第102話 束の間の休息

「ね……猫がおしゃべりを……」


驚くシャクヤが、両手を口元に持っていき、ドン引きした様子でフェーリスの使いの猫を凝視した。初めてフェーリスに遭遇した時の僕たちと似たような反応だ。


嫁さんが、すぐに窓を開け、白猫を部屋の中に入れた。

フェーリスが真っ先に興味を示したのは、シャクヤだった。


「その子は仲間ニャオ?なんだか王女とそっくりさんニャオねぇ」


「王女のイトコなんだ」


「そうなのかニャオ!よろしくニャオ!」


「よ……よろしくお願い致します……ま……魔族さん」


僕が紹介すると、シャクヤも戸惑いながら挨拶した。


「ところで、今日は”ニャオ”の気分なのか?」


「そうニャオ。レンもウチのこと、わかってきたニャオね」


「あぁ……まぁな……で、本題の方はどうなんだ?」


「それについては、お待たせして、すまなかったニャオ。メンバーがそろうのに時間が掛かったニャオ」


「イケそうなのか?」


「二日後の夜に決行するニャオ。だから、その日の夕方に迎えに来るニャオ」


この日は、この世界における7月13日だった。


「今日が13日だから、15日の夜か。わかった」


「じゃ、またニャオ!」


白猫は、窓を抜けて外へ去って行った。

嫁さんが真面目な顔つきで僕に言った。


「いよいよだね……蓮くん」


「うん」


すると、シャクヤが大きくため息をついた。


「魔族とあのように仲良く会話をされてしまうだなんて……やはり、お二人は、わたくしどもとは次元が異なる存在でございますね……わたくし、ずっと足が震えておりました」


それを聞くと、夫婦で顔を見合わせ苦笑した。

僕はここで一つ提案をした。


「よし。ちょうどいい機会だ。明日は休業にしよう」


「え、いきなり休みにするの?」


「この一週間、みんな働き詰めだったからね。あぁ、この世界にはカレンダーがないから、一週間とは言わないか。ともあれ、商売も軌道に乗せることができた。ここらで一度休みを入れよう」


これにシャクヤも同意してくれた。


「それは、よいお考えだと思います」


そして、嫁さんが思い出したように呟く。


「そういえば、この世界は日曜日も無いもんね」


「クレオメさんに聞いたんだ。どうやって休みを取っているんですか、って。そしたら、キョトンとした顔で、適当に休んでる、って言うんだ。この世界では、その日にいきなり休業しても誰も文句を言わないんだよ。働き手にとって、こんなありがたい世界はないよね」


「日本だったら、”お客様は神様”だもんね」


「最近では、付け上がった客による”カスタマーハラスメント”も問題視されていた。こっちの世界の方が、よっぽどお客さんが優しいよ」


「ね、休みにしたら、何するの?」


「家でのんびり……と言いたいところだけど、ガヤ村に行こう。最終決戦の前にバーリーさん達に挨拶したい」


「いいね、それ!二人で行こう!」


「うん。そこで、ちょっと見せたいものがあるんだ」


時間帯は、店じまいした直後の夕刻。僕たちのいる場所は、事務室として使用している、店舗の奥の一室であった。そこから、すぐ横の倉庫に移動した。


そこには、僕がここ数日を費やして造り上げた、金属製の大きな箱が置かれていた。その箱には、同じく金属製の車輪が4つ付いており、前面と背面、そして横には強化ガラスによる窓が取り付けられている。


それは、まさに僕たちがよく知る”自動車”であった。


「あぁっ!クルマ!!出来たんだ!!」


嫁さんが狂喜した。

僕は、商売が軌道に乗り、手元にお金が来るようになってから、どうしてもそろえたいものとして、自動車の開発に取り組んだのだ。


公式行事には馬車が必要となるこの世界で、毎回、辻馬車を頼むのも割に合わない気がした。そこで、馬車を購入することも検討したが、どうせなら自家用車を自ら製作してもよいのではないかと考えたのだ。


すでに自動車としての基本的な機構は、木造自動車で完成している。それを鉄で再現するだけだった。この街の有力な商人から鉄を買い付け、倉庫内で加工した。


クルマの外見は馬車に近くなるようにしながら、内部構造は自動車になるよう開発してみた。


ただし、僕は空間把握や図形の描写は得意であるが、絵を描くのは苦手である。実際に自動車の形状を構築してみると、自分だけでは歪な形になってしまった。そこで、嫁さんに手伝ってもらい、記憶を辿りながら、絵に起こし、一緒に設計図を描いた。


