第42話 魔族シソーラス

シャクヤの案内で、僕たちは遺跡の奥へ向かった。


彼女の推理では、ここは城がそのままの形で地下に埋まったものだ、という。確かに言われて見れば、内部構造が城のようになっている。


「なるほど、城か。確かにそうかもしれない。シャクヤ、君すごいね」


「まぁ、そうでございますか?レン様に褒めていただけるなんて、わたくし光栄でございます」


僕が褒めると、シャクヤはとても喜んだ。その表情がキラキラして見える。

ついその印象を嫁さんに言った。


「百合ちゃん、この子、どこかのお姫様だったりしないかな?」


「蓮くん、それ、最初に私も思った」


「ははは……同じこと考えたのか……」


僕は苦笑した。


「やあねぇ、もう。夫婦って似るのかしらねぇぇーー?」


嫁さんは何やら機嫌がいい。



いくつかの通路を抜けると、吹き抜けになっている大きな広間に着いた。しかし、天井が一部抜けており、落ちた瓦礫が散乱して、ところどころボロボロになっている。さらには、数十体のキメラの死骸が転がっていた。


「なっ!なんだ、これは!この数のキメラを誰が倒したんだ!?」


ローズが驚愕の声を上げた。彼女のこんな声は今まで聞いたことがない。


「百合ちゃんだろ?」


「うん」


僕と嫁さんの一言に唖然とするローズ。


「なんなんだ……このユリカという女は……」


「ローズ様、質問は無しでございますよ」


微笑を浮かべてシャクヤが諭す。

先程、自分の質問を遮られたので、やり返したようだ。



さらにそこから1階の奥へと進み、地下室に向かった。


「さっきと同じように、地下室の方からあいつの気配がするよ」


自然と嫁さんが僕の右手を握ってきた。

さらにシャクヤも僕の左の袖口を掴んでいる。


「二人とも、そんなに怖いのか?」


「うん……ちょっとトラウマになりそうなものを見ちゃって……」


「わ、わたくしも、あの部屋にもう一度入るのは、本当に恐ろしいです」


嫁さんとシャクヤが順番に答えるので、僕自身も不安になってくる。しかし、ここで僕が動揺すれば、ますます二人を怖がらせてしまうので、あえて堂々としてみせた。


「じゃ、僕が前にいるから、安心しなさい」


「うん」


頷く嫁さん。

いや、戦いになったらお願いだよ。頼むから。


「だいたい、ただでさえ、お城の地下って言ったら、牢屋がありそうで怖いのにね……」


「百合ちゃん、城の地下に牢屋があるのはゲームの中だけだよ」


「え、そうなの?」


「よく考えてごらんよ。日本のお城だって、地下に牢獄なんて無いでしょ?」


「行ったことないから知らないよ」


「だいたい王様がいるお城の地下に罪人を置いとくなんてナンセンスでしょう。砦としての城塞なら捕虜を地下に収容したかもしれないけど。普通はもっと為政者から離れた地域に監獄を作るもんさ。質素な建物でね」


