第41話 勇者と従者

「魔族を倒すだって?それはどうしても今じゃないといけないの?」


遺跡脱出ではなく魔族討伐を申し出た嫁さんに僕は聞いた。


「うん。あいつだけは今、ここで倒しておきたい。じゃないと、これからもたくさんの人たちが、ひどい目にあうと思うんだ」


「なるほど。君が思うなら、きっとそうなんだろう。でも百合ちゃん、君のマナは無くなる寸前だったはずだよ」


心配する僕に対し、嫁さんは軽やかに笑顔で答える。


「ううん。今は大丈夫。蓮くんに会えたら、元気になっちゃった。なんなら証明してみせよっか?」


「いや、その必要は無い。僕にはこれがあるから」


僕は、嫁さんのマナを探知する宝珠を取り出し、それを通して彼女を見た。宝珠は淡い光を帯びており、嫁さんのマナが補填されていることを示した。


「本当に回復している……」


「何それ?」


「百合ちゃんのマナを探知する魔法の宝珠さ。君のマナの量までわかるんだ」


「私を探すためにそんなものまで作ったの?」


「うん」


「うっそ!やばっ!」


嫁さんは目を大きく見開いて口元に手を当てた。どうやら感激しているようだ。すると、宝珠の中の光もわずかに強くなった。


「え、さらにマナが増えた」


「私ね、蓮くんと気まずくなったストレスでマナが枯れちゃったみたい。でも蓮くんの気配が近くに来ているのを感じた途端に、”火事場のクソぢから”が出て、ここまで来れたんだ」


「正しくは”火事場の馬鹿力”ね。”クソ力”だと、昭和のヒーローになっちゃう」


「きっと私の場合、”友情パワー”じゃなくて、”愛情パワー”で戦えるんだよ。だから、蓮くんに甘えられたら、もっと回復すると思う」


「え……」


周りに人がいるのに、勢い込んで、とんでもないことを言ってくる嫁さん。後ろを振り返ると、ローズ、シャクヤ、ウィロウ、そしてカメリアが僕らのやり取りを見ている。一瞬、たじろいだ僕だが、意を決して彼女らに言った。


「みんな、ごめん。ちょっとだけ待っててもらえるかな」


「ああ、なるべく早くしてくれ」


ローズが冷ややかな顔で答えた。


僕たちが今いる場所は、ちょうど嫁さん達と合流した曲がり角から少しだけ、もと来た道へ戻り始めたところだった。したがって、すぐそこの曲がり角に入れば、みんなから見えなくて済む。

僕は嫁さんの手を取って、曲がり角の向こう側に移動した。


ちなみにこの時、僕には聞こえなかったが、ローズが呟いた。


「なんだかなぁ……さっきまで自分と手を繋いでいた男が、別の女の手を握るってのは、さすがのあたしも傷つくものがあるな……」


「え?」


シャクヤがそれを聞き逃さず、反応する。


「あぁ、いや、大した意味は無い。ただの感想さ」


「そうでございますか……」



さて、皆から隠れた位置に来た僕は、深呼吸した。

そして嫁さんの両肩に手を乗せる。


「いいかい、百合ちゃん。一度しか言わないからよく聞いててくれよ」


「う、うん」


嫁さんは何かを期待していたらしく、頬を赤く染めて目を閉じた。

だが、僕はそれに目もくれず、嫁さんの右手を取って、ひざまずいた。


「百合ちゃん、あなたはこの世界の勇者だ。あなたが”やる”と言うなら、僕はどこまでもついて行こう」


「……え?」


戸惑う嫁さんに僕は顔を上げて微笑する。


「僕はここに来るまでの間に決意したんだ。この世界では、君が”勇者”で、僕は”従者”だ。今まで、やかましいことばっかり言ってごめん。これからは、僕が君について行く。君が戦うと言うなら、僕も戦うよ」


