第105話 魔族の拠点

「レン、ユリカ、あたしと一緒に来てくれないか」


ガヤ村への日帰り旅行から帰った翌日、ローズが僕たちの店舗に来て、いきなり誘ってきた。場所は、すぐ向かいにあるハンターギルド本部だという。


「難度の高い依頼があったんだが、いろいろ気になる情報があってな。二人の知恵を借りたいんだ」


”女剣侠”ローズが人を頼るのは、とても珍しい。その情報というものに興味が湧いたので、僕と嫁さんはカメリアに店を任せ、ギルド本部に行くことにした。


ちなみにこの日は、魔族フェーリスとの約束の日である。夕方に会う約束なので、できることなら、日中は体を休めておきたい気持ちもあったのだが、貴重な情報であれば入手しておかなければなるまい。


「それにしてもシャクヤ嬢には驚いたよ。予想はしていたんだが、”姫賢者”が本当に彼女とはね。まさか、あたしを置いて、先にゴールドプレートになっちまうなんてな」


短い道中、ローズが笑いながら言うので、僕はツッコんだ。


「ローズの場合、自分の本当のレベルを明かせば、すぐにゴールドプレートなんじゃないか?」


「うん……まぁ、そうかもしれないがな……それより、ユリカ。今のあたしなら、わかる。君は、その細い体の奥底に途方もない力を秘めているんだな」


「え……そう?」


急にローズから言い当てられ、嫁さんは照れて、はにかんだ。気配感知をさらに極めたローズには、前回と違って嫁さんの強さを見抜けるようになっていたのだ。ウォールナット本部長やカンファー副本部長と同じ特技を身につけたと言っていい。


そして、僕なら、わかる。

嫁さんは力を見抜かれて喜んだのではない。”細い体”と言われて喜んだのだ。



ギルド本部に到着すると、ローズとともに本部長の執務室へ通された。

依頼主は、ウォールナットさんだったのだ。


「よぉっ!レンの兄ちゃんとユリカの姉ちゃん!商売繁盛してるみたいで、よかったなぁ!!ローズの姉ちゃんとも知り合いみたいで、話が早ぇや!助かるぜ!!」


病床から快復したウォールナットさんは、初めて会った時より、さらに声が大きい。嫁さんも僕も彼の快気を祝った。


「ウォールナットのおじいちゃん、ますます元気になったね。よかったよかった」


「お元気そうで何よりです。もう完全に快復されたんですね」


間もなくカンファーさんも入室し、お互いにひと通りの挨拶を済ませると、すぐに本題に入った。


「実は、ここ最近、何度も調査隊を差し向けているんだが、誰一人帰ってこない危険な地域があるんだ。そこの調査をローズの姉ちゃんに依頼したところだ」


いつも気さくなウォールナットさんが真面目な口調で話をするので、自然とこちらも真剣な空気になる。


「なるほど。ローズなら、大抵のことは問題ないと思いますが、なぜ、僕たちにもその話を?」


「うむ。その前に、どんな場所なのかを聞いてくれ。このベナレスから少し北東の位置に山岳地帯があるんだが、その一帯にモンスターが多く出没するようになった。ここ数ヶ月のことだ。さらに、夜に近くを通った者からは、岩山の中腹から、明かりが点々と見えた、ってな情報も入っている。このことから、その一帯には魔族がいるんじゃねぇかと睨んでいるんだ」


「魔族の拠点かもしれない……と?」


「そうだ。もしも、本当に魔族が拠点としてるなら、ローズの姉ちゃんだけじゃ、ちと心配だと思ってな」


「その地域って、どの辺ですか?ちょっと地図を出しますので」


僕は、宝珠システムから地図情報を取り出し、テーブルの上に映し出した。

ウォールナット本部長が大袈裟に驚く。


「な、なんじゃこりゃ!?」


「宝珠は、文字や画像を書き込んだり、それを映写するのが得意なんですよ。これはシステムに保存しておいた地図情報を映しているだけです」


「そう……なのか……まぁ、いいや。地図上では、この位置にある」


商業都市ベナレスから、わずかに北東の位置。森林地帯を挟んで20キロほどの距離の場所をウォールナットさんは指差した。徒歩でも半日で行ける距離である。


「めちゃくちゃ近いじゃないですか!」


「距離的にはそうなんだが、かなり深い森林地帯を挟んでいる。マナの濃い中立地帯の森だから、危険すぎて、人は通ることができねぇ。普通は、迂回ルートを通って、徒歩で3日かかる場所なんだ」


