第45話 生還の宴

「ユリカ、君が”勇者”だというレンの言葉は、どうやら真実のようだな。むしろ物語で聞く”勇者”の強さを超えているようにも思う」


そう言って、ローズは嫁さんに握手を求めた。


「ありがとう。でも、旦那が言ってくれてるだけだから」


嫁さんも応じて二人は握手した。


「そうだな。歴史上、女性が”勇者”になったという話は聞いたことがない。もしも”勇者”を公言するなら、今の社会では波乱が起こるだろう。心しておいた方がいい」


「うん。覚えておくね。ローズさん」


「ところで、百合ちゃん、”コウモリ野郎”を殺した、もう一人の魔族はどうしたかな?」


地下遺跡から無事に生還した僕たちであったが、僕は最後の気がかりを嫁さんに尋ねた。


「あの攻撃以来、全く気配がしないよ。まるで、あの時だけ現れたような感じ」


「あんなふうに、いきなり狙撃されたら、ひとたまりもないな……」


「地上に出たから、もう大丈夫だよ。あれくらいのが飛んで来ても、私がすぐに反応して守ってあげるから」


「頼りにしてるよ」


現状の安全が確保されたところで、僕たちは、盗賊たちがアジトにしていた遺跡の入り口に向かった。


シャクヤはマナ切れ状態なので、嫁さんがおんぶした。夕日のもと、ブルーの髪が風になびいて、とても綺麗だ。


この世界の人間は、僕たち地球人とほとんど変わらない肉体構造をしているが、髪の色素と瞳の色は、多種多彩なようだ。


僕はつい見惚れてしまい、シャクヤを褒めた。


「綺麗な髪だね。外に出たら、色がよくわかる」


「え、あっ!!」


シャクヤは大きな声を上げて、光の宝珠に巻いていた白い布を取り、髪に掛けた。

ヴェールのような布が髪を覆う。それがまたよく似合っており、逆にシャクヤの魅力を引き立てた。


「も、申し訳ございません!嫁入り前の女が、はしたないマネをしてしまいました……」


顔を赤くして謝罪するシャクヤ。


「あ、ごめん。僕の方こそジロジロ見てしまった。僕たちの国では、髪を隠す習慣が無いもんだから、つい」


「では、失礼に当たりませんでしたでしょうか?」


「うん。全然」


「ああ、ホッと致しました……」


どうやら、髪の毛を見てしまったからと言って、相手の恥ずかしいところを見てしまった、ということではないようだ。


女性からすると、男性に対して失礼に当たると考えているようだ。文化の違いというのは、面倒とも思うし、面白いとも思う。


「その点、ローズは全く気にしないよな……」


「レン、君はあたしを女だと思ってないだろう……あたしだって、街中では髪を隠すんだぞ」


「へぇーー」


そうこうしているうちに遺跡に入り口が見えてきた。

意外と近い位置だった。

だが、何やら騒がしい声が聞こえてくる。


近づいてみると、留守番をしていたダチュラが盗賊たちを座らせ、剣を突きつけていた。盗賊たちは震えており、ダチュラのすぐ後ろにはカメリアがいる。


「何やってるんだ?ダチュラ?」


「えっ!レン!ローズさん!え、えぇ?どこからやってきたの?」


僕たちが遺跡の中からではなく、外からやってきたので、かなり面食らった様子だ。


「いろいろあってね。別の出口を見つけたんだ。それより何をやっている?」


「こいつらを、とっちめてたところよ!あの後、遺跡の中から誰が出てきたと思う?そこの小汚い盗賊が、この女の子を連れて出てきたのよ!この子、こいつらに誘拐されて、ここでひどい目にあわされていたんだって!!」


なるほど。遺跡から脱出してきたウィロウとカメリアを見て、ダチュラは驚いたのだ。しかも、カメリアから説明を聞いて、盗賊の悪行に腹を立てたのだろう。無理も無いことだ。それよりも恐ろしい魔族の存在にダチュラは気づいていないのだから。