これは、僕たち夫婦が二人三脚で造り上げた自動車なのだ。


馬車に似た形状を目指したため、結果としてミニバンのようなクルマになった。内装は、ちょうどいい家具を購入して加工した。細かい部品については、ゴムやプラスチックが存在しないため、全てが金属製になってしまい、どこか昭和風の雰囲気を持つ代物となったが、紛れもなく自動車の内装となった。


「この世界には、ガラスがあるのが幸いだったよ。中世くらいの時代だと、普通はここまでのガラスは無いはずなんだけど」


僕が、ガラスについての感想を述べると、シャクヤが答えてくれた。


「ガラスは、過去に召喚された勇者様によって、その製造方法と加工技術が伝えられたと聞いております」


「やっぱりそうか。この世界にあるオーバーテクノロジーは、過去に異世界から伝えられたものなんだな」


「これで、ガヤ村まで行けるんだねぇ……」


嫁さんが感慨深く言うので、僕は最後の仕上げの話をした。


「あと残るのは、外面塗装だよ。生の金属むき出しでは、見た目も悪いし、サビやすい」


「じゃ!塗装は私がやってあげる!」


「え……」


「そういうのは、蓮くん、苦手でしょ。変な色を付けられたら、ダサくて、しょうがないもん」


「わかったよ。なら、お願いしようかな」


「りょ!」


苦笑いしながら頼むと、嫁さんは元気よく快諾した。よほど、自分でやりたかったのだろう。この日、嫁さんは夕食を食べた後、そそくさと店舗まで一人で足を運び、深夜まで作業して帰ってきた。



