第82話 宝珠システム・バージョン2
僕、白金蓮は、嫁さんをある乗り物に同乗させ、国境の町まで辿り着いた。そこは、既に戦場と化しており、今にも魔族にハンターが殺されそうなところだった。間一髪と言ってよいタイミングで、魔族を1体吹き飛ばした僕たち。
さて、この後の展開を語る前に、僕がここまでの道のりで何をやって来たのか、それを説明しなければなるまい。
――まず、今より2日前、ハンター3人組と別れた後のこと。
僕は宝珠システムを改良すべく、最後の仕上げに取りかかった。宿に泊まり、まる一日かけてその仕事を終え、翌日の夕方、町の材木屋で荷車を2台購入したのだ。
嫁さんに手伝ってもらいながら、それを町外れに持っていき、誰にも見られない場所で作業を開始する。
「これでどうするの?」
聞いてくる嫁さんに僕は説明した。
「まず、今までの宝珠システムに、さらにこれを付け加えるんだ」
僕は1つの宝珠を取り出した。
「何それ?」
「これは、『事象演算装置』の宝珠。【
「ふーーん」
説明しただけでは、その凄さに気づいてくれない嫁さん。いつもどおりの光景だ。
僕は、その宝珠を左腕に着けているブレスレットに、はめ込んだ。今まで5つある穴のうち、3つまでしか使用していなかったのだが、そこにもう1つ装着したのだ。
「今までは、『魔法演算装置』と『魔法データ』の宝珠によって、魔法を開発したり、複数処理同時実行したりしてきた。今度は、それに加えて、目の前の事象に合わせて、最適化した魔法を構築するようにしたんだよ」
「へ……?最適化……?なんか、さらりとすごいこと言ってない?」
「成功したら、の話だけどね。つまり、こうして荷車を2台用意した上で、僕が作りたい物をインプットする。その設計図に基づいて、地属性の変形魔法で加工し、風属性の空気を圧縮する魔法で重要なパーツを繋ぎ止める。僕がいちいち全ての魔法を発動させなくても、その時々の実情に合わせて、自動的に必要な魔法を発動してくれるんだ。すると――」
2台の荷車が変形しながら合体し、木造の四輪車になった。
「完成形になるまで、全て自動的に魔法を発動してくれる、ってわけだ。これが、『宝珠システム・バージョン2』」
「………………」
僕の説明と実験結果を見て、嫁さんは沈黙した。
「あれ?百合ちゃん?聞いてる?」
「……え……あぁ……うん」
「どう?感想は?」
「いや……なんかもう……いろいろついていけない」
「本番はこれからなんだけど……」
「え、これ以上、何があるの?」
「だって、これを走らせなきゃ」
「あ……そっか……これ走るんだ……」
もう完全に嫁さんの目が点になっている。
僕は木造自動車に乗り込んだ。
「百合ちゃんも乗ってみて」
「はい……おじゃまします……」
茫然としたまま、嫁さんは僕の左隣に座った。普段、二人でドライブする時と同じ並びだ。
(私……何やってるんだろ……)
と言いたげな顔をしている。
僕は、それをスルーして作業を続けた。
「車輪には、圧縮空気による透明のタイヤを装着。ブレーキも、圧縮空気による機構で再現。前輪の車軸を動かすやり方で、簡易的なステアリング機能を搭載。そして、風の魔法の推進力で車軸を回転させる。すると――」
木造自動車がゆっくりと動きはじめた。
「わっ!わっ!すごい!動いたぁ!」
反応に困る、といった顔をしていた嫁さんが、ようやく笑顔になって、はしゃぎはじめた。
「耐久性がわからないから、少しずつスピードを上げていこう」
だんだんと加速し、やがて体感で時速40キロメートルくらいのスピードが出るようになった。
「蓮くん!すごいよ!オープンカーに乗ってるみたい!やだ!どうしよ!超楽しいっ!」
「ステアリングが甘いから、曲がりにくいけどね」
「そうなの?」
「前輪を車軸ごと曲がるようにしたから、構造上、無理が生じて、あまり曲げることができないんだ。普通のクルマは、車軸は曲がらずに、車輪だけが向きを変えるでしょ?」
「そう言われるとそうだね……意識したこともなかった」
「とりあえず、この第1号は、試作品ってことで我慢してね」
「ううん。異世界に来て、蓮くんとドライブデートできるなんて、考えもしなかったもん。これだけでも十分、満足だよ。ちょっとお尻が痛いけど」
