第37話 白金蓮の憂鬱⑥

僕、白金蓮は、ローズとダチュラとともに北側ルートをガヤ村方面へ急いでいた。


うまく行けば今日中に追いつくことができるかもしれない。


そう思うと3人とも自然と足が速くなり、休憩時間も取らないまま歩き続けた。お昼は過ぎているが、歩きながら保存食を食べた。


それなりに進んできたところで、ふと僕は異変に気づいた。嫁さんのマナを探知する宝珠を覗くと方角がズレてきたのだ。しかも、近づくほどに反応は強くなるはずなのに、逆に弱くなってきたように感じた。


そして、ある地点まで来ると、街道から90度違う方向を指し示すようになったのだ。


「二人とも、ちょっと待ってくれないか。反応が変なんだ」


「どういうことだ?」


ローズが聞き返してきた。


「反応の方角がズレてきた。ローズ、こっちの方向に道はあるか?」


「いや、ここはそんなに入り組んだ道のりじゃない。先に進んでいるなら真っ直ぐ向こう側にいるはずだ」


「だとしたら、ウチの嫁さんはこっちに寄り道しているみたいだ」


「こんなところで?」


「足跡はかすかに残っている。注意深く見ていこう。どこかで街道を外れているはずだ」


そこからは足元を注視しながら進んだ。やがて、かすかに残っていた足跡が急に増え、乱雑になった。その先には足跡が無い。


「ここで複数の人間が立ち止まって会話をしたのかもしれない……そして、全員で森に入ったんだ」


僕が考えを述べていると、ダチュラが何かを発見した。


「ねえ、ここ、よく見ると人が通れる感じに小道になってるわよ」


宝珠を覗いて僕も確認する。


「方角も合っている。ここから森に入っていったんだ」


「おそらく、あたしが探しているシャクヤ嬢も一緒にいるんだろうな。また森に入るとは思わなかったよ。行こう」


ローズが先行し、僕たちは森の小道へ入った。人が整備したわけではない、ただ人の足で何度も踏み固められただけの細道。


そこを通り抜けると植物に覆われた遺跡が出現した。


「こんなものがあったとは……まさかとは思うが……」


ローズが驚いている。

僕は宝珠を調べた。反応は地面の下から現れた。


「そのまさかだ。嫁さんはこの中――というよりこの地下にいる」


「本当か!なんでこんなところに入ったんだっ」


「僕が聞きたいくらいなんだけど……ウチの嫁さんのことだからなぁ……ごめん。とりあえず謝っておくよ」


僕がなんとなくの予感で嫁さんの代わりに謝罪していると、遺跡を見続けていたローズは何かに気づいたらしく、ズカズカと中に入っていった。


そして、ドカッと誰かを殴るような音が聞こえた。

慌てて僕とダチュラも駆けつける。


「おいっ!てめえら、何もんだ!ここに白い服の若い女が来なかったか!」


中に入ると、そこには6人の男がいた。荒くれ者といった印象の男たちは、突然やってきて1人を殴りつけたローズに脅えている。どうやら彼らの風体を見て、いきなり殴ったようだ。


やはりこのローズという子はヤンキーなんだな。

……というか、ヤンキーだっていきなり人を殴ったりしないぞ。


「レン、こいつら盗賊だ。見ただけでわかる。ロクでもない連中だってな。こんな危険地帯をナワバリにしているのは驚きだが」


ローズが説明するので僕も彼らに聞いた。


「お前たち、奇抜な格好をした女性を見なかったか?黒い髪と太ももを隠していないんだが」


「あ!あんた!あねさんの旦那さんですかい!?」


いきなり殴りかかってきたローズに萎縮していた盗賊だったが、僕の言葉で急に元気を取り戻し、一人が答えた。


「わかるのか?百合華という女性だ」


「へい。俺はエルムと言います。ユリカのあねさんには大変お世話になりやした」


何があったのか知らないが、彼らはなぜか僕に対して敬服しているようだ。


「それで、今は地下にいるんだな?どういうことだ?」


「それはですね……」


エルムと名乗った男は、これまでの経緯を簡単に説明した。


「この穴の中に飛び込んでいった、だって?」


嫁さんがシャクヤという女性を追って飛び込んだという床の空洞に僕とローズは近づいた。すると、ローズが深刻な様子で言った。


「……こ、この中に……だと……?そのユリカという女性は、全く躊躇せずに飛び込んだというのか?」


「へ、へい。シャクヤのお嬢ちゃんが落ちたのを見ると、あねさんはすぐ追いかけるように飛び込みやした」


エルムの回答で、ローズはさらに驚いた表情になる。


「レン、君の奥さんは、あたしと同じように気配を感知できると言っていたな?」


「ああ、ウチの嫁さんはモンスターや人の気配を正確に感知できる。その強さや数までも」


「それだけでも驚きなんだが、そんな感性の持ち主がこの中に迷わず飛び込めるものなんだろうか……この下は、とてつもなく恐ろしい気配が充満しているんだ」


「え」


「地下っていうのは気配を探るのが難しいんだ。それでも、この穴を覗いた瞬間に中の気配が押し寄せてきた。とんでもない場所だ。あたしだって、今、身震いしたくらいなんだ。ここに躊躇ためらいもなく飛び込めるだなんて、君の奥さんはなんて勇敢な人なんだ……」


「うん。実は彼女、すごく強いんだ。だから、今もたぶん無事でいると思う。シャクヤという子がどうなっているか、わからないけど、もしもウチの嫁さんが間に合っていれば、きっと助け出してくれるだろう。ただ、地下に落ちたってのが心配だ。ここまで戻って来れるのか、正直わからない」