「でも、だとしたら、人には遠くても、魔族やモンスターにとっては、目と鼻の先なんじゃないですか?」


「そう。そのとおりだ!」


「僕が魔族だとして、このベナレスを攻撃しようと思ったら、確実にここを拠点にしますよ?」


「やっぱそう考えるか!」


「すぐに調査しないとマズいでしょう!」


「そうなんだよ!!」


ウォールナットさんは興奮しながら、僕は呆れ返りながら、意気投合する。


なんと、ここまで情報が出そろいながら、ハンターギルドは今まで魔族の拠点を特定できずにいたのだ。僕は、ため息まじりに言った。


「……それでしたら、もっと早く、直接、僕たちを指名していただければよかったのに」


「いや、今のプラチナ商会は忙しいだろ。調査依頼なんて地味な仕事、悪いかと思って遠慮しちまったんだ。それにこの情報を俺が知ったのも、復帰してからでな。対応が遅れちまった」


これには、カンファーさんもため息をついた。


「本部長代理が、街の自警団から相談され、一人でこの情報を掴んでいたのです。私にも相談をいただけていれば、もう少し早い対応が可能だったのですが……」


「いや、それもあるが、依頼したハンターが全員、消息不明になったのは、俺のミスだ。完全に計算外だった」


状況は、思ったよりも深刻そうである。僕としても、魔族の拠点がこれほど近くに存在するとは考えもしなかった。そうすると、騎士団の動きも気になるところだ。


「王国の騎士団も魔族の拠点を掴めていませんよね?そのためにハンターギルドと協力したいと言っていましたから」


「ああ、それで、チェスナットには、騎士団と連合する『魔王討伐隊』の指揮をするように命じたんだ。あいつともしっかり話し合ったよ。あのバカ息子はバカ息子なりに考えていた。魔王を討伐するために、騎士団とハンターが、いがみ合っている場合じゃない、ってな。だったら、自分が進めた騎士団との連合は、自分で責任を持って最後まで全うしろ、と言ってやったんだ」


「そうですか……」


「もちろん、あいつだけで指揮を執れるとは思えねぇから、補佐役としてアッシュを付けておいた。あいつは、剣の腕はそこそこだが、陣頭指揮を執ることについては一流の男だ」


「わぁ、アッシュさんかぁ、久しぶりだぁ」


ガヤ村での討伐隊で知り合ったアッシュ隊長だ。彼の名前を聞いて、嫁さんも懐かしがる。僕たち自身、彼とバーリー支部長からの紹介状を持参して、シルバープレートハンターになったのだ。


「てことで、今、ゴールドプレートハンターは、みんな『魔王討伐隊』に参加しようと王国に移動しちまってる。ローズの姉ちゃんが来てくれたのは、渡りに船なんだ。だが、そうなると、今度は、この姉ちゃんのことが心配になってきちまってな」


本部長の説明にローズが横から口を挟んだ。


「このじじい。あたしが女だからって、やたらと心配するんだよ。レンも何か言ってやってくれ」


「ローズは、そういうつもりで僕たちを呼んだのか……」


「もちろん今回の仕事はかなり危険だから、ダチュラは置いていくつもりだ」


自分一人で十分だと言い張るローズの主張に僕は少しだけ考え込んだ。彼女の気持ちもわかるが、今回はウォールナットさんに分があると思われる。


「……ローズ、もしもそこが本当に魔族の本拠地だとしたら、魔王をはじめ、『八部衆』と呼ばれる幹部も集結している可能性がある。そんな所に一人でノコノコ調査に行くのは、君でも危険だ。僕も心配だよ」


「レ、レンまでそういうことを言うのかよ……」


僕の忠告を聞いて、戸惑うローズと、それを見てニヤニヤするご老人。


「ほほう。ローズの姉ちゃんもレンの兄ちゃんの言うことなら聞くんだな」


「は?何言ってんだ、じじい。くだらねぇこと言ってると、ぶっとばすぞ」


「おいおい……」


いくらセクハラっぽいこと言われたにせよ、本部長に対して、あんまりな口のきき方をするローズ。あとで聞いたところによると、この二人はよく酒を酌み交わす仲らしい。それを僕が呆れる横で、嫁さんもローズに助言した。