「理屈っぽく説明されたって、怖いものは怖いんだからね」


「はいはい」


僕たちの会話を後ろで聞いているローズはボソッと呟いた。


「なんなんだ……この呑気な夫婦は……」



廊下を進んだ先には、明かりが漏れている部屋が見えた。

その部屋の前に来ると嫁さんが僕に言った。


「あの”コウモリ野郎”、逃げたみたい。部屋の中からいなくなっちゃった」


「僕たちのことに気づいているのか?」


「うん。この遺跡の中では、私よりあいつの方が気配感知が上みたいなんだ」


「驚いたな。そんなヤツがいるのか」


「お姉様が”コウモリ野郎”とおっしゃるとおり、確かにコウモリのような羽が生えておりましたね」


シャクヤが付け加えてくれたので、僕は合点がいった。


「なるほど。コウモリの能力を持っているなら、超音波探知と併用して暗闇を移動したり、地下の気配を感知したりすることが得意になるかもしれないな」


「きっと、そうでございますわ」


「もし、その”コウモリ野郎”が逃げたのなら、戻ったほうが良くないか?地上にいるダチュラたちが襲われたら大変だ」


僕の心配は、嫁さんが打ち消してくれた。


「遠くまで逃げたわけじゃないよ。すぐ近くで私たちを見張っているみたい」


「だとしたら、この部屋に大事なものでもあるんだろう。入ってみよう」


「うん」


嫁さんが扉を開けると、中は研究室のようになっていた。

本や怪しげな機材が整然と並んでいる。

整理整頓されたその様子は、部屋の住人の性格を如実に表していた。


「なにこれ。さっきより片付いてんじゃないの」


「前は散らかってたの?」


「うん。ちょっとだけね」


「てことは、よほど几帳面なヤツなんだな。百合ちゃん、ちょっと……」


「うん?」


僕は嫁さんに耳打ちして、考えを伝えた。


「ふふふふふっ、面白いね、それ」


「その前に部屋の中を調べてからね」


僕は部屋の中を物色した。

怪しげな機材は、実験器具のようだ。

見たことのある物とない物が、それぞれ並んでいるが、特に目ぼしい物は無かった。


並んでいる本を調べてみると、多くの本は普通の人間の書物だった。どこかで手に入れたのだろう。


他に使い込まれた本がいくつかある。それは手記であった。どうやら魔族が書いた研究ノートらしい。


最初に開いたノートには、魔法に関する記述が書き込まれていた。見たことのない魔法陣もたくさん記されている。どうやら、魔族特有の魔法があるようで、それについての研究だった。これは使えそうだ。


僕はそのノートをそっと懐にしまった。


さらに他のノートを手に取った。そこにはモンスターの性質や合成実験の様々な結果がビッシリと記入されていた。図解まで描き込んでいる箇所も多くある。


とてもわかりやすい。こいつ、結構いい仕事するぞ。


そう思ったのも束の間、最後の一冊は、身の毛もよだつ、おぞましいものだった。モンスターではなく、人間を対象にした実験結果であったからだ。


数ページ見ただけで僕はそれを閉じた。

これが実際に行われたのだとしたら、あまりにもえげつない。ネットを閲覧している最中に不意打ちでグロ画像が検索されてしまったときのような、怒りを伴う不快感を覚えた。


しかし、これはこれで貴重な情報源になりそうでもある。僕はもう一度その手記を開いて、流し読みをした。


その中には、人間の胴体を生きたまま開いて調べた、人体解剖図まであった。書かれた過程さえ無視すれば、優れた医学書と考えられなくもない。


そして、これは僕にとって重大な事柄なのだが、この世界の人間の肉体は、地球人と全く同じ構造をしているということがわかった。


姿形は地球人と変わらないが、実は肉体の内部構成は違っていた、ということを僕は懸念していたのだ。どうやら、その心配も杞憂に終わったことになる。


僕は、後ろにいるシャクヤに声を掛けた。

先程からずっと僕の背中の布を小さな手で掴んだまま離してくれないのだ。


「シャクヤ、君は王立図書館の司書をしているって聞いたんだけど」


「はい。そうでございます」


「ちょっと怖いだろうけど、これを見てくれるかな。君の国では、人体についてここまで研究は進んでいる?」


僕が人体解剖図を見せると、シャクヤは一瞬ビクンと震えた。しかし、その後は解剖図を凝視していた。


さらに僕は何ページかめくり、内臓一つ一つについて詳細に記載されているのを彼女に見せた。シャクヤは感慨深い声で言った。


「これほど詳細に記述された解剖図を拝見したことはございません。これが本当に行われたと考えると震える思いですが、医学的な見地からすれば、最高の資料と言えそうでございます」


