第74話 円卓の会議室
大きな扉が開いた。
そこは、巨大な円卓を中央に置いた大会議室だった。
既に王国の重鎮と思われる人たちが、席に配置されており、扉が開く直前に全員、立ち上がっていた。礼服に身を包んだ大臣と思われる人々と、鎧を身に纏った騎士たちだ。
「ど……どうしよ……蓮くん……私、緊張してきた……」
隣の嫁さんが強張った表情で小声で囁いた。緊張しているのは僕も同じだが、こういう雰囲気の場数としては、僕の方がずっと上なのだから、しっかりしなければなるまい。
「大丈夫だよ。難しい話は僕がするから」
「……うん」
僕の言葉で嫁さんは安心した表情を見せた。こういう瞬間が僕は一番嬉しい。
「それでは、ワタクシはこれにて失礼致します」
そう言ってベイローレルは会議室の扉を閉めて、いなくなった。
彼は、この場に参加する地位には、いないということだろう。
残された僕たちの前に豪勢な衣装を身に着けた年配の人物が近づいてきた。
「勇者様には、我が国まで足をお運びいただきましたこと、誠に感謝に堪えません。私は、我が国の宰相、『ゴード』と申します。これより、国王陛下もご到着されます。まずはこちらにお座りください」
”宰相”といえば、日本で言うところの総理大臣に近い。実際の権限は、全て国王に集中しているのだろうが、その執務を補佐したり、場合によっては一手に引き受ける役職だ。
『ゴード』と名乗ったこの宰相は、髭を生やした、いかにも権力を握っていると言わんばかりの、威厳のある顔つきをした、おじさんだった。
「あ、はい。蓮・白金です。そして、妻の百合華です。よろしくお願いします」
雰囲気に呑まれた僕は、かなり緊張して、挨拶をしてしまった。
僕たちは、手前にある2つの席に案内された。
その席の真向かいは、最も上座になる位置であり、玉座が一つ置かれていた。
なんとなくゲームに出てくる”謁見の間”のような場所で国王に会うものと思っていたが、重要な話を協議するのだから、現実にはこういうことになるのかもしれない。そして、国王が僕たちを待っているはずもなく、全員そろった後に最後にやってくるのだ。
また、予想はしていたことだが、この場には男性しかいない。どうやら、僕たちから見て左側に大臣。右側に王国騎士団の騎士団長と各部隊長がいるようだ。宰相は、国王の席の左隣に戻った。
誰一人、座らずに立ったままなので、僕らは座っていいものかどうか、悩んだ。ここは、こちらから挨拶すべきかもしれない、と思い、僕は自己紹介した。
「……皆様、本日はお招きいただき、ありがとうございます。私は、蓮・白金と申します。そして、隣にいるのは妻の百合華です。どうぞ、よろしくお願い致します」
すると、全員が驚いた顔をした。どこに驚いたのだろうか。嫁さんの存在だろうか。そこに返事をしてくれたのは、国王の席の右隣にいる、騎士の中で最も風格のある男性だった。
「丁重なご挨拶、ありがとうございます。私は、王国騎士団の団長を務めております、『ロドデンドロン』と申します。どうぞ、勇者様、席にお掛けください」
どうやら、全員、僕たちが座るのを待っていたようだ。
「そうですか。それでは、失礼致します」
僕と嫁さんが席に座ると、全員が席に座った。
そして、列席のメンバーが紹介された。
左側には、宰相をはじめとして、法務大臣、財務大臣、外務大臣、軍事大臣、農林大臣。
右側には、騎士団長をはじめとして、6部隊の部隊長たちだった。その中には第三部隊のコリウス部隊長もいる。また、第五部隊の部隊長については、現在国境警備中につき、残念ながら欠席とのことだった。
「さて、国王陛下がいらっしゃる前ですが、先に勇者様には、我々の現状をお伝えさせていただきます。歓迎の宴も始めぬまま、事務的な話になることをお許しください」
と、まずは軍事大臣が断りを入れてきた。
「いえ、お気になさらず、話をどうぞ」
僕が答えると、軍事大臣は話を始めた。
「ご寛大なお言葉、ありがとうございます。では、始めさせていただきます。我が国が、魔族の襲撃を受けたのは昨年のことでございます。国境に近い村が突如、魔族率いるモンスターの群れに襲われ、壊滅致しました。知らせを受けて、討伐に向かった騎士団の第二部隊も半壊し、当時の部隊長が戦死。その他、多くの犠牲者を出しながら、なんとかモンスターの群れを追い払うことに成功したのです」
