第81話 乱れる防衛線
トラの亜人魔族、『八部衆』の一人、『ティグリス』。
彼が国境の町を襲ったのは、魔王の命令ではない。
魔王デルフィニウムから商業都市ベナレスの攻撃を禁止されて以降、八部衆の面々はそれぞれ独自のナワバリに戻ったが、彼だけは、やり場のない闘争心を持て余し、ベナレス周辺に留まった。
やがて我慢の限界に達したティグリスは単独行動を開始。中立地帯のモンスターを集め、ラージャグリハの国境を攻めはじめたのだ。
十数日前、白金夫妻がこの町に立ち寄った際、百合華が魔族の視線を察知していた。その視線は、下調べをしていた彼のものだった。
そして、この日、ついに自ら出撃してきたのである。
「この何日か、モンスターをけしかけてみたが、大したヤツはいなかったなぁ!拍子抜けもいいとこだぜ!!今日はこのオレが直々に出向いてみたんだが、やはりこんなもんか!?」
ティグリスの登場により、騎士と兵士は戦慄した。
皆、本物の魔族を見たのは初めてだった。
「怯むな!!陣形を整えて守りを固めろ!!我々が連携すれば、倒せない相手ではない!!!」
そこに全員を鼓舞したのは、部隊長ライラックだ。
「「おう!!」」
防壁の上にいるティグリスに対し、上は魔法部隊、下は騎兵部隊と歩兵部隊が陣形を整え、彼の出方を待った。
「いいね!そう来ないとな!!」
腕を鳴らすティグリスだったが、そこにもう一つの人影が跳躍してきた。その人影は、ティグリスも追い越し、いきなり地上の歩兵部隊のところに降りてきた。
「ぐあっ!!」
一人の兵士が頭部に踵落としを食らい、瞬殺された。
降り立ったのは、もう一人の魔族だった。
「あっ!おい!『パルドゥス』!抜け駆けは汚えぞ!!」
ティグリスから、『パルドゥス』と呼ばれた魔族は、クロヒョウのような顔を持つ亜人魔族だった。
「ティグリス様、お先に失礼しますよ!オレたちだって、ずっと戦いたくてウズウズしてたんですからね!」
パルドゥスは、ティグリス配下の魔族だ。
それを見たティグリスは、呆れて言った。
「ちっ……まぁ、お前たちにも少しは譲ってやらねえとな……てことは、『オンカ』も来てるんだな?」
「えぇ、そこにいますよ」
パルドゥスは、関所となっている防壁の門を指差した。
門を閉ざした鉄の扉が、突如、轟音とともに軋んだ。
ゴオォゥン!
ゴオォォゥゥン!!
防壁の向こう側から、何者かが扉を破壊すべく、凄まじい力で叩いているのだ。
(まずいぞ!ヤツらの会話が本当なら、少なくとも3体の魔族が来ていることになる!一度に相手をするのは、荷が重い!)
部隊長ライラックは、そう理解し、全身から汗が噴き出る思いだったが、何も対策は考えつかない。そこにティグリスが叫んだ。
「よし、仕方ねえな!じゃあ、5分だけ待ってやる!それまでは、お前たちだけで遊んでろよ!」
「ありがてえ!さすがティグリス様!太っ腹!」
上司の許可を得たクロヒョウ男・パルドゥスは一人で地上の部隊と戦いを始めた。
急に陣形の中に飛び込まれたため、隊列は既に乱されている。
一人、また一人とパルドゥスに殺されていった。
そこにいち早く駆けつけたのはライラックだ。
ガシッ
大きな盾でパルドゥスの攻撃を封じるライラック。
(ありがたいのは、こちらの方だ!こいつらが1体ずつ相手になってくれるなら、こちらにも分がある!)
