第43話 最上位魔法

「あたしも実際に会うのは初めてなんだが、魔族は、魔法を肉体に宿しているという。モンスターや人間を相手にするのとは、勝手が違うから心得ておいてくれ」


道中でローズが忠告してくれた。

地下室から出た僕たちは1階に上がり、さらに吹き抜けになっているロビーを目指している。


「宝珠も魔法陣も無しで、無詠唱で魔法を発動できる。そう考えればいいのか?」


僕はローズに質問した。


「ああ。そして、人間が使うものとは違う、彼ら特有の魔法もあるらしい。それに一人一人が異なる魔法を宿しているとも聞く」


「つまり、魔族ごとに固有の能力を持っている、ということか」


「そういうことだな」


「なるほどぉ。魔族は”能力者”ってことだね」


と、最後に嫁さんがまとめた。


1階ロビー(といっても埋もれているので地下であるが)の吹き抜け階段を上ると、2階には大きな扉があった。ところどころ壊れているが、豪勢な装飾が施されており、この部屋が特別なものであることを見て取れる。


「おそらく謁見の間というのは、ここだと思います」


こうしたことに最も詳しそうなシャクヤがお墨付きをくれた。


「この向こうから、ものすごい気配がしてくるよ。みんなは下がってて。私が先に入るね」


扉の前に立った嫁さんが告げた。

僕たちは少し後ろに下がり、嫁さんが扉を開けるのを見守る。


扉を少し開けた瞬間に嫁さんが叫んだ。


「みんな!耳を塞いで!!」


彼女の声に反応し、慌てて両耳を手で塞ぐ。


すると、部屋の中からとてつもない大音響が轟いた。マイクテストで失敗した時に”キーーン”というハウリングが起こることがある。あれの何十倍という大音量の、耳をつんざく音だ。


空気の振動が内臓にまで響き渡るようだ。両耳を塞いでいたにも関わらず、耳がキーーンとなって頭が痛い。


嫁さんに言われて耳を塞いでいなかったら、確実に鼓膜が破れていただろう。その時点で全員が戦闘不能になったかもしれない。


僕とシャクヤ、そしてローズでさえ、頭を押さえて動けなくなっていた。むしろローズの場合、耳がいい分、僕よりダメージが大きいのかもしれない。


だが、ローズよりもさらに耳がいいはずの嫁さんは、耳を塞ぐこともせず、その場に屹立していた。


「これは私じゃないとダメね。みんなはここで待ってて」


と、言ってくれたのだが、僕たちは聞くことができない。

嫁さんは一人、扉を開けて部屋に入った。

スーーッと息を吸い込み、口を大きく開ける。


「うるさいっ!!!!!!!」


僕たちを苦しめる大音響にも負けない、大絶叫が部屋全体を揺るがした。

すると、部屋のあちこちからバチン、バチンという音がし、大音響が止んだ。


いっきに静かになった。


しかし、音が止んでもすぐには立ち直れない。僕とシャクヤとローズはうずくまったままだ。頭がガンガンするが、僕はなんとか部屋の様子を見た。


「な、なんだ……あれは……」


部屋の内装を見て、僕は思わず声に出して言った。


謁見の間には、大小さまざまな魔法陣が所狭しと描かれており、その一つ一つが光を帯びていた。


その奥には、片腕だけの魔族、シソーラスが待ち構えている。掲げられた右手の先に、渦を巻いた風の塊が集積されていた。


「お、音を音で掻き消して、魔法を破壊するなんて、ほ、本当に無茶苦茶な方ですね。あ、あなたは」


その言葉をハッキリ聞き取れるのは、この場では嫁さんだけだ。


「ずいぶんキラキラした部屋ね。いい趣味してるわ」


「ンフフフフフ。こ、この部屋はワタシが研究に研究を重ねて、か、完成した、ワタシ専用の魔力増幅装置です。この部屋にいる限りでは、ワ、ワタシは”魔王”様にも匹敵する魔法を使うことが可能なのですよ」


「ふーーん。それで、あちこち光ってるのね。そして、あんた自身は”音”を使うのが得意ってとこかしら?」


「そ、そのとおりです。ワタシは”音”の魔法を身につけた者。人間には聞こえない音を利用して周囲の状況を正確に把握したり、遠くの音を拾ったり、逆に遠くへ音を飛ばしたり、今のように大音量で敵を怯ませたりできるのです」


「そう。さっきの音は、ただうるさいだけだから意味無いわよ」


「で、ですね……。あ、あの音でビクともせず、会話をすることもできるとは、あなた、やはり普通の人間ではありませんね……お、お聞かせください。あなたは”勇者”ですか?」