「ダチュラ、彼らも悪党なんだが、一度冷静になろう。ほら、後ろのカメリアも動揺しているだろう?」


「え?」


ダチュラが振り返ると、カメリアはオドオドしていた。


「あ……あの……その人は……」


「一応、この子を助けたのは、そこの盗賊なんだ。地下には魔族がいたんだよ」


「え、え?えええぇぇぇ!?」


驚くダチュラにローズが語りかけた。


「留守番、すまなかったな。ダチュラ。本当にいろんなことがあったんだ。あたしから話をしよう」


「ローズさん、よくぞご無事で……それにユリカも……」


「ごめんね、ダチュラ。心配かけたね」


お互いに無事を確認しあった面々。

ちょうどこの時、遺跡の下の方からゴゴゴゴゴという響きが聞こえてきた。

僕は慌てて叫んだ。


「あっ!そうだ!全員、遺跡から離れろ!崩れるぞ!!」


「「えっ!」」


全員で遺跡から離れた。


ドゴゴゴゴゴゴォォォォォンンンッ


間もなく大きな音を立てて遺跡が崩れ去り、石の瓦礫と成り果ててしまった。遺跡のあったところだけが、下に大きく窪んだような形だ。ちょうどダチュラが盗賊たちを外に出していたので、全員、事なきを得た。


「あはははは。ごめん。これ、私のせいなんだ」


嫁さんが笑いながら謝った。


「あ、あ、あぁぁぁ……遺跡が……貴重な遺跡がぁぁ…………」


なんと、一番嘆いていたのは、シャクヤだった。


「あっ、ごめん!シャクヤちゃん、遺跡、大好きだったもんね……ごめんね……」


「いえ……大丈夫でございます……今回は、生きて帰ってこれただけで十分でございますから……」


嫁さんはシャクヤを座らせて、休ませた。


「本当にごめんね。ところで、お腹空いたんじゃない?」


「そうでございますね」


嫁さんが盗賊たちに大声で告げた。


「あんた達、ボサッとしてないで、夕食の準備をしなさい!今すぐに!」


「「は、はい!!」」


盗賊たちが一斉に返事をした。


「今日は人がいっぱいいるし、言っとくけど私は今、ものすごくお腹が空いているから、昨日の3倍は食べるわよ!いいわね!!」


「「はいっ!!!」」


さらに盗賊たちから威勢の良い返事が響いた。

僕はその様子を見て唖然としていた。


いつの間に、ウチの嫁さんはこんな豪快な女性になったのだろうか。僕がサラリーマンとして必死に守ろうとしていた、か弱い嫁さんは、もうどこにもいなかった。


「なんか……百合ちゃん、変わったね……」


「そう?」


「うん……なんか……元気になった」


「ふふふ、元気になったのは、蓮くんのお陰だよ。きっとこれが本当の私なんだよ」


笑顔で応える嫁さんはキラキラしていた。


「それにね、あいつら本当にクズだから。コキ使ってやるくらいが、ちょうどいいんだ」


「あはははは……」


我ながら、なんという女性を嫁さんにもらったのだろう。しかし、以前にも増して明るくなり、悪人にも動じない嫁さんを見て、安心もするし、頼もしくもある。僕が”勇者”と認めた嫁さんは、精神的にも強い女性だったのだ。これは、嫁さんの新たな魅力を発見したのだ、とポジティブに捉えよう。