「じゃ、このまま次の町まで行って、
「やったぁ!」
一般的な馬車の速度と比べれば、時速40キロといえども自動車の方が遥かに速い。この日は、夕方に出発したにも関わらず、次の町まですぐに到着することができた。
木造自動車1号は、町外れに隠し、その夜は宿で一泊した。
そして、翌日。
異世界生活は、29日目となった。
午前中は、ルンルン気分の嫁さんを連れて買い物をした。とても追われる立場の人間とは思えないテンションである。もちろん嫁さんは気配を完全に消して透明人間状態だ。そして、ドライブに必要と思われるものを買い出した。
ところが、大荷物を抱えて歩く一人の男というのは、それなりに目立つものだ。実際は、嫁さんが運ぶのを手伝ってくれているのだが、気配を消しても荷物は認識される。当然のことながら、騎士に目を付けられる結果となってしまった。
「君、ちょっといいかね?」
「え?……あぁ……はい」
一人の騎士から呼び止められた僕は、なるべく平静を装って応対した。
「随分、大荷物だね。どこに行くのかな?」
「しばらくこの町を拠点にして一仕事するつもりなんで、買い出ししてたところですよ」
「それにしては、おかしな物を買っているようだが」
「どうせなら、快適に過ごしたいと思いましてね」
「そうか……見たところハンターのようだな。プレートを拝見させてもらえるか」
騎士の言い方は、傲岸不遜だった。
まったく、どこの世界にも、こういう偉そうに職質してくる人間というのはいるものだ。
少し気に障った僕は、あえて平然と言ってみた。
「……拒否したら?」
「国家反逆罪にしてもいい」
空気がピリッとした。
嫁さんが心配そうに小声で僕に呟く。
「蓮くん、どうしよ。ハンタープレートって魔法で加工されているから、簡単に改ざんできないんだよね?見せたら、一発でバレちゃうよ」
そのとおりだ。しかし、僕は騎士に向かって微笑を浮かべた。
「いや、冗談ですよ。どうぞ。よく見てください」
僕はハンタープレートを騎士に見せた。
「シルバープレートか……名前は……『ロータス』?知らん名前だな」
「最近、”名のあるハンター”になったばかりなんですよ。以後、お見知りおきを」
「そうだったのか。これは失礼した。どうりでそんな大荷物を運べるわけだ」
「いえいえ」
納得した騎士は去って行った。
「さあ、さっさとクルマに戻って、出発しよう」
僕が歩き出すと、嫁さんが透明のまま聞いてきた。
「ね、『ロータス』って蓮くんのゲーム内のキャラ名だよね?今のどうやったの?プレートは加工できないんじゃなかったの?」
「『バージョン2』が間に合ってよかったよ。こんなこともあろうかと、プレートに掛かっている魔法を解析しておいたんだ」
「そんなことまで、できちゃうの?」
「周囲の事象を解析して、そこから最適な魔法を作り出す。これが『宝珠システム・バージョン2』の機能だ。プレートにどんな魔法が掛かっているのか解析できれば、その技術を突破して加工することも可能でしょ?」
「言うだけなら簡単だよ……ていうか、その言い方だと、悪いことしてるみたいに聞こえるよ?」
「まぁね。言ってみれば、魔法技術を”リバースエンジニアリング”したわけで、現代社会なら、著作権法違反、または特許権の侵害に当たる可能性がある。さらにハンタープレートの改ざんで、文書偽造の罪にもなるか」
僕はニヤリと笑った。
「あぁぁぁ!悪い顔してる!」
「百合ちゃん、僕はもう手段を選ばないよ。国が僕たちを勝手に悪だと決めつけるなら、僕だって生き延びるために何でもやってやるさ」
「あんまりひどいことするようなら、私、怒るからね?」
「君に嫌われるようなことはしないよ」
「……蓮くんのこと、信用してるからね?」
「はいはい」
僕が悪人面をするのは、嫁さんとしては、かなり不服のようだった。気配を消しているので表情はわからないが、その声の様子から、ムスッとしているように感じた。
ともあれ、僕たちは騎士の職質をやり過ごし、木造自動車に乗って再出発することができた。シートをはじめ、車内を快適に過ごすためのグッズを用意したので、楽しいドライブデートとなった。