そして、翌朝、早朝から出発することにした。


「シャクヤちゃんも一緒にどう?」


嫁さんが尋ねると、シャクヤは微笑を浮かべた。


「いいえ。わたくしは、ご遠慮致します。せっかくの休日ですもの。お二人でごゆっくりお過ごしくださいませ」


気を利かせてくれた彼女を残し、僕たちは店舗に向かった。

久しぶりに夫婦二人だけのドライブデートとなりそうだ。


ところが、店舗前には、朝早くから元気のいいスタンプたちが集まっていた。彼らに休みであることは、まだ伝えていなかったのだ。


「スタンプ、今日は休みにするよ」


「なぁーーんだ。そっかぁ。つまんねぇの」


「ね、これから蓮くんとドライブするんだけど、みんなも来る?」


「なにそれ!」


ご機嫌な嫁さんは、彼らを誘ってしまった。興味を示した子どもたちは、全員ついてくると言った。ミニバンサイズの自動車なので、彼らを全員乗せることは可能だろう。


と、ここまではよかった。

クルマを見て、僕は愕然とした。


「な!なんじゃこりゃ!!!」


思わず絶叫した。


なんと、クルマの外装は黒で塗装された後、さらに丁寧な筆使いで、絵が描かれていたのだ。それもアニメキャラである。


僕と嫁さんが二人でハマったアニメであり、上面から前面にかけて主人公が、両サイドに二大ヒロインが、そして、背面にはマスコットキャラが描かれていた。


どれも完コピされており、職人に頼んだのかと思うくらい、うまかった。背景までこだわって描かれているので、全体的にはブルーの車体となった。


「わぁ!かわいい!」


「なんだぁ!これぇ!」


女子も男子も大喜びでクルマの前に集まった。

僕は、ため息をついた。


「百合ちゃん……よく描けたね……こんなの…………」


「すごいでしょ!今の私の力を使えば、絵だって高速で描けちゃうんだよ!」


「いや……なにも”痛車”にすることはないだろうに……」


「えぇぇぇ、喜ぶと思ったのになぁ!あんまり似てない?」


「うまいよ!うますぎるよ!しかも直接、描くなんて職人かよ!普通、”痛車”ってのは、ステッカーに描いて貼るものなんだよ!」


「えっ!そうなんだ…………私、よくわからないで、見よう見まねでやっちゃった……」


「見よう見まねで、できちゃうのもすごいんだけどさぁ……今からでも塗りなおさない?」


「ええぇぇぇぇ!ヤだよぉ!」


僕が聞くと、嫁さんは顔をブサイクに歪ませ、とてつもなく嫌そうな顔をした。どうやら、これ以上、頼めそうにもない。仕方なく僕はこのクルマを受け入れた。


まったく本当になんということだろうか。

この世界において、初めて製造され、運転される鉄製の本格的な自動車第1号は、”痛車”となってしまったのだ。


僕はしぶしぶ乗り込んだ。運転席に僕、助手席に嫁さん、後部の2列目シートと3列目シートに子どもたちが詰めて乗った。


「今回は、ステアリング機能までしっかり造って、ハンドル操作できるようにしたんだ。アクセルとブレーキもペダルを踏んで作動するんだよ」


「完全にクルマだね!」


「エンジン、駆動、トランスミッション、メーターパネルに空調設備、そしてタイヤの空気に至るまで、全てが魔法だけどね」


「”魔法自動車”だね!じゃあ、出発進行!!」


倉庫の扉を圧縮空気による魔法で開け、自動車を外まで走らせた。

嫁さんが一度降りて、しっかり店舗と倉庫の鍵を掛けて戻ってくる。


本格的に動き出したクルマは、街中をゆっくり徐行して、ベナレスの外に出た。

道行く人たちは驚愕した。


「なんか!すごいのが出てきたよ!」


「鉄の馬車だ!」


「いや!馬車なのに馬がいねぇぞ!」


「乗ってたのは、”プラチナ夫妻”だよ!」


「また、あの『プラチナ商会』か!今度は乗り物だ!!」


わずか一週間足らずで、大商会として名を上げた僕たちのことを悪く言う人は、ほとんどいなかった。僕の二つ名は、いつの間にか”小賢者”が変化して”商賢者”となり、嫁さんは”閃光御前”となった。


そして、夫婦そろって”白金プラチナ夫妻”と呼ばれるようになったのだ。


傍から見た人々ですら興奮するのである。クルマに同乗した子供たちの熱狂ぶりといったら、それはとんでもないものだった。馬車にも乗ったことのない貧しい孤児たちが、この世界のどんなものより乗り心地がよく、速く走る乗り物に乗ったのだ。終始、車内は大騒ぎの小旅行となった。


ちなみにスタンプを除く彼らの名前は、これまで省略してきたが、一応ご紹介したい。


少年4人が、スタンプ、ササ、プラム、タロ。

少女3人が、ダリア、カンナ、メイプル。


最年長のスタンプが8歳であり、最年少のタロとメイプルが5歳である。ここに4歳のマオが加われば、ちょうど男女4名ずつになるだろう。


最初は試運転として、時速30キロ程度で走らせていた僕だったが、徐々にスピードを上げた。耐久性にも問題がないことがわかってくると、時速60キロで走行するようになった。


ここまでのスピードになると、舗装されていない街道では、それなりに揺れも生じたが、馬車に乗るより遥かにマシである。圧縮空気によるサスペンション機能が見事に働いてくれた。


そして、3時間ほどで、ガヤ村に到着してしまった。まだお昼前だった。


「おお!あんちゃんとねえちゃんか!よく来たなぁ!」


懐かしきガヤ村のハンターギルド支部長、バーリーさんである。

彼は相変わらずの大声で迎えてくれた。


僕たちがクルマで村の入り口に来ると、その瞬間から大騒ぎになり、こちらから言う必要もなく、自然と人が集まってしまったのだ。村中の人たちが、僕たち夫婦のことを覚えていてくれたようだ。


「ご無沙汰しています!」


「お久しぶり!バーリーさん!」


僕と嫁さんが挨拶すると、バーリーさんは案の定、クルマと子ども達に目を向けた。


「こりゃまた……もう、どこをどう聞いていいのか、わかんねぇな……」


あの元気の塊のようなバーリーさんが言葉を詰まらせた。

その様子に僕たちは笑い、丁寧に説明した。


「そうかそうかぁ!いやぁ!なんか二人のことはいろんな噂が流れてきたからな!結構、心配してたんだ!!でも、元気そうで何よりだ!!」


快活な笑顔で全てを受け入れてくれるバーリーさんを見ていると、心から安心した。


今にして思えば、この世界に来て最初にお世話になったのが、この人であったことは幸運だったのだ。この村を出てからの僕たち夫婦の旅路は、艱難辛苦の連続だった。


昼食は、そのままバーリーさんの自宅に招かれた。奥さんのストローさんをはじめ、家族の方々に挨拶し、食事をいただきながら、これまでの旅路を話した。


「いやね、実はあなた達がこの村を出た後、王国の騎士がやって来て、凄腕の旅人を探してるって言うから、二人のことを自慢しちゃったんだよ。そしたら、あとになって王国から、おかしな手配書が来たのさ。あたしゃ、二人に悪いことしたんじゃないかって、気を揉んでたんだよ」


