第101話 プラチナ商会

商業組合の代表、ゼルコバさんから全面的に協力を受けられることとなった僕たちは、その後、彼と具体的な課題を協議した。


さらに商売に関する細かい相談事は、娘のクレオメさんが、何でも相談してほしい、と言ってくれた。その言葉に甘え、この世界における帳簿の付け方など、商売のイロハを詳細に教えてもらった。しばらくの間は、このおばさんが相談役になってくれるそうだ。


そして、翌日。


街の有力者が集まるというパーティーに参加した。場所は、ゼルコバさんの巨大な邸宅である。


シャクヤに相談しつつ、嫁さんのセンスにも頼りながら、この世界における正装を購入し、身に纏った。中東風の正装であり、スーツではなく、ローブに近い。


ところで、こうしたパーティーに集う場合、貴族と同じように馬車で屋敷に向かうのが常識らしい。徒歩で行こうとしていた僕は、シャクヤに指摘され、急遽、辻馬車を頼んだ。いくら経費とはいえ、服装と車両代で、思わぬ出費となった。


屋敷内の大きな広間に集った人々は、それぞれ有力者であるが、顔触れは様々だ。ラージャグリハ王国の貴族で、この街に別荘を構えている人。または、商売をしている人。もとは没落貴族だったが、この街に移り住み、成功を収めた人。同じような理由で、共和制国家シュラーヴァスティーからの貴族。そして、有力な商人たちである。


ベナレスの市長も呼んでいたそうだが、残念ながら、今日は欠席ということであった。


ゼルコバさん曰く、時々こうした晩餐会を催すことで、貴族社会の真似事をしながら、街中の有力者同士で情報交換したり、商談を成立させたりするのだという。


考えようによっては、これをもっと庶民的にし、小規模にしたものが、僕のいた世界では毎晩のように行われていた。サラリーマンの”飲みニケーション”である。ちなみに僕は、あまりそういうのは好きではない。しかし、この場では、自分たちの商品を売り込むチャンスとして、ぜひとも活用したい。


パーティーは立食の形式で、主催のゼルコバさんが一言挨拶すると、自然と歓談が始まった。


僕たちは、ゼルコバさんに呼ばれるまで、普通にパーティーに参加することになっている。こうした場に参加して、一番ウキウキしているのは嫁さんだ。


「はぁぁぁ、どうしよどうしよ。あれもこれも、おいしそう」


「百合ちゃん、楽しむのもいいけど、目的を忘れないでよ」


「わかってるって」


無遠慮に料理をモリモリ食べている嫁さんと、遠慮がちに周囲の顔ぶれを注視しながら食事する僕。そこに、最も場慣れしているシャクヤがやって来た。後ろに誰かを連れている。


「レン様、ユリカお姉様、ご紹介致します。王国の貴族の方でございます」


王国貴族の社交界で育ってきたシャクヤは、なんだかんだで顔が広かった。知り合いの貴族を見つけ、僕たちに引き合わせてくれた。


「え、あ、これはどうも。蓮と申します」


貴族も自己紹介してくれた。そして、こう言うのだ。


「まさかクシャトリヤ家のピアニー様から、お声掛けいただけるとは思いませんでした。しかも、こちらでハンターをされているなんて。あなたのことをとても信頼されているようですね。これからもどうぞご贔屓に」


王国の貴族からは、全員、敵対視されていると思っていたので、僕は意外だった。貴族がいなくなった後で僕はシャクヤに尋ねた。


「シャクヤは大丈夫なのか?」


「はい。こういう言い方は少々失礼でございますが、こちらにいらっしゃる方々は、下流の家系の方々でございますので、わたくしの顔を立ててくださいます」


「貴族にも上流と下流でいろいろあるんだな……」


「では、他の方々も呼んで参ります!本日は、わたくし、レン様の秘書でございます!」


さらに気を良くしたシャクヤは、王国貴族を次々と呼んできた。こちらから挨拶することなく、向こうから喜んで来てくれるのだ。僕の秘書としては、あまりにも優秀すぎるだろう。


それにしても困るのは、次々と人に挨拶することになるので、顔と名前を覚えきれないことである。技術者肌の僕に、こういう場は不慣れであった。僕は、隣にいる嫁さんに告げた。