「夕食は、あいつらに任せれば問題ないから、蓮くんは休んでて」


「いや、百合ちゃんこそ、シャクヤと休んでてよ。僕もちょっと用意したいものがあるんだ」


「え、何を?」


「秘密」


そう言って、僕はある準備を開始した。

今回、多くの女性に世話になった。その礼をしたかったのだ。


ローズとダチュラ、嫁さんとシャクヤ、それにカメリアという女性陣は話を始めて楽しんでいる。


その間に僕は急いで研究を進めた。


そして、気づけば、盗賊たちが手際良く夕食の準備を整えてくれた。なんとも芳しい香りが漂ってくる。食欲をそそられる匂いだ。


「蓮くん、できたから、みんなで食べよっ」


「うん」


盗賊の用意してくれた食事は、山菜と兎の肉。

見た目はパッとしないが、味は絶品だった。


「なんだ、これ!」


「すごいでしょ。こいつら。これだけは本当に大したものなんだから」


嫁さんが誇らしげに言ってくる。その嫁さんは、ガツガツとすごい勢いで食べており、既に2人前は平らげていた。


「本当にうまいな!めったに食えるもんじゃないぞ、これは!」


「すごい!おいしすぎる!」


ローズもダチュラも感激し、舌鼓を打っている。


「この人たち、食事だけは本当にすげえんですよ」


カメリアが遠慮がちに言い添えた。

ある程度、お腹が膨れてきたところでもあり、嫁さんがカメリアに尋ねた。


「カメリアちゃんは、これからどうするの?」


「え……」


「こいつらのことは、これからみんなで相談しようと思うんだけど、あなたはもう自由の身なんだから、好きにしていいのよ」


「あの……それが……」


カメリアが何やら返答に困っているところに、ウィロウが割って入ってきた。

彼女の前に立って、そのまま座り込んだ。

なぜか、その姿勢は正座になっている。


「あ、あんた……」


「ん?どうしたの?ウィロウ?」


嫁さんが問いかけると、ウィロウは嫁さんと、盗賊の大将であるエルムに交互に顔を向けた。


「お……え……おぉ……」


「ん?何か言いたいの?」


「え……おんっ……」


「え?」


「くぇっ……こんっ……」


「結婚?」


驚く嫁さんとエルム。エルムも口を挟んだ。


「お、お前、この娘と結婚したかったのか!?」


ウィロウが上下に激しく何度も頷いた。


「あんた……」


後ろで聞いていたカメリアが感動で涙ぐんでいる。


「頑張ったわね、あんた。今、一生懸命しゃべったのね……」


嫁さんも感心していた。

そして、カメリアの気持ちを確かめる。


「カメリアちゃん的には、どうなの?」


「はい……この人となら……」


「ええぇぇ。成立しちゃった……」


「……はい」


「ねぇ、カメリアちゃん、余計なお節介かもしれないけど、よく考え直した方がいいわよ。あなた、こいつらに誘拐されてきたのよ。ひどい目にもあったんでしょ?」


「そ、そうなんですけど、この人は特別優しくしてくれましたし、何より、あの恐ろしい魔族と比べたら、この人たちの行為は、ひどいけど、ひどすぎませんでした。そして、魔族から、わたすを救うために地下まで降りて来てくれるなんて……」


「カメリアちゃん、今のあなたは辛い目にあいすぎて、ちょっと判断が鈍っているかもしれないわよ。一晩くらい考えたらいいんじゃない?」


「いえ、いえ!大丈夫です!わたすは今、冷静です!本当に今までの人生で、わたすのことをこんなに大事に……命懸けで大事にしてくれた人なんていませんでしたから!」


「そ、そう……」


カメリアの声には何かしっかりとした信念のような響きがあった。それに嫁さんもある程度、納得したようだ。


「ね、蓮くんはどう思う?」


「え」


ここで、この難題を僕に振ってくる嫁さん。


正直に言おう。

いったい僕は何を見せられているんだ、という状態だ。


これまでの経緯はある程度、聞いておいた。


この不憫なカメリアという女性は、貴族に仕える奴隷として働いていたところを盗賊に襲われた。主人が殺され、金品を盗まれ、盗賊どもに拉致されて、アジトで輪姦されたのだ。


もうここまで聞いただけで、この盗賊ども全員を八つ裂きにしてやりたくなる。その後は、毎晩、交代交代で盗賊の夜の相手をしていたらしい。


しかし、その犯罪者の一人が、この女性に本気で恋をしてしまったのだ。


それだけなら、ありえそうという感じもするが、さらには女性が魔族にさらわれ、人体実験の道具にされようとしていた。それを恋する盗賊が命懸けで救いに行った。


これまでの人生で、そこまで大事に想われたことのないカメリアは、その気持ちに応えようという。


ハッキリ言って僕には荷が重すぎる。人生観も社会性も、現代と違いすぎて、どうしようもない。嫁さんから頼られるのは嬉しいが、さすがに言えることは一つだけだった。


「まぁ……恋は人それぞれ……だよね……」


嫁さんの表情がガッカリとも安心とも取れる微妙なものになった。


「蓮くん、それ言ったら、全部それだけで解決しちゃうよ……」


「うん……でも、こればっかりは二人が決めることだから……」


「そ、そだね……」


僕たち夫婦は、黙って一同を見返した。

皆、僕たちの裁定を待っているようだ。

ダチュラに至っては、また泣いている。本当に涙もろい子だ。


「ごめんね……さっきは殴ったりして……」


と、呟いていた。

ただ一人、ローズだけは食事に集中している。

ここでカメリアが口を開いた。


「あの、レン様とユリカ様。お二人はとてもご高名な方々とお見受けします。よろしければ、お二人がご証人になっていただけましたら、わたす達、夫婦めおとにならせていただきます」


