第75話 事件は会議室で起きた

王女の一言で、形勢は完全に決まった。


――勇者の名を騙る偽物――


それが今の僕の立場になってしまった。

王女はさらに続けた。


「そして、あの者は……このわたくしを……わたくしを……!!」


そこまで言って、顔を両手で覆い隠したまま黙り込んでしまうラクティフローラ。

彼女の言葉を受け止めきれない僕は、思わず立ち上がって叫んだ。


「ラクティ!!何を言ってるんだ!!!僕たちを召喚したのは、君じゃないか!!!」


僕の声を聞くと、ラクティフローラは顔を上げ、涙目で僕を睨みつけた。


「あ……あなたなんかに………!あなたなんかに!!!」


悲痛な声で何かを訴えようとしていたが、最後まで言い切ることもせずに大会議室を走って出ていってしまった。


「王女殿下に、よくぞ、あのような無礼な口をきけるものですな!」


どこからともなくそんな声が聞こえた。誰が言ったのかも僕は理解できていない。あるいは、それはこの場の全員の心を代弁するものだったのかもしれない。


というのは、王女の変貌ぶりがあまりにもショックで、僕は茫然としていたのだ。あれほど慕ってくれていた彼女が、親の敵とでも言わんばかりの憎しみを僕にぶつけてきた。今までの人生で、女性からこれほど憎まれたことはない。


なんてことだ。男尊女卑の考え方をする、この国の男たちを嫌悪していた僕なのに、僕自身がラクティフローラをそれほど激しく傷つけてしまったというのか。


何かを言い返す気力も失せた状態で、しばらく僕は立ち尽くしていた。そして、ようやく我に返った時には、既に場の空気は、僕たちに裁きを下すことに向けられていた。


「やれやれ……人違いだったのであれば、このままお帰りいただけばよいと思っていましたが、まさか、王女殿下にまで不敬を働いていたとは……」


「国王陛下、どこの馬の骨とも知れぬ者に王女殿下が傷物にされたとあっては、国家の一大事です。彼を拘留し、王女殿下から詳しくお話を聞かれた方がよろしいかと思いますが」


「いや、この場で死罪でもよろしいのでは?」


「そもそも魔族を倒したことも嘘なのでしょう。さらには、モンスターを合成するとか、なんとか……ありもしない話で我々を混乱させようとする陰謀ですよ」


「国家不敬罪も免れませぬな。夫妻ともども、留置致しましょう」


彼らは思い思いに好き勝手なことを口走っていた。

不穏な空気になっていることに気づいた僕は、気を取り直し、これだけは言い切った。


「ちょっと待ってください。王女殿下とは、食事をしただけです。しかも、その場には妻も途中から同席しました。王女殿下の名誉のためにも、それ以上は何も無かったことだけは信じていただきたい」


「それは王女殿下にお聞きすること。あなたの言葉など、もはや何の意味もない」


と、冷たく言い返してきたのは宰相ゴードだ。

彼の言葉に、僕は怒りで震えた。


「人を何だと思ってるんだ!」


すると、第六部隊の部隊長がまた叫んだ。


「黙れ!ニセ勇者が!!」


もはや、交渉する意思は僕の心からも完全に消え失せた。

怒り心頭で僕は言い放った。


「いったい誰が”勇者”だと名乗った!いつだ!!僕は自分から”勇者”と名乗った覚えは一度もない!あんた達が勝手に言っていただけだ!そっちから人を招いておきながら、自分たちの考えと違っていただけで今度は罪人扱いしてくるのか!!なんだ、この国は!野蛮人の集まりなのか!!!」


最後の一言は言い過ぎな気もしたが、抑えが利かずに叫びきってしまった。

これで彼らを完全に怒らせたことだろう。

現に全員、殺気立ってこちらを睨みつけてきた。


だが、ここで一人だけ、まだ冷静に対応しようという人物が立ち上がった。

騎士団長ロドデンドロンだ。しかし、その口調は重かった。


「レン殿……あなたをご招待したのは我々です。それがこのような事態になったことは、こちらの不手際もありましょう。しかし、国王陛下の御前で、今の言葉は我々として看過できるものではない。一つお聞かせいただきたい。あなたは奥方を勇者とみなされた後、ご自身はどうされるおつもりなのでしょうか?」


彼が話をしている間、僕は『宝珠システム』を起動し、新しい魔法を試みていた。


それは、遠隔で【解析サーチ】し、対象のステータスを僕だけがわかるように目の前に表示する魔法だった。きっと嫁さんが元気な状態なら、「スカウターじゃん!」と、喜んでくれるような魔法である。