「百合ちゃん、今日は僕のそばから離れるな」


すると、嫁さんは口をモグモグさせながら不満気に言った。


「ちょっと、蓮くん、なにカッコいい言い方してんの。いくらなんでも私のこと心配しすぎでしょ。勝手にいなくなったりしないよ」


「いや、そうじゃなくて。僕では、人の顔と名前を覚えきれないんだ。協力してほしい」


「だーーいじょうぶだよ。私が隣にいてあげるから」


そうこうしているうちに、メインの料理が出される時間になった。

ゼルコバさんが、一同に呼びかける。


「さて皆様、ご歓談も弾みだしたところでしょうが、ここで本日のメイン料理をお出しします。今回は、特別なものをご用意いたしましたので、皆様に一皿ずつお配りしたいと思います」


給仕係が、出席者全員に行き渡るよう、料理の皿を運んだ。

それは、僕たちが採ってきた食材で作った料理だ。

調理したのはゼルコバさんの家のシェフだが、レシピは嫁さん考案のものである。


何の気なしに皿を受け取った人々は、そこから発する芳ばしい香りに心を奪われた。そして、口に運んで絶句した。


その反応を見た、まだ皿を受け取っていない人が、給仕から奪うように皿を受け取る。そしてまた同じ反応をした。


「な……なんだこれは!」


「こんなおいしいもの!食べたの初めて!」


「ゼルコバ代表!この料理は、いったいどうしたのですか!」


次々と驚きと疑問の声が上がった。

それをニコニコしながら聞いていたゼルコバさんは、満を持して話を始めた。


「皆様、今回の料理には、特別な食材を使っております。環聖峰中立地帯で採取できる、極めて貴重で美味な食材なのです。その採取方法を発見し、本日、ここに持参してくださったのは、こちらにいらっしゃる、『プラチナ商会』の方々です」


そうして、僕のことを紹介してくれる。出席者の視線が一斉に僕に向けられた。料理によって心を奪われてしまった彼らは興味津々である。


「食堂を営まれている方々は、あとで『プラチナ商会』さんとお話しされることをおススメします。食材の流通量は限られておりますので、激しい競争となることでありましょう」


と、ゼルコバさんは、さらに人々を煽ってくれた。

これでは、相当な倍率競争になるだろう。正直、そこまで求めていたわけではないので困惑してしまうが、さすが一流の商売人だ。


「さらには!『プラチナ商会』さんが扱う商品は、これだけではありません!ここからは、代表殿に直接お話ししてもらいたいと思いますが、皆様、いかがでしょうか!」


賛同の拍手が巻き起こった。

ありがたいが、やりすぎである。

出席者の期待値が上がったことは嬉しいが、これではハードルが高くなってしまったではないか。


僕は、並み居る人々の視線を一身に受けながら、深呼吸した。


こちらは、いち技術者に過ぎないが、これまでの仕事で何度もプレゼンテーションを行ってきている。この世界の一流の商人たちに、サラリーマンとしての僕の力がどこまで通用するか、試してみようではないか。


決意を固めた僕は語りはじめた。

まずは、最初のツカミである。


「皆様の貴重なお時間を頂戴しましたこと、大変に恐縮です。ところで、皆様、本日、この屋敷に来られてから、何かお気づきになったことはありませんか?」


いきなりの質問である。

人々は、何事かと思いながら、周囲の人と互いに顔を見合わせた。

そして、しばらく沈黙の時間が流れたところで、一人の人物が手を挙げた。


「部屋が明るいです」


ゼルコバさんの知り合いの一人である。

もしも、誰も発言しなかった時のために、僕がゼルコバさんに頼み、仕込んでおいたのだ。


「「あぁ……」」


発言者の言葉を聞き、出席者全員が、同じ感想を持った。前々から気づいていた人。今さらながらに気づいた人。それぞれのようだが。


「そうです。そして、本日は、ランプが一つも用意されていないことに、お気づきになりましたでしょうか?」


「「え……」」


これには、全員が動揺した。

時間は夜である。

この世界にでは、照明道具として当たり前に存在するものが、全く無かったのだ。まるで昼間のように自然と人々は過ごしていた。そのことに今さら気づき、愕然としている。


「実は今、この大広間の照明は、たった一つの宝珠によって成り立っているのです。このように――」


僕が右手を挙げると、部屋の照明が消え、真っ暗になった。

どよめく人々。

そして、すぐに照明がついた。


「中央のシャンデリアをご覧ください。ロウソクが一本も使われていません。取り付けた光の魔法の宝珠によって、部屋全体が照らされているのです」


電球など、存在しない世界である。シャンデリアには、無数のロウソクが設置され、一つ一つに火をつけて照らされる仕様になっていた。というより、元来のシャンデリアは、そういう使い方なのだ。