やはり、魔族が絡む事件というのは、かなりの被害が出るものらしい。
もしもガヤ村が同じことになっていたら、と思うと、ゾッとする。
「それから、この一年の間に多くのモンスター襲撃事件が発生しておりまして、この裏に魔族が関わっていることは、もはや明白となっております。また、騎士団の調査により、『環聖峰中立地帯』において、魔族が拠点を築いているとの情報も得ました。どうか、勇者様には、魔族の殲滅、ひいては魔王の討伐にお力添えをいただきたい次第です」
なるほど。やはり想像通り、彼らは魔王の討伐を依頼したいのだ。
それについては、世界最強の勇者が僕の隣にいる。
嫁さんに顔を向けると、彼女は微笑して頷いた。何も問題はない、ということだ。
「お話は理解しました。こちらからもいくつか質問してよろしいですか?」
「もちろんです。何なりとどうぞ」
軍事大臣が許可をくれたので、僕は質問を始めた。
「先程、村が襲撃された件がありましたが、その時の魔族は討伐されたのですか?」
「はい。当時、天才と言われていた一人の騎士が魔族を退治しました。彼がいなければ、第二部隊は全滅していたかもしれません。ちなみに、その騎士は、その後、”聖騎士”の称号を国王陛下より賜りました」
「もしかして、僕たちをここまで案内してくださったベイローレル殿が、その聖騎士さんですか?」
「ええ。そのとおりでございます」
どうやら、あの男の実力は本物のようだ。
僕は、さらに突っ込んだ話を始めた。
「では、こちらからの要望もよろしいですか?」
「はい」
「その前にこちらでは、”世界”のことについて、話しても問題ありませんか?」
”異世界”のことは、国家の極秘事項だと言っていたので、僕は隠語的な表現で確認を取った。
「”異世界”からの召喚のことですね?問題ございません。ここにいる者は全て、勇者様の素性を知っている者たちでございます」
「そうですか。僕たちの目的は、元の世界に戻ることです。それについて、ハッキリと帰る方法を提示できる方はいらっしゃいますか?」
この質問には、全員が顔を見合わせた。
そして、宰相のゴードさんが代表して答えた。
「私たちも魔法の技術につきましては、素人ですので、その件にお答えする術を持ち合わせておりません。ただ、我が国に伝わる伝承としましては、魔王を討伐された勇者様は、皆、元の世界に帰られたと思われる表現で書き記されております」
「僕としては、推測ではなく、確実な情報をいただきたいのです」
「そうなりますと、勇者様を召喚なされたのは、我が国の第一王女ラクティフローラ様ですので、王女殿下にお聞きいただくのが一番かと思われます。まぁ……それについては、勇者様の方がお詳しいかもしれませんが……」
最後の言い方には、妙な含みがあった。
僕が怪しんでいると、横から嫁さんが宝珠をこっそり渡してきた。
『ラクティちゃんとのこと、噂になってるよ。蓮くんが王女様のところに一晩泊まったことになってるみたい』
と、書き込まれていた。
嫁さんは王宮内や周辺の声を拾っていたのだ。
これはまずいことになった。実際には泊まっていないのに泊まったことにされている。
とはいえ、泊まる前提でお呼ばれしていたのだから、行った僕も悪い。やはり王女の招き自体を断るべきだったか。だが、王女の誘いを断ったところで、カドが立っていた気もする。ということは、この件については最初から詰んでいた、ということか。
ま、今さら考えても仕方がない。僕は何もしていないのだし、嫁さんから嫉妬されることもないのだから、王女には悪いが、気にしないでおこう。
「では、この場に王女殿下をお呼びいただくことは可能でしょうか?」
僕のこの質問に、宰相は一瞬キョトンとした。そして、せせら笑うように答えた。
「このような場所に、女性である王女殿下をお呼び立てすることなど、ございませんよ」
なんだか、その言い方にカチンとくるものがあったが、こちらもそれなりに社会経験を積んできた人間だ。僕は正当な言い分をぶつけた。
「しかし、異世界から来た人間と話をするのに『勇者召喚の儀』を行った人物をここに同席させないのは、失礼ですが、無責任ではありませんか?王女殿下を除いて、いったい誰が、僕とこの件について交渉できるのでしょうか?」
これには、ゴード宰相も思うところがあったようだ。
「なるほど。さすがは勇者様。ご意見、ごもっともでございます」