ただし、日中は人に見られないように、街道から少し外れた場所を走るようにした。かなり埃っぽいが、空気の壁で問題なく防げた。お昼過ぎから出発し、遠回りしたにも関わらず、馬車で1日の行程だったはずの道のりを夕方までに終えることができた。
そして、ついに国境の町に到着したのだ。
ところで、僕は前夜のうちにさらに改良を重ね、木造自動車1号の操作用宝珠を一つ作り上げていた。初日は、全ての機構を僕が魔法でコントロールしていたので、かなり疲れたのだ。よって、それらも自動化し、さらに操作機構を独立させて、一つの宝珠にまとめた。これなら、操作パネルを触る感覚で自動車を操縦できるのだ。まぁ、僕としては、ハンドルもアクセルペダルも無い自動車というのは、味気ないのであるが。
そして、その操作パネルに嫁さんが食いついた。
国境の町に入る直前である。
「ね、蓮くん、もしかして、それって私でも運転できるってこと?」
「え……?」
僕は一瞬、キョトンとした。そして聞き返した。
「いや……何言ってんだよ。百合ちゃんは、自動車免許持ってないでしょ」
「ここは日本じゃないんだから、いいじゃない」
「いやいや……ダメだって。人に当たったりしたら、大変だよ?」
「蓮くんもさっき同じようなこと言ってたじゃん」
「それとこれとは話が別だよ。実際に危ないんだから」
「だぁーーいじょうぶだよぉ。私、運動神経いいんだから。マリカーだって、全トロフィーコンプできるくらいの腕なんだし」
「運動神経はいいとして、ゲームと一緒にする発想は相当ヤバいよ!甲羅を人にぶつけてクラッシュさせるようなゲームと!」
「いいじゃん。ちょっとくらい触らせてよぉーー」
「ダメ!」
「けちっ!」
こうして、嫁さんの無茶な要求を退けた僕だった。そもそもこの自動車に乗ったままで、国境をどうやって通り抜けるかの方が問題なのだ。ちょっと工夫してジャンピング機能でも付け足そうか、などと考えていた。
ところが、国境の町に入ろうとし、僕がスピードを落とした時だった。
嫁さんが急に僕の宝珠を奪ったのだ。
「あっ!ちょっと!!コラッ!!!」
「蓮くん、急いで!!」
なんと、嫁さんの操作によって、自動車は急加速した。
町中を暴走する自動車。
一人の常識ある人間として、僕は顔面蒼白になった。
「バ!バカ!何やってるんだ!!止めろ!!!」
「いいから、歯を食いしばって!!!」
疾走する自動車の前方に何があるのか。
僕は目を向けて驚いた。
何やら激しい戦闘が行われていたのだ。
そして、僕たちは、二足歩行のモンスターのような存在に向かって突進した。
既にこのような時のために僕は安全装置まで準備していた。木造自動車の外側には、圧縮空気の壁を張り巡らせ、クッションになるようにしている。万が一、何かに当たっても衝撃が最小限になるようにしていた。これで、当たった相手にも自動車の車体にもダメージが及びにくい。
また、車内の僕たちには、エアバッグ機能を搭載しており、慣性の法則に従って、前方に飛び出してしまう僕たちを空気のクッションが優しくキャッチしてくれるようにしていた。
おそらくは嫁さんのことだ。僕がここまで用意周到にしておかなくとも、自分の力で僕を助ける算段はついていたことだろう。それにしても、無茶をしてくれるものだ。
結局のところは、眼前に迫った何かを轢いてしまい、遥か遠くへ吹き飛ばしてしまった。
いったい、時速何キロ出ていたのだろうか。僕にもよくわからない。急停止開始から完全にストップするまで、自動車が20メートル以上進んでいることから、時速60キロは軽く超えていたであろう。
僕は、慌てて自動車を降りた。
嫁さんもすぐに降り立つ。
僕は、何かにクルマをぶつけてしまった運転手の習性として、当たった正面の箇所を確認しにいった。僕の魔法は大したもので、車体は、軽くヘコんだ程度で済んでいた。
そして、ホッとしつつも嫁さんに思わず怒鳴りつけた。
「ちょっと何してんだよ!百合ちゃん!勝手に操作するから、何か轢いちゃったじゃないか!!」
「大丈夫だよ。人じゃないんだから。ほら、今、人助けしてあげたんだよ」