「どうかしらね。私の旦那は”勇者”だって言ってくれるわ」


「なるほど。だ、だとしたら、この左腕は仕方のないことですね。不用意に”勇者”に手を出した、む、報いとして受け止めましょう」


「やっぱり、その腕は私が投げた石で怪我したのね。あの時、仕留めておけばよかった」


「し、しかし、このまま終わりませんよ。”魔王”様のためにも、ここであなたを殺さなければ。そして、残りの連中はワタシの、じ、実験素材になっていただきましょう」


「私の前でよくそんな口を叩いたもんね。私の友達や蓮くんに手を出したら、その瞬間にあんたはあの世行きよ」


「こ、この魔法はワタシの最大出力。上位魔法である【竜巻弾トルネード・マグナム】を魔法陣によって束ね、強化したもの。そ、その威力は、魔王様にしか使えないという、レベル50クラスの最上位魔法に匹敵します」


「そう」


「こ、こんなものを、いち魔族が使うだなんて、き、奇跡の所業なのですよ!ワタシが、ゆ、勇者を倒したとなれば、ヤツらも自分たちの間違いに気づくことでしょう!」


「一つだけ言っておくわね。”やめた方がいいわ”」


「な、何を言いますか!これが当たれば、あなたといえども木っ端微塵です!!食らいなさい!【竜巻擲弾トルネード・マグナム・グレネード】!!!」


シソーラスが放った風の最大級魔法。その名称に”擲弾”を入れただけあって、実は近距離でなければ効果を発揮しないものだった。魔法陣が仕組まれた謁見の間から外に出ただけで威力は激減してしまう代物なのだ。


もちろん、この時の僕がそれを知る由も無いが、部屋の外に出れば、上位の魔法使いなら対処可能であった可能性が高い。


しかし、ウチの嫁さんはそもそもこの程度の威力には微動だにしなかった。ただ、後ろにいる僕たちの心配をしただけだ。


「後ろに蓮くんもいるのに!」


彼女は自ら前に進み、嵐の塊のような風魔法に真正面から向かい合った。


「こんな危ない物!!人に向けて撃っちゃダメでしょうがっ!!!」


右手の拳で嵐の塊を殴った。

次の瞬間、180度、方向転換する嵐の塊。


「は!はい!?」


事態を飲み込めないシソーラスが小さく声を上げた。渾身の力を込めて放った最大級の必殺魔法が、自分に向かって勢い良く迫ってくる。しかも、その威力がさらに倍増しているのだ。


――半沢直樹ばいがえし――


この後、夫婦で話し合った結果、嫁さんのこだわりで名づけられることになる究極スキルだ。


どうやらウチの嫁さんは全ての魔法を打ち返すことが可能らしい。しかも、その時に嫁さんのマナを上乗せしてしまうため、結果的に倍返しとなるのだ。


やられたらやり返す、どころの話ではない。

やられる前にやり返してしまう。しかも倍返し。

なんとも理不尽極まりないスキルだ。


先程、音の魔法を掻き消したのも、その応用だった。普通は、音に音をぶつけたからといって、音の発生源が破壊されることなどあろうはずがない。しかし、声を利用して音の魔法を倍返し、自身のマナをぶつけることで、音を発生させる魔法陣そのものにダメージを与えたのだ。


さて、その倍返しを食らったシソーラスこそ憐れであった。自分が放ったものよりも強力な嵐の塊が自身に襲い掛かってきたのだから。


「ぎ、ぎぃぃやぁぁぁぁっっ!!!!」


彼の断末魔とともに謁見の間が嵐の渦で破壊される。玉座も、その背後にある装飾も、全てを飲み込んだ嵐が壁を突き破り、大穴を開けた。


部屋の中から漏れ出る突風に僕たちは吹き飛ばされそうになったが、この時には僕の【治癒の涼風ヒーリング・ウィンド】の宝珠で、3人とも回復していた。


扉の外で風が収まるのを待ち、中の様子を窺うと、ボロボロになった謁見の間に嫁さんが一人立っていた。


無事に戦いは終わったようだ。僕は、いそいそと嫁さんに歩み寄り、そのかわいい頭に軽くチョップを食らわせた。


「こら、百合ちゃん、やりすぎだ」


”えーーっ”などと軽い返事が返ってくると予想していたが、嫁さんはまだ真面目モードだった。


「待って、蓮くん。まだ何かおかしいの。あいつの気配が消えたんだけど、死んだというより、遠くへ消え去った感じ……」


「え」


「おい、あの向こう……大きな空洞になってるぞ」


ローズが部屋の奥を指差した。

嫁さんが魔法を打ち返したことにより、奥の壁に開けた大穴。その先には土があるのだと思っていたが、砂埃が晴れてくると巨大な空洞が見えてきた。


嫁さんがその先の気配を辿った。


「あいつ、あそこから逃げていったみたい!」


「そうか。この部屋はあいつの魔法を増幅していた。魔法が跳ね返されたとわかった瞬間に魔法の増幅を解除したんだ。それでダメージを軽減したのか」


「追いかけよう!」


4人は部屋の奥へ走った。大穴の向こうはテラスのようになっていた。謁見の間の裏口から出て、城下を眺めることができるようになっていたのかもしれない。


テラスは洞窟の空洞と一体化しており、そのまま空洞の中を歩いて進めるようだ。そして、空洞は横にも縦にも大きく広がり、その真上は地上なのではないかと思えるほど天井が高かった。