そう言って、ゴード宰相は、隣にいる法務大臣に何かを言付けした。そして、法務大臣が部屋を出て行った。
「国王陛下のご許可を得た後、王女殿下をお呼びすることと致します。この件につきましては、それまでお待ちいただけますでしょうか」
「了解しました。ご配慮、ありがとうございます」
「では、具体的な魔王討伐への道のりをご相談したいのですが、よろしいでしょうか?」
今度は、騎士団長ロドデンドロンさんが話を始めた。
「はい」
「現在、私たち騎士団の調査と分析によって、『環聖峰中立地帯』に、魔族が拠点を築き上げているという結論が出ております。しかし、その具体的な場所までは特定できておりません」
「拠点があるという根拠は何ですか?」
「モンスター襲撃事件の発生場所と頻度から推測しました。しかも、モンスターの動きが日を追うごとに活発化しており、魔王のもとに魔族が集結していることが推察されます」
「なるほど」
「我々としましては、国境が破られることになる前に魔族との決着を望んでおります。そのためには、ヤツらの拠点を見つけなければなりません。ゆえに中立地帯の地理に詳しいハンターギルドとの共闘を考えており、現在交渉中なのです」
「そうですか」
そういえば、ギルド本部で本部長代理のチェスナットが、その話をしていた。
「そこで、まずは勇者様と我々騎士団による魔王討伐軍を結成し、広く世に知らしめたいと考えています。そうすることで、ハンターギルドも安心し、我々との共同戦線を張ってくれることでしょう」
「まとめると、僕たちが皆さんに加わることで、全て順調に運ぶことになるわけですね」
「そのとおりでございます」
騎士団の考えはよくわかった。この『ロドデンドロン』と名乗った騎士団長さんも、名前がややこしい点を除いては、全く問題を感じない立派な人物のようだ。そこで、協力するからには、僕からも情報を伝えることにした。
「ところで、僕からも情報があります。実は、既に僕と妻は、魔族を1体撃破しています」
「やはりそうでしたか。コリウスから報告は聞いておりました。お二人がガヤ村周辺で起きた、魔族の襲撃を退けた、と」
「いえ。その時の話ではありません。あの時は逃げられてしまいましたので。実はその後、魔族の隠れ家を偶然発見してしまったのです。そして、撃破しました」
「なんと!」
「そいつは、コウモリ型の魔族でした。彼はモンスターとモンスターを合成して、より強いモンスターを生み出す研究をしており、半ば成功させていたのです」
「モ、モンスターを合成?誠ですか!?」
「本当です。しかし、その研究は僕たちが既に壊滅させました。ただ、今後もそういう者が現れない保証はありません。情報として知っておいてください」
「貴重な情報ありがとうございます。既に一つの脅威を取り除いていらっしゃるとは、感服致しました」
騎士団長だけでなく、全員が感嘆の声を漏らした。
ここまでは、とても順調に話が進んだ。
権力を持った人物たちの少し気に障るような口ぶりも少々あったが、問題なく話はまとまりそうだ。
すると、僕たちに近い席に座っていた第六部隊の部隊長が、立ち上がった。
「それでは、勇者レン様。まもなく国王陛下がいらっしゃるところですが、僭越ながら、今のうちにお二人のレベルを拝見させていただきとうございます。よろしいでしょうか?」
僕は突然の申告に驚いた。
「え?今ですか?」
「はい。これからの作戦を練るためにも正確な情報が必要となりますので」
言われてみれば、そのとおりなのだが、それにしてもステータスを計測する必要があるのなら、事前にやっておくべきことだろう。これまで、具体的なレベルのことについては、一切触れて来られなかった。なぜ、今さら、この話が出てくるのだろうか。
僕は、コリウス部隊長の顔を見た。すると、彼は顔を伏せた。
まさか、本来なら、事前に彼がやっておくべきだった、ということか。彼が職務怠慢だったために、今ここでステータスを測ることになったのだろうか。だとしたら、ガッカリもいいところだ。
僕たち夫婦を歓迎することについては、本当に行き届いた人だったのだが、細かい実務については苦手な人物だったのかもしれない。仕事でも、時々遭遇するタイプだ。人当たりがよくて話もスムーズなので安心していると、実は中身はポンコツだったというパターンだ。
「わかりました。計測してください。ただし、僕たちはレベル自体は低いですよ?」