それを無視して、電気機器の一切存在しない世界に、僕は電球の代わりになるものを紹介した。それが、どれほど革命的なことであるかは、聴衆となった人々の反応が物語っている。


「これは便利すぎるだろう!」


「今までロウソクと松明を使ってたのがバカみたい!」


「代表のお宅にこんなものがあったら、これ無くしては田舎者扱いされてしまうじゃないか!」


「これはヤバいぞ!これからは宝珠照明がスタンダードになるぞ!」


皆、興奮の色を抑えきれず、一斉にザワザワしはじめた。そして、誰からともなく、自然と質問の声が上がった。


「こ!これは!何時間持つんでしょうか!?」


「この地域では、日中にマナをチャージしておくことで、一晩中、照らし続けることが可能です」


「おいくらなんでしょうか!?」


「現在、量産できる体制を整えておりますが、準備が完全に整うまでには、時間を要します。まずは、宝珠一つにつき、金貨3枚で考えております。また、予約制で生産しますので、ご入用の方はこの後、私にお声掛けください」


こう言うと、人々の目つきが変わった。誰もが早い者勝ちで予約しようと殺気立っている。どうやら、今度は関心を集めすぎたようだ。これは、逆にまずいかもしれない。


だが、こうした中でも、必ず敵対的な人物は現れるものだ。


僕の話す内容が、あまりにも革新的だったためか、敵意むき出しの態度で、僕に大声で質問した人物がいた。


「あなたは、いったい何者なのでしょうか!どうか、そのご尊名を伺わせていただきたい!!」


語調は強いが、言葉遣いは丁寧であるし、その質問は当然のものだった。

どうやら、名のある商人のようである。


僕としても、そろそろ潮時だと思っていた。ここまで注目されてしまった以上、正々堂々、名乗る必要があるし、それによって、人々の頭を冷やすことにもなるかもしれない。僕は、微笑を浮かべて自己紹介した。


「申し遅れました。私は、シルバープレートハンター、蓮・白金と申します。皆様には、”ニセ勇者”と言った方が早いかもしれませんね」


これを聞いた有力者たちは、固まった。

興奮状態が、いっきに冷めたようである。


「私が、王国から追われる身の上であることは、皆様、ご存じのことと思います。では、その罪状についてはご存じでしょうか。私の罪状の一つには、”認可されない独自魔法の開発という禁忌を犯した”という項目があるのです。実は、王国が私を敵視する一番の理由は、ここにあります。あまりに便利すぎるものを独自開発したため、嫉妬した王国が私に、あらぬ罪をなすりつけたのです」


これは、半分真実であり、半分嘘である。しかし、そもそも”偽りの勇者”という罪状が嘘なのだ。これくらい、利用させてもらっても罰は当たらないだろう。


「このように便利な魔法の宝珠が、他国に出回れば、王国にとって不利益になる。そう判断した王国の重鎮の罠にハメられ、私は、”偽りの勇者”という無実の罪を着せられました。こんなことは許されることではないと思いますが、皆様、いかがでしょうか」


聴衆は、一様に大きく頷いた。

どうやら、僕の言い分を素直に聞いてくれるようである。やはり、照明宝珠の実演で、先に関心を集めたのは正解だった。


「ありがとうございます。皆様のお顔を拝見しまして、私も安心致しました。実は、他にも新作の魔法をご用意しているのですが、今宵は宴の場です。これ以上の時間を皆様から頂戴するのは心苦しく思いますので、次なる商品は、またの機会に紹介させていただきます。それでは、ご清聴ありがとうございました」


話を終えると、万雷の拍手が鳴り響いた。


そこからが大変であった。貴族も商人も一斉に僕のもとに集まり、宝珠の予約や食材の取引について、話を持ちかけるのである。パーティーの最中だというのに宴会はそっちのけとなってしまった。


