第38話 白金蓮の憂鬱⑦

ローズが鉄の扉を開けると、遺跡の中は真っ暗であった。


「今回ばかりは僕の準備が勝ったな」


そう言って、僕は【明閃光ブライト・フラッシュ】を弱体化させた光の宝珠を発動させた。これは、懐中電灯になる魔法――というつもりだったが、使ってみると、遺跡の通路を明るく照らし出すライトアップになった。


「え、こんな便利な魔法があるのか?」


「昨日作っておいたんだ。マナの濃い地域では永続的に発動できる魔法だ。まさかこんなに早くお披露目するとは思わなかったけど」


「こんなに役に立たれては、君を止めたあたしがバカみたいじゃないか……」


軽口を叩きながらも、最大の警戒心を持ってローズと僕は進んだ。

最初の通路を通り抜けると、また扉があった。


「この向こう側に敵がいる。扉を開けたら、あたしが突入するから、レンは後ろで見ていてくれ」


「だったら、この光の宝珠はローズに預けるよ。それと先に伝えておきたいことがある」


「何だ?」


「嫁さんから聞いたんだ。異形のモンスターがいるらしい。僕のいた国では”キメラ”と呼んでいる。複数のモンスターを合成したモンスターだ。頭が複数あったり、体が異様な形をしていたりするんだ」


「ほう……この奥にいるのも、それかもしれないと?」


「可能性の話だ。でも、姿を見て驚いたら、その一瞬が命取りになるかもしれないだろ?」


「了解した。覚悟して臨むよ」


ローズは光の宝珠を受け取ると、扉を開けた。


光に照らされた部屋には、案の定、異なる頭を2つ持ったキメラが座り込んでいた。急に光を当てられたため、まぶしさで怯んだ様子だ。


ローズはその一瞬を逃さず、いっきに間合いをつめて力強い剣撃を食らわせた。


ガシュッ


振り下ろされた一刀が片方の頭に命中したが、深手を与えるほどには至ってない。


「今ので斬れないかっ!」


目がくらんでいたキメラだったが、攻撃されたことで我に返り、標的のローズを認識した。


キメラの頭は片方がライオン、もう片方がトラであった。その2つの顔が大口を開け、雄叫びを上げた。僕自身は初めて見る。リーフを死に追いやったあの衝撃波だ。


だが、ローズは敵の意図を察知していた。

衝撃波が来る前にサッと横っ飛びし、それをかわした。

背後にあった壁が円形にヘコんで破壊される。


「なるほど。これは手ごわいな!」


衝撃波をかわされたキメラは、素早い動きでローズに突撃してきた。

しかし、ローズはそれよりもさらに速く横に動き、攻撃をかわす。


「だが、捉えられない動きではない。いくぞ!」


ローズの剣には赤い宝珠が装着されていた。その宝珠を発動する。

火の下位魔法【火炎弾ファイア・ショット】の魔法陣が刀身に現れた。

魔法の発動と同時に剣が三連続で振り払われる。


――紅蓮三連剣舞――


一瞬のうちに2つの頭と胴体が切断されたキメラは、血しぶきを上げて息絶えた。

美しい剣技である。僕はローズの勇姿に見惚れてしまった。


「宝珠を装着した魔法剣か。聞いてはいたけど、初めて見たよ」


「扱いが難しいから、レベル30以上は無いと使いこなせないけどな。それにしてもレンに聞いておいて良かったよ。いきなりこんなヤツ見たら、あたしでもちょっとビビッてたわ。この姿は引くな」


言いながらキメラの死骸を足蹴にするローズ。

そういうのヤンキーみたいだからやめようよ。今せっかく見惚れたところなのに。


「だが、これが複数現れたら、あたしも苦戦するだろう。2体なら何とかなるが、3体は厳しいな……」


「ローズ、一つ気になることがあるんだ。盗賊の一人が先に入っていったと聞いたのに、ここにはいなかった。てっきり最初のモンスターに殺されていると思っていたんだけど、死体がない。つまり、ここを無事に通り過ぎて行ったことになる」