既に彼らと対等の交渉をしようという考えは僕の中に無かった。ゆえに僕たちだけステータスを測定されて、彼らの方は情報を開示しないという、役所ぶった偉そうな考えにも僕は腹を立てていたのだ。ならば、こっそり測定してやるまでだ。


測定結果は、すぐに出た。

騎士団長ロドデンドロンは、レベル45。各パラメータもほとんどが600を超えている。さすが騎士団を束ねるだけのことはある。相当な実力者だ。


その他の部隊長は、レベル30台後半から40あたりがそろっている。あのコリウスは意外なことにレベル40だった。国家の英雄クラスに名を連ねる人間だった。


測定結果に満足した僕は、騎士団長の質問にキッパリと回答した。


「妻こそが勇者であり、僕はただの従者です。僕は、妻のサポートをしていくだけです。なぜなら、この場にいる誰も、妻の足元にも及ばないのですから」


僕の言葉に全員の顔つきがさらに険しくなった。特に部隊長の面々はものすごい形相だ。そして、ロドデンドロンは冷ややかに笑った。


「……なるほど。女性を前面に立たせて、自分は後方支援か。やはりあなたは勇者でもなんでもない。それは男のすることではない!」


騎士団長の言葉と同時に部隊長全員が立ち上がった。


「騎士団の皆様、彼らを捕えていただけますか」


宰相ゴードが告げる。

5人の部隊長が剣に手を掛けた。


だが、ここで彼らは、おかしなことに気づいて、自分の腰を見返した。

剣が無くなっていたのだ。



ゴトンッ



黙って立ち上がった嫁さんが、鞘に収められたままの5本の剣を円卓の上に置いた。


「「なっ……」」


全員が声を詰まらせた。


いったいどうやったのか。僕ですら全く認識できないスピードで嫁さんは部隊長の剣を奪っていたのだ。


もしかすると、本来の超スピードに加えて、気配を完全に絶ちきるスキルを組み合わせ、まるで時を止めたかのような行動を可能にしたのかもしれない。


「蓮くん……私……人とは戦いたくないよ……」


絶望したような表情を僕に向けてくる嫁さん。

相変わらずの彼女の強さには驚くばかりだが、そんな彼女が身を震わせて僕を頼りにしてくる。ここは、僕が頑張らなければならない。


「ねぇ……そこの壁でも破壊して脱出するしかないかな?」


と、さらに続けて聞いてきた嫁さんの手を取り、僕は毅然として答えた。


「百合ちゃん、僕たちは何も悪いことはしていない。堂々と出て行こう」


そう言って、彼女と手を繋ぎ、僕は扉の方へ歩き出した。

騎士団長も部隊長も、事態を理解できずに、まだ硬直している。


僕は、『宝珠システム』から、【風圧縮壁コンプレッション・ウォール】と名付けた空気を固める魔法を発動した。


圧縮された空気が扉にぶつかり、バンッと左右に全開に開いた。

手で普通に開けてもよかったが、どうしても堂々と出ていく演出をしたくて、そうしたのだ。


扉の前には、聖騎士ベイローレルと幾人かの騎士が待機していた。

彼らに話し声が聞こえていたのかどうかは、わからない。


「失礼」


僕がそれだけ言うと、彼らは何も言わずに道を開けてくれた。

そのまま僕は嫁さんと手を繋いだまま廊下を悠然と歩いていった。

横目に見える嫁さんの顔は、なぜだか頬を赤くしているように感じた。


残された大会議室の人々は、しばらく茫然としていたが、僕たちがいなくなってから急に慌て出した。一人の大臣が廊下にいる聖騎士に向かって叫んだ。


「ベイローレル殿、なぜ、彼らを止めなかったのだ!」


「いえ、ボクたちの任務は、大会議室の護衛と勇者様のご案内ですので、まさか中から罪人が出てくるとは、夢にも思いませんでした」


と、笑顔で答える聖騎士。


「では、すぐに彼らを追いかけなさい。この宮殿から一歩も外に出すな!」


軍事大臣が彼らに命じると、それをコリウスが遮った。


「いや、それには及びませぬ。これは私の失態。私が自ら、ケジメをつけさせていただきましょう!」


彼は顔面蒼白のまま、剣を腰に差しなおし、一人で廊下を駆けていった。



僕と嫁さんは、ロビーまで来た。そして、玄関から外に出ると、僕たちを護衛して送り届けてくれたコリウスの部下たちが待機していた。


既に太陽は沈み、夜になっている。もとは僕たちを国賓として招いていたので、庭園には、かがり火による外灯が灯され、慎ましくライトアップされている。


「勇者様、どちらへ?」


事の次第を知らない彼らは僕たちをまだ勇者扱いして聞いてきた。

ちょうどそこへ、走ってきたコリウスが追いつき、彼らに呼びかけた。


「お前たち、そこにいるのは勇者様の名を騙る不届き者だ!!決して逃がすな!!!」