「皆、再度、陣形を整えろ!敵が油断しているうちに各個撃破するぞ!!」
浮き足立った部隊をライラックが再び鼓舞する。
一方のパルドゥスは、喜びの声を上げた。
「フハッ!いいね!あんたは歯ごたえがありそうだ!!」
パルドゥスは、ライラックに集中攻撃を浴びせた。
ティグリス、パルドゥス、およびまだ姿を現さないオンカの3人の魔族は、ともに武闘派の魔族であり、肉弾戦を得意とする。なかでもパルドゥスは、俊敏な動きを持ち味としており、ライラックに対して連続攻撃を仕掛けた。
だが、対応するライラックも歴戦の勇士だった。
全ての攻撃を盾と剣でガードする。
「こいつ!なんて守りの堅さだ……!」
次第に焦りはじめるパルドゥスに、ティグリスは大声で告げた。
「おい、パルドゥス!敵の強さをよく見極めろ!そいつはお前よりも上手だぞ!!」
それもそのはず。クロヒョウ男・パルドゥスがレベル38なのに対し、部隊長ライラックはレベル42。王国騎士団の6人の部隊長の中で最高レベルであった。彼は、その実力と防衛能力の高さゆえ、魔族の侵攻が懸念されるこの時期に、最も重要な国境の警備を任されていたのだ。
「ハァ……ハァ……なかなかやるじゃねえか……」
息切れしはじめたパルドゥスは、攻撃がガードされた直後に一瞬、硬直した。
その隙をライラックは見逃さなかった。
「今だ!やれ!!」
周囲に待機していた騎士が、パルドゥス目掛けて一斉に槍を突き出した。
「ぬおっ!!」
ギリギリで反応したパルドゥスは、上方へ跳躍し、回避した。
しかし、そこに防壁の上で待機していた魔法部隊の宝珠魔法がいっきに火を噴いた。
「しまった!」
ドゴドゴドゴオォォォォン!!!
空中で身動きの取れないパルドゥスは、集中砲火を浴びてしまった。
「グハッ!!」
地上に落ちたクロヒョウ男は、全身に火傷を負い、身動きが取れない。
ライラックは、全軍に叫んだ。
「諸君!この国境を奪われたら、我が国に中立地帯の強力なモンスターが押し寄せることになる!そうなっては、民の安寧な生活は終わりだ!この1年、訓練してきたとおりに戦えば、魔族にも勝てる!!!なんとしても死守するぞ!!」
「「おおっ!!!」」
魔族1体に重傷を負わせた第五部隊は勢いづいた。倒れているパルドゥスに向かって、トドメを刺そうと騎士数名が槍を構えて突撃した。
これにて1体撃破となるはずだ。
しかし、そこにトラ男・ティグリスが落下してきた。
「悪いなぁ!まだ5分経ってねえが、部下を殺させるわけにはいかねぇんだわ!」
凄まじい速度と力でパルドゥスの周囲にいた騎士を殴り飛ばすティグリス。
全員が四方八方に吹っ飛ばされ、それに激突した他の兵士も負傷した。
ほんの数秒の間に十数名が重傷を負ってしまった。
ティグリスのレベルは47。純粋な戦闘能力では、八部衆の中でもトップクラスなのだ。
「おい!オンカ!!もたもたしてねえで、早くしろ!パルドゥスがやられちまったぞ!!」
防壁の方に向かい、絶叫するように呼びかけるティグリス。すると、先程からずっと叩き続けられていた鉄の扉が、さらに大きく揺れ、轟音とともに破壊された。
「すまねえ!ティグリス様!!思ってたより硬かったんだ、この扉!!」
扉を破壊した『オンカ』と呼ばれる魔族は、ジャガーが二足歩行したような人獣タイプの魔族だった。レベルは39。スピードタイプのパルドゥスと比較して、腕力に特化している。彼は、鉄の扉を何度も拳で殴りつけた後、勢いをつけて体ごと突進し、扉を破壊したのだ。
防壁の向こうからモンスターが押し寄せた。
騎士と兵士に戦慄が走る。
「全軍、陣形を整えて、モンスターを食い止めろ!!なんとしても町の中へは入らせるな!!!」
雄叫びを上げて全軍を指揮するライラック。
しかし、モンスターの群れの先頭には、ジャガー男・オンカが立ちはだかり、騎士や兵士を一人一人、強烈なパワーによる一撃で吹っ飛ばしてしまった。
魔法部隊による攻撃によって、500体はいたはずのモンスターも今は200体ほどにまで減っていた。だが、魔族によって守られながら侵入してくるモンスターを食い止めるには、1000名の騎士と500名の兵士でもギリギリだ。彼らの包囲網は次第に崩されはじめた。
「くそっ!あの魔族をどうにかしなければ!!」
オンカに向かっていこうとするライラックだったが、その前にティグリスが迫る。
「お前!この中で一番、強いな!!」
ティグリスが強烈な蹴りを放った。
それをライラックは大盾で受け止める。
ダメージは無かったが、反動で体全体が背後に移動してしまった。
「いいじゃねえか!オレの攻撃を受け止める人間なんて、初めて会ったぜ!!気に入ったよ!オレは強いヤツと戦いたくて、ここに来たんだ!!」
一言一言が大声であるティグリスが、さらに歓喜の大声で叫んだ。
ライラックは、目の前の敵が、全神経を集中しなければならない相手だと悟った。
(とてつもない強さの相手だ!だが、防御に特化した俺の戦い方なら、勝機はある!俺が引きつけている間に部隊の連携攻撃でこいつを仕留めるぞ!!)