「なるほど。実験台にされた人のことを考えると、あまりにも不憫だけど、この本は燃やすべきだと思うかい?」


「いえ、本に罪はございません。これをやった者が罪なのでございます」


「僕もそう思う。これは僕が持って行くよ」


「はい」


「さて――」


僕は人体実験の手記を懐にしまうと、整然と並んでいる本に手を掛け、豪快に振り払った。本がバラバラと地面に落ちた。


「え、何を?」


シャクヤが疑問の声を上げる。


「しっ」


僕は静かにするよう合図をし、周囲を見渡した。特に変化は無い。


「これくらいじゃ、ダメか」


反応が無いので、僕はもっと多くの本をぶちまけた。さらに置いてあった機材にも手を出し、盛大に破壊する。

すると、不気味な声が響くように聞こえてきた。


「な、何をやってるんですかっ!!あ、あなたは!!!ふ、ふ、ふふ、ふふふ、ふざけんじゃああああ、あ、ありませんよ!!!!」


「百合ちゃん、今だ」


「うん!」


嫁さんは、城の1階ロビーで瓦礫の破片をいくつか拾っていた。その破片を声の方角に向かって投げつける。


方角は斜め上。破片は天井を貫通して飛んでいった。


「うぉぁっ!!!」


再び不気味な声が響く。


「どう?百合ちゃん?」


「うーーん、ちょっと遠いね。天井と壁がいくつかあるから、本人には当たってないと思う」


「ンフ、ンフフフフフフッ。ちょっとあ、焦りましたが、さすがに、こ、この距離では当たりませんねぇ。ワタシの、だ、大事な実験室を壊して、おびき寄せる、さ、作戦だったのでしょう?」


「お前、聞いてたのか?」


不気味な声に対して僕が質問をすると、答えが返ってきた。


「ええ、ワタシ、み、耳をすませば、どんな小さな声でも、ひ、拾うことができるのです。先程のあ、あなた達の会話もね。そ、そこの化け物からは何度も不意打ちを食らいましたから、同じ轍はもう二度と、ふ、踏みませんよ」


「どっちが化け物よ!全くやっかいね。近づけないんじゃ、倒せないわ」


嫁さんが愚痴をこぼすが、相手と会話が成立するなら、手立てはあるかもしれない。


「お前の本、見させてもらったよ。とてもよくまとまっている。なかなかやるじゃないか」


「ンフ、ンフフフフ。少しは話のわかる人間が来ましたねぇ。ですが、ワ、ワタシの実験室をめちゃくちゃにした罪、あなたは決して、ゆ、許されませんよ!」


「それは悪かったよ。ところで、お前、名前はあるのか?これほどの研究成果を上げたんだ。さぞ、ご高名な魔族さんなんだろ?」


「そうですねぇ。に、人間がワタシの気高き名前を知るなんて、お、おこがましいですが、あなた達には、教えて差し上げましょう。ワタシは、シ、『シソーラス』です」


「そうか。では、”シシソーラス”……」


「『シソーラス』です!」


「え?」


「で、ですから、『シソーラス』です!なんですか!”シシソーラス”って!!バ、バカにしてるんですか!!」


いや、今のは完全にお前が悪いだろ。


横では、ローズが口と腹を押さえて震えている。笑いを堪えているようだ。


「いや、悪かった。うまく聞き取れなくてね。ところで、偉大な功績を上げた『シソーラス』殿、お仲間はどうしたんだ?」


「仲間?なんのことです?ワ、ワタシに仲間なんて一人もおりませんよ」


少しでも情報を聞き出せたら、と思い、鎌をかけてみたが、特に仲間はいないと言う。


仲間がいないのであれば、こいつを倒すだけで問題ない。だが、せっかくなので、もう少しプッシュしてみようと思う。


「なるほどね。シソーラス。お前、友達いないだろ?」


「な、な、な、なんですって!?」


不気味な声が上擦った。明らかに動揺している。

これは面白いことがわかったぞ。


「やっぱりな。さらには、趣味が悪いって言われるだろ?」


「な、何を言っているのか、よくわかりませんね……」


「そして、キモい、とも言われる」


「そ、そそそ、そんなワケないでしょう!」


「可哀想に。そうやって、お前はみんなから、のけ者にされてきたんだな」


言ってて自分でも痛々しい。過去の経験上、ちょっとブーメランな気がしなくもない。

だが、この挑発は功を奏した。

急にシソーラスの声が甲高くなり、いっそう不気味になったのだ。


「な、な、何を!!何を言ってるんですか!!!あ、あああ、あなたは!!!バカですね!?そう、バカなんですね!?ワ、ワタシが!ワタシがあ、あああ、あんなヤツらから、の、のけ者にされているなど、あ、ああ、ありえるわけないでしょう!!!!」


