第46話 罪人たちの処遇
「え、え?」
盗賊の大将エルムは、僕の言葉に疑問符しか出てこなかった。本当に何もわかっていないようだ。僕は、彼らが既に発見している”お宝”を教えた。
「この食材だよ」
「「えっ!!」」
盗賊たちが一斉に驚きの声を上げた。
「これだけうまいものが採れるんだ。これを街で売ったらどうなると思う?」
「そ、それは考えませんでした!」
「シャクヤ、君はいいところのお嬢様だと思うんだけど、こんな食材は手軽に手に入るものだろうか?」
「いいえ、わたくし、王都にずっと住んでおりましたが、このように絶品な食材は、食したことがございませんでした」
「ということだ。つまり、これを街で売れば、相当な収入が見込める。しかも、お前たちにしか採れないものだというのなら、独占市場だ」
「お、お見それしました!このような知恵まで授けてくださるなんて!……ただ、問題があります」
「なんだ?」
「俺たちには何の身寄りもねえもんですから、街で売ると言っても、勝手に売れねえんです」
「あっ、そうなのか。商業組合みたいなものがあるのか?」
「そうです」
「それは面倒だな……だとしたら、商売の権利を持っている商人にこの食材を食べてもらい、気に入ってもらったら、その人と取り引きするってのはどうだ?つまり、小売業ではなく、卸売業を営むんだ」
「な、なるほど」
「しっかりとした食い扶持が見つかれば、もう悪さはしないだろ?」
「もちろんです!旦那!」
「さすが蓮くん、社会人だねぇーー。ちょっとカッコいい……」
横で聞いていた嫁さんが感心したように呟いた。
いつにも増して、目をキラキラさせている。
「え、そう?」
これくらい、ある程度の社会経験があれば誰でも考えつくことだと思うのだが、嫁さんから褒められると妙に嬉しくなってしまう。
「ところで、旦那……一つ聞いていただきたいのですが……」
まだエルムは話があるようだ。
「なんだ?」
「できれば、その……交渉事なんて俺たちにはできねえので……俺たちの代表を旦那にお願いできねえでしょうか……」
「はぁ?」
僕はつい不快感を表に出してしまった。
厚かましいにもほどがある、と言いたい。
なぜ、盗賊連中のために僕がそこまでしてあげなければいけないのか。
「蓮くん、ここはビシッと言ったほうがいいよ。こいつら、すぐつけあがるから。ほら、あのセリフ、ここでこそ使うんだよ」
嫁さんが横から耳打ちしてきた。
「なるほど。そうだね。おい、お前たちの言い分はわかった」
「「はい」」
「だが断る」
「「えっ」」
我ながら、あの名台詞をカッコよく言えた気がする。
盗賊たちはガッカリしているが。
「ていうか、なぜ僕にそこまでする義理がある?自分たちで努力してみろ」
「はい……」
肩を落とす盗賊たち。
可哀想だが、これにて一件落着。
ところが、そう思われたところで、これまでずっと黙って食事を続けていたローズが口を開いた。
「ふぅぅ、食った食った。ご馳走様。さて、和やかなところ悪いんだが、その前につけなきゃいけないケジメってもんがあるよな?」
「え」
僕はローズの言葉に少し緊張感を持った。そういえば、この子は元ヤンのような性格で、曲がったことを許さない任侠気質の女性だった。
「こいつらは盗賊だ。それを野放しにするのは、あたしのルールに反する。こいつらがどんなに改心しようと、キッチリ落とし前をつけた後でなければ、日の当たる道は歩かせないさ」
至極ごもっともな意見だった。僕としても、こんな人殺し達が罪を償うこともせず、のうのうと生きていくなど、許したくない。
「そのとおりだね。ローズ。彼らは懲役何年くらいになるだろうか?」
「ちょうえき?なんだ?”ちょうえき”というのは?」
「え、ああ、懲役というのは、囚人に労働させることなんだけど、懲役刑が無いのなら、禁錮何年と聞くべきだったかな?」
「あははははははははっ。何を言ってるんだ君はっ。こんな市民権もないヤツらに牢獄なんて使うはずないだろう。もったいない。こいつらは全員、縛り首だよ」
「「えっ」」
僕と嫁さんが同時に驚いた。
しかし、周囲を見るとそれほどでもない。
どうやらローズが言っていることは、この世界では普通らしい。
「処刑されるのか?」
「当たり前じゃないか。まずは、窃盗罪で指1本だが、こいつらは盗賊だ。少なくとも両手から指2本ずつだな。あと強姦罪は目潰しだ。男は女を見るから欲情する。さらに殺人罪も加わるから、縛り首になる」
なんということだろうか。
”キッチリ落とし前をつけた”場合、死んでしまうじゃないか。
「まぁ、もしも身分のあるヤツだと認められれば、縛り首ではなく、斬首刑になるかもな」
いや、どっちも死ぬよ。
その違いは何だ?名誉的なヤツか?
