第83話 通りすがりのハンター

ジャガー男・オンカが目の前に吹っ飛んできたのを見たティグリスは、驚愕の色を浮かべた。


「な!なに!!オンカ!?お前がこんなにやられるとは、どういうこった!?」


第五部隊の部隊長ライラックとの戦闘中であるが、彼はオンカのもとに駆け寄った。


「気ぃ失ってんのか!!お前が一撃でやられるようなヤツがいるってのか!?」


驚いているティグリスを見て、ライラックはその隙を逃さなかった。


(このまま防御を続けているだけでは、いずれこちらの体力が尽きて、殺される!今こそ好機だ!!)


これまで防戦一方だったライラックは、剣を構えてティグリスに突撃した。

そして、初めてティグリスに一太刀を浴びせた。


「うおっ!!」


だが、気配に気づいたティグリスは、すぐに回避し、肩を少し傷つけただけで、後ろに半歩下がった。


そして、そのままライラックに回し蹴りを浴びせた。


ベキッ!!


「ぅぐっ!!!」


右腕にカウンターを食らってしまうライラック。

鎧の小手ごと、ポッキリと綺麗に折れ曲がった右腕からは、手に握っていた剣が落ちてしまった。


「悪いなぁ!サシで勝負してる最中に余所見しちまったぜ!だが、お前もちょっと焦り過ぎたようだな!!」


落胆するライラックは、その息が既に荒くなっている。


「はぁ……はぁ……!しまった……!」


「それにしても、こんなに苦戦するとは思わなかったぜ!知らぬ間に部下もモンスターも全滅していやがる!今となっては、お前と【完全決着デスマッチ】を始めたのは、失敗だったな!」


そう言われて、初めてライラックも周囲の状況に目を配った。確かに外の戦闘が終結している。


(なんだ?何が起こった?退けたのではなく、全滅させた!?魔族がいたのにか!?俺抜きで、この勢力を全滅できる戦力など、我が部隊には無かったはずだが!)


「オレの攻撃をここまで凌いだヤツはお前が初めてだが、だいぶ息が上がってきたみたいじゃねぇか!お前との戦闘は楽しかったが、そろそろ決着と行こうか!!」


ティグリスは突進する勢いで渾身の蹴りを放った。

それを大盾で受け止めるライラックだったが、片腕を使えない状態では勢いを抑えきれず、体は後方に吹っ飛んでしまい、光の壁に激しく衝突した。


「ぐっあっっ!!」


背中に強い衝撃を受けて、一瞬、呼吸ができなくなるライラック。さらには、反動で大盾を手放してしまった。体力も切れてしまい、そのまま壁に寄りかかって立てなくなった。そこにティグリスが距離を縮めてくる。


「いい相手だったぜ!残念ながら、どっちかが死なないと【完全決着デスマッチ】は終わらねえ!魔王様といえども、この壁は破壊できねえんだ!お前とは、また戦いてぇが、こればっかりは仕方ねぇよな!最後によ!お前の名前を教えてくれねぇか!」


「……魔族に名乗る名など、持ち合わせてはいない!このトラ野郎!」


「ああそうかよ!さっきも言ったが、オレの名はティグリスだ!八部衆の一人、ティグリス!自分を殺すヤツの名前くらい覚えて死にやがれ!じゃあな!!」


ライラックの顔面に向け、ティグリスが右の拳を振り下ろした。


――だが、その直前から、遠方で一部始終を見ていた僕と嫁さんは、こんな会話をしていた。


「ダメだ、百合ちゃん!あの中には、遠隔魔法も発動できない!壁を壊すこともできない!あれは、いわゆる”結界”の働きをする魔法なんだ!」


「じゃ、私やってみる!!」


そして、嫁さんは超スピードで光の壁に接近し、そのまま拳を叩きつけた。

ティグリスが、部隊長ライラックに拳を振り下ろす瞬間のことである。


パッリィィィン!!!!


光の壁が、まるで薄いガラス窓を割るかのごとく、あっさり破壊された。

その現象に最も驚いたのは、中にいるトラ男、ティグリスだった。


「ふぁ!?」


マヌケな声で目を丸くするティグリス。

魔王すら破壊できぬ、と豪語する結界魔法を、見知らぬ女が突如、ぶち破って入ってきたのだ。それは、彼にとって驚天動地の出来事だったことだろう。


「こらぁ!タイガーマスクは弱い者の味方なんだから!人を殺しちゃ、ダメでしょうがぁ!!!」


ガツンッ!!