王国騎士団の部隊長コリウスが、この村まで来て、僕たちのことを調査していたことは知っている。その時、軽い気持ちで話してしまったことをストローさんは後悔していたのだ。


僕は、微笑して語った。


「いえ。何も問題はありません。悪いのは騎士団ですから。それに、僕たちを犯罪者呼ばわりした部隊長は、僕たちが、やっつけてしまいました。安心してください」


「はぁ……部隊長をやっつけた、ですって……こりゃたまげたわ……」


「もし、同じように気に病んでいる方がいたら、言ってあげてください。何も心配する必要は無いと」


「うんうん。言っておくよ!魔法使いのジニアおばあさんも気にしてたからね!」


「そうでしたか。よろしくお伝えください」


ストローさんの不安を払拭し、食事も済んだところで、嫁さんは袋を取り出した。


「これ、みんなにお土産!」


「ん?何だ?”おみやげ”って?」


バーリーさんが首を傾げた。

僕と嫁さんは、驚いて顔を見合わせた。


この世界には”お土産”という文化が無かったのだ。言われてみると、そもそも”お土産”とは、いったい何なのだろうか。僕もどう説明したら良いのか全く思いつかない。そこで、仕方なくこう言った。


「……あぁ……その……以前にお世話になったお礼です。これは今、僕が開いた『プラチナ商会』で売り出している宝珠なんです。とても便利なものですので、お使いください」


「ガハハハハハ!二人は俺の命の恩人なんだから、礼なんて要らねぇさ!」


「でも、僕たちもたくさん助けていただきました。どうか受け取ってください」


強引に渡した宝珠は、照明宝珠と水道宝珠である。

使い方を説明し、実演すると一家全員が震えるほど驚嘆してくれた。


「あんちゃん……とんでもねぇもん、作ったなぁ……」


「ど……どうしよう……生活が一変しちゃうよこれ……」


僕の作った宝珠によって、夜に松明を使う必要も、井戸に水を汲みに行く必要も無くなるのだ。感激するのは当然だ。その喜びように僕と嫁さんは心から満足した。


家の庭では、子ども達が元気にはしゃいでいる。バーリーさん一家は大家族なので、その孫たちと、僕たちが連れてきた子ども達とが一緒になり、盛んに遊び回っていた。



昼食と歓談が終わり、子ども達が遊んでいる間、僕は嫁さんと一緒にギルド支部に赴いた。


そこで宝珠の売り場に行き、ブランク宝珠の大量購入を申し出た。


実は、ベナレスのギルド本部で購入していたブランク宝珠が、底を突いてしまったのだ。ならば、産地であるガヤ村で直接購入した方が早い、という話になり、その交渉に来たのである。


商談は快諾され、今後は『プラチナ商会』として、ガヤ村から大量購入することになった。それに向けて生産量も上げてくれるという。購入と運搬については、男衆が食材採取をするついでに足を運んでもらえばいい。


間で仲立ちしたバーリーさんも大喜びである。


「これで、この村がさらに潤うな!」


そして、嫁さんからはツッコミを入れられた。


「結局、仕事しに来てんじゃん……」


ゆっくりしたい気持ちもあったが、日帰りのつもりなので、僕たちはすぐに引き上げることにした。子ども達は、遊び疲れてグッタリしながらクルマに乗り込んだ。


「また遊びにきてくれよ!こんなすげぇ乗り物があれば、ひとっ飛びだろう!」


「ええ!また来ます!」


「元気でね!体に気をつけるんだよ!」


「ありがとね!ストローさん!」


バーリーさんとストローさん夫妻、そして家族の人たちは、クルマが見えなくなるまで見送ってくれた。束の間の挨拶だったが、まるで故郷に帰ったような安らかな気持ちになった。


「さぁ、明日は最終決戦だ。これで気持ちよく頑張れるぞ」


「絶対に作戦を成功させようね」


「また来ると言っちゃったけど、もしも僕たちが地球に帰れたら、約束を破っちゃうことになるね……」


「うん……でも、そこはしょうがないよ」


少しだけ寂しさを感じつつも、僕と嫁さんは、明日の夜の作戦決行に対し、覚悟を決めた。子ども達は車中で寝ているため、帰りは静かなドライブとなった。

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