「よし、あたしも飛び込んでみるよ。シャクヤ嬢を放ってはおけない」


「いや、それはダメだ。危険すぎる。この下がどうなっているかもわからないし、今から降りても追いつけないかもしれない。それよりは、階段の下にあるという扉から遺跡の中に入った方がいい」


「そうか……それもそうだな」


「念のためにこの下がどうなっているのか試してみるよ。ちょっともったいないけど……」


そう言って僕は、宝珠を一つ取り出した。嫁さんにチャージしてもらった【風弾エア・ショット】の宝珠だ。それを空洞に落としてみる。


コロコロコロコロコロコロ……


暗闇の中に落ちた宝珠は、中で転がりながら落ちて行き、音が遠ざかっていく。

僕は嫁さんのマナを探知する宝珠を覗いた。


「あれには、嫁さんのマナがチャージされているから、この宝珠でサーチすることができる。どうやら螺旋状の坂をグルグルと転がり落ちているみたいだ……あっ、止まった」


さらに僕は、宝珠の指し示す位置から角度を変えて探してみた。


「他に反応があった。これが嫁さんだ。やっぱり離れた場所にいる」


「なるほど。レン、その宝珠を貸してもらえないだろうか。あたしが、それを使って君の奥さんと合流してみるよ。君たちはここに残っていてくれ」


「う……うん……」


僕は宝珠を覗きながら答えたが、すぐにその返答を考え直した。


「……いや……やっぱり僕も行くよ。なんかおかしい」


「何を言っている?今回ばかりは、あたしでも命懸けだ。君が来ても死ぬだけだぞ」


「嫁さんのマナの反応が弱いんだ。下に落とした宝珠よりも……」


「なんだって?」


「あの子は宝珠にマナをチャージした時、10分の1くらい使ったと言っていた。ということは、今の嫁さんは、それよりも少ないマナしか残っていないことになる。どうしてだ?休めば回復するって言ってたのに……」


「ちゃんと休めていない場合もあるし、精神的に追いつめられれば、マナが影響を受けることも十分にありうるぞ」


「精神的に……追いつめ……?」


先程から感じていた胸騒ぎは、激しい動悸に変わった。


嫁さんを精神的に追いつめたのは他でもない。

僕自身だ。


結婚以来、初めてと言っていいくらいの大喧嘩をしてから飛び立ってしまって、彼女はいったいどんな気持ちでいたのだろうか。


それにも関わらず、何が起こったのかはわからないが、今も相当な危険地帯に身を置いている。無敵の嫁さんだと思っていたが、もしもマナが枯渇してしまったらどうなるのか。しかも僕が彼女の心を傷つけたことが原因なのだとしたら――


――そこまで考えると、まるで五体がバラバラになったような感覚に襲われた。

このままでは悔やんでも悔やみきれない。


「ローズ、嫁さんの不調は僕が原因だ。僕も行く。行かなきゃならない」


「本気か?同じ命懸けと言っても、森を抜けてきたのとはワケが違うぞ。さっきは命を懸ければ突破できるという命懸けだった。だが、今回は死を覚悟する命懸けだ。本当に死ぬぞ」


「それでも行く。僕だけ生きてても、彼女が死んだら意味がない」


「そこまで言うのか……」


ローズは感嘆した。


「僕が死んでも君のせいじゃない。だから頼む」


「わかった。男が決めたことだ。もう止めはしないさ。ではダチュラ、君は残っていてくれ。こんな連中と一緒なんてイヤだろうが、一人でも大丈夫だろう?」


呼ばれたダチュラも平然と答えた。


「はい。この人たち、大したことなさそうなんで」


さすが、レベル21というだけある。

ついでに僕も盗賊たちに命令をすることにした。


「お前たち、僕らが戻るまでの間にここを掃除しておけ。臭くてどうしようもない。いいな?」


「「へ、へい!」」


嫁さんに何をされたのだろうか。荒っぽそうな連中が全員、僕にひれ伏している。ちょっと気持ちがいい。


僕とローズは地下への階段を降りた。

頑丈そうな鉄の扉が閉められており、中は見えない。


扉に手を掛けたローズが固まった。

あの強気なローズが、ここに来て迷っているようだ。


「レン、あたしのレベルは42なんだ」


「42?国家の英雄クラスじゃないか」


「ああ、レベル40を超える者は、国が召し抱えようとスカウトに来る。それが面倒なんで、普段はレベルを38と偽っているんだ。あたしもダチュラみたいなもんさ」


「どうして急にレベルの話を?」


「レベル40を超える者は、世界でも数えるほどしかいない。そんなあたしが感じるんだ。この先は本当にヤバい、と。強さや数を識別することはできないが、身の毛もよだつ、おぞましい気配が束になって襲ってくる。レベル16の人間では間違いなく死ぬ。それでも行くんだな?」


ローズがここまで言うほどの危険な場所。おそらく普段の僕なら、思いを巡らすところだが、今は違う。


それほど危険な場所で嫁さんが一人奮闘しているのだ。今までに無いほどピンチな状況で。


もちろん僕が合流できたところで何かが変わるという確証は無い。しかし、僕は行かねばならない。行かなければ、一生後悔するだろう、という確信だけがあった。


「何度も心配してくれて、ありがとう。それでも行くよ」


「そうか……」


僕の返事にローズの表情が少し綻んだ。


「なぜだろうか……何の根拠も無いのに、君が来てくれることに妙な安心感を感じてしまったよ。こんなことは初めてだ」


「何を言ってるんだ。僕こそ頼りにしているよ、”女剣侠”」


「あまりその呼ばれ方は好きじゃないんだが、君に頼られるのは悪くないな。では、行くぞ!」


「ああ」


ローズが扉を開けた。


ギギギギッという音がまるで恐怖を煽り立てるかのようだった。

僕は覚悟を決めた。

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