「……え……ええぇぇ……」


顔を赤くして困惑する嫁さん。


「あれ、これじゃダメだった?」


「ううん。ううん!嬉しい!超嬉しい!でも、ちょっと違う!」


嫁さんは僕の手を握り返して引っ張り、僕を立ち上がらせた。


「蓮くんが私のことをそこまで持ち上げてくれるのは嬉しい。でもね、私は蓮くんがいないと何もできない子だった。離ればなれになって、それがよくわかった」


「百合ちゃん……」


「だから、蓮くん、ずっと一緒にいて。それだけで私は無敵になれるから」


その声を聞いて、僕は握っていた彼女の手をこちらに引っ張った。

僕の胸に引き寄せ、そのまま嫁さんをギュッと抱きしめる。


「もちろんだ」


「蓮くん……」


嫁さんも僕の背中に両腕を回した。

抱きしめ合う二人。

先程、失敗してしまった愛情たっぷりのハグがやっと成功した。


ところが、十秒も経たないうちに嫁さんが呻きだした。


「ん……ん……んんんっ…………みなぎっってきたぁぁっっ!!!!」


急に叫び出した嫁さん。両の拳を頭上に上げるので、自然とハグは解除された。


「え」


「超、漲ってきた!!私、今、パワー全開だよ!!!」


「えぇぇ……」


半ば呆れながら宝珠を覗いた。

すると、嫁さんのマナ反応が光り輝いている。


「うそでしょ……」


「これで、めいっぱい戦えるよ!」


さっきまで死んでしまいそうなほどマナが枯渇していたはずなのに、僕にハグされただけで全開になるほど回復してしまうなんて、マナとは、そういうものなのだろうか。それとも嫁さんだけの特別仕様なのだろうか。