「私も同意見だよ。いくらローズさんでも一人は無謀だと思う」


「……そうか。ユリカに言われたら、聞くしかないな。あたしだって命は惜しい」


ローズが折れたところで、副本部長カンファーさんが僕に尋ねた。


「ところで、今、お話しされた『八部衆』というのは、魔族のことでしょうか?いったいどこでそのような情報を?」


これを聞かれ、僕は、今回の案件をまとめることにした。というのは、これから魔族フェーリスとの約束を果たす以上、今、魔族拠点の調査が行われるのは、僕にとって不利益となるのだ。


「実は、それも含めて、僕と妻が独自に調査を進めていることがあるんです。今回の調査にも大きく関わっている可能性があります。この件、一旦、僕に全て預からせてはいただけませんか?数日中に結果をご報告できると思いますので」


「え……ちょっと待てよ。レン。あたしへの依頼を持ってくことはないだろう」


「大丈夫。依頼を受けるのは君だ。だけど、指示は僕に出させてほしい。悪いようにはしないから。あとで詳しく話すよ」


「まぁ……レンがそう言うなら……」


依頼を横取りされると思い、不満を漏らすローズだったが、ここは呑んでもらうことにした。それにしても、あの頑固な性格のヤンキー娘が、僕の話をずいぶん素直に聞いてくれるものだ。いつからこんな物わかりのいい女性になったのだろうか。


ところで、『八部衆』についての質問をされ、僕にも一つ気になることがあった。


「そういえば、『八部衆』の一人を騎士団は捕獲しているはずなんです。まぁ、実際に倒したのは、ウチの百合華なんですけど。あいつから、うまく情報を聞き出せば、魔族の拠点だってわかるかもしれないのに、彼らは何をしてるんですかね?」


嫁さんが一撃で倒し、僕が封印魔法を開発して閉じ込めた『八部衆』の一人、トラ男の『ティグリス』である。あの魔族が、その後、どうなったのかは知らないが、騎士団が有効活用していれば、貴重な情報源になったはずだ。


しかし、僕の問いにカンファーさんが意外な返答をした。


「おや?ご存じではありませんでしたか。国境の町で捕えられていた魔族でしたら、逃げられたそうですよ」


「「えっ!!」」


僕と同時に嫁さんが大きな声で驚き、次いで彼女が疑問をぶつけた。


「に……逃げられた!?なんでそんなことに?」


カンファーさんは、掴んでいる情報を語ってくれた。『ティグリス』が封印から逃れたのは、僕が騎士団の部隊長ホーソーンと戦った日の深夜のことだったらしい。



実は、あの日、僕たちに敗北し、本国からの緊急帰還命令を受けたホーソーンは、すぐにベナレスを出立した。そして、夜の間に国境の町に到着したのだ。


町で騎士団が詰所としている屋敷に立ち寄り、休息を取ることにしたようだが、ここで彼は、近くに奇妙な小山が出来上がっていることに気づいた。以前に国境の町を通った時には、僕たちを追跡することに集中していたため、全く気がつかなかったのだ。彼は、応対した第五部隊の騎士に尋ねた。