平然としている嫁さんに僕は若干、腹を立てる。
「当たり前だわ!どこの世界に旦那のクルマを人に突撃させる嫁さんがいるんだ!これで本当に人を轢いてたら、離婚だよ!」
「ああっ!”離婚”って言った!そんなこと冗談でも言わないでよ!」
「よく言えるな!自分だって、ちょくちょく”離婚”って言葉を使うくせに!」
「言ってませんーー!いつ私が言ったんですかーー?何月何日何時何分何十秒ですかーー?」
「小学生か!!」
と、あろうことか、周囲が激戦を繰り広げている、ど真ん中で僕たち二人は大声で夫婦喧嘩を始めた。だが、お互いにそんな状況でないことはわかっている。
既に嫁さんは攻撃を開始しているのだ。僕たちが言い争っている間に、周囲のモンスターが次々と見えない何かに撃ち抜かれて死んでいった。
それは、嫁さんが拾い上げて投げつけた、石つぶてだ。衝撃波を発生させないよう、音速をギリギリで超えない程度の超スピード弾丸がモンスターを1体1体、撃退していたのだ。
僕もまた、喧嘩を演じながら、石を拾っては嫁さんに渡した。石は僕の手から一瞬で消えて無くなる。凄まじい嫁さんの速度だ。
そして、先程、僕たちのクルマに跳ね飛ばされた存在が、ヨロヨロと立ち上がった。二足歩行のジャガーのような魔族だった。
「ハァ……ハァ……な……なんだったんだ今のは……」
そして、言い争っている僕たちに気づき、脇腹を押さえながら近づいてきた。
「おめぇらか……よくもやってくれたな……畜生!結構痛えじゃねぇか!」
空気のクッションを作っていたため、自動車に轢かれたと言っても、大したダメージにはなっていないようだった。そして、僕と嫁さんはまだ喧嘩を続けていた。
「だったらいいか!よく聞けよ!まずこの世界に来た初日の夜に言いました!僕がメガネを掛けなくなったら離婚と!」
「え!」
「あと、ローズたちと別れた後の家族会議。ローズの件を君が勘違いして、離婚だ離婚だ!って泣き喚いてました!!」
「……ぅぅぅぅぅぅ…………!なんで本当にいちいち覚えてんのよ!蓮くんのバカァ!!」
そんなことをしているうちにジャガー男、後に名前を聞いたところによると、『オンカ』と呼ばれている魔族が目の前にいた。
「おい!人間ごときが、ふざけんなよ!!こっちを見ろ!!俺は固有魔法で瞬間的に筋力を上げることができるんだ!!ティグリス様にだって互角に渡り合えるほどにな!おめぇらは、俺を本気で怒らせた!!全力全開で、その首、空の彼方まで跳ね飛ばしてやるぜ!!!」
「「うるさい!!!」」
言葉どおりに筋肉を膨張させ、手刀を掲げたオンカに、僕と嫁さんが同時に叫んだ。
そして、次の瞬間には、オンカは腹部に凄まじい衝撃を食らい、遥か後方に吹っ飛んでいった。嫁さんの目にも止まらぬ一撃がオンカを襲ったのだ。
オンカは、後方で激しい戦闘を繰り広げている一組の魔族と騎士のもとまでぶっ飛び、その直前で光を帯びた何かに激突した。彼は、そのまま泡を吹いて、気絶した。
「……これで粗方、倒したかな」
満足そうに言う嫁さん。
町の中に押し寄せようとしていたモンスターは、全て頭を撃ち抜かれて死んでいた。
「百合ちゃん、随分、石を投げるのうまくなったね」
「蓮くんに”ソニックブーム”のことを教わってから、練習しておいたんだ。音速は、だいたい時速1200キロくらいだっていうのも参考になったよ」
「そのとおり。物体が音速を超えると、衝撃波を発生させるからね」
「でもね、蓮くん!いくら演技とはいえ、今のは本気でムカついたんですけど!」
「それは、百合ちゃんの言い方が、本気で腹立ったからだよ」
「ひどい!」
「今回はお互い様ってことにしようよ……」
「しょうがないな。わかった」
「でも、これで僕たちが倒したとは誰も思っていない。あとは、最後に残った、あの二人をどうするか……」
「あれね……」
僕と嫁さんは、光を帯びた壁の中で死闘を続けている二人を見た。
この時点の僕はまだ名前を知らないが、その二人は、八部衆の一人であるトラ男ティグリスと、第五部隊の部隊長ライラックだった。
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