「あれだ!あいつ、飛んで逃げる気だよ!」


嫁さんが見ている方向を見ると、シソーラスがヨロヨロしながら飛んでいるのが見えた。


コウモリのような羽は両方ともボロボロだが、なんとか飛行することはできるらしい。左腕だけでなく、先程の攻撃で右足も失ったようだ。


すぐに追いかける僕たち。しかし、嫁さんが叫んだ。


「ちょっと待って!他にも何か来る!」


嫁さんの視線が右手の方角へ向けられた。

見ると、広大な空洞の岩陰から、巨大な影が姿を現した。


『ブラック・サーペント』


僕たち夫婦が森で遭遇し、バーリーさんを救出した、あの巨大な黒い毒蛇だ。

しかし、あの時とは少し――否、かなり違う。

その首の数が7本あったのだ。

1つの胴体に7本の首。つまり――


「何あれ?”ヤマタノオロチ”?」


「いや、首が1本足りない。あれじゃ”シチマタノオロチ”だ」


嫁さんの質問に答えていると、シソーラスの声が響いてきた。


「そのモンスターはワタシの最高傑作であり、かつ大失敗作のモンスターです!つ、強くなりすぎてワタシの指示を全く聞かないのですよ!!本当は8体組み合わせるつもりが、い、1体逃げられてしまいましたがね!う、飢え死にさせて処分するつもりでしたので、あなた達は最高の、え、餌に見えることでしょう!」


ということは、シソーラス本人も”ヤマタノオロチ”のつもりで作ったということだ。もちろん、彼がその名前を知っているとは思えないが。


そして、さらに一つわかったことがある。

嫁さんがそれを発言した。


「え、じゃあ、逃げ出した1体って私が倒したヤツか」


「なるほどね。てことは、あいつは首が1本足りない”ヤマタノオロチ”ってことだ」


「名前なんて、どうだっていい!ブラック・サーペント7体が合体しているだと!?あいつの推定レベルは36!しかし、麻痺毒を持っていることから、危険性でいえばレベル40相当と考えられている!それが7体だぞ!?あんな化け物、あたしだって一目散で逃げる相手だ!!」


後ろからローズが叫び声を上げた。さすがの彼女でも、『ブラック・サーペント』による”ヤマタノオロチ”は恐怖の対象として映るようだ。


無理もない。超巨大モンスターが、まるで怪獣映画のワンシーンのように登場してきたのだ。銀河のどこかにいるかもしれない光の国の戦士に助けを求めたいくらいの相手だ。


しかし、ここで意外な人物が勇敢な言葉を発した。


「ユリカお姉様!行ってくださいませ!」


「「えっ」」


それはシャクヤであった。彼女の呼びかけに他の3人は一斉に戸惑った。しかし、当のシャクヤはその心配を払拭すべく、既に行動を起こしていた。魔導書を開き、魔法を発動する。


「ここは、わたくしが食い止めます!【水泡監獄バブル・プリズン】!!」


”ヤマタノオロチ”の7つの頭それぞれの近くに魔法陣が浮かび上がった。そこから発生した巨大な水の固まりが蛇の頭を飲み込む。なんと、7つの頭全てに水の球体がまとわりつき、”ヤマタノオロチ”は苦しみ出した。


「さあ、これで毒を吐いたら、ご自身に回ってしまいますわよ!」


「シャクヤちゃん……」


「行ってください、お姉様!ご覧のとおり、わたくし、こういう広いところで、大きな敵を相手にした方が得意なのでございます!!」


「ありがとう!行こう!蓮くん!」


嫁さんが僕の手を取る。

僕は、シャクヤが行動を開始したのに呼応して、既に僕とローズとシャクヤに【身に纏う追い風ドレッシング・ウィンド】を掛けていた。


シャクヤがこのような土壇場で戦える女の子であるとは、僕は知らなかった。しかし、嫁さんが彼女にこの場を任せたということは、それだけ信頼できる強い女性だということだ。今の僕は、こういうときの嫁さんを全面的に信じる男だ。


「ローズ、あとは任せた!」


「ああ!世話の焼ける依頼主だ!!」


シャクヤとローズに”ヤマタノオロチ”を任せ、僕と嫁さんは魔族シソーラスを追った。

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