「蓮くん……そういうものなの?」
嫁さんが恐ろしそうに小声で聞いてきた。
「うん……よく考えたら、民法や刑法が整備されたのって、ヨーロッパで革命が起きた後なんだ。民主主義が確立されるまでは、原始的な処刑処罰法が普通だったのかもしれない」
「ええぇぇ……どうしよ?あいつら、クズだけど、殺されちゃうなんて思ってなかったよ」
僕たちが小声で相談していると、ローズが話を進めた。
「あたしはハンターだ。こいつらは明日になったら連行する。本来なら、盗賊ごとき、ここで処分しても問題ないんだが、指名手配されていないのでは、報酬ももらえないからな。一度、罪状をハッキリさせてから報酬をもらい、処刑台に運ぶさ。ダチュラ、あたしの見解をどう思う?」
「とても真っ当だと思います」
ダチュラも同意している。盗賊たちに目を向けると、彼らは顔を真っ青にしているが、反論しようという様子は欠片もない。話を全て受け入れているようだ。
やはり、ローズが厳しすぎるのではなく、これがこの世界の普通なのだ。
ここで、何か思いついた様子で嫁さんが独り言をしゃべった。
「あ、そういえば私、こいつらからは何もされていなかったなぁ」
彼らに同情した嫁さんは、罪そのものを無かったことにしようと考えたのだ。ちょっと人が好すぎると思うが、実際に何もされていないのだから、嘘ではない。
その嫁さんがチラリとシャクヤに目配せした。
それに気づいたシャクヤも発言する。
「そうでございますね。わたくしも特に何もされませんでした」
続いて、それを察したカメリアが言った。
「あ、わたすは、最初はアレでしたが……その後は、食べ物もおいしいものをいただけて……お陰様で、人生で初めてこんなに肥え太らせていただきまして……」
自分を輪姦した相手を庇う、健気すぎる女の子、カメリア。言うほど太っているわけではなく、少しだけポッチャリ感がある。これで”肥え太った”と表現するのだから、これまでずっと貧しい生活をしてきたのだろう。ますます不憫に思う。
ローズは呆れ返って言う。
「おいおいおい。ユリカもみんなも人が好すぎるだろう。こんなヤツらを庇うのか……レン、君はどう思うんだ?」
「僕か?僕は……」
しばし考えた。
今まで日本に生きてきて、”人殺し”と接したことなど一度も無い。それが普通だろう。もしも、人を殺したことのある人間と仲良くやっていけるか?と問われれば、”絶対に関わりたくない”と答えるはずだ。
だが、この世界に来て、モノの見方が大きく変わったことも事実だ。
特に、ついさっきまで魔族と戦い、魔族を殺すことも”殺人”に当たると嫁さんに明言したばかりだ。その魔族を殺さなければならないのであれば、その罪は嫁さんだけに背負わせない。一緒に背負って乗り越えると約束した。
つまり、今の僕の心には、”人殺し”の人権問題を他人事には考えられない、という気持ちが芽生えていたのだ。
「彼らはどうしようもないクズで、悪人で、罪人だ。でも、心を入れ替えてやり直そうとしている人間を殺すことはないと思う」