 ドゴッッ!!


脳天から嫁さんのゲンコツを食らったティグリスは、その勢いで顔面を地面に激突させ、一瞬で卒倒した。


それを眼前で目撃したライラックは、茫然と嫁さんを見つめる。


「……な…なんだ……どう…いう……」


疑問の言葉も言い終わらぬうちに彼は気を失ってしまった。


それもそのはず。二人のレベルを測定したが、レベル差が5もある相手と長時間、一対一で死闘を続けてきたのだ。この世界におけるレベル5の差は、絶対に勝てる見込みのない実力差だ。それを今まで生き残っていたこと自体、奇跡的なことだったといえよう。この部隊長の防御能力は、相当なものだ。


「蓮くん、この人、すごい傷。どうしよう?」


あとから追いついた僕に嫁さんが聞いてきた。


「おそらく王都に来れなかった第五部隊の部隊長だろうね。格上の魔族と一対一で死なずに生き残るなんて、大した人物だ。体の様子を診察してみよう」


僕は、宝珠システムの解析機能で、部隊長の身体情報を測定した。実は『バージョン2』の一番の目的は、この肉体解析にあったのだ。


モンスターに大勢の人々が襲われている惨状。数々の負傷者。それは、僕にとって一つのトラウマを想起させた。かつて、この世界における初めての友人、リーフを救えなかった事実だ。


あの時の反省から、治癒魔法を掛ける前に肉体の情報をしっかりと解析する必要性を僕は痛感していた。そして、今、その技術が完成し、効果を発揮した。


部隊長ライラックの肉体情報が、全身をレントゲン写真で撮影したかのように表示される。


「えっ!これ、骨の映像?」


嫁さんが驚きの声を上げた。


「ところどころ、ヒビが入ったり、小さく骨折しているところがあるけど、これなら治癒魔法で治療することができる。ただ、右腕が綺麗に折れてしまっているから、ここだけは処置をしてからでないと、腕の骨が曲がった形で繋がってしまう」


映像には、前腕部の二本の骨、橈骨と尺骨と呼ばれる太くて長い骨が、綺麗にポッキリと折れているのが見えた。


「ほんとだ。綺麗に折れてるね。これなら、私でも何とかなるかも」


「え?」


今度は僕が驚く番だった。嫁さんは、部隊長の右腕に着いていた鎧の小手を素手で破壊し、取り外した。そして、両手で彼の肘と手首を持ち、自身の力でグッグッと引っ張った。


なんと、二本の骨が見事に真っ直ぐになった。


「すごいな……器用にも程があるだろ……」


「蓮くんがリアルタイムのレントゲン写真を出してくれたからだよ。腕のいいお医者さんだと、これくらいできるって聞いたことあったから」


「これで、治癒魔法を掛けられる」


僕は、部隊長に【治癒の涼風ヒーリング・ウィンド】を掛けた。

彼は気を失ったままだが、外部の傷はみるみる塞がっていった。


「治癒魔法は、対象者の自己治癒力を促進する魔法だ。そのため、多用すると本人の体力を削ってしまい、かえって命に危険を及ぼす。あとは、数日掛けてゆっくり治してもらうしかない」


「うん」


「さて、他の人たちも助けないとね。まずは、半径1キロ圏内にいる人間の軽傷者を検索」


宝珠システムによる解析結果が、目の前に画面として映し出され、周囲にいる軽傷の人々が点として表示された。嫁さんが感心する。


「すごい。レーダーみたい」


「検索結果を対象にロックオン。マルチスレッド起動。【治癒の涼風ヒーリング・ウィンド】多重発動!」


そこかしこで魔法陣が浮かび上がり、治癒魔法の光が見えた。それは、僕が検索した軽傷者に対して一人一人に発動させたピンポイント治癒魔法だ。


「軽い怪我の人にだけ当たるように魔法を発動させたの?」


「うん。軽傷者は、これで全員回復した。問題は重傷者だ。一人一人診断が必要になるけど、これが厄介だな……」


「私も手伝うよ!」


と、二人で相談しているところに自然と騎士と兵士が集まってきた。


「あ……あんた達は何もんだ……?」


激戦の中でなんとか生き残った人々が、恐る恐る僕たちに近づいてきたのだ。彼らから追われる立場の僕たちは、ここで名乗るわけにはいかない。僕は、嫁さんと顔を見合わせた。