彼は、周囲の騎士に合図を送った。
トラの魔族と部隊長を囲むように陣形が組まれる。
だが、ティグリスは不敵に笑った。
「知ってるぜ!お前たち人間は、その数の多さでオレたち魔族を退けてきた!だが、残念だったな!オレにはそれが通用しないんだわ!!」
そう叫びながら、ティグリスは拳を地面に叩きつけた。
すると、地面に直径5メートルほどの大きな魔法陣が描かれ、ティグリスとライラックの2人を囲むように4本の光の柱が出現した。そして、柱から柱へ光の壁のようなものが繋がり、柱の上には光の天井まで出来上がった。
つまり、5メートル四方の光る立方体の中に2人が閉じ込められたのだ。
「な……なんだ……これは……」
驚くライラック。外側では、部下たちが槍を突き付けて光の壁を破壊しようとした。しかし、壁はビクともしなかった。
「無駄だぜ!この壁は、一度出したら絶対に壊れねぇ!!こんなふうになっ!!」
ティグリスは、そう言って、自ら光の壁に力強く拳を叩きつけた。
しかし、彼の力でも壁は傷一つつかない。
「つまり!この壁は、一度発動させたが最後、内からも外からも壊すことができねぇ!たとえ魔王様でもな!!その代わり、オレにも自分から解除することができない。そういう魔法だ!」
「なん……だと……?」
意味不明な敵の能力に唖然とするライラック。そこにティグリスが魔法の真の意図を告げた。
「壁を無くす方法は、ただ一つ。中にいるどちらかが死ぬことだ!!これがオレの肉体に宿る魔法。【
武闘派の魔族であるティグリスにとって、戦いの助けとなる魔法は、その性格上、必要ではなかった。あるのは、目の前の強敵と心ゆくまで戦いたいという本能だけであった。この魔法は、そうした彼の望みを叶える魔法だ。
「ふざけるな!!貴様なんぞに時間を取られてたまるか!!!」
「これがオレの戦い方なんだわ!しかも、相手が軍の指揮を執っているヤツなら、さらに好都合だ!!」
ティグリスはライラックに猛攻を仕掛けた。
レベル47と42の戦い。
本来であれば、ライラックには全く勝機がない。
絶望的状況だ。
しかし、防御力に定評のあるライラックは、バランスタイプの強者であるティグリスの攻撃を防ぐことができた。真正面からの攻撃も、光の壁を利用した三次元的な襲撃も、全て見事に受け止め、ガードした。
このまま、どちらかの体力が尽きるまで長期戦に持ち込む以外に道は無い。彼は、方針を変えた。
「全軍、俺には構うな!!俺が全力でこいつを足止めする!!!連携して、もう一人の魔族とモンスターを蹴散らせ!!!」
だが、もう一人のジャガー男・オンカを止められる騎士がいなかった。すでに二番手の強さを持つ副部隊長がやられていたからだ。
次々と騎士と兵士が殺されていく。
モンスターが町の中へ侵入するのは時間の問題だった。
――さて、その頃、この国境の町に到着した一団があった。
「ああ?なんか騒がしいな……」
それは白金夫妻――ではなく、彼らと別れたハンター3人組と、その護衛対象である商人の一団だった。
町の中心部に来た彼らは、人々が彼らのやって来た後方に向かって走っていく場面に遭遇した。
「おい!あんたら!ハンターだったら、何とかしてくれ!今、国境をモンスターが襲っているんだ!!騎士団が戦っているんだが、かなりやべえんだよ!!」
走っていく一人の住民から、そんな声を掛けられた。
「モンスターが町を攻めてきてるだと!?なんじゃそりゃ!?」
「だが、騎士団が相手にしてるなら、俺たちの出番はねえんじゃねぇか?」
戸惑う三人組だが、そこに雇い主である商人の長が脅えながら言ってきた。
「あ、あんた達、こんな時こその護衛だろ?せっかくの荷物を襲われちゃ敵わねえ!ちゃっと俺たちを守ってくれよ?」
護衛対象からそう言われれば、彼らも何か考えなければならなかった。
「ど……どうする?こんな事態、考えたこともねえよ……」
「ちくしょう……こんなことならレンと別れるんじゃなかったぜ……」
「とりあえず、俺たちの任務は護衛なんだから、商人全員を非難させるのが先だ」
「そ……そうだな……」
そこに一人の兵士がやって来た。
「君たち、ハンターだな?ブロンズプレートか!なら、是非とも協力してくれないか!今、人手が欲しいんだ!とにかく国境が危ない!報酬は、事が済んだら言い値で出す!頼む!!」