仕方なく、正直にそう答えた。
こうした場合、下手にごまかそうとすると、後になって言い訳がきかなくなるのだ。それは、これまでの人生経験でよく知っていた。
すると、第六部隊の部隊長は、笑顔で答えた。
「いえいえ、そんなご謙遜なさらずとも大丈夫ですよ」
そう言って、宝珠を取り出し、彼は【
何かワクワクした表情をしていた部隊長だったが、自動筆記された紙を見て、急に顔が固まった。
「し、失礼致しました。もう一度、計測させてください」
もうこの時点でイヤな予感しかしなかったが、再度、【
登録名:レン
ロール:魔導師
レベル:16
体力:106
マナ:89
攻撃:53
防御:48
機敏:71
技術:131
感性:27
魔力:154
登録名:ユリカ
ロール:剣士
レベル:15
体力:198
マナ:105
攻撃:126
防御:107
機敏:150
技術:274
感性:912
魔力:101
ハンターが使用している【
『タイプ』という表記が『ロール』、つまり”役割”になったくらいで、僕と嫁さんは、”魔法技師”から”魔導師”に、”アタッカー”から”剣士”に表現が変わっていた。
嫁さんのパラメーターは全く変化がなく、僕の方は前回よりもほんの少しだけパラメーターが上昇していた。特に技術は20近く上昇している。これまでの旅路で成長できたのかもしれない。しかし、それでもレベルアップには至っていないようだ。
嫁さんは相変わらず、レベル150なのに”15”と表記されている。下の桁が表示されていないので、もし成長していたとしても、その細かい変化が目に見えることはないだろう。
部隊長は、愕然としながら、その紙を騎士団長のもとに持って行った。そして、ロドデンドロン騎士団長も、しばらく紙を凝視した後、声を震わせて呟いた。
「レベル16と15…………」
それを聞いた途端に会議室内がザワザワしはじめた。
そして、紙が順番に回され、全員が確認した。
ここで、真っ先に立ち上がったのは、コリウス部隊長だった。
「こ、これは何かの間違いでしょう……私は確かにレン様が、大量発生したモンスターの群れを討伐されるところを拝見しました。このような新米騎士にも劣る能力値であるはずがありません」
笑いながらしゃべっているが、顔が若干、引きつっている。
すると、隣の第二部隊の部隊長が言った。
「コリウス殿、それは、どのような討伐方法だったのでしょう?」
「レン様は、見たこともないほどの盛大な魔法によって、モンスターを一網打尽にされたのです」
「……なるほど。しかし、その方法であれば、宝珠を豊富にそろえれば、誰にでもできることなのでは?」
「え……」
「そもそも、なぜ今までレン殿のレベルを測定されなかったのでしょうか?まさか、何の確認も取らないまま、勝手に勇者様と思い込んでお連れしたわけでもありますまい?」
と、第四部隊の部隊長も質問する。
「そ……それは…………」
コリウス部隊長は口ごもってしまい、そのまま沈黙した。
埒が明かないと思ったロドデンドロン騎士団長が話を僕に振ってきた。
「レン様、申し訳ありません。もちろん、召喚されたばかりの勇者様ですので、これから成長されていくものと我々も考えております。しかしながら、それにしても低い数値だったので、驚いてしまいました」
その声には、こちらを疑問視するような空気が含まれていた。
「ええ。そうだろうと思います」
「失礼ながら、どうやって魔族を討伐されたのでしょうか?」
さて、困ったものだ。
『宝珠システム』のことは、王女ラクティフローラから口止めされている。この国では、勝手な魔法の研究開発は禁忌とされているからだ。それに魔族討伐に関しては、その功労者は僕ではなく、嫁さんである。ここは、正直に話す以外にないだろう。
「そうですね。本当のことをお話しします。魔族を倒したのは、僕ではありません。隣にいる妻の百合華です」
「「えっ!!」」
一同が一斉に驚いた。
やはり危惧していたとおりだ。女性が強いということへの反応が、いちいち過剰だ。
「異世界召喚のことをご存知の皆様だからこそ、これから真実を話します。よく聞いてください。僕の妻は、レベル15ではありません。その【
全員、絶句した。
しばらくの間、この大会議室から一切の音が出なかった。ただ、人々の呼吸の音がかすかに聞こえる程度だ。そして、その沈黙を破ったのは、軍事大臣だった。