「そうだな。どうやって回避したのか……まぁ、先に進めばわかるだろう。行こう」


「ああ、嫁さんはこっちの方角だ」


最初の部屋には扉が2つあったが、宝珠で嫁さんのマナを確認し、右側の扉を開けて進んだ。


そこからは通路と階段の連続だった。地下の施設というよりも、かなり大きな石造りの屋敷を下へ下へと降りていくイメージだ。


途中に3度、廊下をうろつくキメラに遭遇し、そのたびにローズが撃破してくれた。


「ふぅ……さすがにこのレベルのモンスターを相手にすると毎回全力を出さないといけない。連戦は辛いな」


「大丈夫か?」


「ああ、平気さ。おっと、この曲がり角の先にまたいるぞ」


そこは左右に分かれた丁字路だった。

壁に背をつけてローズが言う。


「もしも複数のキメラがいたら、あたしに風の魔法を掛けてくれ。それで、いっきに倒す」


「わかった」


ローズは丁字路の右手を照らした。

そこには、4体のキメラがいた。


「いきなり4体か!」


僕はすぐに【身に纏う追い風ドレッシング・ウィンド】をローズと自分に掛けた。ローズは厳しい表情で戦いに挑む。


1体でもギリギリで倒してきた敵を同時に4体相手にするのだ。3倍の速度で動けるエンハンスがあっても、全く油断できない。


だが、その時だった。

ローズを見守る僕の後ろから、物音が聞こえた。


「え」


振り返ると、背後にもう1体のキメラがいた。

丁字路の左側通路にもいたのだ。


ローズといえども地下での気配察知には限界があった。右手から感じる4体の気配に気を取られ、左手の気配に気づくことができなかったのだ。


ここでは狭すぎて【水蒸気爆発スチーム・エクスプロージョン】は使えない。

おそらく僕程度のレベルでは、キメラから一撃食らっただけで即死だろう。


「しまった!レン、こっちに来い!」


焦ったローズが僕を呼ぶ。

僕にとっても今はそれしか道がない。

ローズと4体のキメラが対峙している方向へ走った。


身に纏う追い風ドレッシング・ウィンド】で加速しているはずだが、キメラはぐんぐん距離を詰めてくる。


間に合わない。攻撃される――


――だが、ここで僕は叫んだ。


「ローズ!横に跳べ!!」


その瞬間、僕に跳びかかって来たキメラがさらにグンと加速した。それは不自然な加速だった。

僕はそれを横に跳んで避けた。

ローズもまた、僕の言葉に疑いもせず、横に動いてそれを避ける。


ドグシァッ!


急加速したキメラが、前方にいた4体のキメラ群に突っ込んだ。

ぶつかり合った衝撃でキメラたちがよろめき、突っ込んだキメラは血を流している。


「今だ。ローズ!」


「ああ!」


ローズが3倍加速状態で魔法剣を放った。炎の剣撃が8つの軌跡を描く。


――紅蓮八連剣舞――


さすがに3×3で9連撃とまでは行かなかったらしい。しかし、一度の魔法発動で8回斬りつけたのだ。一瞬にして5体のキメラに致命傷を与えた。


「”追い風”の魔法で8連撃できた……素晴らしい魔法だ。ところで、レン。今、何をやったんだ?」


「【身に纏う追い風ドレッシング・ウィンド】をキメラに掛けたんだ。急に自分が加速したら、モンスターは体の動きを制御できなくなるんじゃないかと思ってね。正直、一か八かだったんだけど、うまくいってよかった」


「君は何てヤツだ……そんな戦い方をする人を初めて見たよ」


「たまたまうまくいっただけさ。次はやらないよ。失敗すれば、相手をパワーアップさせてしまうだけの愚かな行為だから」


「だが、お陰であたしも自信がついたよ。君の魔法があれば、この強敵どもを相手にしても生きて帰れそうだ。あたしの体力が持てば、だけどな」


「そのことなんだけど、ちょっと試したいことができたよ。成功すれば、ここから先は戦闘をしなくて済むかもしれない」


「本当か?」


「ローズ、光の宝珠を渡してくれ」


明かりを灯す宝珠を受け取ると、僕はローズの手を握った。


「ん?なんのつもりだ?」


「このキメラはまだ息がある。よく見ていてくれ」


予想通りなら、嫁さんのもとに早く辿り着けるかもしれない。僕は、ここまでの道のりで気づいたことからキメラの性質を推測し、照明の魔法を解除した。


「おい、なんで消すんだ?」


「しっ、ローズ、キメラの気配はどうなっている?」


「あいつら?そういえば、息はあるが、眠っているように静かになった」


「やはりそうか。ヤツらは、光が無いところでは、動かない性質があるみたいだ」


「てことは、光を当てると、起きて行動するのか?」


「ああ、僕たちの前に遺跡に入ったという盗賊が、無事に通り過ぎて行ったのが気になっていたんだ。そして、さっきのキメラの動き。僕たちが近づいても反応しなかったのに、光に照らされた途端に襲ってきた。つまり、キメラは光に反応していると推測したんだ」


「なるほどな。それで手を繋いできたのか。レン、いきなり男に手を握られて照明を消されたら、普通の女は警戒するぞ」


「ごめん。もう少しこのまま待ってもらえるか」


僕は、照明魔法を遠隔発動し、通路の向こう側が照らされるようにした。

すると、キメラがもぞもぞと動き始めた。


「これくらいの光でも反応するか……ローズ、一度手を離すけど、そのまま動かないでくれ」


「あぁ……」


再び照明を消すとキメラは動きを止めた。

次にローズから手を離し、ブランク宝珠を取り出す。


照明魔法をブランク宝珠にコピーし、さらにその宝珠の弱体改造を試みた。手慣れたもので、すぐに魔法の弱体化に成功した。


宝珠を発動すると、蝋燭の灯よりも弱い、淡い光が出た。僕たちの周囲をギリギリで照らすが、キメラは動かないままだ。こんな危険な状況でなければ、とてもロマンチックな雰囲気になったであろう、そんな光だ。


「これくらいの光なら、反応しないみたいだ」


「おぉ……これなら、こいつらをやり過ごすことができるな」


「ローズの気配感知があることも前提さ。では、これで進もう。万が一、戦いになったら、もとの照明魔法を発動するよ」


「いいね、採用だ」


今度はローズの方から手を繋いできた。


「念のためだ。足元が見づらいからな」


「ありがとう」


二人で薄暗い遺跡を進んだ。

狙い通り、途中に遭遇するキメラは僕たちに反応しなかった。


明かりが弱いので足元に気をつけなければならないが、戦闘を回避できるという点で、こちらの方が何倍も効率が良かった。


やがて次の階段に差し掛かった。

ちょうどその時、下の方向からズシンという重い響きが聞こえてきた。


「なんだ?何かが崩れたような音だ」


「ウチの嫁さんかもしれない。急ごう」

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