「「え、え?」」


戸惑う騎士たちはコリウスと僕たち夫婦を交互に見る。


「いいから捕まえろ!場合によっては殺しても構わん!!」


槍を持っていた4人の騎士が、その得物をこちらへ向け、囲んだ。


「も、申し訳ありません。よくわかりませんが、命令が下ってしまいましたので、どうか投降してください」


騎士の1人が戸惑いながら言ってきたが、僕は自然体で答えた。


「皆さんには、本当にお世話になりました。どうか、お元気で」


僕は嫁さんを連れて、そのまま歩いた。

4人の騎士は驚いた。槍を全く動かせなくなったからだ。


実は、僕が空気を圧縮して、槍ごと固定してしまったのだ。ただでさえ、透明な空気である。さらに暗い夜なのだから、僕の魔法の性質に気づくことは困難であろう。


「ま!待ちなさい!レン・シロガネ!!」


そして、完全に追いついたコリウスが王宮から出てきた。

僕は振り返って挨拶した。


「コリウスさん、あなたには失望しましたが、これまでお世話になってきたことについては、感謝しています。では、さようなら」


「このまま帰すと思うのか!!お前のせいで、この私は!私はっ!!!」


態度の豹変したコリウスに僕は心底、幻滅した。


「やめておきなさい。今の僕になら、あなたにだって後れを取ることはない」


「何を言うか!レベル16の分際で!!よくも私に恥をかかせてくれたな!!!」


僕は、彼のパラメーターを既に見ている。彼は見た目に反してスピードに特化した騎士だった。そして、それを生かした戦い方をするはずだ。ゆえに挑発すれば、弱い相手と高を括っている僕に対し、正面から突っ込んでくるだろうと踏んでいた。


そして、彼は予想通りに行動した。

目にも止まらぬスピードだ。だが――



ガンッ!!!



コリウスは可哀想なことに、猛スピードで見えない何かに勢いよくぶつかり、頭から血を流して卒倒した。


「がっ……はっ…………」


僕が【風圧縮壁コンプレッション・ウォール】で、極限まで空気を圧縮し、硬化した壁を作っていたのだ。


いかにレベル40の猛者といえど、不意打ちで頭部に衝撃を受けては、ひとたまりもあるまい。しかも、自分自身のご自慢のスピードが乗っていたのだ。


言わば、コリウスは、目隠し状態でブロック塀に向かい、全速力で突っ込んでいったようなものだ。


さすがの突進力だったため、空気の壁も破壊されてしまったが、剣は折れ曲がり、彼自身は脳にショックを受けて気絶したのだ。さらに圧縮された空気が解放されたため、空気の塊が突風となってコリウスを後方に吹っ飛ばした。


「蓮くん……」


嫁さんが心配そうな目で僕を見てきた。


「大丈夫だよ。彼も英雄クラスの人物だ。この程度で死にはしない。しばらくは寝込むだろうけどね。レベルでしか人を判断できない彼が悪いのさ」


とはいえ、少し可哀想なので、彼に遠隔で【治癒の涼風ヒーリング・ウィンド】を掛けてあげた。


僕は、再び嫁さんと手を繋いで宮殿の敷地から外へ向かった。


最後まで堂々と出ていくつもりだったが、敷地の入り口の門が見えてきたところで、後ろから大勢の騎士が追いかけてきた。


「やば……さすがにこれ以上は、ゆっくりできないか」


「ふふふっ、じゃあ、ここからは私の番だね」


横を見ると、嫁さんの表情が和らいでいた。


「元気になった?」


「うん。蓮くんと手を繋いで外の空気を吸ってたら、ちょっと落ち着いてきたよ」


「よかった。顔が真っ青だったから、心配したよ」


「私ね……モンスターより人の方が怖い……」


まさにそのとおりだと僕も思った。


「無理しなくていいんだよ?」


「いいよ。だって、蓮くんに任せると、相手を怪我させちゃうんだもん。私なら、もっとうまくやれるから」


「そう言われると、面目ないな……」


と、話をしていたところで、突然、嫁さんが真剣な顔で言った。


「あっ、待って、蓮くん、気をつけて!」


「え?」


僕が疑問の声を出している間に、一陣の風のように何かが近くを通り過ぎて行った。それが何なのか、僕には全く認識できなかったが、嫁さんは、当然のように目で追っている。彼女が入り口の門に向って振り返ったので、僕も同じ方向を見た。


「レン様、ユリカ様、残念ですが、あなた達の捕縛命令が出てしまいました。どうか、ボクに従っていただけませんか?」


笑顔を絶やさぬまま、僕たちの前に立ちはだかったのは、あの若き”聖騎士”、ベイローレルだった。

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