「お言葉ですが、勇者様。我々が、遥か昔より受け継いでいる魔法を侮辱されるのでしょうか。いくら勇者様といえども、その言葉は聞き捨てなりませぬ」
強い語調だった。
僕は面食らった。確かに失礼な言い方だったかもしれないが、論点はそこではない。
「いえ、すみません。ご気分を害されたのでしたら、謝罪します。それよりも僕が言いたかったのは、妻は【
すると、さらに第一部隊の部隊長が聞いてきた。
「恐れながら勇者様。奥方様は勇者様のお仲間であられますが、勇者様ではございません。勇者様を置き去りにして、奥方様がお強いなど、我々には、到底信じられるものではありませんが」
「ですから、異世界から召喚されたのは、僕だけではないのです。妻も一緒に召喚されました。僕たちは、こっちの世界に来る前から、もともと夫婦なんです。このことは、コリウス部隊長殿にも既にお伝えしてあります」
「「えっ!!!」」
再び、一同が驚きの声を上げた。
皆が一斉にコリウス部隊長に視線を向ける。
彼は、先程のやりとりの後、青ざめた顔で座り込み、下を向いたまま動いていなかった。そして、周囲の視線に気づいた彼は、困惑した様子で、しかし、なんとか平静を装うようにこう言った。
「い、いえ、私は聞いておりませぬ」
僕は愕然とした。
この男、自分が窮地に立たされると平然と嘘をつく男だったのか。
「何を言っているんですか、コリウスさん!僕は最初に言いましたよね?馬車に乗る前に!」
「いえ、そんなことはありませんでした」
「待ってくださいよ。どうして嘘をつくんですか?僕の妻だって、その時、一緒に聞いていたんですよ!ねえ、百合ちゃん」
僕から急に振られて、慌てて答える嫁さん。
「え!う、うん。言ってたよね」
「ほら、証人もいます。どうなんですか。コリウスさん」
再び聞くが、やはり彼の答えは変わらなかった。
「いえ、私は聞いておりません」
こいつ。最低な男だ。
僕はこういう場面を知っている。仕事でもよくある、”言った言わない”の世界だ。そして、こうなると言葉が意味を持たなくなる。議事録を取り、文字として残していれば、それを証拠にできるのだが、道端で話した内容を証拠として残しておくことは不可能だ。
「まあまあ、コリウス部隊長の件は、今はさほど重要ではありません。それよりも奥方のユリカ様について、詳しくお聞かせいただけませんでしょうか?」
と、話を元に戻そうとするのはゴード宰相だ。
僕もコリウスのことは置いといて、話を進めることにした。
「そうですね。つまり、本当の勇者は僕ではありません。皆さんが言うところの”異世界”からやって来た勇者とは、妻のことです。妻は、レベル150の勇者なんです」
この世界に来てから初めて、僕は嫁さん以外の人にこの真実を語った。
これは賭けでもあった。これを信じてもらえなければ、何も説得力のある話はできない。
すると、やはりというべきか、全員が一斉に笑い出した。
「いやはや、ご冗談を。レベル150など聞いたこともありません。まして、女性が勇者になることなど、ありうるはずがないでしょう」
と、言い出したのは、僕がこの中で最も良識があると思っていたロドデンドロン騎士団長だった。
僕は失望し、絶望した。
だが、まだ手はある。嫁さんの実力を見せつけてやればいいのだ。
「信じられないのも無理はありません。ですが、妻の実力を試していただければ、わかることと思います」
この一言と実演があれば、全ては解決するのだ。
論より証拠だ。百聞は一見に如かず、だ。
ところが、そこに返ってきたのは全く予想外の最低な答えだった。
「いい加減にしていただきたい。これ以上、戯言を申されるのであれば、あなた方を国家不敬罪とみなしますよ」
ゴード宰相だった。
僕は唖然とした。
「……いや、何を言ってるんですか。僕は真実を話し、言葉だけではわからないでしょうから、実演してみせると言っているんです。見ていただければわかります」
「いえ、もう結構です。なんとかが150だの、女性が勇者だの、一つだけならまだしも、こうも嘘を並び立てられるとは、非常に心外ですな」
「……なんですって?」
さすがに僕もこのあたりで頭に来てしまった。
こちらの話を全く信用せず、態度まで変わってきたのだ。
しかし、ここで感情的になっては、ますます事態が悪化する。必死に冷静でいることを心掛けた。