ゼルコバさんは苦笑しつつも、誇らしそうだった。そして、これだけの騒ぎになると、さすがに収拾がつかないと考え、彼が仲介して、話が進むようにしてくれた。お陰で、静かに商談することが可能となった。そうでなければ、暴動が起きてもおかしくなかっただろう。


こんな状況だと、嫁さんは全く頼りにならず、横で愛想を振りまくだけだったが、有力者の奥様方と挨拶を交わし、ちゃっかり仲良くなっていた。


反対にシャクヤは、テキパキと商談の手伝いをしてくれ、書類を整理したり、情報をまとめたりしてくれた。


僕に敵対心を燃やして名前を聞いてきた人物については、どうなったのかは知らない。気がつけば、帰宅していたようだ。


そうして、『プラチナ商会』の本格的な初陣は、商業都市ベナレスの有力者たちにセンセーションを巻き起こすこととなった。



「はい、蓮くん、今日挨拶した人の名前、全員、宝珠にメモしておいたよ」


「あぁ、ありがとう」


「まったくもう、私がいないと、ほんと心許ないんだからっ」


帰り際、辻馬車の中で嬉しそうにボヤく嫁さん。

商談が見事に成立したので、三人とも高揚感に満たされている。


「はいはい。百合ちゃんがいないと何もできないよ」


と、嫁さんに合わせてあげると、さらに彼女は言った。


「それにしても、蓮くんも欲が無いよねぇ。他にも水を出す宝珠とか、電子レンジの宝珠とか、あとは私が頼んで造ってもらった冷蔵庫とかあるのに、全然紹介しなかったね」


「あれでいいんだよ。今後の楽しみが増えた方が、さらに関心を集めるでしょ。それに今日の反応を見てわかったけど、既に照明宝珠だけで、みんなお腹いっぱいだった。少しずつ紹介していかないと、かえって混乱させてしまっただろう」


これにシャクヤも賛同して話に加わった。


「そうでございますね。特に貴族社会にとって、夜が明るくなることは重大事でございます。ひとたび出回ってしまえば、これが常識になってしまうことでしょう。世界中の貴族が殺到すると思われます」


「うん。しばらくの間は、高級品として貴族中心に売ることになるだろう。僕の宝珠システムを使えば、宝珠のコピーは簡単だけど、ブランク宝珠の数に限りがある。どうしても希少品になってしまうからね。でも、これは百合ちゃんとも相談したことなんだけど、ゆくゆくは、安価にして一般家庭にも手が届くようにしたい」


「まぁ……」


「さ、明日から忙しくなるぞ。二人ともよろしくね!」


「はい!」


「りょ!」



一夜が明けた。


僕たち『プラチナ商会』の店舗は、大通りを挟むようにハンターギルド本部の真向かいに開いた。


ウォールナットさんからの口利きで、ちょうどよく空き店舗が見つかったのである。ここを借りて宝珠を売り出せば、ハンターにとっても利便性が高いであろう。


店の看板については、デザインセンスの欠片も無い僕の代わりに、嫁さんが手掛けてくれた。


予約制にしておいたので、この日に納品予定だった客が、受け取りと支払いに来る。また、噂を聞きつけた人が、新たな予約をしに訪れた。


宝珠の生産は、まずハンターギルド本部で売られているブランク宝珠を大量に購入する。あとは、僕の宝珠システムによって、照明宝珠をコピーするだけである。あまりにも簡単すぎるお仕事だ。


しかし、システムには不具合も起きる。宝珠のコピーが完全に成功したかどうかは、実際に使用してみて、確認しなければわからない。つまり、大量生産に伴う品質保証として、最終確認のフェーズが必要不可欠だ。そこだけは、人間が自ら行わなければならない。


そして、そのための労働力として僕が目を付けたのが、スタンプたち少年少女である。飢えた彼らが、盗みを働かないよう、しっかりとした仕事につけさせたい。その思いと、こちらの労働力不足を補うことの両方が叶う、一石二鳥の方策だった。


既に彼らと話はつけてあり、スタンプたちは喜び勇んでやって来た。


子どもなので、集中力が持つとは考えていない。1時間ごとに休憩時間を与え、のんびりと仕事をしてもらった。また、テスターの役割は、万が一の不良品を必ず発見することにある。不良品を見つけ出した者には特別ボーナスを出すことにした。みな、やっきになってテストするようになった。



