っていた。

ベナレスの街で出会った魔族の幼女、マオ。

彼女こそ、魔王デルフィニウムだったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る