「君もお人好しなんだな……だがな、レン、こいつらがまた人を襲ったらどうする?」
「そこだよな。僕もそれが問題だと思う」
僕は、盗賊たちに厳しい声を向けた。
「おい、お前たち!」
「「は、はい!」」
僕たちの裁定を震えながら黙って見守っていた盗賊たちが、元気良く返事をした。
そして、僕は35年間、生きてきた率直な思いを彼らに語った。
「僕は、これまでの人生で、”人は変われる”ということも見てきたし、”何を言っても人は全く変わらない”ということも見てきた。お前たちはどっちだ?」
「か、変わります。変わってみせます!」
エルムが真剣な声で言った。
「本当か?」
「本当です。今度こそ、命懸けで頑張りやす!」
「ならば、証明しろ。自分たちの人生を懸けて。もしもお前たちが次に悪さをした時は、僕と嫁さんが地の果てまで追いかけて、必ずお前たちを処分する。いいな?」
「はい!肝に銘じます!!」
気持ちの良い返事が返ってきた。
本当に彼らは変わろうとしているのかもしれない。
「……と、彼らは言っているんだが、ローズ、どうだろうか?」
ローズに尋ねると、彼女は半ば呆れながら告げた。
「レン……なんだか、君には敵わないな……だが、やはり口約束なんてものは、信頼できる人間でなければ無意味なものだ。……そうだ。あとは君たち夫婦が、こいつらの面倒を見てくれるのなら、信じてもいいかもな」
「え……」
ちょっと待て。それでは、先程の話に戻ってしまうじゃないか。しかし、彼らの命を助ける以上、その後見人になるのも道理と言えば道理か。僕たちが今、助けようとしているのは犯罪者なのだから。
「百合ちゃん、どうしよう?」
「しょうがないよね。面倒見よう」
盗賊たちに視線を移すと、主人を待つ子犬のように僕たち夫婦を見つめている。
「旦那……おねさん……」
やめろ。そんな期待のこもった目つきで見るんじゃない。
「仕方ない。お前たちの商売の面倒を見てやろう」
「あ、ありがとうございます!」
大変、不本意であるが、この男たちの後見人を引き受けた。
「だが、面倒を見るからには、やることはキッチリやってもらうぞ。厳しくいくからな」
「「はいっ!!!」」
今、心から思うことがある。
軽い気持ちで人助けなんてするもんじゃない、と。
まさか命を助けてやるために、こんな面倒なヤツらと深く関わることになるなんて、考えもしなかった。
「カメリアちゃんも、いきなり未亡人にならなくて済んだね」
嫁さんがカメリアに語りかけた。
「はい。ありがとうございました!」
そばかすの残っているカメリアが涙ぐんで深々とお辞儀をした。
これで、ようやく男どもの処遇問題を解決することができた。
「はぁ、だが、残念だな……そうすると、今回の旅は、苦労したわりに護衛報酬だけになるのか。せめて、あの『ブラック・サーペント』の死体だけでも回収できたら、いい金額になったんだがなぁ……」
一人嘆くローズ。
おいコラ、最後にちょっと本音が漏れてないか?