「え?私たちが証人?ダメよ。そういうのは、ちゃんと街でやりなさいよ」


「わたすは売られた身ですので、頼る人もおりませんです……」


この不憫すぎる女性を前にして、嫁さんと僕は再び顔を見合わせた。嫁さんが何か決心したような顔つきになったので、僕も意を決した。


「よし。では、僕、白金蓮と妻の百合華が証人になろう。二人の結婚を認める」


「あ、ありがとうございます!」


なんと、これで結婚が成立してしまったようだ。

カメリアとウィロウが手を取り合って喜んでいる。


そこに横からシャクヤが質問してきた。


「”シロガネ”というのが、お二人のファミリーネームなのでございますか?」


言われて気づいたが、僕は思わずフルネームを日本式で言っていたのだ。


「あ、うん。そういえば、こっちはファミリーネームは後ろに付けるんだっけ?僕たちの国では、名前の前に付けるんだ」


「そうなのでございますね」


一方、喜ぶウィロウとカメリアの夫妻に、大将エルムが面目無さそうに言った。


「いや、ウィロウ。すまなかったな。お前の気持ちを知ってりゃぁ、そのぉ……なんだ……カメリアの嬢ちゃんの扱いも、もうちょっと考えたんだけどなぁ……ほんとにすまねぇ!」


その話し方は、申し訳なさそうに謝罪しているものの、誠実さを感じない、いい加減なものに見えた。僕は気分を害した。


「おい、エルムと言ったな」


「は、はいっ」


エルムはビクッとして僕の方を向いた。


「このウィロウは、勇敢にも魔族のいる地下まで彼女を助けに行った、立派な男だ。だが、お前たちはどうなんだ?聞いたところでは、カメリアがアジトにいた事実すら、ウチの嫁さんに隠していたそうじゃないか」


「はい……」


「バレたら、自分たちが怒られる。それを恐れて、カメリアがさらわれた事実すら、無かったことにしようとした。とんでもないヤツらだ。お前たちは最低の中の最低だ!」


「す、すんません!おっしゃるとおりです!本当にすんませんでした!」


僕が怒りをぶつけると、エルムだけでなく、他の盗賊たちも一斉に頭を下げた。

関係ないウィロウまで頭を下げている。

僕たち夫婦を心底、恐れているようだ。

その姿を見ると、僕の怒りも少し落ち着いた。


「そもそも、お前たちは、どうしてウチの嫁さんを遺跡に連れてきたんだ?」


「そ、それは、仲間たちが次々にいなくなるのが、おっかなくて、あねさんに解決してもらおうと思ったんです」


「それだけか?」


「あとは、遺跡の中には、きっとお宝が眠っているだろうと思いやして、それを見つけられたら、と……」


「お宝?」


そう言われて、僕は嫁さんを見た。


「百合ちゃんに会うのに夢中で、そんなこと全く考えていなかったよ。何かあった?」


「ごめん。私も今までずっと忘れてた」


そこにシャクヤが説明してくれた。


「わたくし、ずっと遺跡の中で観察していたのですが、お宝と言えそうなものは全くございませんでした。全ての部屋を拝見できたわけではございませんが、宝物庫らしき部屋も空っぽでしたわ」


「あったのは、大量のキメラとひどい実験室くらいだもんね……」


「そうでしたか……それじゃあ、俺たちは最初から骨折り損だったんですね……しかも、仲間は魔族にさらわれて実験体にされていたなんて……」


エルムもガックリと膝を折った。自分たちの住んでいた場所が想像以上に危険な場所だったこと。遺跡の奥には何の益もなかったこと。これまで彼らなりの苦労があったのであろうが、それらは全て徒労に終わったのだ。


だが、ここで僕はキッパリと言った。


「お前たち、本当にバカか?」


「え?」


「お宝なら、ここにあるだろう。既にお前たちは見つけているんだ」

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