「あれは、いったい何だね?」


「はい。あそこに魔族が封印されています」


「な!なんだと!?魔族があの中に!?ライラック部隊長がやったのか?」


「いえ、通りすがりのハンターが怪しげな魔法を使って封印しました。夫婦と名乗るハンターでしたが……」


「夫婦……だと?レンとユリカか……あの二人は結局、何者なんだ……」


愕然とするホーソーン。おそらく僕たち夫婦の意図をはかりかねたことだろう。そこに僕が封印解除のキーワードを渡しておいた大隊長がやって来た。


「ホーソーン部隊長殿、我らがライラック部隊長が、ちょうど意識を取り戻したところです。お会いされてはいかがでしょうか」


「そうか。ライラック殿が……国境を守り通した、その働きぶり、ぜひともお見舞い申し上げよう」


ホーソーンは、ライラックのいる寝室に向かった。

ベッドの上で部下の報告を聞くライラックに面会するホーソーン。


「ライラック部隊長、ご気分はいかがでしょうか」


「ホーソーン部隊長か、心配を掛けてすまない。戦いの後、数日寝込んでいたようなのだ。まったく情けない……」


「何をおっしゃる。魔族の侵攻を食い止めたと聞きました。素晴らしいご活躍ですよ」


現在は同じ階級でありながら、元来は先輩である第五部隊の部隊長を褒めそやすホーソーン。


そこから、見舞いついでに部下の報告事項を一緒に聞くことになった。そこで、ティグリス封印の件についても詳細を聞かされたのである。


「ライラック部隊長、その魔族を封印したのは、王国から指名手配されている”ニセ勇者”レンと、その妻ユリカです。あのような者たちの話を信じてはいけません」


と、進言するのはホーソーンだ。

しかし、ライラックはそれを鵜呑みにしない。


「何を言うんだ、ホーソーン部隊長。これまでの報告を聞くに、私を助けてくれた女性は、そのユリカという人に違いない。しかも私や部下の治療までしてくれたというのだ。夫のレンという男にも感謝したい」


「いいや!騙されてはなりません!あいつらは勇者を騙り、勇者を否定する極悪人なのです!」


「ん?どっちだ?成り済ますのと否定するのを同時にやるなんて無理だろう」


「と、ともかく、あいつらは信じられません!」


そう言いながら、大隊長が持つ、封印解除のキーワードメモを取り上げるホーソーン。


「だいたい、こんなメモ書きにある言葉で、封印が解除されるなんてことも聞いたことがない。なにが『バルス』だ。意味もわからん!魔族を倒したのなら殺せばいいものを、生かしておくとは、おかしな話だ」


「いや、殺すよりも捕獲の方が難しい。それをやってのけたこと自体、すごいことだ」


「いえ、私は今、もう一つの答えに辿り着きました。もしかすると、あの夫婦は魔族と通じているのかもしれません」


ライラックがいくら遮っても、おかしな方向へ邪推するホーソーン。

聞いているライラックは呆れ返った。


「そんなまさか……貴殿は何を言ってるんだ……」


「いや!通じているどころではない!彼らは人の姿をマネた魔族だったんだ!そうだ!そうに違いない!ようやく合点がいったぞ!あの二人の力の異常さ!特にユリカ!女でありながら、あんな動きができたのは、魔族だったからなんだ!!」


ホーソーンは、一人で勝手に納得し、狂喜して立ち上がった。


彼は、僕たち夫婦に対する憎しみと、その実力への畏敬の念で板挟みになり、自分の心の置きように苦心していた。そのわだかまりを、あろうことか、僕たちを人外の存在と決めつけ、敵対視することによって、払拭したのだ。


そして、そこにどこからともなく不気味な声が響いた。それは、女性が声をあえて低く出したような響きだった。


「フッフッフ……ようやく気づいたガオね」


「ん?なんだ?」


「ウチはもうすぐ封印を解いて脱出するガオ。レンのお陰で命を落とさずに済んだガオ」


「どこから聞こえてくる?何者だ!」


「ウチは、ティグリス。そのメモに書かれている言葉は、封印を解除する言葉ではないガオ。ウチを殺す言葉だったガオ。今まで使わずにいてくれて感謝するガオ」


「おかしな話し方をするヤツだ!姿を見せろ!」


「それは……今日はあいつのマネをしてるから”ガオ”の気分で……じゃない。とにかく、ウチ、ティグリスは、これから逃げるガオ!悔しかったら、今からでも殺してみせろ!ガオ!」


「やはりそういうことか!レン!またもや我らを騙したな!」


ホーソーンは、メモを持って部屋を飛び出した。

怪我人のライラックは、それを呼び止めようとするが、まだ全快していないため、大声が出ない。


「あっ!おい!待てホーソーン!あのトラ野郎は、大男だ!あんな女のような声じゃない!」


それを聞くはずもないまま、ホーソーンは詰所を出てティグリスの封印されている小山に走った。ちょうど自分の部下が、興味深そうに小山の周りを囲んでいた。土の塊で出来た柵の向こう側に、まだグッタリした様子のティグリスの頭が見えた。