いずれにしても、この世界最強の勇者がここまで変わってしまうほど、彼女は僕のことを好きで、必要としてくれている、ということだ。それは何よりも嬉しい。


「わかったよ。じゃ、向こうの4人には、先に戻ってもらうことにしよう。君が魔族を倒さなければならない、と言うなら、僕はそれに従うまでさ」


僕がそう言うと、後ろからシャクヤの声がした。


「あの、レン様、それでしたら、わたくしもご一緒したいと思うのですが……」


振り返ると、シャクヤが曲がり角から顔を覗かせていた。


「え、今の聞いてた?」


「あ、いえ、その、お姉様が”漲ってきた”と、大声で叫ぶのが聞こえましたので、つい気になって来てしまいました」


「あぁ、そこからか……それなら、よかった」


その前を聞かれていたら、恥ずかしすぎる。


「よくないよ、蓮くん。シャクヤちゃんをこれ以上、危ない目にあわせちゃダメでしょ」


隣で嫁さん言う。


「いいえ、お姉様。お二人だけで、あの地下室まで行けるのでございましょうか?ユリカお姉様は道を覚えるのが苦手とおっしゃっておられましたよね?」


「う……」


シャクヤの言葉に嫁さんが絶句した。

代わりに僕が答えてあげる。


「シャクヤ、君の助言はありがたいけど、百合ちゃんは敵の気配を正確に感知することができるんだ。心配いらないよ」


「ですが、レン様。お姉様は、地下では気配がわかりづらい、とおっしゃられました」


「え、ほんと?百合ちゃん?」


僕が嫁さんに聞くと、彼女はコクリと頷いた。


「そういえば、ローズも似たようなこと言ってたな。百合ちゃんといえども例外ではないのか。じゃあ……この子の案内が必要になるね……」


「おいおい、ちょっと待ってくれよ。だったら、あたしも行かなくちゃならないだろ。依頼主を置いて行けるかっての」


さらにローズが姿を現した。


「ローズ様、申し訳ございません。これは追加依頼ということで、お願いできますでしょうか。わたくしも、あの悪しき魔族はどうしても倒さなければならないと思うのです」


「野暮なことは言わないでくれ。これまで、あたしはあなたを全く守れなかったんだ。ここからはキッチリ報酬分の働きをさせてもらうさ」


「二人ともありがとう。でも、戦闘は基本的にウチの嫁さんがやってくれる。自分たちの身の安全だけ確保してくれ。いいよね?百合ちゃん?」


「りょ!」


嫁さんが了解のポーズを取った。

例のオーケーサインと敬礼を掛け合わせたようなポーズだ。


そういえば、これも久しぶりに見た気がする。

人前で恥ずかしい、とか思う前に嬉しく感じた。


ただし、今度はローズが不満の声を漏らした。


「あたしを前にして、そんなことを言うのか?ユリカはそこまで強いと?」


「ローズ様、大丈夫でございます。ユリカお姉様の強さは尋常ではございません」


「へぇ……さすが、”君が勇者で、僕は従者だ”だな」


シャクヤの説明に納得したのかと思いきや、急に僕のセリフを持ち出すローズ。

僕は慌てた。


「ちょっ、ローズ!さっきの聞いてたのか!?」


イタズラっぽく笑いながらローズは言う。


「勝手に聞こえてしまっただけさ。あたしは耳がいいんだ。残念だったな」


「あんなセリフを他人に聞かれたなんて……僕としては大惨事だ」


「まぁ、これでお互い様だ。あたしだって今朝は……なっ」


ローズは、さらに今朝起こったばかりの”母乳事件”を暗示した。この場でそれを匂わすとは、ローズよ、君はワザとやっているだろ。


「わかった。それ以上言うな。マジで」


「ふふふふふっ、大丈夫だよ。安心しろ」


僕が真剣に困った顔をするのを見て、ローズはニヤニヤしている。


「なぁーーんか、仲いいよねぇ」


後ろで嫁さんが不満そうに呟いた。


「あぁ、ほら、美人なのに男友達みたいだろ?」


「そうだねぇーー」


僕が答えても、嫁さんは怪しむような目つきでローズを見ていた。

話題を変えるべく、そして、さっさと先に進むべく、僕は残された二人を呼んだ。


「さて、ところでウィロウ。それとカメリアだっけ」


「は、はいっ」


しゃべれないウィロウに代わってカメリアが返事をした。

僕はカメリアに最弱改造した光の宝珠を渡した。


「二人はこれを使って、先に脱出するんだ。これはかなり弱い光しか出ない宝珠だ。薄暗くて歩きづらいが、この光なら、キメラに気づかれることなく通り過ぎることができる。宝珠の使い方はわかるかな?」


「わかります」


「ウィロウ、お前は暗闇の中でも普通に走れるんだろ?彼女を連れて無事に脱出できるな?」


ウィロウが決意を表明するようにしっかりと頷いた。みすぼらしい姿の男だが、そこには男らしいものを感じた。


「よし。では、先に行ってくれ。僕たちは魔族を倒してから戻る」


「は、はいっ!どうかご無事で!」


ウィロウとカメリアは宝珠を持って、僕たちが来た方へ走っていった。

彼らが見えなくなると、シャクヤが不思議そうに話しかけてきた。


「あ、あの……レン様……今の宝珠はどうやって?」


「今の?僕が作ったんだよ」


「作った?え、作った?」


「あぁーー、ちょっと待ってくれ。たぶんそれ、長くなるから後にしような」


ローズが割って入った。


「シャクヤ嬢、このレンという男は簡単に説明できない男だ。これから彼が何をやっても驚いてはいけない。魔族討伐が終わるまでは、質問も極力しないでくれ」


「は……はい……」


シャクヤはしぶしぶ返事をした。


「ローズ、君に渡しておいた光の宝珠をくれないか。シャクヤも光る宝珠を持っているから、君は必要ないだろう。僕は嫁さんをライトアップするよ」


「ああ、そうだな」


ローズから照明宝珠を返してもらい、自分で持つようにする。


「な!なんでしょうか、それは!全く眩しくない光の宝珠!どこでこのようなものを!?」


「はい、シャクヤ嬢、ストップだ」


「は……はい……」


再び驚きの声を上げるシャクヤだったが、ローズに止められた。

今度の返事は、とても悲しそうだった。

ちょっと可哀想に思えたので僕は優しく声を掛ける。


「あとで、たっぷり教えてあげるから」


「はい!」


元気よく返事をするシャクヤ。

そして、嫁さんが全員に号令した。


「じゃ、行くわよ!あの”コウモリ野郎”を絶対に倒すんだから!」


こうして、僕たちは遺跡の奥へと進行を開始した。

僕たちと因縁浅からぬ魔族を倒すために。

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