そういえば、隠れシングルマザーのローズはお金を必要としているのだった。
「あ、だったら、私が取ってくるよ。蓮くん、あの光る宝珠を貸して」
ライトアップ効果の宝珠を渡すと、嫁さんは僕たちが脱出してきた穴の方に向かった。
しばらくすると、切断された”ヤマタノオロチ”の首を1本運んできた。自分よりも何倍も大きさのある『ブラック・サーペント』の首を軽々と持ち運んでくる嫁さんの姿は、なんともシュールなものだった。
「うそだろ……ユリカ……」
さすがのローズも驚愕の色を隠せない。
彼女だけでなく、全員が凍りついたように嫁さんの動向を見守った。
「どうする?他の首も全部持ってきてあげようか?」
「いやいやっ、十分だよ、ユリカ。そもそも1体分でも運びきれない」
ローズも恐縮しきりだ。
僕は盗賊あがりの男たちに聞いた。
「荷車になるものを持っているか?」
「へい。ありやすよ」
男の一人が、2台の荷車を持ってきた。
遺跡の中には入れてなかったので無事だったのだ。
「うん。2台を繋げれば、首だけなら運べるんじゃないか?7往復すれば、7本の首を運べると思うけど」
「じゃ、全部持ってくるね」
そう言って、嫁さんはサッサと地下まで3往復し、今度は2本ずつ首を運んで、計7本の首を地上に持ち出してしまった。
「よし。お前たち、最初の仕事だ。”女剣侠”ローズ殿の獲物、『ブラック・サーペント』の首をガヤ村まで届けるんだ」
「「はい」」
「いいのか、レン?」
「こき使ってやってくれ。その代わり、報酬もしっかり頼むよ」
「しかし、こいつはシャクヤ嬢と一緒に倒した獲物だ。あたしだけもらうわけにはいかない」
「ローズ様、この度はわたくしも大変ご迷惑をお掛けしたことですし、よろしければ、わたくしの分までお持ちください。失礼な言い分ですが、わたくし、お金には困っておりませんので」
「そうか……では、ありがたく頂戴するよ」
「はい」
ローズとシャクヤの話も済んだので、僕は男たちに告げた。
「お前たちは、しばらくの間、こことガヤ村を拠点にして輸送業を請け負うんだ。僕自身もこれから『商業都市ベナレス』に行って、ハンターギルドに登録するところだから、何も準備できていない。輸送業が一段落したところで、『ベナレス』の僕を訪ねに来るんだ。それでいいな?」
「わかりやした。ただ、俺たちだけでは、この『中立地帯』の街道を移動するのは危険すぎやすので……」
エルムの回答に嫁さんが呆れて言った。
「やっぱり、あんた達はバカね。そこのウィロウは、モンスターの気配を感知できるんだから、そいつがいれば、モンスターに遭遇しないように移動できるわよ」
「えっ、そうなのか、ウィロウ?」
驚くエルムの問いかけに自信満々で頷くウィロウ。
「どうりで兎を捕まえるのが得意だと思ったら……」
ようやくこれで、本当に全てが片付いた。
僕はここぞという思いで立ち上がり、全員に聞こえるように言った。
「さて、話がまとまったところで、僕から皆さんにプレゼントがあります。今回は特に女性にお世話になったので、あるものを用意しました。こちらに来てください」
皆、突然の呼びかけに戸惑ったが、僕が案内するとさらにビックリした様子を見せた。
何も無かったところに高さ2メートルほどの大きな壁が出現していたからだ。壁の向こうには、湯気が見える。
「蓮くん、何これ?」
「さて、問題です。僕は火を出す宝珠と水を出す宝珠を作りました。上は洪水。下は大火事。これなぁーーん……」
「お風呂っ」
僕がなぞなぞを言い切る前にかぶせ気味で答える嫁さん。
「はい。正解」
「うそでしょ!」
言いながら、壁にある四角い穴、つまり入り口に入る嫁さん。そこには、壁で四方を囲まれた、石造りの大きな風呂が出来上がっていた。
「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!何これ!うそでしょ!!うそでしょぉぉっ!!!!」
あまりのことに狂喜する嫁さん。
「地の攻撃魔法、【
「すごいよ!すごすぎるよ、蓮くん!!!」
ハイテンションを超えて、さらにテンションが上がっている嫁さん。ここまで激しく喜んでくれる嫁さんはなかなか見れるもんじゃない。どうやら、サプライズプレゼントは大成功したようだ。
「なんだ……これは……」
ローズをはじめ、他の女性陣は全員が、茫然と立ち尽くしている。予想通りの反応だ。
「これ、やったの、ウチの旦那!すごいでしょ!ウチの旦那様なんだよ!!」
嫁さん一人が鼻息を荒くして旦那自慢を繰り広げていた。
「さ、どうぞ。女性陣は、ゆっくり入ってくれ。男たちの分は、あっちに作ってあるから」
僕は盗賊あがりの男どもを連れて、林の向こう側に作った、もう一つの風呂に向かった。そちらの方は、壁は無く、風呂だけなのだが。
僕たちがいなくなった後、女性5人は喜んで風呂に入った。
――ということで、次回は入浴回となるのであった。
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