「あれか!まだ人影が見えるぞ!間に合え!『バルス』!」


言わずもがな。『バルス』とは、あの超有名なアニメに登場するキーワードである。封印を破壊する言葉として、あの場でパッと思いついたのが、これしか無かったのだ。


そして、これを近くで口にした人間がいると、僕の術式は反応し、固めてあった土を柔らかい元の状態に戻してしまうのだ。


結果、崩れ去る土の柵と小山。


ドゴゴゴゴゴゴゴ……


小山が崩れたことによる土埃で、周囲が見えなくなる。

部下の騎士がホーソーンに呼びかけた。


「部隊長!気をつけてくださ……ぐあっ!!」


最後まで言い切ることができず、口から血を吐く騎士。


「あ……あがっっ!!がはっっっ!!!!」


その騎士は、腹部を大きな腕で貫かれていた。


「グハハハハハハ!ちょうどよく人間がいてくれたなぁ!知ってるか?俺たち肉食の猛獣は、獲物を狩った後、どこから喰うのかよぉ!」


トラの魔族ティグリスの声である。

そして、彼は騎士の腹に突き刺した腕で、騎士の内臓を掴み、引きずり出した。


「それはなぁ!内臓だよ!!特に消化器官には、消化途中の食糧が詰まっていて、栄養豊富なんだぜ!!オレたちみたいに草を喰わねぇ連中には、最高のご馳走なのさぁ!!」


ティグリスは、騎士のハラワタから抜き取った胃袋と腸にガブリと喰らいついた。

被害者である騎士は、既に痛みと失血により、気絶し、絶命している。


「っかぁぁぁぁっっ!!!うめぇっっ!!!!飢えて渇いた体には、血の詰まった肉袋が、最高だぜっ!!!」


「貴様ぁ!!!部下を放せ!!!」


部下を殺され、逆上したホーソーンは、土煙の中でよく見えないティグリスに対し、『飛影斬』を放った。


しかし、その斬撃は、ティグリスが盾にした部下の遺体に全て命中する結果となった。


「まだ喰い足りねぇけどよ!オレもまだ本調子にならねぇから、今日のとこは引いとくわ!じゃあな!バカ騎士よ!お前のお陰で助かったぜ!!」


手に持った騎士の遺体をホーソーンに向かって勢いよく投げつけるティグリス。


鎧を着た人間一人の肉体がスピードを伴って飛んでくれば、相当な衝撃となる。


土煙に視界を邪魔され、その把握が遅れたホーソーンは、部下の遺体を避けることができず、真正面から受けてしまった。


「ぐあっ!!!」


数ヶ所を骨折したホーソーンは、部下の遺体を抱きかかえて、しばらく茫然としていた。


その後、自分の部下に介助され、遅れてやって来たライラックは、その惨状に愕然とした。


「なんということを…………」


土煙の晴れた現場には、もう誰も立っていなかった。



――これが、魔族ティグリスが逃走した顛末である。


カンファーさんからの情報に加え、僕と嫁さんだけが知っている事実と組み合わせると、以上のように頭の中で描写できた。


それにしても、あのホーソーンというバカ部隊長は、結局、最後まで僕の言葉を信じず、自ら魔族を解放してしまい、自身は重傷を負い、腹心の部下を一人失う結果となった。


自分の価値観を絶対に曲げない人間。それが信念として輝けば素晴らしいものとなるが、固定観念から抜け出せない愚かさに転じる場合もある。他人の言葉に耳を傾けることのできない人間が行きついた、憐れな末路と言えるだろう。



僕たちは、そこまでの情報を得て、店に戻った。


せっかく捕えた魔族に逃走された事実にはショックであったが、ティグリスという魔族に僕たちの顔は知られていないはずだ。心配する必要はないだろう。


その日は、なるべく体を休めながら働いた。ローズには、僕たちがこれから行う作戦を宝珠筆談で伝え、さらに連絡用の携帯端末宝珠を渡した。


そして、夕刻となった。


「お待たせニャン!」


僕だけが待つ店舗の事務室にフェーリスの使いの猫がやって来た。


「待ってたよ。フェーリス」


「今日はレンだけでいいニャンね?」


「ああ、僕一人だ。では行こうか」


「わかったニャン。レンが来てくれて、ウチは嬉しいニャン♪」


「……そうなのか?」


「ウチ、レンのことは好きニャンよ。こんなに面白いことを提案してくれるニャンて、人間にしては、いいヤツだニャン」


「ありがとう、と言っておこうか……」


「じゃ、ウチについて来るニャン♪ようこそ、レン!ようこそ、『八部衆』へ♪」

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