食材の取引については、改めて競りにかけることになった。開店初日の午後、商業組合に出向くと、ウチの食材を取り扱いたいと申し出る高級食堂が10件を超えており、入札を行った。そして、最も良い条件を出してくれた店舗と取引を結んだ。


また、それ以外の店には、申し訳ない気持ちが生じたので、宝珠による冷蔵庫を紹介した。どの店も、鼻息を荒くして注文してくれた。


食材集めは、エルムたち男衆の仕事である。ゴールドプレートハンターであるシャクヤを護衛とし、僕の造った木造自動車に乗って、日帰りで中立地帯から戻ってくるのだ。さらに僕の与えた宝珠によって、肉類は冷凍保存して届けることにした。これで鮮度も格段に良くなる。


ただし、会計係のオリーブだけは、その職務に専念してもらうため、常時店舗にいてもらうことにした。クレオメさんからアドバイスをもらいながら、必死に勉強し、帳簿整理を見事にこなしてくれた。繁盛しはじめたウチの会計には、彼の計算能力が欠かせないものとなった。


店舗で客の応対をするのは、愛想の良いウチの嫁さんである。副代表という立場であり、既婚者でありながら、店の看板娘のようにキラキラと笑顔を振りまいて、客人のハートを掴んでいた。


やがて、ただ彼女の顔を見たいがためにハンターが意味もなく訪れるようになった。そして、会話をするうちに、気がつけば宝珠を注文していくのだ。大した需要は無いだろうと思われた、火をつける宝珠ですら買ってくれるハンターもいた。


カメリアにも手伝ってもらいながら、嫁さんが店舗運営を引き受けてくれるので、僕は裏方で研究開発に専念することができた。時々、大きな交渉事や技術関連の質問があると、呼び出されるくらいである。


また、働き者のシャクヤは、護衛の任務が終わって帰ってくると、僕の秘書として細かい雑務を手伝ってくれた。



そうしたことが軌道に乗った結果、『プラチナ商会』は、一日で金貨200枚を超える売上を出すようになった。少人数の組織でありながら、大商会並みの売上である。


利益率も尋常ではない。ブランク宝珠は安価であり、生産地であるガヤ村では、1つにつき銀貨2枚だった。ベナレスで購入すると銀貨3枚である。それに魔法をコピーすることで金貨3枚で売った。金貨1枚は銀貨100枚の価値があるので、原価率1%である。


ぼったくりのようにも思えるが、これは僕の開発した魔法技術への対価である。これでも、街の人々からは”良心的な価格”と評された。そのため、需要が供給を大きく超え、この価格設定でも予約が1ヶ月待ちになってしまうほどだった。


食材については、狩猟と採取をしてくるだけなので、人件費しか掛かっていない。


ついには、経費を差し引いた一日の利益ですら、金貨200枚を超えた。



「れ……蓮くん……どうすんの……これ……ちょっと……儲け過ぎなんじゃない?」


「いずれこうなるとは思ってたんだけど、軌道に乗ってからが早かったなぁ……」


山となった金貨銀貨を見ながら、ため息をつく嫁さんと僕。

そこにシャクヤも加わって感嘆した。


「これは、もはや上流貴族を超える収入だと思います。たった一日でこれほどの大金が入ってくるなど、わたくし、実家でも見たことはございません」


「生活するための商売だったから、僕たちの目的としては、十分すぎるほど達成してしまってるな……」


「ですが……お客様たちは、宝珠も食材も楽しみにされております。今さら、やめることもできないかと思いますが……」


「そうだよねぇ……私たちの悪い評判も、気がつけば、どっかに飛んでっちゃったみたいだもん」


「仕方がないな。僕たちは、この世界の文化水準を何百年か先行させてしまったんだ。しばらくは、この街のために商売を続けていこう。あの、きまぐれ猫からの連絡もまだだしね」


「もしかして、呼んだかニャオ?」


最後に猫言葉で話に加わったのは、窓から部屋を覗き込んでいた白猫だった。相手が魔族であるにも関わらず、僕は歓喜の声を上げた。


「フェーリス!やっと来たか!待ちくたびれたぞ!」


「お久しぶりニャオ。待たせてしまって悪かったニャオね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る