「蓮くん、今はみんなを助けてあげよ」


嫁さんの言葉に僕は奮起し、彼らに大声で呼びかけた。


「僕たちのことはどうでもいい!それよりも重傷者をみんな連れてきてくれ!僕が一人一人診てやる!!」


九死に一生を得た騎士と兵士は、僕の言葉を素直に聞いてくれた。僕は重傷者を検索し、それを騎士と兵士が運んでくる。そして、僕が解析魔法によって診察し、嫁さんと協力して治療する、という方法を取った。


一時間程もすると、生存者に対する応急処置は全て完了した。だが、やはり手の施しようのない人には、残念ながら、今の僕ではどうすることもできなかった。


「ふぅ……なんとか終わったね……間に合わなかった人には申し訳ないけど……て、あれ?……百合ちゃん、どうした?」


見ると、嫁さんが涙目で僕を見ていた。


「ううん。ただ、私の旦那様が、ついにお医者さんみたいなことをするようになった、って思ったら、なんか感動しちゃって……」


そういえば、これまでの半生をずっと医者の世話になってきた嫁さんにとって、医者は尊敬すべき対象だった。さらに嫁さんは言葉を続けた。


「きっと……今の蓮くんを見たら、リーフも喜んでくれてるんじゃないかな」


「そうだといいけど……まだまだこれからだよ。救えなかった人が今日もたくさんいた」


「でも、いっぱい救えたよ」


「うん…………ところで、僕たちが最初に助けた、あの3人組はどうしたかな?」


「あぁ、あの人たちなら、すぐに町の反対側に逃げてったよ。たぶん商人さんたちを守りに行ったんじゃないかな」


「なるほど……ま、生きてるならよかった。彼らにも世話になったからな」


「あとは、この魔族をどうしよっか?」


僕と嫁さんは、地面に突っ伏している八部衆の一人、ティグリスを見つめた。

そういえば、他にも魔族がいたはずだ。

と、考えて周囲を見渡すと、そこで驚くべき光景を目の当たりにした。


「がっはっ!」


騎士たちが、ジャガー男に群がり、一斉に槍で突き刺したのだ。

一瞬だけ意識を取り戻したジャガー男・オンカは、その直後に血を吐いて絶命した。


「「えっ!」」


僕たち夫婦は、同時に声を発した。

そして、そのまま僕は叫んだ。


「何をしているんだ!あんた達は!」


「何って、魔族にトドメを刺したんだよ」


「なんで殺すんだよ!」


「あんた……何を言ってるんだ……?」


怪訝な顔でこちらを見返す騎士たち。

これまで平和的だった空気が、いっきに不穏なものに変わった。

そして、嫁さんが別の方角にあるものに気づき、僕に声を掛けた。


「蓮くん、あっちの方にも……」


彼女が指差す方角には、クロヒョウの魔族が首を刎ねられて死んでいた。流れ出ている血の跡から考えるに、つい数分前にトドメを刺されたばかりと見受けられた。


「私……みんなの治療に夢中で、全然気づかなかった……」


「百合ちゃんは悪くないよ……重傷で意識不明なら、気配だってほとんど無いだろうから……僕も重傷の”人間”だけを対象に検索していた。魔族のことなんて、頭に無かったよ」


「で、でも……」


嫁さんは青ざめている。


「おそらく彼らにとっては、魔族もモンスターも一緒なんだ……」


「蓮くんの考え方とは、根本的に違うね……」


二人で話しているうちに僕たちの周りを騎士が囲みはじめた。これまで仲間の治療に懸命に取り込んできた僕たちに敬意を感じつつも、魔族の肩を持つ僕たちに警戒心を強めたのだ。僕は、すぐそばで意識を失っているティグリスに目を向けた。


「こうして攻め込んできた以上、彼らは侵略者だ。殺されても文句は言えない。だけど、ただ見殺しにすることも、やはり僕にはできない……」


「こいつが戦えない状態になれば、生かしておくこともできるかな……」


「やってみよう。地の精霊魔法、【地変形デフォルマシオン】を応用する」


僕は、【地変形デフォルマシオン】を連携させ、複数処理同時実行し、複雑な術式を組み上げた。


地面が盛り上がり、ティグリスを覆っていく。やがて、一つの小山が出来た。ティグリスは顔だけを地面に向けた形で外に出し、それ以外は全て土の塊に埋め込まれた状態となった。