悲壮な表情で訴える兵士の様子に、3人組は顔を見合わせた。
「どうする?言い値で報酬をくれるってよ……」
「それだけ、やべえ状況だってことだろ……」
「だが、うまい話でもあるな……」
お互いに目を見交わした後、3人は声をそろえた。
「「よし、じゃあ行ってみるか」」
彼らは欲に目が眩んで危険な選択をした。
「とりあえず、大将たちは、町の反対側に避難しておいてくれ。俺たちは、国境をモンスターが越えないように戦ってくるわ」
雇い主に向かってそう言い、彼らは国境に走った。
そして、現場に辿り着いた瞬間、自分たちの愚かな選択を後悔した。
見るも無残な惨状が目に移ったからだ。
「…………ダメだろ……これは……」
「騎士団負けそうじゃねぇか……何やってんだよ……」
「1分前の俺をぶん殴りてぇ……」
と、嘆く彼らのもとに1体のモンスターが突進してきた。猪のモンスター、ユニコーン・ボアである。
「うぉわっ!こっちに来やがった!!」
「町の中に入られてんじゃねぇか!!!」
「バカ!慌てるな!」
一瞬、たじろいだ彼らだったが、3人でしっかりと連携し、ユニコーン・ボアを撃破した。
「やべぇぞ……1体ずつならまだしも、あの数が一度に来たら、絶対死ぬわ……」
「ここは逃げるのも手だぜ……」
「だな……命あっての物種だ……」
奇しくも彼らは、たった今、騎士団の包囲網を突破してきた最初のモンスター1体を倒した。それは、町を救う大手柄であったのだが、それに気づくことはなかった。
そして、結局のところ、あとは知らんぷりして逃げ出そうと考えた。
だが、そこに一つの人影が俊敏な動作で包囲網から抜け出してきた。
騎士の首が2つ、上空に飛ばされると同時に出現したのは、右手を手刀にして振り払った二足歩行のジャガーだった。そう。魔族の『オンカ』である。
2人の騎士の首を切断しつつ、最後の包囲網を突破してきたのだ。その背後には、モンスターの群れが見える。オンカは、3人組に目を向けた。
「ちょっと格好が違うが……どうやら、お前たちが最後の隊列みたいだな」
その姿形、俊敏な動き、そして、そんな存在から話しかけられた事実に3人組は恐れおののいた。
「……な……ななな……なんだこいつは」
「人の言葉をしゃべったぞ……」
「ば……化け物だ……」
彼らを騎士団の最後の砦と思うオンカは、満足した様子でゆっくりと近づいてきた。
「お前たちを殺せば、モンスターが町の中へ入ることができる。このゲームはオレたちの勝ちだ」
オンカの圧倒的な威圧感にレベル20の3人組は恐慌をきたした。総毛立った彼らは、全身を震わせたまま身動き一つ取れない。ただ、受け止めきれない現実に卑屈な笑い声を上げる以外、何もすることはできなかった。
「「は……はは……はははははは……」」
「ん?なんだ、こいつら……?他のヤツらと比べて随分、弱そうだな……まぁ、いいか。なら、ここから3人まとめて首を飛ばしてやるぜ!」
オンカは3人から離れた位置に立ち、右手を手刀にして構えた。そして、俊敏な速度で彼らに突進する。
――その瞬間だった。
ドッガァァァァァン!!!
馬車のような何かが、ものすごいスピードでオンカに激突した。
「ぐっほぉぉぉあぁぁぁっっ!!!」
突然のことで、全く予期していなかったオンカは、その衝撃でモンスターの群れに飛ばされ、突っ込んでいった。その勢いで何体かのモンスターは重傷を負った。
既に腰を抜かして座り込んでいた3人組は、唖然とした様子で、突然やって来た何かを凝視した。
それは、馬車というには馬がなく、荷車というには大きすぎる、おかしな構造の木造の四輪車であった。
これを現代日本に当てはめて表現するなら、木で出来た不格好な自動車と言えばよいだろう。いや、自動車と呼ぶのもおこがましい。大きめの木造ゴーカートと言うのがさらに適切かもしれない。
そして、その奇妙な物体から彼らの見知った顔が2人、降りてきた。
「ちょっと何してんだよ!百合ちゃん!勝手に操作するから、何か轢いちゃったじゃないか!!」
「大丈夫だよ。人じゃないんだから。ほら、今、人助けしてあげたんだよ」
それは、あの2人だった。
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