ここでゴード宰相は、偉そうな口ぶりでコリウスに尋ねた。
「コリウス部隊長、なぜ、このような者をお連れになったのですか?あなたは、しっかりと事の真偽を確かめなかったのでしょうか?」
「い……いえ……私はその……聖騎士殿が彼らを推薦してくれたので、それを信用したまでです」
呆れた男だ。コリウスは、聖騎士ベイローレルに責任をなすりつけようとしている。そして、この大会議室は、既に僕たちを”偽物”と断定しているような空気になっていた。
「まぁ、いいでしょう。今はこの方々をどうするのか、考えなければ」
ゴード宰相は、こちらに厳しい視線を向けた。
冗談ではない。勇者として国王に謁見するという話でここまで来たというのに、なぜ罪人のような目で見られなければならないのだ。
僕は、ふと隣の嫁さんが心配になって、顔を見た。
なんと、いつもは大胆不敵な嫁さんが顔面蒼白になっている。
思えば、こんなふうに大勢の人から刺すように言葉の攻撃を受けたことなど、今まで無かったに違いない。あの無敵の勇者が、モンスターもいないこのような場所で絶望した表情をしていた。そして、その不安に満ちた目を僕に向けた。
そんな彼女と目が合った瞬間、僕の心は煮えたぎった。そして、すっくと立ち上がった。
「皆さんは、女性が勇者というだけで、僕の話を聞かなくなるんですか!」
口調は強めだが、静かに話したつもりだ。
ところが今度は、先程僕たちのステータスを測った第六部隊の部隊長が、大声を張り上げた。
「女が勇者なわけないだろ!!何を言ってるんだお前は!!!勇者様っていうのはな、俺たち騎士が憧れてやまない神に等しいお方なんだよ!そんな尊い存在が、女なんかに務まるはずはねえ!!まして、手垢のついた人妻なんかになぁ!!!」
こいつ、ぶっ殺してやろうか。
と、思わず頭によぎった。
だが、僕が動こうと思った瞬間に嫁さんが僕の袖を掴んだ。
彼女を見ると、青ざめた顔で僕のことを心配しながら、首を振っている。
さすがだ。僕が一瞬だけ殺気立ったのを瞬時に見抜いたのだ。
僕は思い留まった。ここで暴力に訴えたら、それこそ、こちらの負けだ。
それにしても想像していなかった。まさか女性が勇者である、というだけで彼らからこれほど憎まれることになろうとは。
既にこちらも怒り心頭だ。
もはや交渉決裂と考えて、出て行こうと思った。
その時だった。
扉が開き、先程、出て行った法務大臣が入ってきた。
そして、こう告げたのだ。
「皆様、国王陛下、並びに王女殿下が入場されます」
一同、立ち上がり、会釈した状態で国王を迎えた。
『ラージャグリハ』の国王『ソルガム・アジャータシャトル』。
この人物のことは、コリウスや王女から、よく聞かされていた。最近は体調が芳しくなく、執務に当たるのも一日のうちで、ごくわずかだそうだ。実際に見たその顔は、かなり痩せ細っていた。
国王が着席すると、全員が着席した。
王女ラクティフローラの席はもともと無いので、立ったままだ。この国の男たちには、王女に席を譲ろうと考える者は一人もいないようだ。
「国王陛下、実は、想定外の事態が発生しておりまして」
と、宰相ゴードが告げる。僕が国王に挨拶する隙すら与えなかった。
「こちらに王女殿下がいらしたことは、僥倖でございます。そこの席にいる二人の者が本当に勇者様であられるのか、今一度、ご確認をいただきたいと思うのですが」
すると、もしかすると言い争う声を外で聞いていたかもしれない国王が、王女に告げた。
「ラクティフローラ、どうなんだ?」
僕は王女の姿を見て、少し安心していた。
女性の権限がこの国でどこまで通用するのかは、わからないが、少なくともこの王都『マガダ』に来て以来、彼女は最高の味方だ。
一昨日、気を失う程のショックを与えてしまったが、休んだことで元気を取り戻したようだ。だが、その顔を見ると、少しやつれているように見える。僕が傷つけてしまったことが尾を引いているのだろうか。
僕は心配した。
そして、その心配は次の瞬間、恐怖に変わった。
ラクティフローラの目は血走っており、それが僕に向けられたからだ。
「あ……あの者は……」
僕を指差す王女の声は震えていた。
「あの者は偽物です!!勇者様の名を騙る不届き者です!!!」
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