はい。引っかかってくれました。


どうやら、この魔族は単独行動をしているが、背後には仲間がいるらしい。そして、仲良くもないらしい。そこは、どうでもいいことだが。


「このワタシの、こ、高邁な研究をあいつらは!ま、全くわかっていないだけなのです!!愚かな脳みそしか、も、持ち合わせていないヤツらには、と、到底理解できない偉大な境地なのですよ!!」


シソーラスの怒りはまだ収まらない。


「だいたい、な、何が”四英傑”ですか!バカバカしい!ヤツらだけで”魔王”様を囲い込んで、か、勝手に一族を招集して!気がつけば、ふ、2人増えて”六騎将”ですって!意味わかんないですよ!!に、人数増やすくらいなら、カッコつけた名前なんて、さ、最初から付けるんじゃありませんよ!!」


もはや、誰も聞いていないことまで愚痴り出したシソーラス。

ローズがポツリと呟いた。


「こいつ……ちょっとだけ……可哀想だな……」


「うん……ほんのちょっとだけど……可哀想ね……」


嫁さんも思わず相槌を打つ。

ひととおり叫び終わったシソーラスが、今度は元の低い声で言った。


「フーー、フーーッ……い、今のを聞かれたからには、あなた達は全員、こ、殺します」


ほとんど自分から勝手にしゃべったくせに、こちらに責任を押し付ける魔族。どうせ最初から殺すつもりだったろうに。


「そうか。だが、お前の大事な研究成果は全部、僕が預からせてもらったぞ?」


「なっ」


「返して欲しければ、直接取りに来るしかないな」


「ひ、ひひ、卑怯なマネを……」


「さあ、どうする?早くしないと、順番に燃やしていくぞ?」


「ま、待ちなさい!この人でなしめっ!!」


「人でなしはどっちだ。お前が人間に対してやったことは、天地がひっくり返っても許されることではない」


僕は、部屋の奥に目を移した。人体実験がされた部屋がある。

ずっと僕から離れなかったシャクヤを残し、僕は奥の部屋に向かった。


「あ、蓮くん。そっちの方は……」


嫁さんが心配して声を掛けてきた。


「うん。想像はついてるよ。本当は僕も見たくないけど、この人たちを放っておくのは可哀想だろ?人の遺体をこんなふうに放置しておくなんて辛すぎる。せめて燃やして火葬してあげたい」


奥の部屋を覗いた。そこには、言い尽くせぬほどの凄惨な光景が広がっていた。


手記を見て想像はしていたが、実物を見てしまえば、全身が拒絶反応を起こしてくる。

吐き気を感じたが、必死に堪えた。

そして、【火炎弾ファイア・ショット】の宝珠を発動する。


部屋中に散乱していた資料に次々と引火し、勢いよく部屋が燃え出した。

シソーラスの絶叫が響き渡る。


「ああああっ!!!な、な、な、なんてことを!!!てめえ!ふざけんなよ!!!殺すぞ!!殺すぞ!!!」


怒りのあまり、口調まで完全に変わってしまった。


「さあ、シソーラスよ。姿を現せ。さもないと、お前の研究が全て灰になるぞ」


「え、謁見の間に来い!!!」


「ほう?」


「い、いいい、今すぐワタシの研究ノートを持って、2階にある”謁見の間”に来い!!!殺してやる!!!!!」


「場所を指定してきたか……」


「蓮くん、”謁見の間”って王様に会う部屋だっけ?」


嫁さんが聞いてきた。


「うん。おそらく罠を仕掛けているだろうな」


「だが、行くしかないだろう」


ローズが言うので、僕も答える。


「もちろんだ。百合ちゃん、あとは頼んだよ」


「りょ!」


煙が充満しはじめた部屋から脱出し、しっかりと扉を閉めた。

そして、僕たちは謁見の間へと急いだ。

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