「なにこれ……やばっ……クレイジー・ダイヤモンドみたい……」


緊張感を持ちつつも嫁さんが目を輝かせた。


「土を圧縮して固めてあるから、まるでコンクリートに埋められたように身動き一つできないはずだ」


そして僕は、驚いて後ろに下がった騎士たちに声を掛けた。


「この中で、一番の責任者は誰だ?」


すると、一人の騎士が恐る恐る出てきた。


「今、部隊長、副部隊長ともに負傷して、意識不明だ。私は第五部隊のうち、ここに駐屯中の第一大隊の隊長を務めている者。話は、私が聞こう」


「この魔族は、僕が封印魔法で閉じ込めた。トラの顔を持つモンスターが口から衝撃波を出したことがあるから、念のため、こいつの顔も地面に向けるようにしておいた。このままにしておけば、無害なはずだ」


「それで?なぜ魔族を生かしておくのだ?」


「別に。こいつを助けたいわけじゃない。ただ、問答無用で殺すのは人の治める国家としてどうか、と思うだけだ。きちんと君たちの国のやり方で、彼を裁いてほしい」


「ほう……」


「この封印魔法には、解除魔法も付与しておいた。今、紙に書く。……この紙に書いてある言葉を言うと、封印が解かれる。こいつを倒せる人間がいた上で、移動させたい時に使ってくれ」


「なん……だと?」


紙を受け取った大隊長だが、僕の言葉を信じられないようだった。


「そういう術式なんだ。信じてくれ」


「……わかった。部隊長には、そのまま報告しよう」


「それと、念のため、これも付け加えよう」


僕は、さらに魔法を発動させ、ティグリスを封じ込めた小山を囲むように土を固めた柱を複数出現させた。そして、その柱と柱の間には、圧縮空気による壁も付け足してある。小山の周囲を内からも外からも守るオリだ。


「これで、外からイタズラすることはできない。中からも万が一、こいつが攻撃してきた時は、空気の壁が防いでくれるだろう。これらもまとめて、さっきの言葉で解除されるから、覚えておいてくれ」


「な……なるほど……了解した」


大隊長は、僕の実行した魔法に目を丸くして、頷いた。どうやら、ようやく僕の言葉が嘘ではないと信じてくれたようだ。


僕と嫁さんは、木造自動車1号に乗り込んだ。見たこともない魔法を目の当たりにした騎士たちは、たじろぐだけで、僕たちに何かしようとするものはいなかった。ただ、最後に大隊長が叫ぶように尋ねてきた。


「ま、待ってくれ!あんた達は、いったい何者なんだ!?」


どう答えようか迷う僕。

しかし、逡巡している一瞬の間に、嫁さんがハンタープレートを右手に持ち、それをあえて左肩の上で掲げ、元気よく叫んだ。


「通りすがりの夫婦めおとハンターだ!覚えておけ!」


ご丁寧に、言い終わった直後、親指と人差し指で持っていたプレートを器用にパッとひっくり返す。懐かしの変身ポーズだ。

バカか、この子は。

慌てて僕は、クルマを発進させた。


呆気に取られる騎士たちを尻目に、僕たちを乗せた木造自動車は、国境の防壁の門を過ぎ去っていった。安心したところで、嫁さんにツッコミを入れる僕。


「コラ!覚えてもらっちゃ、まずいでしょうが!」


「あっ!そうか……」


「だいたい、なんだよ。あの恥ずかしい名乗りは……またパクった上に、変身する気満々じゃないか!」


「えぇぇぇ……その後、ディ、ディ、ディ、ディケイド!って来るのになぁ……」


「あのカッコいい、お説教BGMなんて流れないからな!」


「いやぁ……蓮くんの魔法がカッコよかったもんだから、ちょっと調子に乗っちゃった」


「いいから、ベナレスに急ぐよ。日が暮れたけど、ライトを付けて、ゆっくり走れば問題ないから」


「わぁ!夜間ドライブだ!」


そうして、僕たちは、シャクヤが待っているであろう、商業都市ベナレスに急いだ。

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